บททั้งหมดของ 復讐のために彼をレンタルしたら、まさかのCEOに溺愛契約で雇われました: บทที่ 491 - บทที่ 500

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第491話 現れた流星

 硬い胸板に額がぶつかり、シトラスの香りが全身を包み込んだ。 「……わかった。君のしたいようにしていい」  頭上から降ってくる声は、観念したような、甘い降伏宣言だった。 「だが、一人で矢面に立つことだけは、見過ごせない。……説明の場には、僕も同席させてほしい。これだけは譲れない」 「うん。……ありがとう、湊」  背中に腕を回し、スーツの生地をぎゅっと握りしめる。  守られるだけじゃない。背中を預け合える関係に、私たちは少しずつ近づいている。  端末を二人の間へ戻し、見出しをもう一度開いた。今も誰かの恋人役を演じているかのように読める箇所へ指を置くと、湊が頷いた。嫌な文字を一人で見つめずに済むだけで、訂正してほしいことを言葉にできた。◇ 翌日。  週刊誌の発売と共に、ネット上には案の定、面白おかしい見出しが踊り始めた。 『CEOの仮面夫婦疑惑』『五万円で買われたシンデレラ』。  サロンのスタッフたちにも動揺が走ったが、事前に詩織姉が外部弁護士に確認した法的な見解を整理し、スタッフ向けのQ&Aを作ってくれていたおかげで、パニックには至らなかった。  午後。  私は、九龍ホテルの1階にあるラウンジカフェにいた。  相沢奈々さんとの打ち合わせの前に、少しだけ頭の中を整理しておきたかったのだ。  運ばれてきたカモミールティーのカップに手を伸ばした、その時だった。 「……相席、いいかな」  頭上から、不意に声が降ってきた。  顔を上げると、そこには見覚えのない長身の男が立っていた。  派手にセットされた明るい茶髪に、仕立ての良いカジュアルなジャケット。昼のホテルラウンジには少し浮く、夜の店の名残をまとった華やかな顔立ち。  そのくせ瞳の奥には、愛想笑いと保身が半分ずつ混じったような、落ち着きのない光が揺れていた。 「あ、ええと……」  打ち合わせの相手ではない。記者だろうか。身構えて背筋を伸ばす。 「あ、待って待って。記者じゃない。そういう面倒なやつじゃないから、そんな怖い顔しないで」  男は軽い調子で両手を上げ、こちらの返事を待たずに、向かいのベルベットの椅子へ腰を下ろした。  テーブルの上に、スッと一枚の名刺が置かれる。 『イベントMC・モデル 高梨蓮』  高梨、蓮。  聞いたことのない名前だ。 「……あの、どちら
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第492話 十倍で消えた予約

 携帯の電池が切れたという、能天気な絵文字だらけのメッセージを送ってきた男。 「あ、あんたが……?」  思わず口から出た言葉は、自分でも驚くほど低かった。  目の前の青年は、あの軽薄なメッセージの文面よりはいくらか年を取って見えた。けれど、口元に残る軽さは、記憶の中の『あざーっす』という文字と嫌になるほど繋がっていた。 「いやー……本当に、あの時はごめん。って、軽いよね。分かってる。怒ってるよね?」  蓮――いや、流星は、深く頭を下げる手前で一度こちらの顔色を窺い、それから慌てたように頭を下げた。 「今日の記事、見た。で、このまま放っておくと、俺まで最低な男として掘られそうじゃん。いや、最低だったのは否定しないけど、全部俺のせいって話にされるのは違うっていうか」 「……謝罪より、自己保身が先ですか」  冷静になろうと努めたが、声に刺々しさが混じる。というより、刺々しくならない方が無理だった。  あの日、この男が来なかったせいで、私の人生はひっくり返ったのだ。結果的に湊と出会えたから良かったものの、あの時の絶望感と惨めさは、今でもはっきりと覚えている。 「携帯の電池が切れたから行けなかったって、あれ、嘘でしょう」 「うん。嘘。……電池が切れたのは本当だけど、行かなかった理由は、それじゃない」 「前の記事では、寝坊したって答えていたでしょう」  流星は口をつぐみ、テーブルの下へ視線を落とした。 「店に言われた通りに話した。面倒なことになるのが嫌で。……信用しろとは言えないから、今日は明細を持ってきた」  流星は顔を上げ、さっきまでの薄い笑みを消した。 「あの日、途中までは式場に向かってた。時給五万の客を飛ばすなんて、普通はやらない。店にも怒られるし、口コミも死ぬし」 「だったら、どうして来なかったの」 「途中で事務所からストップがかかった。俺の予約枠が、急に別の客に買い取られたんだよ」  意味がわからず、眉をひそめる。 「買い取られた? 私が予約していたのに?」 「俺の時給の十倍。しかも前払い。店長には『その客のところには行かなくていい。キャンセル扱いにして、適当な理由をつけろ』って言われた。で、俺も……流された」  心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。  十倍の額を払ってまで、私の予約をキャンセルさせた人間がいる。  そんな
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第493話 明細書とシャッター

