All Chapters of 初恋と付き合ったら、車椅子の元夫が立ち上がった: Chapter 551 - Chapter 560

733 Chapters

第551話

綾は湊の冷たい手を握り、そっと撫でて、「嫌な人のことなんて、気にしなくていいわ」と励ました。湊は彼女を見て、小さく笑った。「お前が青木社長にしたことのように?」綾はそれには答えず、話題を変えた。「あなたの体はずいぶん良くなったんだから、急いで遺言書を作ることはないわ。将来、結婚して自分の子供を持つかもしれないし。私と子供たちのお金なら、もう十分あるから」湊は綾の意図的な距離感を感じ取り、こう言った。「結婚して子供を作るつもりはない。綾の子供は、俺の子供と同じなんだ」二人が健吾に似ているとしても、特に壮真は健吾に瓜二つで、正直なところ可愛がれるはずがなかった。だが、瑞希は綾に似ていて、湊はまるで宝物のように可愛がった。湊は話題を続けたくなくなり、瑞希を抱きかかえて食卓を離れた。「瑞希ちゃん、帽子を被ろう。外に出てひなたぼっこしようか」綾はスマホの画面を凝視し、冷めた笑みを浮かべた。【この街から出て行ってください。湊はあなたに会いたくないし、話も聞きたくないんです。もう二度と邪魔をしないでください】アンナはそのメッセージを読み、スマホを強く握りしめた。綾の分際で、何様よ?この女は疫病神だ。湊に災いをもたらすだけだ。しかし、健吾から頼まれているものはまだ手に入っていないため、怒りをこらえるしかなかった。【湊の邪魔はしないから、綾さんが一度会ってくれませんか?】【あなたとは縁もゆかりもないし、会う必要はありません】綾が送信すると、すぐに着信拒否をした。やるべき大切なことが山ほどあり、こんな人間に時間を割く余裕はなかった。以前は敬意を払っていたのは、アンナが湊の母親だったからだ。でも湊を傷つけ、当の本人も母親など欲しがっていない今、こっちが良い顔をする義理はなかった。アンナはメッセージを返したが、いくら待ってもスマホの画面に既読はつかなかった。彼女は怒りに任せてスマホをソファに投げつけた。自分がこの街から離れるわけにはいかない。綾が他人の子供を中野家に連れ込むなんて、断じて許さなかった。突然スマホが鳴った。非通知の着信だと分かると、アンナは腹を立てながら、「誰?」と言い放った。電話の主はアンナ以上に威圧的で、「借金を返せないなら、家を差し押さえる」と言ってきた。アンナは顔を強張
Read more

第552話

アンナは以前、V市のカジノで働いていた際、園芸係の手伝いもしていた。少し覚えた技術を活かしてここの臨時作業員として採用され、即日から働き始めた。休憩やトイレの時間を利用して敷地内を回り、子供たちがよく集まる場所を把握した。昼休憩が終わると、親たちが子供を連れて続々と現れた。アンナは愛想の良さそうな中年の女性に話しかけた。「ここは子供が多いですね。うちの息子のためにここに部屋を買おうと思っているんですけど、孫に遊び友達ができるか心配で」「ええ、子供はたくさん住んでますよ。お孫さんはいくつですか?」「1歳過ぎです。ここに外国の子供はいますか?」相手は警戒した様子で尋ねた。「どうしてそんなことを聞くのですか?」アンナは優しく笑った。「幼い頃からバイリンガルな環境に慣れさせたくて、息子が以前海外で働いていて、今年帰ってきたばかりなんです」「そうなんですね。心配しなくていいですよ。ここは外国の子供も多いし、ハーフの双子ちゃんだっていますよ。すごく可愛い子たちですよ」アンナの心臓が跳ねた。今話していたのは、間違いなく綾の子供たちのことだ。「へえ、ハーフの子供って可愛いですよね。見てみたいですが、どこにいますか?」「あの子たちは夕方になってから出て来ますよ。お世話をするベビーシッターさんが3人もついていて、すごい陣立てですよ」「楽しそうですね。立地も良いし、息子にすぐ相談します」アンナは適当な理由をつけて作業に戻った。今日中に子供たちが見られないことを懸念したアンナは、解雇されないよう人一倍仕事に精を出した。勤務終了前、傾きかけた太陽を見て、腹痛を理由に早退を願い出た。熱心な勤務態度から、責任者もそれ以上は咎めずアンナを帰した。アンナは人目を避けて子供たちが集まる広場へ行くと、予想通りたくさんの子供がいた。3人のベビーシッターに双子という特徴。それを見た瞬間、アンナは綾の子供たちだと直感した。彼らの周囲には褒めそやす人だかりができていて、写真はおろか、子供の顔をはっきり確認することさえできない。アンナはスマホを握りしめ、人混みに割って入った。不意をついて、素早く子供たちのツーショットを撮った。立ち去ろうとしたその時、肩を強く掴まれた。「今、うちの子を勝手に撮ったでしょう!」幸子がアンナ
Read more

