義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる のすべてのチャプター: チャプター 951 - チャプター 960

962 チャプター

第951話

紫音さんは、いつだって私を導いてくれる……蘭は心の中で深く感謝した。紫音はただの上司ではない。仕事に見合った正当な報酬を与えてくれるだけでなく、まるで本当の妹のように自分のことを気遣い、成長する機会を与えてくれる。彼女への恩に報いるためにも、そして何より、浩一の隣に堂々と立てる自分になるためにも。絶対にこのチャンスを無駄にはしないと、蘭は密かに闘志を燃やした。「このチャンスは、あなたが自分の努力で掴み取ったものよ。私が家のことで身動きが取れなかった時、あなたがどれだけ裏で走り回ってサポートしてくれたか……ちゃんと見ているから。これは、あなたの今までの頑張りに対する当然の報酬なの」紫音は慈しむように目を細めた。「だから、もう『浩一さんと釣り合わない』なんて引け目を感じる必要は一切ないわ。あなたは仕事もできるし、こんなに立派に自立した女性に成長したんだもの。もっと堂々と胸を張っていいのよ」紫音の言葉は、蘭の心の一番柔らかい部分に真っ直ぐに届いた。ずっと抱えていた「家格の違い」や「自分自身の無力さ」に対するコンプレックスが、紫音の温かい言葉によってスッと溶けていく。「はい……!私、もうウジウジ悩んだりしません」蘭は力強く頷いた。「紫音さんが任せてくださった以上、絶対に最高の成果を出してみせます。どんな困難があっても……紫音さんが見守っていてくれると思えば、何だって乗り越えられる気がします!」その瞳には、さきほどまでの迷いは欠片もなかった。プライベートでは波乱続きだった蘭だが、このオフィスには紫音という最強の味方であり、憧れの姉のような存在がいてくれる。それが彼女にとって、どれほど大きな支えになっていることか。「ふふ、その意気よ。期待しているわね」紫音は満足げに微笑むと、蘭にプロジェクトを託して自分の執務室へと戻っていった。あの子なら、きっと大丈夫。自信を取り戻し、目を輝かせる蘭の姿を見て、紫音自身の心も晴れやかになっていた。一人になった蘭は、さっそく手元のスマートフォンを取り出した。画面を開き、一番上にピン留めされている連絡先――浩一のトーク画面をタップする。【浩一さん、聞いて!さっき紫音さんから、すごく大きな新規プロジェクトの責任者に指名してもらったの!】【私、絶
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第952話

……でも、浩一さんにとっては「簡単」でも、私にとってはものすごい大仕事なんだけどね。若くして家業のトップに立つ浩一にとっては難易度の低い案件であっても、これまでアシスタント業務の枠を出たことのなかった蘭にとっては未知の領域だ。プレッシャーがないと言えば嘘になる。だが、これから浩一の隣に堂々と立てる女性へと成長していくためには、いずれは自力で乗り越えなければならない壁だ。どんなに困難であろうと、今は決して逃げるわけにはいかない。今の蘭の周りには、紫音をはじめとして、いざとなれば手を差し伸べてくれる温かい味方がたくさんいる。けれど、最初から彼らに甘えるつもりは毛頭なかった。蘭はこれまでも、紫音の会社が立ち上がったばかりの激動の時期を、歯を食いしばって必死に支え続けてきたのだ。自分を限界まで追い込み、不可能だと思われた仕事も泥臭くクリアしてきた。その積み重ねがあったからこそ、このチャンスを掴み取ることができたのだ。今回だって同じだ。このプロジェクトは、誰の力でもなく、私自身の力で絶対に成功させてみせる。本当にどうしようもなくなる、最後の最後のギリギリまでは……絶対に誰にも頼らない!スマートフォンを強く握りしめ、蘭は静かに、けれど燃えるような決意を固めた。【浩一さんにとっては簡単かもしれないけど、私にとっては初めてのリーダー業務なんだからね?正直、まだ不安でいっぱいだよ……】素直な弱音を返信すると、すぐに浩一から力強いメッセージが返ってきた。【蘭なら絶対に大丈夫。だって、蘭は誰よりも賢くて頑張り屋だろ?俺は誰よりも君を信じてるよ】【もしこのプロジェクトを一人で成功させたら、蘭はもっと大きな自信を持てるはずだ。いつか自分の会社を立ち上げることだって夢じゃないかもしれないよ】【だから、何も恐れずに思いっきりやっておいで。以前だって『絶対無理です』って泣き言を言いながら、結局最後は完璧に仕事をこなしてたじゃないか。君がどれだけ努力して、どれだけ成長してきたか、俺が一番よく知ってるからさ】画面に並ぶ浩一の言葉たちは、不安で揺れていた蘭の背中を、優しく、しかし力強く押してくれた。浩一自身、本音を言えば、愛する彼女にこれほどの重圧を背負わせたくはないのだろう。リーダーとしてプロジェクトを回すのがどれほど
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第953話