 白鳥家とつながる、イベント会社なのだろうか。  背筋に、ゾクリと冷たいものが走った。  似た社名というだけでは決められない。どこの会社なのか、誰の依頼で金を払ったのか、まだ私は知らなかった。  あの日。  真琴本人かどうかは分からない。ただ、彼女の近くにいる誰かが、私の予約情報を事前に掴み、私がレンタル彼氏を連れてくるのを防いだのかもしれない。  私が一人で惨めに式場に現れるのを、安全圏から笑うつもりだったのかもしれない。  もしそうなら、結果として湊が現れたことは、その誰かにとっても大きな誤算だったはずだ。 「この会社と店とのやり取りも、残ってる?」  流星は少し考えてから、店に問い合わせる、と答えた。 「この明細、必要なら弁護士の前で出していいよ。個人情報とか、店との契約とか、正直ややこしいからさ。使う範囲は、そっちの法務に任せたい」  流星は、そこでようやく少しだけ真面目な表情になった。 「これがあれば、あんた一人が悪いみたいな記事への反論にはなるだろ。……あと、俺も『女を騙して金だけ取ったホスト』みたいに掘られるのは困る。そこは正直に言う」  テーブルの上に置かれた明細書。  流星自身の都合があることは、本人も隠していない。明細だけで話のすべてを信じるわけにはいかないけれど、確かめる手がかりにはなる。私は印字された日付を、もう一度見た。 「……ありがとう。受け取っておく」  私は明細書を丁寧に折りたたみ、バッグの中にしまった。  流星はほっとしたように息を吐き出し、軽薄さの残る笑みを浮かべた。 「助かる。俺もさ、寝覚め悪いの嫌いなんだよ。あと、店から変な違約金を背負わされるのも嫌だし」  彼は立ち上がり、名刺入れを指先でくるりと回してから、少しだけ肩を竦めた。 「じゃ、俺はこれで。……あ、今の婚約者さん、怖そうだけど大事にしなよ。記事の写真だけでも、あんたのことで本気でキレてる顔してたから」 「……うん」  蓮の背中が、ラウンジの出口へと向かっていく。  手の中のバッグをきつく握りしめる。  話の裏が取れたら、あの予約に何が起きたのか、ようやくわかるかもしれない。  だが、安堵に包まれたのも束の間だった。  カシャッ。  ラウンジの入り口付近、観葉植物の陰から、微かな電子音が聞こえた気がした。  ハッと
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第494話 密会にされた写真

