All Chapters of 初恋と付き合ったら、車椅子の元夫が立ち上がった: Chapter 511 - Chapter 520

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第511話

でも綾は大人になり、あまりにも多くのことを経験して、心に空いた穴も広がっていった。お正月のイベントでは、もうその穴を埋めることはできなかった。特にここ数年、人生の大きな変化が何度かあったからだ。賑やかな場にいればいるほど、心はかえって静まり返った。その後、湊と別れて健吾と再婚したことで、ようやく本当の賑わいと温もりを知ることができた。それも残念なことに……せっかくの良い日に、これ以上考えるのはやめにした。綾は考えを振り払い、幸子に笑いかけて言った。「そうね、山下さん。賑やかにお正月を迎えよう。湊にも喜んでもらいたいし」それに、子供たちにとっても生まれて初めてのお正月だ。ちゃんとした記念にしてあげないと、せっかくのカメラも無駄になっちゃう幸子は頷くと、買い物リストを手に準備に取り掛かった。湊と綾は本来あまり賑やかなことを好む性格ではないが、子供たちはちがう。寂しい思いはさせられない。ビアンカは大晦日の午前まで中野家の屋敷にいた。青木家の人が迎えに来たとき、帰りたくないと言って駄々をこねた。綾は優しく諭した。「おじいさんたち二人でお正月を過ごすのは寂しいでしょ?だから帰って一緒に過ごしてあげてね」ビアンカは子供のような心根だが、恩義を感じることはできる。心残りではあったが、綾から貰ったプレゼントを抱えて、何度も振り返りながら車に乗り込んだ。綾は門のそばで手を振り、ビアンカを見送った。車が遠ざかり、角を曲がって姿が見えなくなるまで、目を逸らさなかった。家に戻ると、明里から電話があった。「綾、うちのお母さんが綾と子供たちを家に招待したいって言ってるの」綾は申し訳なさそうに断った。「明日、私が二人を連れてそっちに挨拶に行くわ。今夜はお邪魔しちゃ悪いから」「分かったわ。明日、お母さんに美味しいものを作らせるね」明里は、綾が一人きりの湊を放っておけないのだと察し、無理には誘わなかった。綾は電話を切ると、後ろに湊が立っているのに気づいた。湊は穏やかな口調で言った。「気にしなくていいよ。後藤家は賑やかだから、子供たちを連れて行ってあげて」「自分の家があるのに、お正月に人の家に行けるわけないでしょ?」綾は呆れたように言い捨て、湊の横を通り過ぎた。「ボーッとしてないで、『伯父さん』でしょ!
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第512話

綾はベビーシッターと一緒に、子供たちに新しい服を着せた。二人の子は人形のように可愛らしく、赤い服を着た姿はまるで絵の中から飛び出してきたようだ。幸子は屋敷のあちこちに、飾りつけるよう指示を出していた。静まり返っていた屋敷も、一気に賑やかなお正月の雰囲気になった。綾は子供たちの写真をたくさん撮り、成長記録のアプリにアップロードした。このアプリは妊娠した時から使い始めて、お腹の中にいる頃からずっと記録をつけている。湊が瑞希を優しく抱き上げ、「綾、一緒に写真を撮ろう」と言った。「いいね」綾はそう応じてベビーシッターから壮真を預かり、湊の隣に並んだ。幸子が湊のスマホを手に取り、二人の写真を撮ってくれた。「綾様、笑ってくださいね。湊様、そんなに顔を硬くしないでください。お二人も赤ちゃんたちも、本当に見とれるほど素敵です」幸子は写真を撮りながら褒めちぎる。ただの日常の一コマだが、彼女のおかげでプロが撮ったような良い雰囲気になった。湊は撮れた写真を見返して、顔を上げて尋ねた。「これ、インスタに載せてもいいかな?」「いいよ。でも、子供たちの顔は隠してね」と綾は釘を刺した。一つには、健吾の知人に見つかって転送されるのを避けたかったから。もう一つは、子供たちのプライバシーを守るため。自分たちのような家柄では、何があるか分からないから。湊もその点を理解し、快く承諾した。彼はスタンプで子供たちの顔を隠し、瑞希の方には特にかわいいスタンプを使った。そして【久しぶりの団らん】というメッセージを添えて投稿した。投稿して間もなく、多くの「いいね」と祝福のコメントが届いた。事情を知らない人たちは二人が復縁したのだと思い込み、コメント欄では【お父さんになったんですね、おめでとうございます】の言葉で溢れかえった。子供たちの顔が見えないのに【やっぱり父親に似ていますね】なんてお世辞を言う人もいる。その反応を見た湊はあえて説明もせず、知らないふりをしてスマホをポケットにしまった。夕食が終わると子供たちは早めに眠りについたので、湊と綾はリビングでテレビを観た。テレビを観ていると言いつつ、実際の綾は仕事の関係者からの年始の挨拶への返信で忙しそうだった。一通り連絡が終わった頃、湊がポツリと話し始めた。「子供の頃はテ
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第513話