【俺たちの家のことで、蘭にはずっと窮屈な思いとプレッシャーをかけてしまっているよね。本当にごめん。でも、俺を信じてほしい。俺が必ず全部解決して、君が堂々と俺の隣で笑える未来を作るから。だから、どうか心をすり減らさないで】浩一からの長文メッセージには、彼がずっと胸の内に抱えていた深い愛情と、蘭への申し訳なさが滲んでいた。浩一の母である貴子からの強烈な反対や、家格の違いという理不尽な壁。それらが蘭の心をどれほど追い詰めているか、浩一は痛いほどわかっているのだ。だからこそ、彼女の負担を少しでも減らしたくて、こうして何度も何度も言葉を尽くして安心させようとしてくれている。浩一さんは、本当に優しいな……蘭はふっと肩の力を抜くと、ゆっくりと返信を打ち始めた。【大丈夫だよ、ちゃんと休憩も取るから心配しないで。最近ね、浩一さんと一緒にいられることが、私にとって何よりの癒しになってるんだよ。以前よりもずっと心強いし、前向きになれてる】【お母様のことも、家柄のことも、焦って解決できる問題じゃないってわかってる。逃げられない壁なら、腹を括って立ち向かうしかないよね。私も随分と肝が据わってきたかも!】【浩一さん一人に背負わせるつもりはないよ。時間はかかってもいいから、無理せず、二人で一緒に解決していこうね】送信ボタンを押すと、すぐに浩一から【ありがとう。蘭のその言葉で、俺もすっごく救われた】と返ってきた。その一文を見て、蘭は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。この理不尽な問題の数々は、間違いなく二人の関係を脅かす最大の試練だった。だが不思議なことに、この困難を前にして、二人の絆は壊れるどころか、以前よりもずっと深く、強固なものになっていた。私たちなら、絶対に乗り越えられる。互いを尊重し、思いやり、共に成長していく。この試練を乗り越えた時、自分たちはもっと素晴らしいパートナーになれるはずだ。蘭はスマートフォンの画面を撫でながら、改めて浩一と共に歩む未来への決意を強くした。蘭に新規プロジェクトを任せた後、紫音自身も立ち止まっている暇はなかった。紫音の会社は現在、順調に業績を伸ばし、成長期に差し掛かっている。この勢いを確かなものにし、会社をさらに上のステージへと引き上げるためには、より規模の大きな案件を獲得し続けなければ
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第954話