 スマートフォンの液晶画面の最上部で、デジタル時計の数字が静かに進んでいく。  画面をスクロールするたびに現れるのは、つい先ほど切り取られた、あのラウンジカフェの光景だった。観葉植物の葉の隙間から、まるで密会でもしているかのように収められた二つの影。向かい合って座る茅野朱里と、明るい茶髪を揺らす高梨蓮――源氏名・流星の姿が、悪意に満ちた太字の羅列と共にネットワークの海を漂っている。 『今度は二人目のレンタル彼氏と密会か』 『新ブランド責任者候補の奔放な私生活』  液晶の放つ青白い光が、網膜の奥をチリチリと刺すように痛い。  CEO執務室へ戻ると、湊はすでにその写真を見ていた。午後の室内には、重く冷たい空気が澱んでいた。  デスクの前に座る背中は、私が声をかけても動かなかった。完璧に仕立てられたチャコールグレーのスーツの上着が、窓からの硬い陽射しを浴びて、どこか突き放すような輪郭を描いている。  その机の端に置かれた、白い陶器のカップ。  出かける前に注いだブラックコーヒーの表面には、すでに薄い膜のようなものが浮き、完全に冷めきっていた。湯気の一筋すら立ち上ることはなく、ただ濃黒の液体が静かに溜まっている。一口も、減っていない。 「……少しは口をつけたらどうですか。せっかく上質な豆を選んで淹れたのに、これじゃただの苦い水分になっちゃう」  声を投げかけても、デスクの上の指先はピクリとも動かなかった。  万年筆を握る長い指の関節が、白くなるほど強く固まっている。書類に落とされた視線は微動だにせず、ただ紙面の一点を見つめたまま、時間が停止したかのような錯覚を覚えさせる。  廊下を歩いてくる間も、役員たちに何と言われるか、そればかり考えていた。 『やはり、あの女は危なっかしい火種だ』 『新ブランドの顔にするなど、もってのほかだ』  まだ言われてもいない言葉まで、頭の中で繰り返してしまう。  胃の奥がギリギリと不快な音を立てて収縮していく。過去の浅はかな行動が、こうして何度も何度も、形を変えて足元を掬おうとしてくる。  けれど、何よりも胸を締め付けるのは、周囲の非難の声ではなかった。  目の前で、石のように硬直している男の沈黙。  カップをサイドボードへ置く。思ったより大きな音がしても、湊は顔を上げなかった。  ヒールの音を響かせながら
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第495話 黙り込んだ湊

 内心では、いつものように『何よ、その偉そうな態度は』と毒づく余裕を絞り出そうとしていた。けれど、喉の奥が狭くなって、声が上手く響かない。  ようやく、万年筆を握る指が僅かに緩んだ。  ゆっくりと顔を上げた九龍湊の目は、ひどく冷ややかで、同時に、どこか射抜くような鋭さを帯びていた。  眉間に刻まれた皺が、私を見るといっそう深くなった。 「怒っているわけではない」  返ってきたのは、温度の削ぎ落とされた、低い響きだった。 「業務に支障が出ないよう、事実関係を整理しているだけだ」 「その顔で言われても、信じられません」  湊は答えず、書類から万年筆を離した。 「……高梨蓮とは、何を話した」  唐突に投げ落とされた問い。  声音は静かだった。けれど、拗ねた子供のように万年筆の先を見つめる横顔には、隠しきれない不機嫌さが滲んでいる。  何がそんなに気に入らないのか、話してくれなければわからない。私は彼の目を見ようと、少し身を屈めた。 「蓮さんのこと?」 「……いつから、名前で呼ぶようになった」  ぼそりと返ってきた声が、思いのほか小さくて、拍子抜けした。  黒い瞳の奥で、嫉妬と心配が、行き場をなくしたみたいに揺れている。 「あの男に何か言われたなら、先に知っておきたい。……それに、九龍ホテルの敷地内で二人きりというのは、どう考えても面白くない」  その言い方に、カチンと来かけて、けれどすぐに肩の力が抜けた。  怒っているというより、完全にむくれている。  冷徹な支配者というより、留守番をさせられた大型犬みたいな顔だった。 「彼はもうホストじゃない。それに、ただの偶然よ。私がカモミールティーを飲んでいたら、彼が声をかけてきて……」 「偶然会った相手に、あんなに真剣な顔を見せるものか」  湊は立ち上がった。  椅子が少しだけ後ろへ下がり、床を擦る乾いた音が響く。  湊はデスクの端を回り、私の前で止まった。百八十五センチの長身を見上げると、眉間の皺がいっそうはっきり見えた。 「写真を見た。君は、あの男の前でひどく真剣な顔をしていた。……僕に先に言えばよかっただろう」  じり、と一歩、距離を詰められる。  シトラスの香水の奥にある、男自身の体温の匂いが、呼吸を乱すほど近くに迫ってきた。 「君が僕の名前を背負うと決めてくれたか
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第496話 受け取った理由

