Lahat ng Kabanata ng 復讐のために彼をレンタルしたら、まさかのCEOに溺愛契約で雇われました: Kabanata 461 - Kabanata 470

588 Kabanata

第461話 証言の食い違い

「情報提供の対価として金銭を受け取ること自体が、問題だと言っているのではありません」  詩織の隣で、弁護士がマイクを取った。 「問題にしているのは、虚偽や意図的な誇張によって名誉や信用が傷つけられ、業務にも損害が生じた点です。民事訴訟は提起しています。刑事告訴についても、名誉毀損や信用毀損、業務妨害に当たるかを含め、証拠を整理して検討しています。具体的な請求と今後の対応は、私から説明します」  姉は一歩退いた。書類を持つ指に力が入っている。落ち着いて見えても、妹の私生活を大勢の前で話すことに慣れているはずがなかった。  拓也が、パイプ椅子をガタッと鳴らして半ば腰を浮かせた。 「ね、捏造なんかじゃない! 彼女が金を払ってCEOを雇ったのは事実だ! さっき本人たちも認めたじゃないか! 俺たちは嘘なんてついてない!」  拓也は周囲の記者に同意を求めるように首を振るが、突き出されていたマイクはすでに彼から離れ、詩織の持つ書類の方へと群がっていた。 「ええ、契約の存在については認めたわ。争点はそこではないの」  詩織は淡々と、一切の感情を交えずに事実だけを突きつける。 「あなたたちは、茅野朱里が仕事にかまけて自分をないがしろにした結果として別れに至り、その逆恨みで復讐を仕掛けてきたと主張しているわね。……自分たちは何も悪くない、純粋な被害者であると」  詩織が、さらに別の分厚いファイルを開く。  そこには、カラー印刷された写真や、メッセージアプリのスクリーンショットが、秒単位のタイムスタンプ付きで大量にファイリングされていた。 「半年前、朱里と拓也さんがまだ交際していた頃から、あなたたち二人が朱里に隠れて交際していた証拠は、すでに押さえてあるわ」 「なっ……!」  拓也が息を呑み、美咲の顔から完全に血の気が引いた。手から週刊誌が滑り落ち、床にバサリと落ちる。 「四月二十二日、都内のシティホテルへのチェックイン記録。五月三日、旅行を装って二人で出かけた際の沖縄への航空券の履歴と、現地でのツーショット写真。さらには……美咲氏が匿名のSNSアカウントで投稿していた書き込みの数々」  詩織が指先で弾いた書類には、黒く塗りつぶされたアイコンの横に、醜悪なテキストが並んでいた。 『親友の彼氏と寝るの、最高のスリル』 『仕事ばっかりしてるあの女が馬鹿なだ
last updateHuling Na-update : 2026-06-06
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第462話 剥がれ落ちる嘘

 詩織は一切動じず、ただ冷たく見下ろす。 「資料についての異議は、弁護士に伝えて。私は、あなたが妹について話したことを確かめたいの。朱里と拓也さんが別れる前から、二人で会っていた。そこは認めるの?」  隣の弁護士が、調査会社に依頼して集めた資料も含まれており、入手経緯への疑義には正式に回答すると補足した。  美咲は弁護士を見てから、また姉へ目を戻した。開きかけた唇から、返事は出てこなかった。  詩織は、眼鏡の奥の瞳をさらに細めた。 「自分たちの浮気の罪悪感を消すために、他人の過去を切り売りして小銭を稼ぐ。……妹を支え、あなたたちに反論する味方などいないと、そう思っていたの?」  その言葉は、広大なホールを完全に支配していた。  記者たちはもはや、スキャンダルの標的を完全に切り替えていた。九龍のCEOと婚約者の契約という話題ではなく、親友と恋人を裏切った上に金銭目的で嘘をついた、この愚かな男女の醜態へと。  無数のボイスレコーダーが、一斉に美咲と拓也の口元へと突き出される。 「美咲さん! SNSの書き込みは事実ですか!」 「拓也さん、情報提供料の三百万円はどういう名目で受け取ったのですか! 浮気を隠すための腹いせですか! 答えてください!」  容赦なく浴びせられるフラッシュと追及の声。  拓也は両手で顔を覆い、ガタガタと肩を震わせていたが、やがて耐えきれなくなったようにパイプ椅子を蹴倒して立ち上がった。 「ち、違う! 俺は週刊誌に売るなんて反対したんだ!」  拓也が、血走った目で隣の美咲を指差した。 「美咲が、金になるからって勝手に話を進めて……! 俺は巻き込まれただけだ! 九龍を敵に回すなんて、最初から反対してたんだよ!」 「はあ!?」  美咲が目を吊り上げ、拓也の胸倉を掴みかかる勢いで振り返った。 「あんたも『これで結婚式の費用で作った借金が埋まる』って喜んでたくせに! 記事の原稿チェックだって一緒にしたじゃない! なんで今になって私一人に全部押し付けてんのよ! 最低!」  美咲の長い爪が、拓也のジャケットの襟に食い込む。 「離せよ! お前が朱里への嫉妬でおかしくなってたからだろ! いつも自分が一番じゃないと気が済まなくて、朱里がCEOとくっついたのが許せなかっただけじゃないか!」  壇上から、その光景を静かに見下ろす。
last updateHuling Na-update : 2026-06-07
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第463話 冷めていく憎しみ