デスクの前に立った蘭の顔は、とても活き活きとしていた。「まだ初期段階ですが、私なりのアイデアもいくつか盛り込んでみました。お時間のある時にチェックしていただいて、厳しいご意見をいただけると嬉しいです。……初めてリーダーとして動かしているプロジェクトですけど、私、なんだかすごく手応えを感じているんです。この案件の方向性、私の得意なアプローチにすごく合っていて……紫音さん、そこまで見越して私に任せてくださったんですよね?」「さて、どうかしら」紫音はわざとはぐらかすように笑ったが、蘭は嬉しそうに目を細めた。「紫音さんの下で学ばせてもらって、こうして一緒に働けること……私、本当に幸運だなって思います。これからもずっと紫音さんの背中を追いかけて、たくさん吸収させてくださいね!」今日の蘭は、信じられないほど晴れやかな表情をしていた。誰かに認められ、期待される喜び。そして何より、自分自身の足で着実に前へ進んでいるという手応えが、彼女を内側から輝かせているのが痛いほど伝わってきた。「なるべく早く目を通しておくわ。修正点があればすぐにフィードバックするから」紫音はファイルを受け取り、蘭の顔をまっすぐに見つめた。「いい?私がこの案件を任せたのは、あなたなら絶対にできると確信していたからよ。だから、あなたは自分自身の能力を信じて、胸を張っていいの。もう誰に対しても引け目を感じたり、顔色を窺ったりする必要なんてない。あなたはこの仕事をやり遂げて、もっともっと強く、自信に満ちた女性になりなさい」紫音の言葉に、蘭は背筋を伸ばし、深く頷いた。「はいっ!」「まあ、堅苦しい話はこれくらいにしておきましょうか。とりあえず今は、目の前の仕事に集中して。……でも、根を詰めすぎて倒れたりしないでね。あなたに無理をさせたら、浩一さんにどんな文句を言われるかわかったもんじゃないから」紫音がおどけたようにウインクすると、蘭は「もう、紫音さんったら!」と顔を真っ赤にして照れ笑いした。その初々しくも逞しい姿を見て、紫音も心から安堵の笑みをこぼした。蘭がこうして本来の明るさと自信を取り戻してくれたことが、紫音にとっても自分のことのように嬉しかった。「はい!私、絶対にこのプロジェクトを成功させてみせます。紫音さんの期待を裏切りたくないし、
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第955話

プロジェクトの引き継ぎをよりスムーズに進めるため、紫音はすでに先方への根回しとセッティングを終えていたのだ。「本当ですか!?ありがとうございます!……私、絶対に先方にも『この人に任せてよかった』って思ってもらえるように、しっかり準備して臨みます!」明日の打ち合わせに向けて俄然やる気に火がついたのか、蘭の瞳はいっそうキラキラと輝きを増した。「任せたわよ」と微笑む紫音に元気よく一礼すると、蘭は弾むような足取りで執務室を後にした。自分のデスクに戻った蘭は、すぐさま明日の打ち合わせに向けた資料の準備に取り掛かった。絶対に、失敗できない。私の最初の大仕事……絶対に完璧にやり遂げてみせる!クライアントにどうアプローチすれば、こちらの熱意とアイデアが伝わるか。想定される質問は何か。蘭は一切の妥協を許さず、自分の頭の中にある構想を一つひとつ丁寧に形にしていった。初めて自分の裁量で動かすプロジェクトに、蘭の胸は高鳴り続けていた。翌朝。紫音はオフィスに到着するなり、微かな違和感を覚えた。いつもなら誰よりも早く出社し、とっくにデスクでパソコンに向かっているはずの蘭の姿が、どこにも見当たらないのだ。無断で遅刻するような子ではない。ましてや今日は、彼女に一任した重要な新規プロジェクトの顔合わせが控えているというのに。「ねえ、蘭はどうしたの?もしかして、もう外回りに出ちゃった?」紫音は近くのデスクにいた社員に声をかけた。「いえ、朝からずっといらっしゃらないですよ。それに……紫音さん、今朝のニュース、見ませんでしたか?」「ニュース?」「蘭さんの恋人……塚山さんが婚約を発表されたんです。でも、お相手が蘭さんじゃなくて……おそらく、そのショックでお休みされているんじゃないかと」ニュース?紫音は普段、ネットのゴシップ記事やエンタメニュースの類をわざと避けている。京極家や拝島家の名前が単なる消費コンテンツとして扱われることも多く、あることないこと書きたてられる無責任なネットニュースは、目にするだけで精神をすり減らすからだ。だが、今の言葉を聞いてスルーするわけにはいかない。慌ててスマートフォンを取り出し、ニュースアプリのトップ画面を開く。目に飛び込んできたのは、エンタメ枠のトップを飾る巨大な見出しだった。そこに
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第956話

