「……お金なんて、いりません」「受け取りなさい! ……これが『証拠』になるのよ! あなたが金を奪って逃げたという、動かぬ証拠に!」 志保さんの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。 その雫は、手入れの行き届いたサンルームの床に落ちて、小さな染みを作った。広すぎる部屋には、壁掛け時計が秒針を刻む単調な音だけが、やけに大きく響いている。窓ガラスの向こうには、灰色の雲が垂れ込め、光を失った庭の木々が寒々と揺れていた。冷え切った空気が、私たちの間に見えない壁を作っているかのようだ。 彼女もまた、身を切られるような思いなのだ。 愛する息子を守るために、息子の愛する人を追い出し、息子を絶望の淵に突き落とさなければならない。 その「悪役」を、彼女はまた一人で背負おうとしている。 いや、今回は私も「共犯者」だ。「……湊は、私を憎むでしょうね」 私が呟くと、志保さんは頷いた。「ええ。……一生、あなたを憎むでしょう。……私を憎んでいるように」「……」「でも、あの子は生き残る。……憎しみを糧にしてでも、あの子は立ち上がり、さらに強くなるわ」 それが、九龍家の愛し方。 傷つけて、遠ざけて、それでも生かす。 あまりにも不器用で、悲しすぎる愛。 私は、小切手を見つめた。 テーブルの上に置かれたそれは、ただの薄っぺらい紙切れだ。しかし、そこに印字された無機質な数字の羅列が、湊と過ごした温かい体温のある時間を、すべて金銭という冷たい物質に変換してしまう。指先が触れると、紙の表面は氷のように冷たく、私の体温を根こそぎ奪っていくようだった。 その紙切れ一枚が、私と湊の絆を断ち切る刃物になる。「……わかりました」 私は、震える手で小切手を受け取った。 心臓が、ひび割れていく音がした。「やります。…&hellip
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