第553話

アンナは周囲を人々に取り囲まれ、スマホを見せないことには立ち去れない状況だった。観念した彼女はバッグからスマホを取り出し、写真フォルダを開いた。「ほら、どこにでもある植え込みの写真でしょう?」男の一人がアンナからスマホをひったくり、アルバムの中をめくった。「確かに子供の写真はありません」アンナは涙ぐみながら言い訳した。「このマンションを調べていたのは、息子にここを買わせようと思ったからです。息子はこのあたりのマンションだって買える身分です。そんな私が、人さらいなんかするはずないでしょう?」野次馬たちの表情がわずかに和らいだのを見て、アンナはさらに涙を絞り出した。「あなたたちにこんなふうに濡れ衣を着せられては、もう生きていられません。死んだ方がマシですよ」そう言ってバッグからカッターを取り出し、手首に当てて脅しをかけた。慌てた周囲の人がアンナを止める。「これは……誤解だったようですね。家族で引っ越してくるのなら歓迎しますよ。これからは近所付き合いもよろしくお願いします」「そうですね、こっちこそ勝手な勘違いで失礼なことをして、すみませんでした」アンナはタイミングを見計らってカッターを捨て、涙を拭った。「私にも1歳の孫がいるから、心配する気持ちは分かります。でも、こんな酷い疑いをかけられたのは初めてで……」誰かが幸子を突き飛ばした。「ねえ、この人に謝ってくださいよ」「すみません、私が悪かったです」幸子はしぶしぶ謝罪したが、群衆の裏手に回ると、すぐさまこっそりアンナの写真を撮った。どう考えても合点がいかない。さっきアンナは、明らかにスマホのレンズを壮真と瑞希に向けていたからだ。子供たちを連れて外に出ている間、幸子は神経をすり減らして子供たちから片時も目を離さなかった。そんな状況で見間違うはずなどない。一呼吸置いてから、幸子はアンナの写真を綾に送り、面識がないか尋ねてみた。群衆の中、アンナは一通りの泣き言を並べ立て、首尾よくその場を立ち去った。マンションを離れて車に乗り込むと、アンナは全く同じ型のもう一つのスマホを取り出した。写真フォルダの双子の顔にボカシを入れると、すぐに健吾へ送信した。相手からは秒速で返信が来た。【馬鹿にしてるのか?こんなボカシだらけの写真など何の役にも立たん】【元の写真な
Read more

