All Chapters of 入籍しないなら…兄嫁になります!~冷徹社長に溺愛される日々~: Chapter 211 - Chapter 220

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第211話

絵里は、体が宙を舞うような感覚に襲われた。直後、温かな胸に抱きとめられた。続いて、甲高いタイヤの音が響き渡る。まるで、檻の中で暴れる獣の叫びのようだった。恐怖で体が小刻みに震え、背筋を冷たいものが何度も走り抜ける。その時、大きな両手が彼女の耳を包み込んだ。頭上から、低く力強い声が響いた。「怖がらないで。もう大丈夫だ……」絵里は身を震わせながら、その聞き覚えのある声に顔を上げた。目の前には、裕也の見慣れた顔があった。その瞬間、何もかもが吹き飛んで、彼にしがみついた。「さっき……本当に……死ぬかと……」絵里の声は震え、今にも涙がこぼれそうだった。裕也の瞳に痛みが浮かんだ。彼女をきつく抱きしめ、何度も優しく囁いた。そうしてようやく、絵里は落ち着きを取り戻した。その時、救急車への手配を終えた健が、険しい表情で歩み寄ってくる。「社長、和也様が……」裕也は声のする方へと視線を向けた。そこには、血の海に倒れ伏す和也の姿があった。絵里もそれに気づき、「あっ」と短い悲鳴を上げる。恐怖のあまり、その目は大きく見開かれていた。……二時間後。病院。和也は迅速な救命処置のおかげで一命を取り留め、すでに個室の特別病室へと運ばれていた。しかし、コントロールを失ってガードレールを突き破り、対向車線の大木に激突したトラックの運転手は、事故直後に車を捨てて逃走していたのだ。絵里は裕也から、和也が自分を助けようとして撥ねられたのだと聞かされた。彼女を突き飛ばして救おうと飛び出した結果、トラックの犠牲になってしまったのだと。もっとも、実際には裕也が間一髪で現れて彼女を引き寄せたため、トラックの直撃を免れたのだった。事の顛末を聞き、絵里の心境は複雑だった。いずれにせよ、和也が自分を助けようとして事故に遭ったことに変わりはない。結果的に、裕也に一足早く救われたのだとしても。「また、あなたに命を救われちゃったね」絵里は疲労と無力感の滲む顔で、自嘲気味に苦笑した。「彼にも借りを作ってしまった。私の肩には、いくつもの命が乗っかってるみたい」「無事だったんだから、それでいい。余計なことは考えるな」裕也は手を伸ばして彼女の頭を撫で、底知れぬ暗い瞳で彼女を見つめる。「今日はひどく怯えていただろう
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第212話

「母さんは忘れたのか?あなたの両親も亡くなったんだ。まさか、あなたが呪い殺したとでも言うのか?」「裕也っ!」雪枝は怒りで声を震わせ、床を踏み鳴らした。「かつての弟の婚約者を庇って、自分の母親に盾突くなんて。身内より他人が大事だとでも言うの!」「その話を持ち出す時は、呪い殺される心配はしないんだな?」裕也は冷ややかに彼女を一瞥し、鼻で笑った。「ただ婚約していただけで、何もなかったくせに。いつまでもその言葉を口にするなんて、よっぽど姑になりたいらしいな」裕也の言葉には、絵里を庇う意図が滲んでいた。そのためなら、母親を皮肉ることすら躊躇わない、そんな冷たさがあった。絵里は呆然と彼を見つめた。確かに守られているという実感が湧き、思わず鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなった。両親の死、それは、絵里にとって決して触れてはならない傷だった。だが雪枝は、その傷を何度も抉り返し、絵里が苦痛に顔を歪める様を見なければ気が済まないらしい。彼女は歯を食いしばり、真っ赤な目を雪枝に向けて、一言一言区切るように言った。「和也が私を助けるために怪我をしたことには、深く感謝しています。でも……両親はもう亡くなっています。事あるごとに彼らの死を持ち出して、私を侮辱し、傷つけるのはやめてください。あなたの目には、私が取るに足らない存在に映るかもしれません。でも、私は両親にとって大切な、かけがえのない娘だったんです。これ以上私をコケにするなら、両親があなたの夢枕に立つことだってあるかもしれませんよ!」言い終える頃には、絵里は両手をきつく握りしめていた。そうでもしなければ、身体の震えを止められなかったのだ。雪枝は驚愕の表情で彼女を見た。実際のところ、彼女は初めから分かっていたのだ。絵里の本来の性格が、決して軟弱なものではないことを。水原家のただ一人の跡取りとして、彼女は誰よりも自由奔放で我儘に生きてきた。だが、その後和也を愛してしまった。和也に嫁ぐため、ここ数年の彼女は雪枝の顔色をうかがい、自分を卑下し、従順で物分かりの良い態度を貫いてきた。だからこそ雪枝は錯覚してしまったのだ。絵里が弱々しく、いくらでも虐げていい存在なのだと。「絵里、母さんは和也のことが心配で、つい口調が強くなっただけよ。そんな縁起でもないこと言う必要ない
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第213話