もし綾がスクロールを続ければ、湊が投稿した内容や、そのコメントも見られるはずだった。でも今夜は更新が多すぎて、少し見てすぐに飽きてしまった。なんとなく、綾はスマホを閉じた。「年越し参りに行かない?」湊が急にそう言った。湊をがっかりさせたくなかったけれど、綾には行く気力がなかった。「いいや。外は寒いし」「それじゃ、ちょっと出かけてくる。すぐ戻るよ」湊は台所に寄って温かいおかずと、誠が好きそうな料理をいくつか持ち出した。綾はその行先を尋ねることなく、外に出て顔を上げた。夜空に星々が輝く。幸運なことに、ドローンが演出する花火まで見られた。ビアンカに黒猫の置物をもらったあの大晦日を思い出す。もう2年も経ったのか。遠い過去のように感じられる。健吾との間も、あの頃に戻ってしまった。いや、あの頃よりずっと遠く、他人同士になってしまった。綾が健吾を想う一方で、健吾もまた彼女のことを考えていた。雲の上、飛行機の窓際で健吾は身を寄せている。もう東都の領空に入っていた。雲の下に街の明かりがぼんやり見えている。本当は今日の午前中に帰る予定だったが、悪天候で何時間も遅れた。せめて綾の好きな花火だけでも見せてやりたくて、中野家の屋敷から見える場所でドローンショーを行うよう手配した。綾は気づいただろうか?もしかしたら子供たちの世話や、湊の相手をしていて、夜空を見上げる余裕すらないかもしれない。時計に目を落とす。東都の空港に着く頃には、もう11時を過ぎているだろう。いつもは冷静な健吾なのに、今はじれったくてたまらない。飛行機がゆっくりすぎるように思えた。目を閉じてみたけれど、瞼の裏にはずっと綾の姿が焼き付いている。溢れ出す想いが止まらない。窓の外に広がる街の灯りが流れていく。そのたびに胸が痛んだ。突然、スマホが震えた。鼓動が高鳴る。けれど、すぐに思い出した。綾はもう自分をブロックしているんだった。期待は一瞬で崩れ去り、絶望に変わった。健吾は送り主を見る気にもならない。綾からではない通知なんて、どれも興を削ぐだけだ。その息苦しさは着陸まで続いた。車の手配を確認しようとスマホを手に取ったとき、雅也からの通知が目に入った。雅也は明里の元夫。そして明里は綾の親友だ。心がざわつき、健吾は思わずそのメッ
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第514話

