All Chapters of 初恋と付き合ったら、車椅子の元夫が立ち上がった: Chapter 651 - Chapter 660

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第651話

健吾は子どもたちを左右の腕に抱え上げ、「家で何してたんだ?」と聞いた。瑞希は窓を指さして、「ほし、きれいなの」と答えた。健吾が二人を抱えたまま窓際に移動すると、満天の星空が見えた。健吾は小さく笑い、「ママにお星様見に行こうって言ってみようか?」と囁いた。壮真と瑞希は手を叩いて喜び、早く行こうと急かした。綾が困り顔で注意した。「今から外に出たら寒いでしょう。風邪でも引いたらダメだよ」しかし健吾は余裕を見せて、言った。「わざわざ迎えに来たんだ。青木家の屋敷なら室内の展望台があるぞ」綾は迷っていたが、健吾の提案に子供たちは大はしゃぎだった。二人の楽しみを奪いたくないし、今日は大晦日なのだから星空を観察するのも悪くはない。綾は頷いて答えた。「分かった、お願いするわ」幸子を呼ぼうとすると、健吾が子供たちを降ろして綾の手を取り、「子供たちは俺が見るから、4人で行こう」と制した。健吾は既に青木家の屋敷の雇い人には休みを与えており、今は誰の気配もなかった。健吾は、誰の目も気にせず、ただ綾と子供たちとだけ静かに過ごしたかったのだ。綾がテレビを見ている幸子の方を向くと、それより早く健吾が声をかけた。「山下さん、綾と子供たちを連れてうちで年を越してくる。今夜は戻らないから」綾は眉をひそめ、幸子に言い訳した。「あそこまでは少し距離があるし、帰ってくる頃には遅すぎるから、いっそのこと向こうで泊まってくるわ」綾は苦笑いして言った。「あなたが余計なことを言うから。あなたが来るまでは、この子たちは星のことなんて言ってなかったのに」「俺の責任だな。全部任せてくれ」健吾はそう言って子供たちの荷物をまとめ始めた。度々この家を訪れているため、物の置き場所なども分かっていた。10分も経たないうちに、バッグは必要なものと余分なものでいっぱいになった。健吾のその慣れた振る舞いは、まるでここが彼自身の家であるかのようだった。綾はテキパキと動く健吾の背中を見つめ、胸の奥が少しだけきゅんとした。健吾は穏やかな声で言った。「荷物は先に下ろしてくるよ。すぐ戻ってくるから」「そんなの悪いわ。一緒に降りるからいいわよ」綾はバッグを受け取り、肩にかけて小さなキャリーバッグを掴んだ。「私が荷物を持つから、あなたは子供たちを抱っこし
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第652話

綾が画面に表示された湊の名前を見ると、自分でも気づかないうちに苛立ちがこみ上げてきた。綾は車のオーディオを切り、電話に出た。「湊、どうしたの?」湊の弾むような声が響いた。「プライベートな劇場を貸し切ったんだ。瑞希ちゃんのために、彼女が大好きなプリンセスものの舞台を用意したよ。今から迎えに行くところだけど、もう夕飯は食べた?」綾は運転席の健吾に目をやった。彼の薄い唇は固く結ばれ、ハンドルを握る両手には力が入りすぎている。どこか不安そうで、それでいて怒っているようにも見えた。綾は電話越しに申し訳なさそうに伝えた。「ごめんなさい、湊。今、外に出ているの。舞台はまた今度見に行くわ。せっかくだけど、ありがとう」先に健吾と約束していたから、決して反故にするつもりはなかった。それに、湊が舞台に呼んだのは瑞希だけで、壮真のことは完全に無視していた。綾はそういう配慮に欠けるやり方が好きではなかった。二人とも綾にとっては大切な宝物であり、どちらか一人が不当に扱われるのを黙って見ていられなかった。何より、その理由の奥に秘められ、認めたくない思いがある。日々の付き合いの中で、今の綾は健吾の気持ちの方を強く意識していたのだ。認めたくはないが、それは間違いなく健吾に肩入れしていたからだった。もちろん、湊を悲しませることでその身体に響いてしまう心配はある。それでも綾は、健吾一人を残して、子供たちと別の男のところへ行くことはできなかった。さっきまで強張っていた健吾の表情が、その言葉を聞いてふっと緩んだ。瞳の奥に小さな光が宿る。綾が自分を選んでくれた。それだけで、健吾にとっては今夜最高の贈り物だった。受話器の向こうが数秒沈黙した。「遊びに行っているのか?それならそれでいい。お前たちのいるところへ行くよ。舞台が見られなくても何かできるさ。例えば風船とか」「今、健吾と星を見に来ているの。瑞希も壮真も、星を楽しみにしているから」綾は嘘をつかずに答えた。またしても電話越しに沈黙が流れ、かすれたような声が漏れた。「なぜだ?」綾はその問いが何を指しているのか測りかねた。子供たちが見たいからか、それとも自分と健吾の距離が近いからか?綾は余計なことを考える気も起きなかった。一年の締めくくりとなる今日、そんな細かなやり取りは気に留めるほどのこ
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第653話

