湿った土の匂いに混じって、植物の水分が強引に搾り取られたような、えぐみのある青臭さが温室の隅々にまで立ち込めていた。 入り口のガラス扉を押し開けたまま、足が床に張り付いたように動かない。白いタイルの上を埋め尽くしているのは、数日前まで元気に葉を広げていた伝統品種のマーガレットの残骸だった。数え切れないほどの白い花びらが、ちぎられ、踏みにじられたように散らばり、明け方の淡い光の中で、まるで不吉な雪模様のように床を白く染めている。 すぐ目の前には、太い茎が斜めに鋭く切られた株が、痛々しくのぞいていた。ハサミの金属刃が擦れたのであろう、表皮がめくれ上がった傷口から、透明な汁が涙のようにぽつぽつと溢れ出ている。 「ひどい……」 喉の奥から漏れた声は、自分でも驚くほど小さく、掠れていた。 相沢奈々の式のために、このホテルの温室で数週間、手入れを続けてきた花たち。本邸から株分けされた、華枝様ゆかりのマーガレットだ。大島花園への追加手配を断られても、この白だけは式に使えると信じて出番を待っていた。病気のお母様が最も愛し、花嫁がその手を握ってバージンロードを歩くための、たった一つの道標だったはずの白が、跡形もなく切り刻まれている。 後ろから、激しい衣擦れの音が近づいてきた。 振り返るよりも早く、室内の空気が一気に張り詰める。 九龍湊が、捲り上げられていたワイシャツの袖のまま、大股で踏み込んできた。磨き上げられた革靴が、床に散らばる白い花弁の手前で、ぎりぎり踏みとどまる。 「……っ」 男の短い息遣いが、静かな温室に低く響いた。 手元で固く握りしめられた拳が、小刻みに、けれど激しく震えている。チャコールグレーのスラックスのポケットに突っ込まれたもう片方の手も、生地を突き破らんばかりに強く強張っていた。 その瞳を見た瞬間、背筋の裏側が冷たい水に浸されたように冷えていく。 いつもなら、どんな窮地に陥っても唇の端を僅かに吊り上げ、冷徹な経営者としての計算を巡らせているはずの男だ。傲慢で、不遜で、周囲をすべて見下ろすような王の余裕。それが、今は完全に消え失せていた。 黒い瞳の奥で、濁った熱がせわしなく渦巻いている。 剥き出しになったのは、理不尽に大切なものを奪われ、正気を失いかけている一人の傷ついた子供の姿だった。 「誰が……誰がこん
Last Updated : 2026-07-06 Read more