 そのすべてが、今、急速に熱を失っていくのを感じていた。  怒りも、屈辱も、もはや一滴も湧いてこない。  視界が驚くほどクリアになっていく。  そこにいるのは、私の人生を脅かすモンスターなどではない。ただの、自分の保身と虚栄心しか考えられない、果てしなく哀れで、小さな人間だった。  あんな人たちに勝つために、私は自分をすり減らし、嘘に嘘を重ねていたのか。  深く、長い息を吐き出す。  強張っていた肩から力が抜け、肺の底まで澄み切った空気が入り込んでいく。自分を縛り付けていた透明な鎖が、音を立てて砕け散っていくのがわかった。  絶え間なく瞬くフラッシュの光も、記者たちの怒号も、今はただの遠い背景のように感じられる。  隣に座る湊の掌が、テーブルの下で繋いだ手に少しだけ強い力を込めてきた。  横顔を見上げると、湊もまた、眼下の無惨な光景をただ静かに見下ろしていた。  勝ち誇るでもなく、見下すでもない、凪いだ瞳。  その確かな掌の温度が、私の中に残っていた最後の未練のような熱を、静かに冷ましていく。  もう、彼らに向ける感情は何一つ残っていない。  ただの、過去の遠い景色だ。  眼下の記者席では、美咲と拓也の争いがさらに泥沼化していた。 「嫉妬!? ふざけないでよ! あんただって、朱里と付き合ってた時から、私以外にもマッチングアプリで別の女と遊んでたの、知ってんだからね!」  美咲の金切り声が、マイクのハウリング音と共にホールに響き渡る。 「お前っ、こんな所で何言って……!」  拓也が慌てて美咲の口を塞ごうと手を伸ばすが、美咲はそれを激しく振り払った。 「私だけが悪者になるなんて絶対にごめんよ! あんたが結婚式の直前まで別の女に貢いでたこと、全部ばらしてやる! どうせ私のことも、都合のいいキープくらいにしか思ってなかったんでしょ!」 「やめろ! カメラの前だぞ!」  マイクのスタンドが倒れ、鈍い金属音が響く。  互いの罪を暴露し合い、泥を掛け合い、責任を押し付け合う二人の姿は、もはや喜劇ですらなかった。  かつて私からすべてを奪い、笑顔で結婚式を挙げようとしていた裏切り者たち。  彼らの関係は今、数百のカメラのレンズという処刑台の上で、修復不可能なまでに完全に崩壊しようとしていた。  フラッシュの白い光が、絶え間なく明滅を
last updateHuling Na-update : 2026-06-07
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第464話 崩れた二人の芝居