飛行機が東都に着くと、空港のアナウンスが「新年おめでとうございます」と響いた。健吾が腕時計に目を落とすと、針はちょうど午前零時を回ったところだった。見慣れた土地に立ち、見上げた夜空には星が輝いてるが、その光は胸が痛くなるほど眩しかった。車に乗り込むと、健吾は運転手に静かに命じた。「中野家へ」この時間帯、多くの人が家族と過ごしているせいか、道は驚くほど空いていた。健吾は高級シートに深く寄りかかり、目を閉じた。外の賑わいなど自分には無関係だと遮断するように。静かな車内には、ヒーターの暖かさだけがその疲れた体を包んでいた。道の途中で、突然スマホの着信音が鳴り響いた。気だるげに電話に出るやいなや、カタリナの激怒した声が耳に届く。「チェッコ!私に黙ってソフィアと離婚するなんて、しかもエステ家の取引先までソフィアに紹介したって?何を考えているの?」健吾の口元に、冷ややかな笑みが浮かんだ。「俺が何をしようとしているか、もう気づいているんでしょ?」「まさか、エステ家との縁を切るつもり?」激しい憤りからか、カタリナの声が震えている。「特別な理由がなければ、俺とビアンカがI国の土を踏むことは二度とない」「あなたたちは私の子供よ!母親の私にそんなことをしていいと思っているの?」「おやすみ」そう告げて、健吾は電話を切った。カタリナの性格はよく分かっている。今、彼女が取り乱しているのは子供を失ったからではなく、自分たちが彼女の支配から完全に離れてしまったからだ。何を言っても無駄だ。すぐさまかかってきたカタリナからの二度目の着信を、健吾は迷わず切り、着信拒否にした。血のつながりがあろうとも、そこに苦しみしかないのなら、縁など切ってしまえばいい。ふと、頭の中を綾の顔がよぎった。綾は早くに両親を亡くした分、何よりも血縁を大切にしていたはずだ。今では子供もいて、念願の幸せを手に入れたことだろう。健吾は目を伏せ、スマホの端を指でなぞる。今回戻ってきたことで、また綾の平穏な生活を邪魔することになるのか。「中野家に到着いたしました」運転手の声で我に返るが、健吾は外を見るだけで、降りる素振りさえ見せなかった。この時間なら、綾はもうぐっすりと眠っているだろう。中に入るつもりはない。ただ、綾のそばにいられれば
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第515話

健吾は湊を上から下までゆっくりと見下ろすと、鼻で笑った。「他人の子どもの父親になりたがるなんて、あまり感心できる趣味じゃありませんね。そんなに子供が欲しいなら、ご自身で奥さんをもらえばいいでしょう?もっとも、その体じゃ2階へ上がるのも一苦労だろうし、ベッドの上なんて論外でしょうけれど」湊は袖の中で両手を強く握りしめ、指先が白くなるほど力を入れた。もし一枚のガラスが隔てていなければ、拳は迷わず健吾の顔面を捉えていただろう。湊は奥歯を噛み締め、怒りのあまりかえって冷笑を浮かべると、ポケットからライターを取り出し、カチリと火をつけた。その揺れる炎を、車の窓の隙間から車内へと投げ入れた。「気でも狂ったのか!」健吾は罵声を浴びせると、投げ込まれたライターを拾い上げ、窓の外へと力任せに放り投げた。本革のシートには、焦げ付いた黒い跡が残っていた。健吾は険しい顔つきで窓を閉めると、新年の冷たい夜気の中、車を走らせて中野家の屋敷を後にした。道端には、放り出されたライターが冷たい風の中でひっそりと転がっていた。湊もまた、冷ややかな視線を向けながら、二度と健吾が東都の土を踏むことなどないよう願っていたのに。しかし、現実は違った。綾の穏やかな日常がやっと戻ってきたというのに、健吾は戻ってきた。どんな代償を払ってでも、これ以上健吾に、綾を傷つけさせるわけにはいかない。以前、自らの不覚が原因で綾に多くの苦労をさせてしまった。そんなことは、二度と繰り返せない。湊は怒りの感情を心の奥に封じ込め、屋敷の中へ入った。中庭を抜けて、綾が暮らす静かな離れへと足を向ける。周りはひっそりとしていて、庭灯がいくつか灯っているだけだった。綾はもう眠っているようだ。湊はその場にしばらく立ち尽くしていたが、念のために防犯カメラを確認した。健吾の侵入はなく、綾も外出していない。それを確かめて、ようやく胸をなでおろした。自室に戻り、ベッドに倒れ込んだ湊は、スマホでインスタを開いた。「家族4人の写真」という投稿には、友人たちからお祝いのメッセージが次々と寄せられていた。何度も繰り返しその投稿を眺め、湊は満足げに笑みを浮かべた。そして、投稿の公開設定を絞った。綾と明里の二人は、フォローを外す。友人の中で、うっかり事実を口にしかねないのは明里だ
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第516話