裕也は絵里の腕を掴み、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。「傷ついたか?悪意のある言葉なんて気にするな。お前は何も悪くない」彼がそこまで心配してくれるのを見て、絵里の塞いでいた胸の奥がふっと軽くなった。彼女は唇を引き結んで微笑む。「最初はすごく悲しかったけど、あなたが庇ってくれたから、もう平気よ」「ならいい」裕也の眉間から険しさが消え、そのまま絵里を連れてその場を後にした。……家の書斎。健は裕也の前に立ち、交通事故の調査結果を報告していた。「該当エリアの防犯カメラはすべて確認し、運転手の身辺調査も行いました。どうやら今回の事故は、意図的に奥様を狙ったもののようです」裕也が膝の上で軽くリズムを刻んでいた指先がピタリと止まる。彼はゆっくりと瞼を上げ、鋭い視線を向けた。「身柄は押さえたのか?」「警察がすでに連行しました。表向きは飲酒運転として捜査が進められていますが、明らかにそんな単純なものではありません」「手を回せ」裕也の瞳の奥に、凍てつくような殺意が宿る。「触れてはならないものに触れたんだ。相応の代償は払ってもらう」彼がどれほど絵里を大切にしているか、健はとうの昔に理解している。彼は深く頷いた。「畏まりました」シャワーを浴びてベッドに横たわっても、今日起きた出来事を思い出すと、絵里は背筋が冷たくなるのを感じた。電話で一部始終を話すと、梨乃は驚いてベッドから飛び起きた。「ねえ、無事で本当によかった!もし何かあったら、私、どうすればいいのよ。それにしても、和也のやつ一体どうしたの?今更反省でもしたわけ?それとも急に良心に目覚めた?でもね、最終的にあなたを救ったのは裕也なんだから。仮に和也が改心したとしても、絶対に絆されちゃ駄目だからね」絵里に心が揺らぐようなことはなかった。ただ、和也が彼女を庇って病院のベッドで横たわっているのも事実だ。過去に彼がどれほど酷いことをしてきたとしても、今回の一件に関して言えば、人としての筋は通している。「安心して、わかってるから」絵里は自嘲気味に唇を歪め、きっぱりと言い放った。「昔みたいに馬鹿な真似はもうしないわ。今思えば、十年前のあの日、彼が私を助けてくれなかったら、そもそも彼を好きになることもなかったんだもの」もっと言えば、彼女が
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第214話

