家政婦はすっかり血相を変え、慌てて後ろから制止しようとした。「ちょっと、入っちゃダメだってば!あなた、どうして人の話が聞けないんですか!」しかし、紗夜は足を止めなかった。玄関先で押し問答を続けても埒が明かないことなど、最初から織り込み済みだった。今夜この家に踏み込めなければ、次からは警戒がさらに強まり、潜入の難度は跳ね上がる。リビングとダイニングの間には、ほとんど遮るものがない。異変に気づいた貴臣が顔を上げ、その表情は一瞬で険しく冷え込んだ。後ろから追いかけてきた家政婦は、居たたまれない様子で顔を曇らせる。「旦那様、申し訳ありません……お止めしたのですが……」紗夜はすでにダイニングの手前で背筋を伸ばして立っていた。まず視線を、テーブル脇に座る心愛へと向ける。痩せ細った身体。額には痛々しい包帯。顔色は優れないが、その瞳だけは驚くほど澄んでいた。ただし、その奥には他者を拒むような硬い警戒心が張り付いている。記憶喪失と事故のショックから、まだ完全には回復していないのは明白だった。紗夜はそこで覚悟を固めると、ようやく貴臣へ視線を移した。貴臣はすでに箸を置き、凍りつくような声を放った。「出て行け」一切の余白を持たない、冷酷な命令だった。「ここにお前の居場所はない」だが紗夜はその言葉を意に介さず、最初から交渉するつもりなどないかのように振る舞った。彼女は再び心愛へ向き直り、プロとして整えられた穏やかな口調で語りかける。「深水さん、初めまして。小林紗夜と申します。病院から推薦を受け、深水さんのリハビリおよび夜間看護を担当するために参りました。今後の生活支援、夜間の経過観察、そして頭部外傷の回復に向けたサポートが私の職務です。夜間にめまい、吐き気、睡眠障害、あるいは情緒の不安定さなどがありましたら、いつでもお申し付けください」その話し方は速すぎず、相手に圧を与えない。それでいて、必要な情報は一切漏らしていなかった。心愛はそれを聞き、スプーンを動かす手を止める。そして小さく首を横に振った。「……ありがとうございます。でも、私はもう大丈夫ですので、わざわざお世話いただく必要はありませんわ」その一言で、貴臣の胸の奥で張り詰めていた糸がわずかに緩んだ。彼は紗夜を見据え、隠しきれない嘲意を目に
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