人生には「まさかの坂」があるという。 私、茅野朱里、二十五歳。職業、ブライダルコーディネーター。人の幸せを一番近くで演出し、最高の一日を作り上げるプロフェッショナル。 そんな私が、まさか私を裏切って別れた元彼と、彼を横からかっさらっていった元親友に、三年付き合った私への裏切りなど無かったことのように、自分の職場で「結婚式を担当して」と笑顔で要求されるなんて。 それは、三流ドラマの脚本家でも書き捨てるような、あまりにも残酷で滑稽な「坂」だった。 三ヶ月前のあの日、私は確かに人生のどん底に突き落とされた。 「あ、朱里。久しぶり」 Felice Luce(フェリーチェ・ルーチェ)の煌びやかな打ち合わせサロン。そこで気まずそうに、けれどどこか優越感を含んだ様子で手を挙げたのは、三ヶ月前に「他に好きな人ができた」と一方的に私をフった元彼の拓也だった。 「朱里、元気だった? 私たち、今日は朱里に『お願い』があって来たんだ」 その隣で、拓也の腕に甲斐甲斐しくしがみつき、まるで悪意のない子供のように屈託なく笑うのは、大学時代からの親友だったはずの美咲。 二人の左手薬指には、これ見よがしに揃いのプラチナのペアリングが光っている。サロンのダウンライトを反射するその輝きが、私の網膜を焼くように痛かった。 (……久しぶり、じゃないわよ) 三ヶ月前、拓也がフった理由である「他に好きな人」が美咲だと知ったのは、別れの直後だった。 さらに共通の知人からの情報で、二人が私と付き合っていた「半年前」から、とっくにデキていたことも私は知っている。 この二人は、私がその事実を知らないと思っているのだ。私を「可哀想な、何も知らずにフラれた元カノ」だと思って、今、平然と目の前に立っている。 「……で、何の用? 私、これから新規のお客さんのアテンド入ってるんだけど」 平静を装う声が、自分でも驚くほど冷たく響く。指先が急速に氷のように冷えていくのを感じながら、私は必死に「プロの私」という仮面を顔に貼り付けた。ここで取り乱して泣き叫んだりすれば、それこそ彼らの思う壺だ。 そんな私の必死の抵抗を嘲笑うかのように、二人は信じられない爆弾を投下した。 「それで……朱里。俺たち、結婚することにしたんだ」 「そうなの! それでね、朱里に
Last Updated : 2025-12-29 Read more