All Chapters of 初恋と付き合ったら、車椅子の元夫が立ち上がった: Chapter 731 - Chapter 740

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第731話

「何がおかしいんですか?」ソフィアが問い詰める。颯太は少し考えてから、真面目に答えた。「臆病者の自分がおかしいからです!」ソフィアは口角を上げ、視線を真っ直ぐ前に据えたまま、バイクのアクセルを全開にした。強い風が正面から吹き抜ける。金色の巻き髪がバサリと颯太の顔を叩き、髪の隙間からかすかに香りが漂った。「家はどこですか?送ってあげます」ソフィアが聞いた。颯太の声が風に溶けた。「ソフィアさんが連れて行ってくれる場所なら、どこでもいいですよ」ソフィアは軽く笑った。「颯太さんがそう言ったんですからね」彼女は迷わずハンドルを切り、エンジンを唸らせながら郊外へ向かった。十数分もすれば、街の灯りは遠くに消え、あたりは深い闇に包まれた。民家は一つもなく、ただヘッドライトの明かりだけが、前方の暗闇を切り開いていく。ソフィアは背後の颯太が今も荒い息をしているのを感じていた。臆病な人だ、と内心で思う。けれどそんな颯太が、黙って背後に座り、自分という導き手と共に果てしない闇の向こうへ走り去ろうとしている。その瞬間、ソフィアはふと自由の気配を感じた。健吾と一緒にいた時には、一度も味わったことのないような自由。これまでは、いつも媚びへつらい、相手に合わせて自分を見失っていた。でも今は、何をしても許されるような気がする。背後の男は震えるほど怖がっているのに、迷うことなく自分に従い、一緒に暗闇へ飛び込んでくれるのだから。颯太はソフィアの心の中までは分からない。恐怖など微塵もなく、期待で胸がいっぱいだった。心臓が高鳴るのは、ソフィアにこうしてしっかりとしがみつき、その背中を胸で感じながら、未知の場所へ共に向かっているから。そのぬくもりを感じるたび、全身の細胞が歓びに震えているようだった。30分後、バイクは海辺に止まった。打ち寄せる波の音が暗闇に響く。今夜の月は隠れているが、それでも微かな銀光が海面をゆらゆらと照らしていた。ソフィアはヘルメットを脱いで適当に置き、髪をなびかせて海へと走り出した。岸に着くと、勢いよく足を蹴り上げ、ヒールを砂浜に放り出した。裸足で冷たい海へ入り、波にドレスの裾を濡らす。颯太はそのすぐそばで立ち止まる。昏い月の下、高身長で美しいソフィアが裾をなびかせ、白い足を海水に沈めながらさらに深み
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第732話

潮の香りと湿った夜風が二人を包み込んでいた。颯太は目の前のソフィアをじっと見つめる。彼の目は、闇夜の海よりも深く沈み込んでいるように見えた。ソフィアは顔を少し上げ、呆然と颯太を見つめ返した。健吾のようなハーフ特有の鋭い顔立ちとは違うけれど、目の前のこの東都の男性も捨てたものじゃない。目鼻立ちは健吾ほど彫り深くはないが、どこか温厚で誠実な雰囲気を纏っている。驚いたことに、今その温かさの中に、荒波のような野性味が宿っているのが見えた。ソフィアは赤い唇を軽く開いて背伸びをすると、颯太の唇に自分から触れた。二人の唇が重なった瞬間、颯太の全身を強烈な電流が駆け巡った。背筋がぞくりと震え、指先まで痺れるような感覚だった。彼は反射的にソフィアの腰を引き寄せた。薄い服越しでも伝わってくる熱さは、今にも彼女を溶かしてしまいそうだった。二人の鼓動が激しく重なり合う。ずっとこの時を待ちわびていたかのように。颯太の瞳には隠しきれない欲望が浮かび上がる。月光が海面に砕け散るように、隠しようもないほど真っ直ぐな光を放っていた。あまりに温かいその感覚が恋しくて、颯太は目を開けることもできなかった。今にもこの夢が覚めてしまいそうだった。二人は、頭上の雨雲がいつの間にか去っていったことに、気づかなかった。夜空には煌々とした月が昇っていた。鏡のような海面には、重なり合う二人の影がくっきりと浮かんでいる。しばらくして、ソフィアは颯太を軽く突き放した。息を弾ませながら、頭上の月を見上げる。くっきりと浮かび上がる月。まるで今の複雑な心境を映し出しているかのように、掴みどころがない。颯太の瞳を見た瞬間、ソフィアの中で何かに突き動かされた。理屈じゃなく、彼と唇を重ねたくなったんだ。ただ、隣にいるこの男は月と同じで、美しくはあるけれど、決して人を焼き尽くすことはしないタイプだ。月のように静かな眼差しで、颯太はソフィアを見つめていた。月の光に照らされて、その白い肌には冷たい光沢が乗り、少し腫れた唇は、まるで押し花にされた薔薇の花弁のように赤く潤んでいた。颯太の喉がごくりと鳴った。ソフィアはその動きを、横目でしっかりと見逃さなかった。彼女は小首を傾げて視線を送ると、いたずらっぽく尋ねた。「颯太さん、もしかして私にときめいちゃったのでしょうか?
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第733話

