「湊、海斗がサプライズを用意して部屋で待ってるわよ。早く行ってあげて」湊は考えた。綾はもう寝ているだろう。邪魔をしないでおこう。彼は手を引っ込め、凪に車椅子を押されてその場を去った。翌日は土曜日で、凪はキッチンでバーベキューの準備に追われていた。湊はリビングに座り、幸子に言いつけた。「ケーキ屋にケーキをひとつ配達させて。それから、綾を呼んできてくれ」幸子はすぐに3階から降りてきた。「旦那様、奥様は部屋にいらっしゃいません。電話で確認いたしましょうか?」「必要ないわ」と凪が口を挟んだ。「いない方が好都合よ。どうせ気まずくなるだけだし」「綾は明里のところにでも行ってるんだろう。好きにさせておいて」湊はそれ以上何も言わず、駆け寄ってきた海斗を抱き寄せてあやし始めた。その様子を見ていた幸子は心の中でため息をついた。湊は明らかに綾を突き放している。凪はスマホを取り出し、美味しそうな料理の写真を一枚撮った。そして、湊と海斗が遊んでいる後ろ姿を背景に、自撮りもした。【お天気も景色も最高!美味しいごはんに、大好きな人たち!】文章を編集し、二枚の写真を添えて投稿ボタンを押した。「助けて!ママ、助けて!」凪の背後では、海斗が湊にこちょこちょされて、大笑いしながら助けを求めていた。「助けてー!誰か、誰かいないの?助けて……」一方、森の地中深く。綾は井戸の壁に背をもたせ、擦り切れた手で必死にロープをこすっていた。声はもう、かすれてしまっている。一晩中こすり続けたが、両手は皮がめくれて血が滲んでいるのに、手を縛るロープは切れそうにない。とても頑丈なロープだった。恐怖と疲労で限界だったが、助けを求めることを諦めなかった。もしここで死んだら、犯人は後で井戸の蓋を開けて、登山客が足を滑らせて井戸に落ちたように見せかけるだろう。そんなの、あまりにも無念すぎる。浮かばれない霊になってしまったら、死んでも親に会えなくなる。昨夜、あの男たちが去ってから誰もここには来ていない。誰かがキャンプかハイキングに来てくれるのに賭けるしかない。でも綾は知らなかった。山の麓には「立ち入り禁止」の看板が立てられていることを。普段なら晴れた日には人でごった返す紅葉山に、今日は誰一人いなかった。暗闇の中では時間の感覚が麻痺して
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