心愛の手に握られていたフルーツナイフが、かすかに止まった。だが彼女は、何事もなかったかのように果肉を一口大に切り分ける。「ええ」「あんなふうに、ずっと跪かせておいたの?」俊輔の声には、驚きが滲んでいた。「昔、学校とか、たまに姉ちゃんの会社に会いに行った時、あの人はいつも高慢で……僕のことなんてまともに見たこともなかった。なのに、今日のあの姿は……まるで負け犬みたいだった」心愛が切り終えたリンゴを皿に置くと、カチリ、と乾いた音が小さく響いた。「人は変わるものよ」心愛はティッシュを一枚取り、刃に付いた汚れを丁寧に拭い取った。「今のあの人は、失って初めて後悔するようになっただけ。そんな安っぽい後悔に、価値なんてないわ」俊輔は向き直ると、心愛の向かいにどっかりと腰を下ろし、身を乗り出して姉の瞳をまっすぐ見つめた。「姉ちゃん、本当のことを言って」少年の喉仏が上下し、その瞳には執拗なまでの真剣さが宿っている。「本当に……もう一ミリも、あの人を愛していないの?」心愛はゆっくりと目を上げ、彼を見返した。「あの人と結婚するために、姉ちゃんは家とあんなに揉めた。僕がまだ高校生だった頃、家に帰るたびに姉ちゃんはマフラーを編んでたよね。真夏なのに、手に汗をにじませながら、あの人の誕生日に間に合わせようとして……それに、あの人は胃が弱いって言って、夜も明けないうちから起きてお粥を作って、魔法瓶に入れて会社まで届けてた……」俊輔の言葉は、次第に熱を帯びていく。「あの頃、あの人を見る姉ちゃんの目は、本当に輝いてた。さっき、あの人は下で跪いて縋ってきた。あんなに大きな会社の社長が、プライドを全部捨ててまで……本当に、何も感じなかったの?」心愛は、静かにその言葉を受け止めていた。表情は微動だにせず、まるで澱んだ水面のように、石を投げ入れても波紋ひとつ立たない。俊輔が言い終え、肩で息をしながら見つめてくるのを待ってから、心愛はわずかに笑みを浮かべた。だがその笑みは浅く、瞳の奥までは届いていない。「俊輔、あなたも言った通り、あの頃の私はお粥を届け、マフラーを編んでいたわ」心愛はナイフを置き、氷のように冷たい刀身を指先で軽く叩いた。「でもね、その時あの人が何をしていたか、知っている?」俊輔は言葉に詰まる。「……し、仕事をし
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