ホテルに着くと、ソフィアはバイクを停めたが、降りようとしなかった。颯太がバイクの横に立ち、咳払いをした。「いつ東都へ帰るんですか?一緒に帰りましょう」「明日の午後、私がプライベートジェットを手配しておきましょう」ソフィアはそれだけ言い捨てると、颯太を待つこともなくバイクの轟音を響かせ、闇の中へと走り去った。颯太はホテル前でしばらく佇んでいた。あっけなく去っていく背中を見送り、再び不安が心に広がった。しかし、考え直した。たとえソフィアにとって自分が旅の途中で出会った、束の間の存在にすぎなくても、十分すぎる価値がある。翌日、綾はソフィアから二人が午後に東都へ帰ると聞き、二人の関係が順調に進んでいるのだと推測した。昨日、健吾にソフィアのことを聞いたが、彼はソフィアのビジネス上の実績しか把握していなかった。そこで改めてルーサーに話を聞き、ようやくソフィアの人物像を少しずつ組み立てることができた。ルーサーいわく、ソフィアは高慢でクールな性格で、長年、健吾以外に誰をも心に留めることはなかったそうだ。友人もごくわずかで、他人と積極的に関わろうとはしない人だ。そんなソフィアが颯太を自分のプライベートジェットに乗せて帰ることを許したのだから、相手を認め、友達として受け入れ始めたのは間違いないだろう。綾は思わず感心した。颯太は研究一筋だと思っていたが、こんな手札も隠し持っていたのか。特に今回は、ソフィアへの積極的なアプローチが見事と言うほかない。綾がそのことを健吾に話すと、彼はイライラした様子で人差し指を立て、綾の唇に当てて不満げに言った。「今は家族とのバカンスだ。綾は俺たちのことだけ考えていればいいんだよ。よその男のことは放っておけ、分かったか?」綾は健吾の手を払い除け、笑って返した。「はいはい、分かったわよ」出発前、運転手と部下がやってきて、トランクに荷物を詰め込んだ。健吾は子供たちを一人ずつ抱えて下り、綾とマーガレットがその後に続いた。一行が車に乗り込むと、車は穏やかな潮風を感じる海沿いの道へと向かった。子供たちは水遊びも砂遊びも大好きだ。海が最初の目的地であれば、二人もきっと大はしゃぎするだろう。海岸で車が停まるやいなや、子供たちは真っ青な海と黄金色の砂浜を見つけて、大興奮で車から駆け出そうとした。
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第734話

