サロン『フェリーチェ・ルーチェ』の朝は、淹れたてのコーヒーの香りと、穏やかな静寂に包まれて始まった。 かつて剛造の手下に荒らされた痕跡はもうどこにもない。 湊がビルごと買い取り、改装を施したサロンは、以前よりもさらに洗練された、まさに「城」と呼ぶにふさわしい空間へと生まれ変わっていた。「……うん、今日も異常なし」 私はバックヤードのモニターを確認し、小さく頷いた。 画面には、エントランス、廊下、そしてサロンの裏口が映し出されている。湊が強引に設置させた最新鋭の防犯カメラだ。 この映像は彼のスマートフォンにもリアルタイムで転送されているらしい。 『仕事中は見ないでね』と釘を刺したけれど、あの過保護な彼のことだ。きっと会議の合間や移動中に、ペットを見守る飼い主のような顔でチェックしているに違いない。 そう想像すると、呆れると同時に、胸の奥がじんわりと温かくなる。「チーフ、おはようございます!」「おはようございます!」 スタッフたちが次々と出勤してくる。彼女たちの顔にも、以前のような怯えの色はない。 ここが「安全な場所」であるという確信が、私たちの仕事への情熱を取り戻させてくれたのだ。「さあ、今日も頑張りましょう。……あ、そうだ。午後から届く新作ドレスのカタログ、チェックしておいてね」「はい! ……あ、そういえばチーフ。これ、今朝届いていましたよ」 受付スタッフが、一通の封筒を差し出した。 上質な厚紙に、金色の箔押し。一目でそれが、格式高い招待状であることがわかる。 差出人の名前を見て、私の眉間がピクリと動いた。『綾辻麗華』 封を切ると、中から出てきたのは、彼女の自身のブランド『R-Style』の新作コレクション発表会の招待状だった。 日時は、明後日の夜。場所は、インペリアル・ドラゴン・ホテルの大宴会場「飛竜の間」。 かつて私たちが「ピンチョス・パーティー」で起死回生を図った、あの場所だ。『親愛なる朱里さんへ。
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