湊が、座席の上でそっと指先を絡ませてきた。 少しだけ冷たくなっていた彼の指先を、両手でしっかりと包み込む。 確かな重さと、ゆっくりと戻ってくる熱。「もし君に出会っていなければ……あんな風に、憎しみと保身の檻の中で、他人に怯えながら一生を終えていたかもしれない」 湊の言葉が、車内の静かな空気に溶けていく。 強く手を握り返し、その広い肩にそっと頭を預けた。 上質なウールのコートの柔らかな感触と、耳のすぐそばで聞こえる、規則的で力強い心音。 すべてが、今ここに生きているという確かな証明だった。 車が地下駐車場の薄暗がりを抜け、地上へと続くスロープを上り切る。 窓の外には、完全に夕闇に沈みきった都心のビル群と、帰路を急ぐ人々の車のテールランプが、赤い川のようにどこまでも続いていた。 手元のスマートフォンが再び短く振動するが、もう画面を開く気にはなれなかった。 世間がどれほどセンセーショナルに九龍の崩壊を消費し、無責任な言葉を投げかけようとも、この横にある確かな熱さえ見失わなければ、どんな急な坂道でも登っていける。 車の静かな走行音が、アスファルトを滑るように響く。「……明日は、朝早いな」 湊が、ぽつりと口を開いた。 その声のトーンは、先ほどまでの冷徹な経営者のそれではなく、ただの一人の青年のように静かで、少しだけ寂しさを帯びていた。「ええ。準備は、すべて整っているわ」 明日。 世間が龍一郎の逮捕や九龍の醜聞で騒ぎ立てる中、私たちは完全に外部の人間をシャットアウトし、一族の者と限られた親しい者たちだけで、静かな別れの儀式を行うことになっていた。 華枝の、葬儀だ。 騒々しい外の世界とは対極にある、静謐で、どこまでも厳かな時間。 剣吾の醜悪なまでの生への執着を見せつけられた後だからこそ、華枝が最期に見せた、あの誇り高く静かな横顔が、胸の奥に鮮烈に蘇ってくる。 黒い喪服に身を包み、白い菊の花と、高く立ち昇る線香の香りに包まれる明日の景色を思い浮かべる。
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