綾と健吾は、1週間ほど海外で休暇を過ごした。二人とも仕事が忙しく、早々に帰国することにしたのだ。戻った翌日、壮真と瑞希を連れて青木家を訪ね、彰人に挨拶をした。そこにはソフィアの姿もあった。ソフィアは東都に来てからずっとここに居候している。ビアンカが、どうしても帰そうとしないからだ。綾たちが到着すると、一番喜んだのはビアンカだった。「家がずっと静かだったから、賑やかになって本当に嬉しいわ!」健吾が提案した。「天気もいいし、庭でバーベキューをしよう。綾、颯太さんにも声をかけておいて」「分かったわ」綾が颯太に連絡してから30分もしないうちに、彼がやって来た。車から花束を3つも抱えて出てきたのを見て、綾は思わず冷やかした。「颯太さん、花屋にでも転職したの?」颯太は穏やかに笑うと、その花束をソフィア、ビアンカ、そして綾に手渡した。さらに、骨董品の陶磁器と最高級の茶葉を、彰人と冬馬にプレゼントした。そして最後に健吾に向き直り、頭を下げた。「青木社長、ささやかな品ではございますが、お気に召していただけましたら幸いです」健吾は冷ややかな声で返した。「うちに、颯太さんの相手を務められるような令嬢はいないので、媚びを売る必要はありません」颯太は困ったように頭をかき、横目でチラリとソフィアを窺った。ソフィアは受け取った花束を使用人に任せると、ビアンカの日焼け止めを塗る手伝いに没頭している。二人が東都に戻ってから、颯太は何度もソフィアを食事や遊びに誘った。だが、いつも断られてばかりだ。理由を尋ねれば、ソフィアは決まって、「ビアンカに付き添わなきゃいけませんので」の一点張りだった。そんなのはただの言い訳だと、颯太は分かっている。ビアンカも一緒に連れていけばいいだけの話なのだから。空港で別れてから、ソフィアに会うのはこれが初めてだった。健吾が使用人にバーベキューの準備を命じる横で、綾はビアンカを連れ、台所に料理を取りに行った。綾は声を潜めて訊いた。「ビアンカちゃん、最近ソフィアさんと颯太さんは会ってるだけなの?」ビアンカは首を振った。「ううん。颯太さんと一緒に食事に行かないか聞いたのに、断られたわ」綾は眉をひそめた。もしかして、この二人、もう終わってしまったの?窓の外を見ると、颯太が隙を見つけて話しかけよう
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第735話

健吾が串焼きを1本手渡した。「俺は牛肉と羊肉を。ありがとうございます」颯太は無造作にそれを受け取り、「綾さんは?」と尋ねた。綾はあわてて言った。「私は好き嫌いなんてないわ。みんなが食べないものがあれば、私にちょうだい」健吾はおそらく昨日からバーベキューを計画していたのだろう。食材はあらかじめ準備されていたが、どれも綾の好物ばかりで、わざわざ選り好みする余地などなかった。綾は瑞希と話をしているソフィアに目をやり、促した。「もうプロの調理スタッフに任せようよ?颯太さんも私たちとお話ししよう」健吾が颯太を誘ったのは、颯太とソフィアの仲をとりもつためであり、料理をさせるためではない。ところが颯太ときたら、ソフィアから相手にされないのをごまかすように、袖をまくり上げてそのまま焼き役に没頭し始めた。綾がそう言うと、健吾はすぐに焼き物が得意なスタッフを呼び寄せた。颯太は綾の意図を察し、手に持っていた山盛りの串を置いた。「綾さん、自分がどうしてもソフィアさんにいいところを見せたかったんだ」綾は思わずくすりと笑った。「ソフィアさんは最高のシェフの料理だって食べ尽くしているわ。野菜でバラの花を作ったって、その心は動かないわよ。それに、ソフィアさん一人に向けて焼くんじゃなくて、全員の分を焼いているでしょ?特別な気持ちが伝わらなければ、心を打つことはないわ」颯太は腑に落ちた顔をした。「なるほど……綾さん、勉強になりました」颯太は焼き上がった野菜を皿に盛ると、意気揚々とソフィアの元へ歩いていった。「お前みたいな鈍感なやつが、いつから恋愛の先生になったんだ?」綾は健吾をちらりと見た。「それにしても、なんでいつもそうやって神出鬼没なの?」いつもこうだから慣れてはいるが、心臓が持たない。健吾は綾に串焼きを手渡した。「食べてみて。俺が直接焼いたやつだ」「ありがとう。お疲れさま」綾は微笑み、近くにいたビアンカを呼んだ。ビアンカがソフィアの隣から駆けてきた。「綾、どうしたの?」綾は湯気の立つ肉の串を渡した。「食べてみて」ビアンカは受け取ると匂いを嗅いだ。「これ、ソフィアと一緒に食べるね」綾はビアンカを呼び止めた。「ここで私と一緒に食べていってよ」ビアンカは何も考えず、「うん!」と頷いた。健吾は不服そうな顔
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第736話

