その頃、美月は庭で習字をしていた。メッセージを開いた時、片手には筆を持ち、もう片方の手でスマホの画面を滑らせていた。動画の中で承也が抱いている相手が莉奈だと分かった瞬間、筆を握る手に力が入った。乾いた音がして、筆の軸が二つに折れた。折れた筆が地面に落ち、そこにかすかな血の跡がついた。物音を聞いた付き添いの識子が、小走りで駆け寄ってきた。「どうして筆が折れているんですか。桜井様、お手は大丈夫ですか。ああ、血が出ています」美月は表情を変えず、手のひらを一瞥した。折れた筆の断面が刺さったらしく、そこから小さな血の粒がにじんでいる。美月は薄く笑った。「大したことないわ」美月はティッシュを二枚ほど抜き取り、血を適当に拭き取った。夕食の時、美月は少し口をつけただけで、箸を置いた。識子がいくら勧めても、美月はもう一口も食べようとしなかった。識子は少し迷ってから言った。「椎名社長は桜井様のお身体をとても気にかけていらっしゃいます。社長のためにも、もう少し召し上がってください」今の識子には、以前ほど強く言い切ることができなかった。承也が美月に会いに来なくなってから、もう何日も経っている。もともと頻繁に来るわけではなかったが、今回はどこか様子が違うと感じていた。美月はうわ言のようにつぶやいた。「承也が、私を気にかけているの?」「はい。椎名社長は桜井様を気にかけていらっしゃいます」「私を気にかけている、ね」……数日後、椎名財団の会議室の扉が左右に開いた。承也はすでに席についている幹部たちを、冷めた目で一瞥した。幹部たちがプロジェクトの内容を報告し始めたところで、テーブルに置かれていた承也のスマホが鳴った。西苑の洋館にいるボディーガードからだった。電話がつながる。相手が何かを伝えると、承也の冷えた声が落ちた。「病院には運んだのか」電話の向こうで、ボディーガードが答える。「すでに病院へ向かっています」承也は短く返事をして電話を切った。それから、向かいに座る幹部に先ほどの続きを促した。会議が終わると、悠斗が書類を持って承也の後ろについた。「桜井さん側の者から私の携帯に連絡がありました。社長にお会いしたいそうです」社長室の扉が開いた。承也は中へ入りながら、淡々と言った。
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