湊の斜め後ろ、議決権を持たないオブザーバー席に腰を下ろす。婚礼部門の外部アドバイザー候補として、私の同席は事前に通知されている。それでも、膝の上で組んだ両手は、無意識のうちにきつく握りしめられていた。 正面に座る初老の男が、手元の資料を捲りながら、隣の役員とヒソヒソと囁き合っている。 『……婚礼事業のテコ入れとはいえ、なぜあのような小娘を同席させる』 『CEOの肝煎りだそうですよ。例の、スキャンダル騒ぎになった……』 『契約から始まった関係だろう? 九龍の正妻に据えるには、いささか家柄が……』 囁き声は、意図的にこちらまで届くように調整された、質の悪い嫌味だ。 古い血筋主義を掲げる、遠縁の親戚筋や旧反対派の役員たち。九龍龍一郎という大敵が去った後も、この一族にはまだ、時代錯誤な選民意識の残滓がこびりついている。 言い返しかけた言葉を飲み込み、私は微笑んだ。 ブライダルサロンで気難しい親族を相手にしてきた経験が、こういう時に役に立つ。どれだけ腹の底で煮えくり返っていようと、顔には一切出さない。プロの笑顔という名の鉄壁の仮面だ。 「――定刻だ。始めよう」 会議室の空気を一刀両断するように、湊の声が響いた。 ざわめきが波を打って静まる。 湊は手元のファイルを広げ、冷徹なCEOの顔で全員を見渡した。 「今日の議題は、婚礼事業の再建だ。数字は見ての通りだ。富裕層のキャンセルは先月比で倍、成約率も戻っていない。……九龍の名前だけで選ばれる時代は、もう終わった」 数字を突きつけられた役員たちが、気まずそうに視線を逸らす。紙を捲る音だけが、数秒遅れて室内に落ちた。 「この流れを変える。中途半端な手では足りない」 湊はそう言うと、テーブルの中央に置かれたプロジェクターのスイッチを入れた。 背後の巨大なスクリーンに、一枚のスライドが映し出される。 古びた和紙のような背景に、流麗な筆記体で記されたタイトル。 『Imperial Vows』 「これは……」 初老の役員が、目を丸くして身を乗り出した。 「数日前、旧館の書庫から出てきた企画書だ。秘書室の保管台帳にも残っている。筆跡も、華枝様の署名資料と照合済みだ」 湊の声に、微かな熱が混じる。 「発案者は、先代当主……九龍華枝」 会議室に、息を呑む音が響いた。
Last Updated : 2026-06-16 Read more