颯太はソフィアの真意を測りかねていたが、彼女が自分を遠ざけようとしていることは痛いほど伝わってきた。その感覚は決して颯太を落ち込ませたり、惨めな気持ちにさせたりはしなかった。結局、これと似た感覚はかつて綾に対しても味わったことがあったからだ。あの時はそのまま諦めた。しかし今回は、そう簡単に引き下がるつもりはなかった。颯太は酒瓶を手に取るとソフィアのグラスに酒を注ぎ、彼女の前に押しやった。「一緒に飲みましょう」ソフィアはそれを受け入れ、軽くグラスを合わせた。「お仕事、頑張ってくださいね」颯太は小さく笑った。「それ以外のお祝いはないんですか?」ソフィアは少し考えた。「颯太さんは、お仕事以外に願うことなんてなさそうですから」東都に滞在して1週間以上が経つ。ソフィアは自分から颯太に会いに行きはしなかったが、つい気になって界隈の人間から彼の生活について聞き回っていた。返ってくる答えはどれも同じだった。この男は仕事のことしか頭になく、研究所が自宅も同然で、食事すら機械の傍らで済ませてしまうという。あまりにストイックすぎる男。ソフィアには、そんな颯太を傷つけることは到底できなかった。言葉を失った颯太は、自嘲気味な笑みを浮かべたまま、グラスの酒を一気に飲み干した。思いを寄せる相手を射止めるのにこれほど腐心することになると知っていれば、実験の時間を削ってでも、どうすれば他人を惹きつけられるのか、その視線に隠された暗示をどう読み解くのかを学ぶべきだった。ソフィアが颯太を突き放していた間、彼はパソコン内にデータベースを構築し、なぜソフィアが自分を無視するのかを論理や変数で分析しようと試みた。しかし、いくら分析を重ねても、決定的な結論は導き出せなかった。人の感情はこれほどまでに移ろいやすく、心動く瞬間や自分を律する気持ちは、決してデータに収束できるものではない。少し離れた席に座っていた綾は、颯太が酒を呷る様子を眺めて心配そうに漏らした。「颯太さん、恋も始まらないうちに失恋してしまったんじゃ……」健吾はその様子を横目に見て、感情のない声で言った。「気にするな。あいつに代わってソフィアを口説くことなんてできないだろう?」綾はグラスに口をつけながらも、やはり気に病んでいた。「理屈はそうだけど、やっぱり何か手伝ってあげたくて」
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第737話

ソフィアがぼんやりとしたその瞬間、颯太は突然身を乗り出し、彼女の額にそっとキスをした。驚いたソフィアは反射的に一歩下がり、頬を瞬時に赤く染めた。「何するんですか!」颯太は無垢な顔でソフィアを見つめ、穏やかに言った。「ごめんなさい。キスというのはそちらの礼儀だと聞いたんだが、俺のやり方は標準的ではなかったでしょうか?ソフィアさん、手本を見せてくれませんか?」ソフィアは頬を熱くした。颯太がわざとやっていると気づいていたが、それでも背伸びをして顔を寄せた。「これが正しい礼儀よ、覚えておいてください」そして半歩退くと、何事もなかったかのように振る舞った。「もう行ってください。夜は風が冷たいから、私はもう戻ります」少し教えてあげただけだ。純粋な人間をからかったわけではないと思いたい。颯太の胸の鼓動は激しく鳴り響いていた。頭はふらつき、まるで宙に浮いているようだ。彼はソフィアを見つめ、低い声で呟いた。「ソフィアさん、おやすみなさい」体を反転させて車へと向かう足取りは軽く、思考が飛んでいた。つまずきそうになり、ドア付近で危うく転びかけた。その様子を見たソフィアは、思わず口元を押さえて笑った。純粋な人は面白い。ほんの少し優しくしてあげただけで、こうも夢中になるのだから。ソフィアはその場で、颯太の車のテールランプが遠ざかるのを見送った。笑みが消えると、そこには名付けようのない喪失感が漂った。ソフィアは大きく息を吸い、胸の奥底で渦巻く感情を押し込めた。悲しむことなどない。I国に戻れば山のような仕事が待ち受けているし、稼げるプロジェクトが采配を待っている。忙しさに身を任せれば、この短い出来事も日常の騒がしさに紛れ、いつか忘れてしまうはずだ。青木家の庭で、戻ってきたソフィアを見て綾が歩み寄った。「ソフィアさん、もう少し長居していけばいいのに」「いいえ、会社の方が忙しいので」とソフィアは返した。そして、一呼吸置くと、誠実な微笑を浮かべて言葉を続けた。「綾さんが留守の間、私は正体を隠して御社とその研究室で働いていました。綾さん、本当に素晴らしい仕事をしているのですね」綾は胸が熱くなり、瞳を輝かせた。「ありがとうございます。ソフィアさんにそう言ってもらえるなんて、すごく嬉しいです」ソフィアは腕を広げて綾を抱きしめ
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第738話