第554話

アンナはそれ以上何も言えず、元の写真を送信するしかなかった。スマホの着信音に、健吾がさっと反応した。送られてきた子供たちの写真を見ると、彼は狂喜乱舞し、ソファに倒れ込んで声を上げて笑った。物音を聞きつけたビアンカがやってきて、「チェッコ、何を笑ってるの?」と尋ねた。健吾はスマホの画面を閉じ、それを心臓の上に当てて、満足そうに笑い続けた。やはり自分の子だ。綾との子なのだ。健吾が正気を失ったのかと思ったビアンカが、「チェッコ、頭でもおかしくなったの?」と怪訝そうに聞いた。健吾は勢いよく立ち上がり、晴れやかな表情を見せた。「ビアンカ、すごく機嫌がいいんだ。欲しいものがあるなら言えよ、なんでも買ってやる」ビアンカは間髪入れず「遊園地が欲しい!可愛い夢みたいな遊園地!」とねだった。健吾は「いいよ、すぐに建設の手配をする」と即座に約束した。「やった!完成したら、壮真くんや瑞希ちゃんを呼んで一緒に遊ぶわ」健吾はにやりと笑い、ビアンカを追い返すと、書斎で二人の写真が写った画像をプリントアウトし、財布の中に大事そうにしまった。そして秘書にメッセージを送り、アンナへ謝礼金を支払わせた上で、取引の内容は口外するなと釘を刺した。ただでさえ冷え切っている綾との仲だ。もしこのことが知られれば、二人の関係は修復不可能になるだろう。……仕事から帰った綾は、手を洗うなり二人の子どもと遊んでいた。キッチンから顔を出した幸子が、「綾様、私がお送りしたメッセージはご覧になりましたか?」と声をかけた。綾は首を振り、「いえ、まだ見ていなくて。どうしたの?」と答えた。研究所での作業が忙しく、昼休みに子供の動画を見たきり、午後から一度もスマホに触れていなかったのだ。「夕方、私たちでお子様たちと散歩に出ていたら、少し変わった女性と出会ったんです。どこかで見たような顔で……その方の写真を送信しておきました」不穏な空気を感じた綾は、慌ててスマホを開き、写真の中の人物が一目でアンナだと確信した。幸子は会ったことがないので、本人だとは知らないのだ。「それで、その女性は何をしたの?」「お子様の写真を撮っているみたいでした。なのにその女性のスマホを確認しても写真が残っていなくて……一体どなたでしょうね?」綾は眉をひそめ、「湊の母
Read more

第555話

綾はアンナの電話番号をブロックリストから外し、発信した。アンナの悠然とした声が響く。「あら、綾さん?何か用ですか?」綾は油断せず、通話の録音を始めた。彼女はストレートに尋ねた。「なぜ、子供を盗み撮りしたのですか?」「世間では湊の子供ってことになってるんでしょう?祖母として見に行って何が悪いのでしょうか?」健吾の警告もあり、アンナは核心については黙秘した。綾は冷ややかに言い放つ。「あの子たちは湊の血を引いていません。今後一切、あの子たちに近づかないでください」「そんなに敵意むき出しにしないでくださいよ。もしかして、湊と私を切り離そうとしてるのでしょうか?」「アンナさんが湊に絶縁されたのは自業自得ですよ。敵意じゃなく、用心しているのです。だって、あなたは盗み撮りをしたでしょう?」ただ様子を見たかっただけなら、なぜ写真を撮る必要があったのか?子供のこととなると、綾は相手の悪意を疑わざるを得なかった。アンナは鼻で笑った。「手切れ金をくれるなら、写真を消してあげてもいいですけど」「断ったらどうなりますか?」「あの子たちに何が起きても知りませんよ。よく考えてください。双子なんて、思いのほか価値がありますからね」「よくも……」心臓が張り裂けそうになった瞬間、受話器から冷酷な「ツーツー」という音が流れた。この手の賭け狂いに目を付けられたら、金を払ってもきりがない。葛藤の末、綾は車を走らせて警察署へ向かい、証拠として録音データを提出した。待つこと1時間あまり。警察に連行されてきたアンナは、綾を見るなりせせら笑った。「随分と用意周到ですね。湊を骨抜きにするだけのことはあります」綾は無視し、警察に自身の要望を伝えた。「この人が私の子供の写真を、一体誰に送ったのか突き止めてください」椅子にふんぞり返るアンナは涼しい顔だ。「私は一切撮っていません。被害妄想が激しいんじゃないですか?」警察は声を張り上げる。「証拠は揃っているので、スマホを見せてください」アンナは仕方なくスマホを差し出した。しかし、中身を調べても、怪しい写真や記録は残っていなかった。「もう一台持っているはずです」「スマホなんてこれ一つですよ」強弁を貫くアンナとの攻防が続く。警察官が同僚に何かを伝えると、同僚は何かを調べ
Read more