朝食を済ませると、綾は子供たちとベビーシッターを連れて、後藤家へ年始の挨拶に出かけた。胡桃は綾たちが来るのを知っていて、早々に玄関先で待っていた。胡桃は二人の子供を次々に抱き上げ、顔いっぱいに笑みを浮かべた。「二人とも前回より重くなったわね。白くてふわふわで、本当にかわいい子たちだわ」胡桃に案内されて綾が室内に入ると、リビングのカーペットではユズちゃんが真剣に積み木で遊んでいた。綾は笑顔で歩み寄り、ユズちゃんをひょいと抱き上げると、そっと厚いお年玉をその手に握らせた。「ユズちゃんに、幸運がたくさん訪れるように」ユズちゃんはお年玉を握りしめ、コロコロと笑い出した。明里は物音に気づいてキッチンから顔を出した。濡れた手を拭きながら、外へと出てくる。「ようやく来たのね。お母さんは朝からずっと待ちわびていたのよ」胡桃は笑いながら二つのお年玉を子供たちに差し出した。その眼差しは優しさに溢れている。「さあ、お年玉よ。あなたたちはもう、私の孫みたいなものなんだから。美味しいものでも買って食べなさい」綾は代わって受け取った。「この子たちに代わって、おばあちゃんにお礼を言いますね」「いいのよ。ほんの気持ちだから」胡桃は子供たちをしばらくあやしてから立ち上がった。「少し料理を作ってくるわ。綾ちゃんは明里とゆっくり話していなさい」「ありがとうございます、お手数をかけてしまいまして」明里は綾の隣に座った。「お母さんは苦労だなんて思ってないわ。最近は『孫が3人いるの』って、ママ友たちに自慢ばかりしてるんだから」考えれば、そんな「おばあちゃん」を持てるのは、二人の子供にとって幸運なことだ。ユズちゃんが生まれたとき、綾が彼の名付け親となった。その後、綾の子供たちが生まれたときは、胡桃がその名付け親になった。胡桃は自然と「祖母」という立ち位置になり、これからは子供たちも皆、胡桃を「おばあちゃん」と呼ぶようになるだろう。綾は唇を引き締め、子供たちに視線を落とすと、胸の奥がじんわりと温まった。胡桃は二人をこれ以上ないほど大切に扱ってくれていて、実の祖母だとしてもここまでできる人は少ないだろう。「そういえば、昨夜の湊のインスタ見た?」明里が急に尋ねてきた。綾は首を振り、お茶を一口飲んだ。「昨夜は早めに寝ちゃったから
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第517話

ベビーシッターが慌てて説明した。「壮真様がユズ様の積み木を取っちゃって、ユズ様が怒っているんです」明里はユズちゃんの頬に自分の鼻先をくっつけ、優しく言い聞かせた。「ユズちゃん、そんなに独り占めしちゃだめだよ」綾が笑みを浮かべ、穏やかな目で見守る。「自分のものを守りたいお年頃よ。独り占めだなんて言わないであげて」彼女はそう言いながら壮真の手からその積木をそっと取り、ユズちゃんの手のひらに戻した。それから、壮真には別のおもちゃを渡した。綾の子たちはよく眠る年頃だ。しばらく遊ぶと、ベビーシッターに抱っこされてお昼寝に向かった。本当ならユズちゃんも寝る時間だったが、今日は家が賑やかで興奮しているのか、なかなか目を閉じようとしない。お昼時になって、ようやく小さな体がぐずり始めた。明里がベビーシッターに連れて行かせ、寝かしつけてもらった。断続的な泣き声が消えると、明里は満足そうに伸びをした。「ようやく静かになったわ」胡桃が明里をたしなめるように見つめ、母親として当然のことを諭すように言った。「もう母親なんだから、責任感を持たないとね」明里はわざと間延びした声で応じた。「分かってるよ、お母さん」するとすぐに振り向いて、綾に愚痴をこぼした。「お母さん、毎日母親としての心得について説教してくるの。本当、うんざり」綾は笑って言う。「あなたをこんなに立派に育てたんだもの。見習わなきゃね」明里はすぐに親指を立てた。「さすが、言うことが違うわ。勉強しなきゃダメそうね」胡桃が綾の皿に魚を取り分け、気の毒そうに言った。「綾ちゃん、もっと食べなさいよ。産後とはいえ、随分と痩せてしまったわね」「医者からは正常な体重だって言われてるし、今の状態を維持するだけで大丈夫ですよ」「今度こそ、ゆっくり体を休めなさい。産休はまだ何ヶ月かあるんでしょ?」綾は返した。「正月明けには職場に戻るつもりです」子供たちはまだ小さいので、一日中側にいる必要もない。明里が眉をひそめる。「そんなに早いの?家でゆっくり子供たちと過ごさないの?」綾は説明した。「手掛けているプロジェクトが上半期中に終わるから、進み具合を調整しに行かないと」本当はもう少し休む予定だったが、家にこもっているのにすっかり飽きていた。明里は少し考えて言った。「じゃあプロジ
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第518話