なぜなら、今日の午後には、あの大切なクライアントとの顔合わせが控えているのだ。この新規プロジェクトは、蘭を責任者に任命し、彼女に全権を任せていた。もちろん紫音も全体の流れは把握しているが、初期の企画案から細かいディテールの詰めまで、一番深く理解しているのは蘭本人だ。蘭の口から直接プレゼンさせなければ、先方に熱意や本来の意図が伝わりきらない。それなのに、肝心のプロジェクトリーダーが行方不明だなんて。時計の針は無情にも進んでいく。クライアントがやって来る時間は、もう目前に迫っていた。どうしよう。今からどうやって二人を探せばいいの?こんな時だけ妙なところでお似合いね……なんて、呑気に呆れている場合ではない。このプロジェクトは、紫音が会社のために多大な労力を割き、やっとの思いで勝ち取った大型案件なのだ。今日の打ち合わせで先方に満足のいく説明ができなければ、最悪の場合、プロジェクトの担当を降ろされるか、最悪の場合は契約を白紙に戻される可能性だって十分にあり得る。それだけはどうしても避けなければならない。ズキズキと痛むこめかみを押さえながら、紫音は途方に暮れた。目の前に迫る仕事の危機をどう切り抜ければいいのか。そして、泥沼に陥っているであろう二人の問題を、どうやって解決へと導けばいいのか。蘭はいつも真面目で責任感が強く、仕事に対して確固たる信念を持っている頼もしい子だった。だからこそ、どんな逆境でも逃げ出さないと信じて、あんなに大きな仕事を任せたのだ。いくらショックだったとはいえ、連絡一つよこさずに仕事に穴を開けるなんて。昨日見せてくれた、あのキラキラとした瞳と前向きな決意は嘘だったの?いつも頑張り屋でひたむきな彼女の姿を知っているだけに、紫音は今の状況がどうしても受け入れられなかった。「社長!クライアントの方がお見えになりました。ですが……」若手社員が血相を変えてオフィスに駆け込んできた。「今回の企画は、蘭さんがメインで進められていた案件ですよね?もし今日、彼女が来ないとなると、どなたが対応されるのでしょうか……?先方の担当者様、少しピリピリされているというか、かなりお急ぎの様子で……」初めての取引となる重要なクライアントだ。先方にとっても、この新規プロジェクトは絶対に失敗できない社運
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第957話

だが、今はその違和感を突き詰めている余裕すらなかった。何があっても、このプロジェクトをここで潰すわけにはいかない。先方を絶対に満足させ、信頼を繋ぎ止める。紫音は覚悟を決めるようにギュッと拳を握りしめると、逃げ出したい気持ちを押し殺し、ピンヒールの音を響かせて会議室へと向かって歩き出した。……一時間後。重苦しい空気の中、会議室のドアが開いた。見送りを終え、執務スペースに戻ってきた紫音は、疲労困憊といった様子でこめかみを押さえた。結果から言えば、打ち合わせは惨憺たるものだった。蘭が作成した初期案のデータを急遽読み込み、なんとか表面を取り繕ってプレゼンしたものの、細部まで練り込まれた熱量や、現場の担当者である蘭ならではの独創的な意図までは、どうしても伝えきれなかったのだ。『我々が期待していたクオリティとは、少々ズレがあるようですね』先方の担当者が浮かべていた、あの失望したような冷ややかな表情が脳裏に焼き付いている。交渉の末、かろうじて「あと二日」という猶予だけはもぎ取った。しかしそれは、「二日後に完璧な初期案を提出できなければ、今回の契約はなかったことにする」という実質的な最後通牒でもあった。「社長……」先ほどの若手社員が、おずおずと駆け寄ってきた。「先方の方々、ずいぶん険しいお顔でお帰りになりましたけど……やっぱり、うちの企画案に納得していただけなかったんでしょうか。その……蘭さんとは、いまだに連絡がつきません」社員の顔には、隠しきれない落胆と焦燥感が浮かんでいた。無理もない。この新規プロジェクトは会社にとって非常に重要な案件であり、社員全員が一丸となって期待を寄せ、準備を進めてきたのだ。それが、プロジェクトリーダーの突然の不在により、出鼻を完全にくじかれてしまった。蘭に特別な事情があったことは推測できる。だが、理由がどうであれ、こうして会社全体に多大な損害を与え、皆の努力を水の泡にしかけているのは紛れもない事実だった。社員たちも口に出して責めこそしないが、心の中では行き場のないモヤモヤを抱えているはずだ。「もし、このまま先方に見限られてしまったら、どうなるんでしょうか……いつ連絡が取れるかも分からない蘭さんを、このまま何もしないで待ち続けるわけにはいきませんよね?それに、もしこ
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第958話