第556話

湊は周囲を見回すと、最後は綾のほうを見て止まった。彼がここまで駆けつけた以上、綾にも隠し通すことはできなかった。彼女は溜息をつくと、事の顛末をありのままに話した。話を聞き終えた湊の顔色がサッと青ざめる。彼はアンナの目の前まで歩み寄り、冷ややかな視線を投げかけた。「これ、青木の指示だな?」湊と暫く過ごしていたアンナには、その言葉に込められた意味がすぐに分かった。これは質問ではなく、ある誘導だった。健吾に罪を擦りつけるよう、要求していたのだ。狙いは火を見るより明らかだった。綾と健吾の仲を裂こうとしているのだ。さすがは我が息子。卑劣なやり口まで自分とそっくりだ。だが、そう上手くはいかない。湊と綾の仲が深まるのは阻止したい。だが、健吾まで敵に回してしまったら元も子もない。「違うわ。これは彼らが私を陥れようとしてることよ。子供の写真なんて撮ってない。電話の内容だってデタラメよ。ただ綾さんから金を巻き上げるためだったの。監視カメラには私が何かを撮ってる様子しか映ってないわ。でも、私が撮ってたのは子供じゃない。信じるか信じないかはそちら次第よ」アンナは決定的な証拠がないと踏んでいた。だから、彼女はどこまでも強気だった。第一、もう一台のスマホの写真ややり取りも全部消してある。例えその端末が見つかろうと、何も出てこないのだ。結局、警察による口頭注意と、湊に対して今後もアンナを見守るようにと伝えられただけで、今回の騒動は収束した。警察署の前で、湊はアンナを冷たく見つめていた。昔、母親を探していた頃、湊の胸の中は希望に満ちていた。宝を探し当てたつもりだった。だが、掘り当てたのは腐りきったゴミの山だった。これが母親なら、いっそ天涯孤独のほうがマシだ。「綾の子供に二度と近づくな。破ればすぐに海外へ放り出す。生活費も全部カットだ」氷のようなその響きに、アンナは震え上がった。「湊!私はあなたの母親よ!生みの親なんだからね!」と声を荒げる。「俺を育ててもいないし、側にいたこともない。母親と名乗る資格なんてない。二度と、何があろうと俺の名前を使うな」湊は一語一句、釘を刺すように言った。自分がトラブルに巻き込まれるのはまだしも、綾を巻き込んだことが許せなかった。アンナは「警察署で湊のことは言ってない」と弁解しよ
Read more

第557話

湊はこくりと頷き、夜の闇に消えていく車影を見送った。車に乗り込んだ湊は、運転手に告げた。「景風台へ」車が反転し、夜闇の中を走り、アンナの家へ向かった。湊は目的の部屋の前まで行くと、ドアをノックした。アンナが内側から鍵を開け、身体を引いて中へ通す。湊が来ることを最初から分かっていたかのように、顔色ひとつ変えなかった。湊はそのまま奥へ入り、隠しておいたスマホを取り出してアルバムとチャットの履歴を調べたが、中身は空っぽで何の証拠も残っていなかった。アンナはドア枠にもたれかかり、自嘲気味に笑った。「すごいわね。警察には事情聴取され、息子には家まで調べられる。私はどうやら底辺の人間らしいわね。これなら、生きていたって意味がないわ」湊は冷ややかな目でアンナを見下ろした。「悲劇のヒロインを気取るのはやめろ。自分が何をしたか、分かっているはずだ」「ええ、確かに子供の様子は見に行ったわ」アンナは背筋を伸ばし、湊の視線を真正面から受け止めた。「でも、世間はみんな、あの子たちがあなたの子だと言っているじゃない。だから私は、本当に孫ができたのか知りたかっただけなの」彼女は一呼吸置くと、潤んだ瞳で湊を見た。「湊、私を軽蔑するのも勝手だけど、あなたの母親である事実は変わらないわ。もしあなたに子供がいるなら、誰よりも嬉しいのよ」湊はアンナを睨みつけ、低く言い放った。「また嘘を重ねるつもりか?よく知っているだろ?今の俺の身体で子供なんて難しいし、ましてや双子なんてありえない」それを口にした瞬間、湊の中で言葉にならない怒りが込み上げてきた。彼自身の心の深淵に、認めたくない嫉妬と憎しみが潜んでいたからだ。父親が誰であれ、健吾であることだけは許せなかった。アンナは深いため息をつくと、ゆっくりとソファに腰を下ろした。「難しいのは知っているわ。だからこそ、あなたの子供ができたと聞いた時、取り乱してしまったの。事実であってほしいと願っただけよ。約束するわ。綾さんの子供を傷つけるような真似は絶対にしないし、二度とあなたの前に現れないから」湊は椅子を引いて離れた場所に座ると、平静を取り繕って言った。「あの子たちは青木の子だ」アンナの目に一瞬の驚きが走ったが、次の瞬間、その瞳が微かに怪しく光った。「知ってるわ。チェッコさんに会ったことが
Read more