「俺を脅しているつもりか?」和也の怒鳴り声が漏れ聞こえ、絵里は足から崩れ落ちそうになった。寧々が機嫌を取るように言う。「そんなつもりじゃないわ。ただ、誰にだって過ちはあるでしょう?私に償うチャンスをくれないかしら。どうせ十年前の出来事なんて、もうずいぶん昔の話よ。誰も口に出さなければ、絵里が真相を知ることは永遠にないわ」その瞬間、絵里は血の気が引くのを感じた。まさか、和也は他にも何かを隠しているのだろうか?しかもそれは、十年前のあのことに関係しているというのか?様々な可能性が脳裏をよぎり、絵里は身震いした。「ドアの外で何をしているの?」少し離れたところから、不機嫌そうな声が響いた。病室内の会話がぴたりと止む。絵里はハッとして、声のする方へ視線を向けた。ひどく険しい顔をした雪枝が近づいてくる。「今さら白々しく和也を見舞いに来て、何が目的なの?婚約を破棄したくて、和也と縁を切りたくてたまらなかったはずでしょう?」婚約破棄の一件以来、雪枝の彼女に対する態度はコロコロと変わった。もっとも、雪枝に優しくされることなど、絵里は最初から期待していなかったが。「では、失礼します」言い争う気にもなれず、絵里は踵を返そうとした。「絵里、来ているのか?」ドア越しに彼女の声を聞きつけた和也が、病室の中から呼びかけた。絵里の足が止まる。直後、病室から出てきた寧々が、忌々しげに彼女を睨みつけた。「和也が入れって。あなたに話があるそうよ」絵里は彼女を一瞥し、その瞳に宿る敵意や、雪枝の嫌悪に満ちた視線を無視して、再び病室へと足を踏み入れた。その背中を見送りながら、寧々が不満げに吐き捨てる。「和也の考えていることが分からないわ。あの女のために、何度も傷つくなんて……まさか和也、本当にあの女を愛してしまったんじゃないでしょうね!」雪枝も憤たげに顔を歪めた。「所詮は親なしの小娘よ。水原家という後ろ盾があろうと、あのじじいがくたばれば、水原家なんて骨の髄までしゃぶり尽くされるだけだわ。結局のところ、和也には野心があるのよ。絵里にまだ利用価値があるからこそ、十年前のあの一件をずっと伏せているんでしょう」そう聞いて、寧々の胸のつかえが少し下りた。「でも、あの女のせいで私は藤原家に戻れ
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第215話

絵里は病室に入るなり、手にしていたフルーツを無造作にベッドサイドのキャビネットへ置き、口を開いた。「少しはよくなった?」声は冷ややかで、その表情には微塵の温もりも感じられない。和也は心臓が止まるかと思うほど動揺し、眉をひそめた。「だいぶいいよ。お前が来てくれて、すごく嬉しい」少し間を置き、彼は絵里を深く見つめながら言葉を継いだ。「お前が無事だったことが、何より一番だ」絵里がここへ来たのは、純粋に命を救われた恩義からに過ぎない。ただ、先ほどドア越しに聞こえてきた会話のせいで、彼女の胸中には拭いきれない疑念が生まれていた。「助けてもらったんだから、お見舞いに来るのは当然よ」絵里はじっと彼の顔を見つめた。「それに、あなたは私の命の恩人なんだから。そうでしょう?」和也の胸の内に一瞬、嫌な予感がよぎった。先ほどの会話を聞かれてしまったのではないかと恐れ、探りを入れるように尋ねた。「どうして急に、そんな話をするんだ?」「あの時お前を助けたのは事実だけど、その恩でお前を縛りつけたり、見返りを求めたりするつもりなんてないよ」彼の表情からは何も読み取れず、絵里は淡々と視線を外した。「見返りを求めてないのに、何かあるたびに私の前でその話を持ち出すの?」和也は必死に弁解した。「ただお前に会いたかったんだ。連絡も取れないし、本当にどうしようもなくて……絵里、五年だよ。俺たちの五年間を、本当にそんな簡単に捨てられるのか?」彼が傷ついたような目で絵里を見つめるうなだれたその姿は、まるで捨てられた子犬のように哀れを誘う。いかにも彼女を深く愛しているような、深い愛情と悲痛が入り混じった眼差し。以前の絵里なら、この目を見ただけであっさりと絆されていただろう。だが今、彼女の胸の奥をよぎったのは微かな苦さだけで、それすらもひどく滑稽で皮肉に思えるだけだった。彼女は一つ深呼吸をし、嘲るように笑った。「私たちの関係を、その手で終わらせたのはあなたでしょう?今更そんなことを言われても、滑稽にしか見えないわ」「絵里」背を向けて立ち去ろうとする彼女を、和也が呼び止めた。「もし十年前の命の恩がなかったら、お前はもう二度と俺を相手にしないのか?昨日の事故で俺がお前の身代わりになって怪我をしていなくても、
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第216話