午後、綾は明里と胡桃とトランプをして遊んでいた。そこへ、彰人からの電話がかかってきた。「綾ちゃん、運転手をよこすから、子供たちを連れて夕飯を食べに来ないか?」綾は丁重に断った。「おじいさん、子供たちの寝る時間が早いので、申し訳ありません」出産以来、彰人と冬馬が何度も見舞いに訪ねてきたが、綾はそのたびに何らかの理由をつけて断っていた。「それなら明日でもいい」彰人は断る隙も与えずに続けた。「綾ちゃん。健吾と別れたのは分かっている。それでも俺は家族だと思っているんだ。難しいなら、俺がそちらへ行ってもいい。とにかく子供たちの顔が見たいんだ」「おじいさんにそんな無理をさせるわけにはいきません」綾はそう答えつつ、明里に目配せをした。幼馴染みのあうんの呼吸で、明里はすぐに状況を察し、わざと声を張り上げた。「綾、早くしてよ。次は綾が出す番でしょ?カード持ってるの?持ってないの?」受話器の向こうで物音を聞いた彰人は、急いでこう言った。「綾ちゃん、邪魔してすまなかった。明日、待っているからね」「おじいさん、また改めてお返事します。では、良いお年を」そう言うと、綾はすぐさま通話を切った。明里が「7のペア」を場に出した。「健吾のおじいさんから?」「そう。子供たちを青木家へ連れて来いって。次は『10』」胡桃は綾からカードを一枚引き、手札を整えながら綾を見つめた。「ずっと隠し通すのも限界よ。逆に怪しまれるだけじゃないかしら?」綾は泣きそうな顔をした。「まだいい案が思い浮かばないんです」健吾のせいで、子供たちの見た目が似すぎて隠しようもない。明里は頬杖をつきながら「キング」のペアを出した。「ねえ、いっそ偽装結婚でもしたら?」綾は明里からカードを一枚引いた。「変な案は出さないで。また離婚騒ぎを起こしたら、私『離婚専門』みたいな扱いになっちゃう」胡桃は慎重に手札を眺め「8のペア」を場に出した。「よかったら、私がしばらく実家の家に子供二人を連れて帰ろうか。ユズちゃんも一緒なら寂しくないし」「3人合わせたら、胡桃さんも目が回っちゃうでしょう?」「何人かお手伝いの人を雇えばいいわ。私が横で見ているから大丈夫」明里は胡桃からカードを一枚引くと、残りの札を伏せた。そして話を変える。「隠すのは良くないわよ。もう認めたら?正直に言
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第519話