第558話

綾は帰宅するなり、幸子に子供たちの見守りを念押しした。見知らぬ人間を近づけてはならないと。幸子は何度もうなずき、「かしこまりました。今後は出先でも十分気をつけます」と答えた。幸子を信頼しているとはいえ、相手が悪質では安心できない。アンナの目的は定かではないが、用心するに越したことはない。幸い、その後しばらくは何事もなく、平穏な日々が続いた。健吾が子供たちに会いたいと何度か訪ねてきたが、綾は全て断った。彼もそれ以上は食い下がらなかった。マルスの話によれば、青菊グループのI国での事業は壊滅状態で、健吾は新たな海外展開の開拓に追われているという。春が終わる頃、綾の念花でのプロジェクトも無事に幕を閉じた。最終出社日、綾は社員証を外した。「颯太さん、今までお世話になりました。またどこかでご一緒出来ることを期待してます」引き止めたい様子の颯太だったが、綾の決意が変わらないことは分かっていた。綾は、一度決めたことを覆すことはないからだ。「明里さんと立ち上げる新事業、応援しているよ」綾は笑って颯太と握手を交わし、「ありがとう」と返した。研究所の仲間たちに別れを告げ、研究棟の外へ出る。立ち止まって振り返り、こみ上げる感慨さを噛みしめた。ここが、自分のキャリアが始まり、高く飛び立てる礎となった場所だった。そびえ立つ大きな建物を仰ぎ、志を新たにする。いつか、もっと大きな研究施設を手に入れるつもりだ。帰りの車窓からは美しい夕焼けが見え、それはまるで自分の前途を祝福しているようだった。自宅で夕食を済ませた綾は、二人の子供を寝かしつけ、着替えてからバーへ向かった。プロジェクトの完遂と、明里との起業祝いをするためだ。バーへ行くと、ボックス席にいた明里が手を振った。「綾、こっち!」綾は向かいに座り、満たされたグラスを持ち上げた。「明里、乾杯――」グラスをカチンと合わせ、「おめでとう。これから頼りにしてるわよ、綾」と明里が笑う。二人は顔を見合わせて微笑み、酒を一気に流し込んだ。幼稚園からの付き合いの二人。子供の頃は将来一緒に嫁いで旅行しようなどと空想していたが、まさか共同で起業するとは。あの頃の空想よりも、ずっと素晴らしい現実だった。再び注がれたグラスを片手に、明里が言った。「綾、私は離婚してしま
Read more