ソフィアはヒールの音を響かせて颯太に近づき、遊び心のある口調で言った。「どうしてここにいるんですか?」颯太は我に返ったが、視線はソフィアの顔から離れず、心臓が跳ねた。「I国に来たらご飯をおごってくれるって約束、まだ生きてますか?」ソフィアはそっぽを向いて、ふっと笑った。「そこまでして私と食事がしたいんですか?」颯太は頷き、至って真面目に答えた。「食べることが好きだし、特にソフィアさんと食べる食事が何よりも好きなんです」青木家から酔って出てきたあの日、颯太の胸の中には割り切れない複雑な感情が渦巻いていた。しかし、一つだけ確かなことは、もうソフィアに夢中だということだった。ソフィアが数秒間颯太を見つめた。街灯の下で、その青い瞳が透き通っている。「付いてきてください」颯太は車に乗り込み、助手席で大人しくしていた。ソフィアがハンドルを切り、まだ暖かい光を灯すレストランへと車を走らせた。「夜も遅いし、今開いているお店は少ないから、我慢してくださいね」「大丈夫です」と颯太は答えた。もともと食事を目当てに来たわけではないので、何を食べるかなんてどうでもよかった。ただ少しでも長く、たとえ何も喋らなくても、ソフィアのそばにいたかっただけだ。二人は窓際の席を見つけ、向かい合って座った。外からガラス越しに見る二人は、美男美女で、絵画のように美しかった。すると、ソフィアがメニューを差し出した。「何か頼んでください」颯太は手元を見て、あえて手間のかかる料理を2つ選んだ。そうすれば、食事をゆっくり続けられるからだ。ソフィアがワインを1本頼み、グラスに注ぎながらゆっくりと口を開いた。「颯太さん、この食事が済んだら約束は果たしたことになります。これからは私を追いかけないでください」颯太の顔からさっと血の気が引いた。「どうしてですか?もう俺にはソフィアさんに近づく機会さえないっていうのでしょうか?」ソフィアは肘を突き、手を組んで、その顎を優しく手の甲にのせた。顔には淑やかな微笑を浮かべているが、その眼差しには冷めた温度しかなかった。「颯太さんは杉本グループの唯一の男性、私は家系を統べる者で、物理的にも数万キロ離れているのに、どうやって近づくんですか?」ソフィアは今の地位を捨てるつもりはなく、また颯太が自分のために
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第739話

