ツーツーツー、という無機質な音が、耳の奥を冷たく引っ掻いていく。 三度目の切断音。スマートフォンのプラスチックの角を握りしめる指先が、じっとりと湿っていく。 デスクの上に広げられた進行表のラフには、何度も消しゴムで消した跡が白く残っていた。相沢奈々のために選んだマーガレットの配置、ウェディングケーキの段数、当日の音響のタイミング。鉛筆の細い線で細かく書き込まれた文字のすべてが、先ほど流れた短い通話によって、一瞬にしてただの無駄な線の集まりへと変わっていく。 正式発注前だった追加装花の分だけが、狙ったように断られていく。 窓の隙間から滑り込んできた夕暮れ時の風が、ひんやりと首筋を撫でていく。 頭の芯が、冷たい水に浸されたように急速に冷えていく。白鳥真琴のあの隙のない白いレースのドレスと、唇の端を僅かに吊り上げた微笑みが、まぶたの裏にべっとりと張り付いて離れない。ビジネスは理想論だけでは動かないと言い切ったあの声音の冷酷さが、今になって肌の表面をチリチリと焦がしていた。 大手の問屋が、仮押さえの追加分だけを「在庫都合」で引き揚げる。小さなパティスリーが、まだ契約書を交わす前だった特注ケーキの相談を白紙に戻す。音響会社は、正式発注外の追加機材だけを「別案件と重なった」と断ってきた。犯罪ではない。契約違反にもなりにくい。ただの取引の引き揚げ、評判への配慮、あるいは大きな力への忖度。それだけで、長年培ってきたはずの信頼関係の糸が、ハサミでぷつりと断ち切られるように解けていく。 ガチャリ、と重みのあるドアノブが回り、部屋の気圧が僅かに変わった。 漂ってきたのは、いつもの研ぎ澄まされたシトラスの香りと、それを上書きするほどの強い熱。 顔を上げると、九龍湊がチャコールグレーの上着のボタンを外しながら、大股でデスクへと歩み寄ってくるところだった。仕立ての良い生地が擦れる音が、静かな室内に低く響く。 その黒い瞳は、すでにすべてを察知したように鋭く細められていた。「……業者が降りたな」 低い、地を這うような響き。 湊はデスクの端に両手を突き、覗き込むようにしてこちらを見下ろした。ネクタイの結び目が僅
Last Updated : 2026-07-01 Read more