 キィィィィン、という耳をつんざくようなハウリング音が、広大なホールに響き渡った。  倒れたマイクスタンドがリノリウムの床に激突し、そこから拾い上げられた不快な高周波が巨大なスピーカーを通じて容赦なく増幅される。  記者たちは一斉に耳を塞ぎ、苦々しい顔をしかめた。  だが、最前列で取っ組み合いを演じている二人には、その警告音すら全く届いていないようだった。 「あんたのせいで全部めちゃくちゃよ! そもそも、あんたが式場への未払い金を払えないからって、私に週刊誌の記者を紹介してきたんでしょ!」  美咲が、綺麗にセットされていたはずの髪を振り乱しながら叫ぶ。  真っ赤なリップが輪郭をはみ出し、剥き出しになった歯の根元までが歪んで見えた。 「ふざけるな! お前が『茅野の過去を売れば大金になる、これで新居の頭金も払える』って持ちかけてきたんだろうが! 最初からお前は、朱里へのコンプレックスの塊だったんだよ!」  拓也が、ジャケットの襟を掴む美咲の腕を乱暴に振り払う。  バランスを崩した美咲がパイプ椅子の列に倒れ込み、ガシャガシャと派手な金属音が鳴る。  美咲の細いヒールが床を引っ掻き、黒いゴムの跡が一直線に残った。 「コンプレックス!? 笑わせないでよ! あんたみたいな甲斐性なし、朱里から奪い取るスリルがなかったら、最初から相手になんてしてなかったわよ!」  美咲の金切り声が、フラッシュの白い光の波の中で弾けた。 「……なんだと?」  拓也の顔から、完全に血の気が引く。  浅く荒い呼吸が、マイクを通さずともはっきりと聞こえた。 「聞いての通りよ! 愛だの運命だの、都合のいい言葉に酔ってたのはあんただけ! 結婚式だって、朱里より豪華なドレスを着て、あいつを高いところから見下すためだけの舞台だったのに……!」  美咲は床に座り込んだまま、両手で顔を覆い、しゃくり上げるような呼吸を始めた。  それは悲しみからくる涙ではなく、自分の思い描いていた完璧なシナリオが崩れ去ったことへの、幼児のような癇癪だった。  フラッシュが、絶え間なく明滅を繰り返している。  無数のカメラのレンズが、二人の醜態を現代の新しい娯楽として容赦なく記録し続けていく。  数ヶ月前、純白のウェディングドレスとタキシードに身を包み、大勢のゲストから祝福の拍手を受けていたはず
last updateHuling Na-update : 2026-06-08
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第465話 別れを告げるために

 壇上から、その光景を、行き交う光の波の向こうに静かに見下ろす。  胸の奥でずっと冷たく固まっていたものは、もう砂のように崩れ去っていた。そこに残る静けさを、私は確かめていた。  あんなにも見返してやりたかった。  裏切られた情けない自分を認めたくなくて、惨めな姿だけは絶対に見せたくなかった。  だから咄嗟に嘘をつき、その見栄を守るために、結果的に見ず知らずの湊に「偽の婚約者」を演じてもらう契約にまで縛られていた。  あのホテルの入口で、来ない男を待ちながら感じた、どうしようもない孤独と焦燥。  だが今、目の前で互いを罵り合う彼らを見ても、怒りも、悲しみも、もはや一滴も湧いてこない。  冷たい水を一気に飲み干した後のような、驚くほど静かな凪が、心の中の隅々までを満たしている。  テーブルの下では、湊がまだ私の手を握っていた。掌に伝わる力は変わらず、彼が何も言わずにそばにいてくれることが、今はありがたかった。  湊も黙ったまま、眼下の無惨な光景を見つめ続けていた。  勝ち誇るでもなく、見下すでもない、深い色の瞳。  その確かな掌の温度に触れながら、自分の中にはもう未練のような熱も残っていないことを確かめる。  もう、彼らに向ける感情は何一つない。  彼らは私の人生を脅かす壁でもなければ、執着する価値のある存在でもなかった。  ただの、自分の保身と虚栄心しか考えられない、果てしなく哀れで小さな人間だったのだ。  この静けさを、黙って立ち去るだけで終わりにしたくなかった。これからの生き方と、二人への別れを、自分の言葉で告げよう。  マイクの金属製の軸に、ゆっくりと指先を添える。  息を吸い込むと、肺の底まで澄み切った空気が入り込んでいくのがわかった。 「……もう、いいわ」  スピーカーを通した声は、決して大きくはなかった。  だが、その静かな響きは、怒号とシャッター音が飛び交うホールを一瞬にして制圧した。  取っ組み合いをしていた美咲と拓也の動きがピタリと止まり、ハッとしたように壇上を見上げる。  美咲の髪は乱れ、拓也のネクタイは無様に引き千切られそうになっていた。 「美咲。拓也」  名前を呼ぶ。  その響きに、かつてのような親愛も、怒りも込められてはいない。  ただの、他人の名前。 「あの日、私はただ、情けない自分を
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第466話 私の人生を選ぶ