 志保さんとの和解を経て、湊がどれほど「奪われる怖さ」に弱いのかを知っている分、胸の奥がチクリと痛んだ。 「帰ってきたばかりでしょう。今、話そうとしてるのに! あなたを置いていったつもりもない!」  声を張り上げ、一歩も引かずに見上げる。 「あの日、来なかった理由を話しに来たの。証拠になるかもしれない明細を持って」 「……証拠だと?」  湊の眉間が、さらに深く歪んだ。 「そうよ。あの日、彼が来なかったのは、携帯の電池が切れたからじゃなかった。……イベント会社が彼の予約を十倍の金額で買い取って、キャンセル扱いにさせたと言っているの。白鳥とのつながりも含めて、本当かどうか確かめたい」  バッグの中から、さっき手に入れた折りたたまれた紙切れを取り出す。  デスクの上に、皺にならないよう丁寧に広げてみせた。  高梨蓮――源氏名・流星の振込明細のコピー。そこには、明確に『株式会社スワン・プロモーション』の文字が印字されている。 「彼は、これを渡しに来たの。私を助けたいっていうより、自分まで悪者にされたくなかったんだと思う。……でも、そのくらいの方が信用できる。綺麗な善意だけで動く人じゃないもの」 「……」  湊は、テーブルの上の紙切れを凝視したまま、言葉を失ったように固まった。  衣服の擦れる音さえしない、静寂。  彼の喉仏が、ごくりと重々しく上下するのが見える。 「私だって、あの日どうして来なかったのか、知りたかった」  一歩、今度はこちらから足を踏み出す。  つま先が、彼の高級な革靴の先端に触れそうなほどの距離。 「真琴さんは、私の過去を使って、私がこの仕事にふさわしくないと言いたいんだと思う。……あなたの力で揉み消してもらったら、私は一生、値札をつけられた契約の女のままだわ。だから、突然声をかけてきた彼の話も、自分で確かめたかったの。会う約束をしていたわけじゃない。黙って会っていたみたいに言わないで」  喉の奥が熱くなる。けれど、ここで目を逸らしたら、また過去に値札を貼られる気がした。  そこまで言って、肩で息をした。  湊は、ゆっくりと顔を上げた。  その瞳の奥に揺れていた不機嫌そうな色は、いつの間にか消え失せていた。代わりに、そこにあったのは、深い後悔と、自嘲の混じった光だった。 「……そうか」  掠れた声が、漏れるよ
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第497話 話を聞く約束

 まだ言い返したいことはあった。けれど、頬に触れる手が思いのほか冷たくて、私はその上に自分の手を重ねた。 「朱里。……僕は、君を疑わない」 「次は、ちゃんと聞く。……あの男の話も、明細も、一緒に確かめよう」  真っ直ぐに射抜いてくる黒い瞳。そこには、もう曇りは一切なかった。 「あんな安い記事も、誰かの悪意も、僕たちの間には入れない。……ただ、頼む。一人で戦わないでくれ」  彼は私の肩をそっと引き寄せ、自分の胸元へと抱き込んだ。  仕立ての良いスーツの生地越しに、逞しい胸板の厚みと、ドクンドクンと刻まれる力強い心音が、ダイレクトに伝わってくる。 「君の後ろには、九龍ホテルがある。……そして、僕がいる。それだけは忘れるな」  耳元で囁かれる、低く甘い言葉。  吐息が首筋をくすぐり、背筋に心地よい痺れが走る。  さっきまでの反発心は、彼のこの不器用な愛情の熱によって、少しずつ解けていった。  本当に、敵わない。この面倒で、重すぎて、けれどどこか可愛い王様には。 「……分かってるよ。でも、たまには格好いいところを見せたいじゃない。プランナーとしての意地もあるんだから」  胸元に顔を埋めたまま、くぐもった声で呟く。  湊の喉の奥から、ククッ、と小さく振動するような笑い声が聞こえた。 「十分、格好いいよ。……僕の自慢の婚約者だ」  髪を愛おしそうに何度も撫でられ、その心地よさに身を委ねる。 「……私が話し終わるまでは、待ってくださいね」 「わかった。努力する」  髪に置かれた手が、申し訳なさそうに一度だけ動いた。  お互いの呼吸が、少しずつ穏やかなリズムを取り戻していく。◇ 数分後、体勢を立て直した湊は、すでにいつもの経営者としての冷徹な顔に戻っていた。  デスクの上の明細書を手に取り、鋭い目付きで印字を睨みつけている。 「この会社とレンタルサービス会社がどう関わったのか、外部弁護士を通して確認させよう。白鳥とつながっているかどうかも、そこからだ。高梨蓮本人の同意がある資料から順に裏を取る」 「名刺をもらったから、ここにあるよ。本名は高梨蓮、源氏名が流星」  バッグから受け取った名刺を取り出し、デスクの上に置く。  湊はそれを一瞥すると、すぐに内線電話のボタンを押した。 「この連絡先に確認を取ってくれ。……丁重にな。外部弁
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第498話 三つの資料

