健吾は自嘲気味に笑った。綾はあんな男のために、きっぱりと自分のもとを去っていったのだ。綾の中では、自分は湊にすら劣る男だったということか。「そう、かもしれないわね」綾は手を離してステップを止めると、何も言わなかった。「とにかく、助けてくれてありがとう。それと、この間のフェンシング館であなたを傷つけてしまったこと、本当にごめんなさい」綾は健吾に深くお辞儀をすると、ダンスフロアを後にした。これ以上、健吾と一緒にいるわけにはいかなかった。もう少し一緒にいたら、心の中の苦しみをすべてぶちまけてしまいそうだった。でも、もうお互い結婚している身だ。そんなことを打ち明けるべき関係じゃない。健吾は呆然と立ち尽くし、踊る人々の向こう側に見える綾の華奢な背中を、ただじっと見つめていた。我ながら馬鹿げている。綾を心配するなんて。忘れるところだった。彼女は人の真心を裏切るのが、何よりも得意な女だった。「あの、一曲ご一緒していただけませんか?」一人の女性が勇気を振り絞って健吾の前に立つと、震える声で尋ねた。健吾は彼女を見下ろし、優しく微笑んだ。「申し訳ありません。もう失礼しなければならないので。あなたと踊れないのが心残りです」「そうですか。お気をつけて」女性は道を譲った。断られたものの、健吾の紳士的な受け答えに気分を良くした。綾が外に出ると、颯太がすでに車を回して待っていた。「行きましょう。旦那さんからあなたを頼まれましたよ」「颯太さん、ありがとうございます」綾はドアを開けて助手席に座ると、シートベルトを締めた。颯太は、好奇心に満ちた目で綾の一連の動作を黙って見守っていた。車が広い通りに出て安定して走り出すと、颯太は大きく息を吸った。「中野社長が本当にあなたの奥さん……違う、あなたが旦那さん……いや、えっと……本当に結婚してるんですか!?あの中野社長と?」綾は「ええ」と頷いた。「結婚してもう5年ですよ」颯太は頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられたようだった。別にお酒を飲んでいるわけでもないのに。綾は全く結婚しているようには見えない。それに、もし結婚していたとしても、夫が湊みたいなクズ男だなんてありえない。湊の妻が綾だと知った瞬間、颯太の中で湊の評価は「一途な男」から「クズ男」へと一変して
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