それから、しばらく忙しく時間が過ぎた。 季節は静かに移り変わり、真琴の毎日は、相変わらず忙しさに追われていたが、その中で少しずつ、自分の足で立っているという感覚を取り戻しつつあった。 肩に入っていた力が、ほんの少しだけ抜ける。 それだけで、呼吸が楽になるのだと、最近ようやく気づいた。 そんなある週末。 久しぶりに、大崎から連絡が入った。『今夜、飲みに行かない?』 特別な意味はない、軽い誘い。 断る理由もなかった。 指定されたバーは洒落ていて、落ち着いた照明と心地よい音楽が流れていた。 グラスを傾けながら、仕事の話、昔の広告代理店時代の話、互いの近況。 会話は途切れず、笑い声もある。 それなのに――。(なんだろう……) 盛り上がっていないわけではない。 沈黙も気まずくない。 大崎は変わらず優しく、程よい距離感で接してくれる。 けれど、真琴の胸の奥には、言葉にできない空白が残っていた。 以前なら、この“安心”に、何も考えず身を預けていたかもしれない。 でも今は、それをどこかで拒んでいる自分がいる。「……そろそろ、帰ろっか」 自分でも驚くほど、あっさりと言葉が出た。「え、もう?」 「うん。明日ちょっと用事もあるし」 大崎は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな笑顔に戻り、頷いた。「じゃあ、またな」 駅前で別れ、真琴は一人、夜の街を歩き出す。 明日、特に用事があるわけではなかった。ただ、大崎と別れる『理由』が欲しかっただけ。でもまだ家には帰りたくない。 気づけば、足は自然と、あの方向へ向かっていた。 ――Night Indigo。 ネオンサインが視界に入った瞬間、迷いは消えた。 今夜は、誰かと来る場所じゃない。 ドアを開けると、低く流れるジャズと、落ち着いた空気が迎えてくれる。 久しぶりの感覚に、胸の奥がじんわりと温かくなった。 カウンターへ向かおうとした、そのとき。 真琴は、ふと足を止めた。 ……見覚えのある背中。 姿勢がよく、どこか静かな存在感。 思わず、その隣の席に腰を下ろす。 その人物が、ゆっくりと顔を向けた。「……真琴?」 その声に、真琴は目を見開いた。「……慎一?」 そこにいたのは、旧友――後藤慎一だった。「すっごい久しぶりじゃん!」
Last Updated : 2026-01-14 Read more