紫音は意を決し、スマホのアドレス帳から『律』の名前をタップした。今の律が、血みどろの権力闘争の真っ只中にあり、寝る間を惜しんで多忙を極めていることは痛いほど分かっている。彼自身の重すぎる問題で疲弊している時に、親友とアシスタントの恋愛トラブルなんて私的なことで巻き込みたくはなかった。けれど、今の紫音の手札では、この広大な街の中から自力で二人を捜し出すことなど到底不可能だ。律の持つ圧倒的な情報網と人脈を頼るしか、手段がなかった。コール音が数回鳴った後、低く落ち着いた声が鼓膜を打った。「紫音?どうしたんだい、こんな時間に」その変わらない優雅な響きに、張り詰めていた紫音の緊張が少しだけ解ける。彼女は言葉を急ぎ、浩一の突然の婚約報道と、蘭が行方不明になっていること、そして仕事で窮地に立たされている現状を簡潔に説明した。電話の向こうで、律は静かに耳を傾けていた。「……状況は分かった。焦らなくていいよ。すぐに私の部下を動かして、二人の居場所を特定させる。大事には至っていないはずだ。君のアシスタントも、今はあまりのショックに耐えきれず、誰の目にも触れない場所で一人きりになりたいだけだろう」冷静で理知的な律の分析に、紫音はほうっと息をついた。「ただ、君の仕事の方だが……残念ながら、今の彼女にその重要プロジェクトを完遂する精神的余裕はないだろうね。厳しい言い方になるが、責任者は外した方がいい。君自身が全面的にカバーする覚悟を決めるんだ」「……ええ。分かってるわ」「君なら必ずこの局面を乗り越えられると、私は信じているよ。だが、もし行き詰まったら、いつでも私を頼りなさい。いいかい?」「ありがとう、律。あなたの声を聞いたら、少し落ち着いたわ」通話を終え、紫音はスマホを胸に当てて深く息を吐き出した。彼の低く落ち着いた声は、いつだって紫音の心に絶対的な安心感をもたらしてくれる。たった数分、言葉を交わしただけだというのに、先ほどまでパニック寸前だった心はすっかり冷静さを取り戻していた。二人の捜索は彼に任せ、自分は目の前の仕事に全力を注げばいい。そう頭では分かっているのに、やはり思考の隅で浩一と蘭のことが渦巻いてしまう。それにしても、あの子たちの問題は本当に厄介ね……浩一の母である貴子からの猛反対。身分差と
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第959話