 スマートフォンの画面が、指先が触れるたびに新たな文字列を吐き出していく。  液晶の青白い光に照らされているのは、昨日ラウンジカフェで切り取られた写真の数々だった。高梨蓮と向かい合い、真剣な面持ちで紙切れを受け取る姿。それが、数時間のうちに誇大な見出しをつけられて拡散していた。 『二人目のレンタル彼氏と密会』 『新ブランド責任者候補、金で買った過去の男と再び』  文字の羅列を見るだけで、胃の奥が雑巾を絞るようにキリキリと鳴る。過去の無様な行動、元彼への復讐のために起こしたあの日のトチ狂った選択が、今になって泥の塊となって足元に絡みついてくる。  翌朝、九龍ホテルの最上階の執務室で、高梨蓮から改めて話を聞くことになった。外部の弁護士も同席し、机の資料の日付を一つずつ確認していた。  仕立ての良いスリーピーススーツの背中が、デスクの向こうで微動だにせず、窓からの硬い朝陽を浴びている。九龍湊は、机に広げられた昨日の振込明細のコピーを、長い人差し指の先でトントンと叩いた。乾いた、硬質な音が室内に響く。 「……間違いないな」  低く、温度を削ぎ落とした声。  正面の椅子に座る高梨蓮は、何度もジャケットの襟を直していた。弁護士に質問されると、すぐには答えず、手元の通知を指で追う。昨日の軽口は出てこなかった。 「俺の口座への入金履歴と、当時のシフト変更通知、それから店に残っていた支払通知の控えです。株式会社スワン・プロモーションの名義が出ています。あの日、俺の予約枠を十倍で買い取って、キャンセル扱いにさせた相手です」  高梨蓮の言葉を聞きながら、デスクの端に置かれたブラックコーヒーを見つめる。  朝一番に淹れたものは、とっくに冷めきっていた。  湊は万年筆を持ち直した。キャップを外しかけて、また閉じる。その小さな音で、まだ怒っているのだとわかった。 「入金と予約変更の日時は合っている。ただ、誰が何のために依頼したかは、まだ別だ」  湊がこちらを向いた。私は手元の明細から顔を上げる。  デスクの横、わずか数十センチの距離にいる。ウールの擦れる微かな音と共に、男の纏うシトラスの香りが鼻先を掠める。 「明細は揃った。まず、昨日の写真が資料の受け渡しを撮ったものだと、週刊誌にもネットの騒ぎにも正式に反論できる。あの会社の関係者がどう動いたかは引き続き調べ
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-06-25
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第499話 私の言葉を添えて