 繋いでいた湊の手を、そっと握り直す。  関節同士が隙間なく噛み合い、そこから伝わる確かな鼓動が、背筋を真っ直ぐに伸ばしてくれた。 「私はもう、あなたたちに勝つために幸せになるんじゃない」  ホールの中に、凜とした声が響き渡る。 「あなたたちを見返すためでも、過去のプライドを取り戻すためでもない。……私はただ、私の人生を、隣にいてくれるこの人と共に歩んでいきたい。自分が心から望む未来を選ぶために、ここを離れます」  視線を落とし、最後に一度だけ、かつて親友と恋人だった二人を見つめた。 「あなたたちの言葉も、存在も、もう私の人生には必要ないわ。……さようなら」  言い切った瞬間、縛り付けられていた透明な鎖が音を立てて砕け散った。  美咲の口が微かに動き、何かを言いかけようとしたが、声にはならない。  拓也は崩れ落ちるようにしてパイプ椅子に座り込み、両手で顔を覆った。  二人の姿が、急激に色褪せ、遠い過去の景色の一部としてセピア色に染まっていくような感覚。  湊が、静かに立ち上がった。  それに合わせて、自分も椅子を引いて立ち上がる。 「……以上で、本日の会見を終了します。これ以上の質問にはお答えしません」  湊の低い宣言が、終わりの合図だった。  進行役のスタッフが足早に壇上へと上がり、記者たちに退出を促し始める。 「待って! 朱里! 待ってよ!」  美咲が立ち上がり、手を伸ばそうとする。  だが、その声はすぐに、会場を警備していた黒服のスタッフたちによって遮られた。 「お下がりください」という無機質な声と共に、美咲と拓也は記者たちの波に押し流され、ホールの後方へと追いやられていく。  二人の姿は、もう振り返らなければ見えないところまで遠ざかっていた。  そして、振り返る理由も、もうどこにもなかった。  フラッシュの光を背に受けながら、ステージの下手へと向かう。  詩織が分厚いファイルを抱えたまま、満足げな笑みを浮かべて待っていた。 「……完璧なフィナーレだったわね。法務部が用意したシナリオ以上に、鮮やかな幕引きだったわ」  詩織が中指で眼鏡のブリッジを押し上げる。 「ありがとう、姉ちゃん。……あの証拠集め、大変だったんじゃない?」 「何言ってんの。調べるのは専門家に任せたわ。私は、あんたの話と預かった資料を一つず
last updateHuling Na-update : 2026-06-09
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第467話 ガーメントバッグ

 湊を見上げると、彼は少しだけ気まずそうに視線を逸らし、首元に手をやった。 「……過去を終わらせなければ、新しい未来は始まらない。僕が強引に彼らを排除することもできたが、それは君の望む決着ではないと思っただけだ」 「湊……」  不器用な、しかしどこまでも真っ直ぐな配慮。  胸の奥が熱くなり、繋いだ手にさらに力を込める。  廊下の冷たい空気が、火照った顔を心地よく撫でていく。  重厚な扉が閉まり、ホールの喧騒が完全に遮断された。  静寂。  靴音が、大理石の床にコツ、コツと響く。  戦いは終わったのだ。  見栄も、嘘も、負け惜しみも、すべてあのホールに置いてきた。 「さて、と」  ふいに、前方の角から、華やかな香水の匂いが漂ってきた。  ローズとムスクの混じった、自信に満ちた香り。  カツン、カツンと、鋭いハイヒールの音が近づいてくる。  姿を現したのは、鮮やかな真紅のパンツスーツに身を包んだ麗華だった。  腕には、大きな黒いガーメントバッグが大切そうに抱えられている。  麗華は足を止め、顎をわずかに上げてこちらを見据えた。 「……泥人形たちの醜い茶番にしては、上出来な幕引きだったわね。モニター越しに見ていたけど、あんたの最後のセリフ、悪くなかったわよ」  麗華の言葉には、いつものようなトゲがない。  代わりに、職人としての鋭い熱が宿っていた。 「麗華さん……。どうしてここに」 「どうしてって、決まってるじゃない」  麗華は鼻でフンと笑い、抱えていたガーメントバッグを軽く叩いた。 「過去の清算は終わったんでしょ? だったら、これからは未来へ向かって歩き出す時間よ。……ただの『元レンタル花嫁』のまま、このビルを出るつもり?」  麗華の口角が、美しく、そして挑発的に跳ね上がる。 「さあ、控室に来なさい。……最後の仕上げよ」  麗華の言葉に、心臓が高鳴る。  ガーメントバッグのファスナーの隙間から、深い青のシルクの生地がわずかに覗いていた。  湊と視線を交わす。  彼の瞳には、穏やかな光と、次なる時間への期待が満ちていた。  大きく息を吸い込み、冷たい大理石の廊下を、真っ直ぐに前を見据えて歩き出した。  さっきまで、廊下を歩くだけでも膝が頼りなかった。けれど、麗華の腕に抱えられた袋を見ていると、その中に一針ずつ
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第468話 麗華の仕立てた服