彼がそう言い終えて目を閉じると、脳裏を占めるのは絵里のことばかりだった。過去の記憶が頭の中を駆け巡り、鋭い刃のように、彼の心臓を無数に切り裂いていく。その激しい痛みが、絶えず彼に突きつけていた。絵里はもう、本当に自分を捨てたのだと。タクシーで帰路につく絵里の携帯に、裕也から着信があった。「和也のところ、行ってきたのか?」後部座席に座り、窓の外を飛ぶように過ぎ去る景色を眺めながら、絵里は淡々と、しかし柔らかな声で答えた。「今、帰る途中。もうすぐ家に着くわ」彼女の声音に変わった様子がないのを確認し、裕也はようやく安堵した。「帰ったら少しゆっくり休めよ。今日は神原さんと契約があって、夜は会食だから、帰りが遅くなるかもしれない」「わかった。あまり飲みすぎないでね。後で辛くなるから」絵里が優しく釘を刺すその姿は、ますます妻らしくなっていた。電話の向こうから裕也の低い笑い声が聞こえる。「妻の言いつけだ。絶対に忘れないよ。夜はちゃんとご飯を食べるんだぞ。俺がいないからって適当に済ませようとするなよ。田中さんに監視してもらうからな」強引な言い回しだが、その言葉の端々には彼女への深い愛情が滲み出ている。まったく、子供扱いして。絵里はふっと笑って応じた。「はいはい、ちゃんと食べるわ。見違えるくらい丸々と太ってやるんだから」裕也の笑い声が弾んだ。「そいつはすごい。帰ってその見事な芸を拝見させてもらわないとな」二人は談笑し、電話越しでもその温かな空気が伝わってくる。いよいよ本物の夫婦のような絆が芽生え始めていた。絵里は、この温もりがたまらなく好きだった。母が亡くなって以来、こんな感覚を味わうのは初めてのことだ。家に戻っても、絵里が今日の出来事に引きずられることはなかった。ただ、十年前のあの水難事故のことだけは、どうにか記憶の糸をたぐり寄せようとしていた。十年前、母がこの世を去って間もない頃。家族の愛情を一身に受けて育った幼い絵里は、深い悲しみの底に沈んでいた。だが父は仕事に追われ、彼女の面倒を見る余裕がなかった。それでも娘を悲しみから立ち直らせたいと、彼女をリゾート地へと連れ出したのだ。あの日、そこには裕也と和也、そして寧々もいた。大人たちが休憩所で仕事の話をしている間、彼女
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第217話

絵里は寧々と関わることなど、これっぽっちも望んでいなかった。だが、この誘惑には抗えなかった。罠かもしれないと警戒し、あくまで無関心を装う。「あなたの言うことなんて、信じると思う?つべこべ言ってるけど、結局のところ、私が和也とヨリを戻して、あなたが彼のベッドに潜り込む邪魔になるのが怖いだけでしょ」絵里の言葉はひどく軽薄そうに聞こえたが、その実、鋭い皮肉が込められており、寧々の胸の奥に怒りの炎を燃え上がらせた。「だからこそ、あなたと取引したいのよ!和也と完全に縁を切ってもらいたいからね」寧々は彼女の懸念を見透かしたように、包み隠さず言い放つ。「安心して、あなたを陥れようとなんてしてないわ。今の私たちは目的が一致しているんだから。私は和也が欲しい。そしてあなたは、もう和也と一緒になる気はない。そうでしょ?」絵里の心が揺れる。十年前の出来事は、彼女にとって長年のしこりだった。昼間、病院で聞いたあのこと。あれをはっきりさせないと、頭から離れなくなる。電話を切った後、寧々からテニスクラブの住所が送られてきた。出発する前、絵里は裕也に位置情報を送り、LINEでメッセージを残した。【ここに行ってくるね】送信を終えると、絵里はすぐさま目的地へと向かった。テニスクラブに到着しても、裕也からの返信は一向になかった。彼が忙しいことは分かっていたので、絵里は深く考えることはせず、コートへと直行した。広々としたテニスコートでは、多くの人々が汗を流していた。絵里の視線は、運動中の寧々を的確に捉えた。ピンクと白のスポーツウェアに身を包んだ彼女は、いかにも健康的で活力に満ちて見える。最後のボールを打ち終えてプレイを止めた寧々は、汗を拭いながら絵里の前にやって来た。「結構時間通りじゃない」彼女は笑みを浮かべ、絵里の全身を値踏みするように見回す。「本当に和也と別れる気になったのなら、いいんだけど」「無駄話はいいわ」絵里は冷淡に切り返す。「私を呼び出して、一体何が言いたいの?」「ついてきて」寧々がきびすを返し、奥へ歩き出す。絵里は内心疑念を抱き、すぐには後を追わなかった。数歩進んでそれに気づいた寧々は、振り返って高慢な態度で言い放つ。「安心して。あなたが和也の人生から一刻も早く消えて
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第218話