それからほんの数十分後。デスクで頭を抱えていた紫音のスマホが震えた。画面に表示されたのは『律』の名前だった。やはり、彼の行動力と情報網は桁違いだ。紫音を少しでも早く安心させるため、最優先で動いてくれたに違いない。通話ボタンを押すと、律の静かな声が聞こえてきた。「浩一とは連絡がついたよ。だが……状況はあまり良くない」「良くないって、どういうこと?」「どうやら、彼と蘭さんの間で決定的な亀裂が入ったらしい。今、浩一も血眼になって彼女を捜しているところだ。私の部下もすでに彼と合流させて、一緒に捜索に当たらせている」二人が決裂した?あの浩一が、自分から蘭を手放すような真似をするはずがない。ならば、あの残酷な婚約発表のニュースを見た蘭が絶望し、彼を拒絶して姿を消したということか。「お願い、律。何としても早く蘭を見つけ出して……っ!あの子が私にすら連絡をしてこないなんて、絶対に普通じゃないわ。もしあの子の身に何か起きていたら……」蘭には、頼れる家族がいない。二人三脚で仕事をしてきた紫音にとって、蘭は単なる優秀なアシスタントというだけでなく、心から庇護したいと思える可愛い妹のような存在だった。だからこそ、最悪の想像ばかりが頭をよぎってしまう。「落ち着きなさい、紫音。君がパニックになっては駄目だ」電話越しでも伝わる律の冷静で力強い声に、紫音はハッと息を呑んだ。「最悪の事態にはなっていないはずだ。塚山家の両親が狙っているのは、あくまで息子から彼女を遠ざけること。彼らとて、彼女の身体に直接的な危害を加えるような犯罪まがいの愚行を犯すほど馬鹿じゃない。そんなことをすれば、塚山家の名に致命的な傷がつくからね」「……それは、そうだけど……」「ただ、一つ気がかりなのは……婚約相手の白鳥結衣だ」結衣の名前が出た瞬間、紫音の眉がピクリと動いた。「彼女とは長年離れていたからね。結衣が今、どんな人間になっているか……どれほどの手駒を持っているかまでは、私にも完全には読めないんだ」確かに、結衣は長い間このサークルから離れていて、最近戻ってきたばかりだ。だが紫音は、戻ってきたばかりの結衣が、蘭を物理的にどうにかできるほどの権力や裏の繋がりを持っているとは考えにくかった。それに、浩一との婚約を世間に知らしめるという
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第960話

パソコンの画面に向かっても、企画書の文字はちっとも頭に入ってこなかった。蘭……お願いだから、返事をして……!紫音は、数分おきにチャットアプリを開いては、蘭へメッセージを送り続けていた。しかし、送ったメッセージには一向に「既読」がつかない。まるで、彼女が存在する世界と通信が断たれてしまったかのように、何の反応も返ってこなかった。心臓が嫌なリズムで脈打つ。律は「命の危険はない」と言ってくれたが、それでも最悪の想像を打ち消すことができない。もしも、彼女がすべてに絶望して、自ら命を絶つようなことを考えていたら……?そんな考えがよぎるたび、紫音は呼吸が浅くなるのを感じた。蘭は、昔からそういう子だった。本当は傷ついているくせに、いつも無理をして気丈に振る舞う。誰かに迷惑をかけることを極端に恐れ、どんなに理不尽な目に遭っても、すべてを一人で抱え込んでやり過ごそうとする。社交界の人間たちがどれほど狡猾で、目的のためなら他人の心など平気で踏みにじる連中か、紫音は身をもって知っている。彼らにとって、家柄の後ろ盾を持たない蘭など、取るに足らない存在でしかないのだ。そんな冷酷な世界で、あんなに不器用で真っすぐな蘭が一人で太刀打ちできるはずがなかった。……ごめんなさい、蘭。もしもあの時、私が浩一さんとの復縁を後押ししなければ。もしも私が、もっと彼女をこの理不尽な世界から遠ざけて守ってあげていたら。こんな残酷な結末にはならなかったのだろうか。後悔と自責の念ばかりが、波のように寄せては返していく。仕事など手につくはずもなく、紫音はただただスマートフォンを握りしめ、祈るような気持ちで画面を見つめ続けていた。気がつけば、窓の外はすっかり暗くなっていた。しかし、夜になっても蘭の行方は掴めないままだった。街の至る所を奔走していた浩一も、絶望的な焦燥感に苛まれていた。母親である貴子には、すでに直接怒鳴り込んで問い詰めた。だが、貴子は「あんな娘の居場所など知るわけがない」と一蹴したのだ。実際、母の言い分には筋が通っている。強引に結衣との婚約発表を済ませ、外堀を完璧に埋めた母にとって、今さら蘭を物理的に排除するようなリスクを冒す必要などないからだ。では、一体誰が……?いや、誰かの仕業ではないのだとしたら、本
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