 大理石の廊下を、三人の靴音がリズミカルに叩いていく。  先頭を歩く真紅のパンツスーツの背中は、一切の迷いなく一直線に控室へと向かっていた。  漂ってくるローズとムスクの香りが、先程までの会見場に充満していた埃とインクの淀んだ匂いを上書きし、肺の奥をクリアにしていく。  指定されたVIP用の控室のドアノブに手を掛け、麗華が勢いよく扉を開け放った。 「さあ、入って。……湊は外で待っていなさい。ここから先は、男の立ち入る場所じゃないわ」  麗華が振り返り、顎で廊下をしゃくった。  湊はわずかに口角を上げ、「任せるよ」と短く答えて廊下の壁に背を預けた。  その眼差しは、これから起こる変化を心待ちにしているかのように、穏やかで温かい光を湛えている。  控室の中は、間接照明の柔らかな光で満たされていた。  麗華は中央の広いテーブルに、抱えていた黒いガーメントバッグをそっと置いた。  その手つきは、まるで壊れ物を扱うように慎重で、かつて高級ブランドの紙袋を無造作に振り回していた頃の姿からは想像もつかない。  ジッパーの金具を指で摘み、ゆっくりと引き下ろす。  ジリジリという低い音が、静かな室内に響き渡る。 「……会見の様子、ずっと裏のモニターで見ていたわ」  麗華はガーメントバッグを開きながら、ぽつりと呟いた。 「見栄のためのレンタル。月額三百万円の偽装契約。……相変わらず、あんたの人生は泥臭くて、滑稽で、見栄っ張りね。呆れてため息しか出なかったわ」  厳しい言葉とは裏腹に、その声にトゲはない。 「でもね、最後にあの泥人形たちを切り捨てた時のあんたの顔、……悪くなかった。這いつくばってでも自分の足で立とうとする、覚悟を決めた女の顔だったわ」  ガーメントバッグが完全に開かれ、中から一着のドレスが現れた。  思わず、息を呑んだ。  それは、決して派手な装飾が施されたものではない。  スパンコールも、過剰なフリルも、目を引くような鮮やかな色彩もない。  色は、深く沈み込むような、それでいて微かな光沢を放つミッドナイトブルー。  上質なシルクとウールが混紡された生地は、触れずともその滑らかさと適度な重みが伝わってくる。  鎖骨を美しく見せるアシンメトリーなカッティングのネックラインに、ウエストから裾にかけて流れるようなドレープが施されて
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第469話 過去を越えて着る