つまり、今夜のいわゆる「協力」などただの建前に過ぎなかったのだ。寧々の本当の目的は、彼女の口から裕也との関係を直接認めさせることにあった。「違うわ」絵里は微笑みを浮かべながら手を差し出した。「これで答えたわ。証拠を渡してもらえる?」「嘘よ、でたらめ言わないで!」寧々は血相を変えて声を荒げた。「前に人を雇ってあなたたちを尾行させたの。しっかり写真も撮られてるんだから。祝宴の夜、あなたと裕也が邪魔さえしなければ、二人の関係なんてとっくにバレてたはずよ!あなた全然本当のことを言ってないじゃない。あの時、一体誰があなたを助けたのか、知りたくないの?」絵里がわざわざここへ来て彼女に会ったのは、今日の午後、病室の前で彼女と和也の会話を偶然耳にし、疑念を抱いたからだ。だが今の一件で、もう二度と寧々を信用しないと心に決めた。「これが真実よ」「あなた!」寧々は凄むように言い放った。「協力する気がないなら、一生真相を知らなくていいわ」絵里はどうでもいいというように肩をすくめ、口角を上げて冷笑した。「そう。じゃあ、協力の話はなしね」彼女はきびきびとした動作で背を向け、迷いなく歩き出した。寧々はその背中を睨みつけ、陰険に目を細める。手立てならいくらでもある!……雲上倶楽部。豪華な個室では、杯が交わされ、賑やかな宴が繰り広げられていた。江原社長はグラスを片手に方々へ酌をして回っている。顔は真っ赤で、その表情には隠しきれない喜悦が溢れていた。しまいには寿樹の肩を抱き寄せ、世界の新エネルギー車市場を必ず切り開いてみせるなどと、ひたすら威勢の良い公約を並べ立てている。一方、裕也は気怠げにソファの背もたれに身を預けていた。彼もまた頬を酒に染め、すっかり酔いが回っているように見える。だがそんな姿であっても、彼の高貴で端正な魅力は少しも損なわれていない。彼は頭痛を堪えるように眉間を揉み、スマートフォンを取り出した。そこで初めて、絵里から一時間前に送られていたLINEのメッセージに気づいた。送られてきた位置情報は、ちょうどこのすぐ近くだった。すぐに電話をかけ直す。だが、コール音が三回鳴ったところで、一方的に通話が切断された。裕也は再び発信した。今度は、いくら待っても応答がない。瞬時に
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第219話

