「手厳しいなあ。朱里ちゃん、姉妹揃って僕への扱いが雑じゃない?」 「征司さんは、そのくらいがちょうどいいと思います」 「ひどい」 征司さんが大げさに胸を押さえる。その横で、志保さんがごく小さく息を吐いた。 「朱里さん」 「はい」 「花は、本邸の温室の白を使うのね」 静かな問いだった。 私は頷いた。 「使いたいです。でも、全部を白一色にはしません。由理子様の白、華枝様の白、志保さんが守ってきた白。……そこに、私がここへ来てから出会った人たちの色も、少しずつ混ぜたいんです」 志保さんの指先が、膝の上でかすかに動いた。 彼女はしばらく黙っていたが、やがて静かに目を伏せた。 「では、本邸の温室の鍵はあなたに預けるわ」 「え」 思わず顔を上げる。 志保さんはいつもの無表情に近い顔で、バッグから小さな古い鍵を取り出した。 真鍮の表面は長い年月で少し曇り、持ち手の部分に小さな傷がいくつもついている。 「華枝様が使っていた鍵よ。由理子の頃から、ずっとあの温室を開けてきたもの」 「そんな大切なもの、私が持っていていいんですか」 「あなたが使わないなら、誰が使うの」 冷たい言い方だった。 けれど、その声の奥にある柔らかさを、もう私は聞き逃さない。 両手で鍵を受け取ると、金属は思っていたよりも温かかった。志保さんの手の熱が残っている。 「ありがとうございます」 深く頭を下げると、志保さんは視線を少しだけ逸らした。 「礼を言うのは、式が終わってからでいいわ。あなたの仕事は、まだ山ほど残っているのだから」 「はい」 その通りだ。 私は鍵を資料の横に置き、赤ペンを手に取った。 花、席、料理、音楽、動線。 ひとつひとつに、誰かの顔が浮かぶ。 自分の結婚式を作ることは、自分の人生に誰を招き、どんな場所を作りたいのかを選ぶことだった。 胸が怖いほど高鳴る。 花嫁としての緊張ではない。 仕事人として、人生の主役として、逃げずに立つための高鳴りだった。◇ 夕方になり、資料の山が少しだけ低くなった頃、会議室の扉が勢いよく開いた。 入ってきたのは、綾辻麗華さんだった。 艶のある黒髪を低い位置で束ね、シンプルな黒のパンツスーツを着ている。昔の彼女なら、部屋に入るだけで誰よりも高価なブランドロ
Last Updated : 2026-07-15 Read more