研究所へ行くと、綾は颯太に妊娠したことを伝えた。続けて、「心配しないで。仕事には絶対に穴を開けないから」と言い添えた。颯太は一瞬ぼんやりしたが、すぐに苦笑して言った。「仕事より体が大事だ。今後は技術的な指導だけでいいから、現場には出なくていいよ」「ありがとう、颯太さん」「水くさいな。仲間なんだから遠慮しないで」颯太の言葉は軽やかだったが、その目から光は消えていた。「念のため言っておくが、月に一度来てくれるだけで十分だ。リモートワークでも構わないぞ」「そこまでしなくても大丈夫よ。じゃ、仕事に戻るね」綾はデスクに戻り、魔法瓶を取り出した。幸子から、できるだけカフェインは控えて水を飲むようにと言い含められていた。午前中、わずか2時間で手元の業務を終えた綾は、残りの時間を部下への指導に充てた。妊娠初期のためか、体調に変わりはなく、子供の存在さえ実感できなかった。昼が近づくと、休憩時間前なのに幸子が食事を届けてくれた。しかも颯太の分まである。いわゆる「付き合い」というやつだ。おいしいものには目がない颯太は、差し入れとあれば断るはずもなく、弁当を受け取って隣で食べ始めた。幸子の食事を二人で食べることで、綾が妊娠を理由に仕事時間が減ってしまうことへの罪悪感も、少しは薄れるだろう。「山下さん、本格レストラン顔負けの味ですね」一口スープを飲んだ颯太が、心からそう絶賛した。幸子は目を細めて笑った。「毎日届けるつもりだから、二人で食べてくださいね。一人分も二人分も同じですよ」「まさか俺みたいな男が、妊婦食の御相伴にあずかることになるとは」綾は吹き出すと、「栄養食って言うのよ」とツッコミを入れた。幸子はあれこれと小言を続けた。「実家の方から地鶏を送ってもらうようにしてるんです。産後は栄養をしっかり摂らないといけませんからね。毎日、お味噌汁や魚、それに根菜もしっかり食べてもらわないと……ああ、それでもまだ足りないくらいかもしれません」話は止まらない。幸子の様子なら、本当に人魚が存在するなら、綾のために人魚の肉でも探し出しかねない勢いだった。自分の身を案じてくれる存在のありがたさに、綾の心は温かくなった。颯太は幸子の言葉を心に留めていた。仕事を終えて寮に戻ると、ベッドであれこれ考え、結局母親の真由美
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