ほんの少しの間に、手にしていたバッグまで奪い取られ、すぐさま数人の男たちが彼女を取り囲んだ。「すぐ隣に小さな公園がある。あっちへ行こうぜ……」「いいな、ホテル代も浮くってわけだ。はははっ!」「……」下劣な声が絵里の耳に届き、瞬時に忌まわしい記憶を呼び覚ました。以前、和也に辱められそうになったこと。その後、T市で和也が差し向けた数人の酔っ払いに襲われたこと……そして今、目の前にいるチンピラたちを前にして、絵里は恐怖と同時に激しい怒りを感じていた。この切羽詰まった状況で、誰が助けに来てくれるかなど分からなかった。だが、ただ黙ってやられるわけにはいかないことだけは、はっきりと理解している。突如、どこからそんな力が湧いたのか、彼女は一人の男の耳に勢いよく食らいついた。激しい憎悪に駆られ、死に物狂いで噛みつき、絶対に離そうとしない。他の男たちはその様子を見て慌てて彼女を引き剥がそうとしたが、一向に口を離さないのを見て、すぐさま彼女に容赦ない蹴りと殴打を浴びせ始めた。「このクソ女が!今日こそ俺たちでぶっ殺してやる!」「……」暗がりに潜んでその光景を見ていた寧々は、得意げな笑みを浮かべていた。ざまあみろ!もっと徹底的に痛めつければいい!「どうして裕也はまだ来ないの?このままじゃ、絵里、本当に危ないんじゃ……」不安げな声が響いた。声の主は柏川朝美(かしかわ あさみ)。先ほどまでテニスコートで寧々の相手をしていた女性だ。寧々は鼻で笑った。「これでいいのよ。普段から水原家のお嬢様ってだけで見下してるくせに、私から和也を奪おうなんてするから!」チンピラたちの容赦ない暴力を見て、朝美は恐怖に震えていた。「でも、絵里は今、裕也と付き合ってるんでしょ?もし本当に何かあったらどうするの?」「うるさいわね。怖いならさっさと帰りなさいよ、ここでピーピー騒がないで!」寧々が苛立たしげに怒鳴ると、朝美は有無を言わさず逃げるようにその場を立ち去った。絵里は最後に頭を思いきり平手打ちされ、パーンという乾いた音と共に脳が激しく揺れた。もはや耐えきれず口を離し、地面に崩れ落ちる。口の周りを血で染めて倒れ込み、目の前が真っ暗になって今にも気を失いそうだった。男は血が滴る耳を押さえ、怒りで歯をギリギリと鳴らし
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第220話

直後、大勢の視聴者が配信ルームになだれ込んできた。画面に映し出された光景を見て、弾幕コメントが次々と流れる。【これ、何してんの?あの男、裕也に似てない?】【上の人、藤原グループの?あの社長の?】【マジかよ、彼が抱きかかえてる女、誰だ?顔はよく見えないけど、横顔にすげえ見覚えが……】寧々は裏垢を使って顔出しせずに配信しており、これらのコメントを見て即座に疑問に答えた。「水原家の令嬢、水原絵里よ」それに続き、彼女が金で雇ったサクラたちが配信ルームに入り込み、コメントを連投し始めた。【水原絵里?彼女って藤原グループの藤原和也と付き合ってるんじゃないの?しかも学内恋愛だって聞いたけど】【学内恋愛どころじゃないわよ!あの二人、婚約しててもうすぐ結婚するんだから!】これらのコメントが投下されるや否や、配信ルームは瞬時に炎上し、コメントが滝のように流れ続けた。その頃。数人のチンピラたちが叩きのめされ、頭を抱えて地面にうずくまっていた。裕也は何かを察知し、眉をひそめると、鋭い視線をある方向へと向けた。まさに寧々が立っている場所だ。近すぎず遠すぎない距離。彼ははっきりとその姿を捉え、瞳の奥に冷酷な光を宿した。「行け、片付けろ」そして絵里を抱きかかえたままその場を立ち去り、車に乗り込んで真っ直ぐ病院へと向かった。健はそこで初めて寧々の存在に気づき、ハッと息を呑んだ。すぐに頷き、部下を引き連れて寧々の方向へと向かう。寧々が逃げようとした時、すでに逃げ場はなかった。次の瞬間、配信は突如として切断された。……二時間後、病院。絵里は臨時の個室病室に運ばれていた。検査の結果、大きな異常はなく、全身の打撲と軽い脳震盪のみだった。医師からは一日入院して経過を観察し、何も異常がなければ明日には退院できると告げられた。「すまない、お前を守りきれなかった」裕也はベッドの傍らに座り、彼女の手をしっかりと握りしめ、掠れた声で言った。「俺がもっと早くメッセージに気づいていれば、お前を怪我させることはなかったのに」「あなたのせいじゃないわ」絵里は口角を切り、必死に叫んだせいで声も枯れていた。透き通るような白い肌に浮かぶ痛々しい青痣が、いっそう見る者の心を締め付ける。彼女は伏し目がちになり、拳
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