第559話

今の綾は、誰かに頼らなくても、欲しいものはすべて自分で手に入れることができた。明里は満面の笑みで「独身バンザイ!」とグラスを掲げた。飲み干すと明里は身を乗り出し、綾の耳元でこっそりと囁いた。「最近、年下の男から告白されて、付き合い始めたの」綾は眉をひそめた。「また体育会系?」「ううん、東都中央大学法学部のエリートよ。大学三年生で、飛び級が決まってるの」明里は辺りを見回してから続けた。「ジムで知り合ったんだけどね。肌が白くて線が細く見えるんだけど、とんでもないスタミナで……その腰回りが、もう」綾は、明里のあからさまな大人向けの告白を聞き、小さく身を引いた。「ちゃんと避妊してよ」「分かってるわよ。遊びは遊びでも、私は責任のある大人だから。相手の将来の邪魔をするような野暮な真似はしないわ」綾は笑ってグラスを鳴らした。「その責任感に乾杯」二人が盛り上がっていると、背の高い人影が明里の後ろに現れた。「明里さん、こんなところで飲んでるの?」綾が顔を上げると、薄暗い店内に、白い半袖Tシャツ姿の男性が立っていた。健康的で爽やか。露わになった腕は筋肉質で、若さゆえの熱気が感じられる。言うまでもなく、今話していた張本人だ。噂をすれば何とやら、というやつか。明里は顔を上げ、まっすぐ彼を見つめた。「それはこっちのセリフよ」「友達と来てるんだ。席、ご一緒していい?」明里はすぐには返事をせず、綾の方を見てアイコンタクトで尋ねた。綾は肩をすくめて気楽に言った。「私は別に構わないけど」こうして、二人だけの酒の席が、不思議な4人組の飲み会に変わった。場所を変えてボックス席に移る。明里と法学部の菅原朔弥(すがわら さくや)が隣り合い、綾はもう一人の男子大生と向かい合って座った。明里が朔弥を綾に紹介し、隣にいた小麦色の肌の男子大生に向かって言った。「あなたが朔弥のルームメイトの青斗くんですね?」内田青斗(うちだ あおと)は微笑んだ。「明里さん、お会いできて光栄です」朔弥の白くて繊細な雰囲気とは対照的に、青斗は野性的で鋭い目をしていた。どこか一匹狼を彷彿とさせる、静かな侵略性を秘めた瞳だった。朔弥が自らお酌をしてグラスを掲げた。「綾さん、乾杯しましょう!これからは明里さんの前で僕のことを良く言ってくださいね」綾
Read more

第560話

綾は、ワイングラスを傾ける手を少し止め、クスっと笑った。「二度の離婚歴があるし、双子の子供もいるんですよ」彼女はそう言って、グラスを口に運んだ。グラスに溜まった赤ワインが赤い唇を濡らし、潤んだ艶を出した。向かいに座る青斗は酒を一口飲み込み、喉仏を揺らした。そして、綾の唇に注がれていた熱い視線を逸らした。「どうして離婚したんですか?」そう口にしてから、自分の質問を少し後悔した。綾の放つ穏やかなオーラを見れば、離婚という出来事が彼女にとって大きな悲劇だとは到底思えないからだ。しかし、結婚生活の苦しみを知りながら、なぜ二度も結婚したのだろうか?綾は、青斗の考えが斜め上の方向へ行かないよう、真面目な顔をして「お互い合わなかったから、それだけですよ」と答えた。それは言い訳ではなかった。湊とは性格が合わず、健吾とは生きる世界が合わなかったのだ。青斗は興味深そうに身を乗り出して聞いた。「今でも、恋って信じてますか?」今回の綾は迷わなかった。「ええ、信じてますよ」でも、愛することと結婚生活は別物だ。心の深いところには、今も健吾がいる。ただ、だからといって彼を許すことも、もう二度と一緒になることもない。時には、誰を愛していようとそれは自分自身の問題だとすら思う。離婚してもなお、彼への想いは心の奥で消えずに残っていた。生きている限り、この愛の形が変わることはないと綾は確信している。ただ、仕事と恋愛は別だった。彼女は恋愛において、相手を自分のものにしたいとも思わなければ、勝ち負けにこだわることもなかった。ただそこに誰かがいて、愛を受け止める器があればそれでいい。青斗は綾が迷いなくそう答えたことに驚きを隠せなかったようだ。綾は彼の顔に浮かんだ驚きの表情を見逃さなかった。無理もない。バツイチならぬ「バツ二」の子持ち独身ママが恋を信じているなんて、傍から見れば笑い話だろう。それでも綾は惨めだとは思わなかった。少しも恥じることなんてないのだから。たとえ結末が理想と違っても、過去のあの一時は、健吾の愛で満たされていたのだから。愛ですべての問題は解決できないけれど、渇いた心を潤すことはできる。青斗はスマホを取り出し、ラインのQRコードを読み込もうとした。「綾さん、連絡先教えてもらってもいいですか?
Read more
PREV
1
...
5455565758
...
74
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status