湊は、テーブルの上の紙を冷たい目で見下ろした。 「この紙切れ一枚で、僕の足元は簡単に崩れ去る。剛造からグループを守り抜いた実績も、経営手腕も、すべてが『血の繋がりがない部外者』というレッテル一枚で紙屑になる。……僕には、九龍を名乗るアイデンティティが、初めから存在しなかったんだ」 「……違うわ」 志保さんが、震える声で呟いた。 彼女は、湊の目の前に立ち、その広い肩を両手で強く掴んだ。 「あなたが宗一さんに似ていないのは、血が繋がっていないからじゃない。私たちが……由理子さんと、宗一さんと、私が。あなたを宗一さんのように『優しく』育てなかったからよ」 湊の目が、わずかに見開かれる。 「……だから、僕には厳しくしたと?」 「宗一さんのように傷ついてほしくなかった。けれど、あなたを傷つけたのは私だったわね」 志保さんは、ゆっくりと手を下ろし、窓の外の白みゆく空を見つめた。 その横顔には、長年抱え込んできた一族の業の深さが刻み込まれているようだった。 「先代の当主……宗太郎お義父様は、絶対的な権力者だったわ。でも、その後継ぎとして生まれた宗一さんは、生まれつき体が弱く、争いごとを何よりも嫌う人だった。誰かを蹴落としてまで上に立ちたいという野心なんて、これっぽっちも持っていなかった。由理子さんは、そんな彼の優しさを心から愛していたわ」 志保さんの声が、静かな客間に溶け込んでいく。 「でも、由理子さんは、あなたが八歳の時に病に倒れて亡くなってしまった。宗一さんの悲しみは深く、元々弱かった身体はさらに衰弱していったわ。……周囲には、剛造をはじめとする、当主の座を狙う狼たちがひしめいていた。妻を亡くし、病床に伏せる跡継ぎと、その幼い息子。彼らにとって、これほど格好の餌食はなかった」 志保さんは、自分の両腕を抱き抱えるようにして言葉を続ける。 「だから、私は宗一さんと再婚したの。親友だった由理子さんの忘れ形見であるあなたと、彼女が愛した宗一さんを、剛造たちの魔の手から守るために。……それは、愛なんて甘い言葉で結ばれた夫婦じゃない。宗一さんは最後の瞬間まで由理子さんだけを愛していたし、私もそれを知っていた。私たちの間にあった絆はただ一つ。『由理子さんが遺した湊を守り抜く』という、その一点だけだったのよ」 湊は、息をするのも忘れたように、
Última atualização : 2026-03-27 Ler mais