ソフィアは何か言いかけたが、根っからのプライドがそれを許さなかった。彼女はすぐに表情を殺し、一瞬込み上げた悲しみをぐっと堪えた。「颯太さんも早くお休みください。では、失礼します」颯太が返事をするのを待たず、ソフィアは背を向けて車に乗り込んだ。車が走り出す際、ルームミラーで見ると、颯太はまだその場に立ち尽くしていた。「心から大切にする」なんて、所詮はその程度なのね。近づきたいと言っておきながら、たった数言で退散するなんて、本当の腰抜け。チャンスを与えなくて正解だった。期待なんてしなくてよかった。さもなければ、とんでもない笑いものになるところだった。ホテルに戻った颯太だったが、ベッドに入っても寝つけずにいた。冷徹な表情で自分の名前を呼ぶソフィアの顔が、頭から離れない。颯太は意を決して起き上がると、深夜便を予約して、その夜のうちに帰国することにした。飛行機が雲を抜けていく中、ある決意を固めた。他人から見れば正気とは思えない、だが自分にとっては当然の帰結ともいえる選択だった。帰国後、颯太はすぐさま杉本家の屋敷に戻り、家族全員を招集した。リビングに集まったのは、出張中の父親を除いた全員だった。祖父の宗介が杖をついて上座に座り、3人の姉たちも顔を揃えていた。全員が揃うと、颯太は真剣な面持ちで口を開いた。「今日は報告があります。結婚を前提に考えているI国の女性がいます」リビングに沈黙が降りた後、母親の真由美が心から安堵したような声を上げた。彼女は顔を輝かせ、両手を合わせた。「本当!?ついにその気になったのね!」しかし真帆だけは眉をひそめた。この弟の性格を誰よりも分かっているからだ。単に恋愛しているだけなら、わざわざ家族をこんな風に集めたりしない。真帆はソファに深く座り、颯太をじっと見つめながら落ち着いた声で促した。「それで?続きをどうぞ」颯太は息を深く吸い込むと、「これからI国に行き、婿入りします」と告げた。早口ではあったが、その一言一句が、そこにいる全員の耳に突き刺さった。宗介が立ち上がり、怒りのあまり髭を震わせた。理由を聞く間もなく、彼は杖を振り上げて颯太に殴りかかろうとした。颯太はすんでのところで身をかわしたが、目は逸らさなかった。「どんなに叩かれても、行くつもりです」真由美の表情か
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第740話

真帆が顔を上げ、静かな眼差しをそこにいる全員に向けた。最後に颯太を見据えて、落ち着いた声で言い放った。「いいんじゃないですか?颯太がI国に行くのなら、私たちの誰かが跡を継げばいいだけの話でしょう?」真帆は、関心がなさそうに冷たく笑った。「おじいさん、そんな脅しは通用しないわ。おじいさんが亡くなれば、お葬式を出すのも遺影を持つのも私たちよ。まさか骨壺から這い出してきて、私たちに手を上げることなんてできないでしょう?」その言葉が終わると、リビングは静まり返った。次の瞬間、陽葵が堪えきれず吹き出した。宗介はティーテーブルを激しく叩き、湯呑みをガタガタと鳴らした。「真帆!お前は颯太が戻るまでの代理で経営を任されているに過ぎん、あまり調子に乗るな!」真帆が冷ややかな笑みを口元に浮かべたまま、瞳には何の熱も宿っていなかった。さっきの発言はわざと宗介を怒らせるためだったが、本音も混ざっていた。真帆だって、本当は颯太が東都から離れてほしくなどなかった。颯太は子供の頃から正直者だ。もし異国へ渡ってまで婿養子になり、人のお荷物扱いでもされたら目も当てられない。姉として、想像するだけで胸が詰まる思いだ。さらに不可解なのは、以前あんなに綾に執着していた颯太が、なぜ急に詳しく知りもしないI国の女に心変わりしたのかという点だ。どこかで騙されているのでは?あるいは恋の病で頭がおかしくなったか?いずれにせよ、颯太には自分の目が届く場所にいてほしかった。真帆は眉をひそめて立ち上がると、突き放すような口調で言った。「会社で急ぎの仕事があるので失礼します。おじいさんも、ひ孫が遺影を持つまで長生きしてくださいね。間違っても、私たちに都合のいいことばかり起こらないようにね」真由美はその言動が到底看過できるものではないと焦り、真帆を軽く叩いて急かした。「もう行って、仕事に遅れるわよ」真帆は小さい頃から意志が強く、妥協を知らない性格だ。身内以外の親戚たちからはあまり快く思われていなかった。もし宗介に何かあれば、また何を言われるか分からなかった。宗介は不機嫌そうな顔をしていた。真帆に杉本グループを任せるなんて、彼にとって苦渋の決断だった。真帆の姿に、かつての美羽の面影を重ねる。だが真帆は、美羽よりもずっと向こう見ずで、感情を隠そうとも
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