 湊は動きを止め、問い返すように眉を寄せた。 「資料だけでは伝えきれないこともあると思うの。『CEOに守ってもらうだけの人』で終わらないために、私も今回のことをきちんと話したい。華枝様が遺してくれた新ブランドの立ち上げを任されたのだから」  まっすぐに見上げる。  黒い瞳の奥に、独占欲と、失うことへの焦燥感が混ざり合った複雑な色が揺らめくのが見えた。  最初の頃の、すべてを金と権力でコントロールしようとしていた姿が頭をよぎる。けれど今、湊は手を止め、私の続きを待っていた。 「君が一人で泥を被る必要はない。九龍としても説明する。……約束した通り、今回の内容も君と一緒に確かめよう」 「ええ。九龍としての説明に、私の言葉を重ねたい。現場で働く一人として、自分の足で立ちたいの」  喉の奥が熱くなる。  ここで彼の背中に隠れてしまえば、私は一生、真琴さんから『お金で買われた女』という値札を貼られたまま生きることになる。  その値札は、自分で剥がさなきゃ意味がない。  湊の手首をそっと離し、ペンを取る。弁護士に確認してもらう声明の案へ、私がレンタル彼氏を予約した事実と、今回は資料を受け取っただけだという説明を書き足した。過去は隠さない。でも、もう一度彼を雇ったという嘘まで引き受けるつもりはなかった。湊は私が書き終えるのを待っていた。 「……頑固な女だな」  湊は、小さくため息を漏らすと、受話器に向けていた手を引いた。  自由になったその手が、ゆっくりとこちらの頭上へ伸びてくる。大きな掌が、髪を少し乱暴に、けれど壊れ物を扱うように愛おしそうに撫で回した。  その手のひらの微かな震えが、髪の毛越しに伝わってきて、胸の奥がきゅっと音を立てて締め付けられる。 「わかった。明日の社交会でも、君の言葉で伝えてくれ。……もちろん僕も同行する。説明の場には一緒に立つと、約束したからな」 「……うん。ありがとう」  冷えきったカモミールティーのカップに手を伸ばすと、陶器の冷たさが指先に移った。  新しい波乱が、すぐ目の前の角まで迫っていることを、冷え切った陶器の感触が静かに告げていた。◇ 翌日。  ホテルの格調高いグランドボールルームのホワイエは、着飾った上流層の夫人たちで埋め尽くされていた。  すれ違うたび、違う香水の匂いがした。夫人たちの胸元や指先
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-06-25
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第500話 姉からの一行

「皆様、そこまでにして差し上げて。……彼女にも、それなりのご事情があったのでしょうから」  真琴の声は、鈴を転がすように涼やかだった。  けれど、その瞳の奥にあるのは、獲物の喉笛を狙うような冷徹な計算だ。 「ただ……結婚式という神聖な場を、復讐の道具にしようとしたことは、少々感心いたしませんわね。私どもの『Swan Bridal』では、そのようなお客様は、お断りしておりますの」  夫人たちの間に、クスクスという上品な、けれど残酷な笑い声が広がる。  真琴は、ゆっくりとこちらに顔を向け、切れ長の目を細めた。 「九龍ホテルの新しい婚礼事業……たしか『Imperial Vows』とおっしゃいましたかしら。責任者が『契約』や『レンタル』や『お金』の匂いをまとった方では、格式あるお客様が不安に思われるのも無理はありませんわ」  ラベリング。  契約の経緯を知らない夫人たちにも、その一言だけは染み込んでいく。誰かが私から目を逸らした。  周囲の視線が、まるで重い石のようになって体中にのしかかってくる。  呼吸が、うまくできない。  喉の奥がひゅっと狭くなり、貼り付けていた営業スマイルが、凍りついたように動かなくなる。  たしかに事実だ。私はあの時、お金でプライドを買おうとした。間違えて、無様な醜態を晒した。  その傷口を、大衆の面前で何度も何度も、綺麗な爪で抉られているような屈辱。  下を向きそうになった、その時だった。  衣服のポケットの中で、スマートフォンが短く、鋭く震えた。  ビクリと肩を揺らし、周囲の目を盗んで画面を点灯させる。  表示されたのは、姉の詩織からの、一行だけの短いメッセージだった。 『値札をつけられたなら、請求書で殴り返せ』  徹底的なリアリスト。区役所仕込みの、容赦のない姉の毒舌。 「泣いてる暇があったら、慰謝料ふんだくる計算しなさい」といういつもの決め台詞が、脳裏を鮮烈に駆け抜けた。  ――そうだ。  私は、何のためにここに立っているの。  泣き寝入りして、可哀想な被害者のフリをするためじゃない。  値札をつけられたなら、自分の仕事の価値で、特大の請求書を突き返してやればいい。  ゆっくりと、肺の底に溜まっていた熱い空気を吐き出した。  指先の震えは、もう止まっていた。  顔を上げ、背筋をピンと定規
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