電話を切ると、まるで綾は火傷でもしそうな勢いでスマホを手放した。明里が噂好きな顔で近寄ってくる。「健吾が出たの?」綾はうなずく。「気にしないで。どうせ、もうお断りしたから」胡桃が微笑む。「だったら子供たちを連れて、私たちの実家へ遊びに行かない?」明里も勧める。「そうだよ。ユズちゃんと私も行くの。お母さんと昨日の夜から話してたんだから」綾は戸惑う。「ご迷惑じゃありませんか?」明里は言う。「あそこに広い別荘があるから大丈夫。お手伝いの人を4人連れてきても部屋は足りるわよ」綾は東都にいても用はないと考え、気分転換に行くことに決めた。中野家の屋敷に戻ると、さっそく湊にこのことを伝えた。湊は笑う。「妊娠してから遠出なんてしてないよね。正月休みのあとも仕事だし、いい機会だよ」綾は、青木家の人たちと一緒じゃなければ、どこへ行っても構わなかった。特に今は健吾が戻ってきたのだから、離れるのは好都合だ。夜、子供たちの持ち物をまとめた。さらに二人のベビーシッターを呼び、着替えの用意をするよう伝えた。幸子も同行したそうだったが、綾はやさしく断る。「山下さん、大晦日に休みを取るって言ったでしょ?これを機に実家へ戻って親戚に会ってきて。子供なら心配ないわ。後藤家にも私の知ってる人がたくさんいるから」「そうですか。では、ありがたく休暇をいただきます」幸子は幼い二人の小さな手を握り、目元を潤ませた。「子供たちと離れるのが寂しいですよ。綾様、帰る前日になったら電話をください。すぐに戻ります」子供たちが生まれてからというもの、幸子は1日たりとも離れたことがなかった。「分かったわ。この数日間は実家でゆっくりしてね」綾は忘れ物がないかチェックする。自分の物は最悪現地で買えば済むが、子供たちの服や道具はそうはいかない。幸子ともダブルチェックを行い、やっと一息ついた。こちらが灯りも明るく温かなのに対し、青木家は冷え切っていた。彰人がソファでため息をつく。「綾ちゃんは青木家と縁を切りたいんだ。お前のせいだぞ。あの子たちは本当にお前の子なのか?」健吾を見つめる彰人の目には厳しい失望が浮かんでいる。健吾は窓際に立ち、背を向けて沈黙していた。長い時間の末、彼は断言する。「俺の子で間違いありません」「ともかく、な
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第520話

3人の子供を連れての外出は、一苦労だ。綾たちは正午近くに東都を出発し、T市へ向かった。東都からT市までは、車で約2時間の距離だ。ところが、子供3人はベビーシートを嫌がり、体をくねらせて泣き声を上げていた。そのため、パーキングエリアに寄るたび、運転手に停車を頼んで子供たちを休憩させなければならなかった。途中の昼食休憩も含め、後藤家の別邸に到着した頃には夕方になっていた。幸い、邸宅は掃除が行き届いており、すぐに入居できる状態だった。後藤夫妻は、部屋割りや荷物の整理と大忙しだった。綾が手伝おうとすると、胡桃は笑って制した。「綾ちゃんと明里は休んでて。私たちがやるから」拓也もすかさず言葉を添えた。「胡桃、お前も休んでなさい。俺が片付けるから」「あなたに任せてはおけないわ。大人はともかく、子供たちの支度は慎重にしないと」胡桃はそう言いながら、手際よく向こうへ歩いて行った。拓也も楽しそうに胡桃の後を追い、その言いなりになるのも厭わないといった様子だった。T市に来た初日の夜、拓也は親戚の付き合いで外出することになった。胡桃は酒飲みの騒がしさを嫌い、一緒には行かなかった。彼女は綾の手を取り、優しく微笑んだ。「綾ちゃん、T市は東都ほどの都会ではないけれど、良い所よ。明日は明里と散策してきたら?子供たちの面倒は私たちがみるわ」「ありがとうございます」と綾は感謝を伝えた。「お礼なんていらないわ。退職してからは、孫との時間が楽しみなのよ。あなたたちは仕事もあって大変なんだから、たまの休日ぐらい楽しんできなさい」隣で聞いていた明里が、すでにスマホで行き先を検索し始めていた。「ここから近い碧峰山には、まだ雪が残ってるみたい。明日、ハイキングに行かない?」綾は喜んで答えた。「いいわね。ハイキングなんて久しぶり。ちょうど防寒着と靴も持ってきてるの」昨夜のうちに周辺情報を調べていたため、準備は万端だった。大学生の頃、綾は健吾の影響もあり、アウトドアが好きだったのだ。明里は綾にもたれかかった。「二人きりで遊びに行くなんて、最後はいつだっけ?」綾は少し考えて言った。「高校の時かな」二人は違う大学に進学した。一人は東都、もう一人は別の市だった。おまけに綾が大学に入ってからは、出かける時はいつも健吾と一緒
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