 その指先には、ミシンの針で刺した小さな傷跡や、生地と擦れてできた固いタコがいくつも刻まれていた。  かつて、完璧なネイルアートで飾られていた令嬢の指は、今や完全に職人のそれへと変貌している。 「……着てみなさい」  促されるまま、今まで着ていたスーツを脱ぎ、ミッドナイトブルーのドレスに袖を通す。  肌に触れた瞬間、生地が吸い付くように身体のラインに沿っていくのがわかった。  背中のファスナーを麗華がゆっくりと引き上げる。  ジリッ、という音と共に、背筋が強制的に、しかし心地よい圧迫感を持って引き伸ばされた。  ウエストのドレープが骨盤の位置にピタリと収まり、足を踏み出すたびに、裾が波のように静かに揺れる。  大きな姿見の前に立つ。  鏡の中にいたのは、見慣れた自分でありながら、まったく別の気配を纏った女性だった。  肩のラインは気高く張り、首筋は真っ直ぐに伸びている。  深く沈んだブルーの生地が、肌の白さを際立たせ、瞳の奥の光をより強く反射させていた。  弱さも、見栄も、過去の傷跡も。  そのすべてを内包した上で、前を向いて立つための服。 「……すごい。身体の芯から、力が湧いてくるみたい」  自分の声が、驚くほど澄んで響いた。  麗華は鏡越しにその姿を見つめ、満足げに、そしてほんの少しだけ誇らしげに口角を上げた。 「当たり前よ。私が仕立てたんだから。……言っておくけどね、私は惨めな女に着せる服なんて作らないわ。敗北に酔いしれて、下を向いて泣いているような女には、私の服を着る資格はない」  麗華が背後に立ち、肩口の生地のシワを手のひらで軽く伸ばす。  その確かな力強さが、肩から背中へと伝わってきた。 「私が縫うのは、勝つ女の服だけよ。……あんたは今日、自分の過去に勝った。だから、この服を着る資格がある」  胸の奥が、熱い塊で塞がれる。  かつて、婚約パーティーで私を見下し、シャンパンを片手に嘲笑っていた女性。  あの時は、互いに誰かの庇護の下でしか生きられず、他人の価値を下げることでしか自分を保てない、見栄と虚勢の塊だった。  でも今は違う。  麗華は自分の足で立ち、指先に傷を作りながら、自らの技術で他者を輝かせる職人になった。  そして私も、過去の嘘を認め、自分の意志で愛する人の隣に立つことを選んだ。 「……あ
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第470話 深い青の花嫁

 廊下の壁に背を預けていた湊が、扉の開く音に気づいて顔を上げた。  視線がぶつかる。  湊の動きが、完全に止まった。  少しだけ壁から背中を離し、息を呑むような微かな音が、静寂の廊下に落ちる。  その漆黒の瞳が、ドレスの裾からウエスト、そして顔へとゆっくりと上がってくる。  瞬きすら忘れ、ただ一点を見つめるその眼差しには、隠しきれない熱と、圧倒されたような驚きが混じっていた。 「……どうかしら」  一歩踏み出し、ドレスの裾をわずかに翻す。  湊は数秒の沈黙の後、深く息を吐き出し、そして柔らかく、ひどく甘い弧を唇に描いた。 「……言葉にならない。ただ、これ以上の『王妃』は、世界中のどこを探しても見つからないと確信したよ」  湊が歩み寄り、差し出された大きな手が、ドレスの袖口から覗く手首をそっと包み込む。  親指の腹が脈打つ部分をなぞり、そこから流れ込んでくる熱が、ミッドナイトブルーの戦闘服にさらなる命を吹き込んでいくのを感じた。 「ふん。当然よ。私の最高傑作なんだから。……さあ、さっさと行きなさい。あんたたちの顔を見てたら、こっちまで胃がもたれてきそう」  控室の入り口で、麗華が腕を組みながら呆れたようにため息をついた。 「麗華さん、本当にありがとう」 「感謝の言葉より、次期コレクションのスポンサー料を弾むよう、そこのCEOに言っておいてちょうだい」  麗華はヒールを鳴らし、振り返ることなく廊下の奥へと歩き去っていった。  真紅の背中が、角を曲がって見えなくなるまで、その足音は誇り高く響き続けていた。  廊下には、再び二人の時間と静寂が戻った。  湊の指が、手首からゆっくりと滑り落ち、指の間に深く絡み合ってくる。  関節同士が隙間なく噛み合い、岩のように硬く温かい感触が手のひらを満たした。 「……行こうか。世界中の誰よりも美しい、僕が生涯を共にしたい人を、彼らにお披露目する時間だ」  湊のエスコートで、再び大理石の廊下を歩き出す。  向かう先は、先ほどの修羅場と化した会見場ではなく、公式な発表とフォトセッションのために用意された、一階のメインホール。  コツ、コツ、という二人の靴音が、高い天井に重なり合って響く。  心臓の鼓動は不思議なほど落ち着いていた。  重厚な二枚扉の前に立つ。  扉の向こうからは、大勢の人間
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