綾は窓枠に頭を預け、3人がはしゃぐ声を静かに聞いていた。夜空を眺めながら、天国の両親へ語りかける。去年よりもっと、今の方が幸せだと。健吾はあらかじめスマートホームシステムを操作し、屋敷全体をライトアップさせた。到着すると屋敷は煌びやかに照らされ、特別な飾り付けも相まって、まるでお伽話の城のようになっていた。子供たちは車を降りるなり夢中になり、小さな足で家の中へと駆け出していく。健吾は綾と子供たちを屋上のテラスへ連れていく。「目をつぶって。俺が3つ数えるから、開くまで待っていて」壮真と瑞希は言われた通りに目をつぶり、長くて密なまつげがそわそわと震えている。綾もそれにならって目を閉じた。その直後、ふいに頬に温かいものが触れた。綾は驚いて目を開けると、後ろに回った誰かの手が視界を覆っていた。耳元をかすめる吐息が熱く、さっきの出来事なんてなかったかのように、健吾は澄ました顔で囁いた。「3……2……1!」キラッ!健吾のカウントダウンが終わるやいなや、子どもたちは一斉に夜空を見上げた。冬の澄み切った空には無数の星が瞬き、天の川のような淡い光が静かに夜空を彩っている。壮真と瑞希は目を輝かせながら、夢中で小さな指を空へ向け、「お星さま!」とはしゃぎ回った。冷え込む夜だったが、二人は寒さも忘れたように星空に見入っている。健吾がそっと綾の腰に手を添え、耳元で低くかすれた声で呟く。「この子たちは放っておけ。お前は星を見てろ。今日、この景色をお前に見せたかったんだ。この子たちがここにいるのも、全部お前のおかげだ」綾はきょとんとして顔を上げた。見上げた夜空には、冬ならではの澄み渡った星々がどこまでも広がっている。自分の人生で、こんなふうに心に残る景色を眺めるときは、いつも隣に健吾がいたのだとふと思った。そして今は、その星空だけではない。隣で無邪気にはしゃぐ愛しい子どもたちまでが、健吾と血のつながった大切な存在なのだ。体に伝わる健吾の体温、子供たちの愛らしい声。すべてが現実なのだと心に染み渡る。そう、今の自分は、この幸せのど真ん中にいる。綾は星空を見ている。そして、健吾も星空を見ている。健吾がそっと視線を落とし、綾に見惚れていた。どこかで見覚えのあるような、懐かしい光景。自分の人生の眩い星空は、すべて綾
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第654話

二人の唇が重なる寸前、壮真がいきなり駆け寄って健吾の足にしがみつき、嬉しそうに叫んだ。「パパ!大きなお星様!」指さす方には、確かに大きく輝く星があった。健吾の動きが止まり、苦笑いを浮かべた。甘い雰囲気は、弾けた泡のように消え去った。綾はハッとして慌てて健吾を押し返すと、背を向けて子供たちと一緒に星空を見つめた。耳まで熱くなっているのが分かった。健吾は壮真の手を引きながら、綾のほっそりとした背中を見つめた。子供たちが少し邪魔だと感じたのは、これが初めてだった。彼は小さく溜め息をついて言った。「ああ、みんなで見よう」1時間ほど星空を見ていた。二人の子供は見るたびに元気になり、終わってもまだ物足りなさそうに騒いでいる。健吾はしゃがみ込み、優しく諭した。「明日もまた見せてやるよ」そう言うと、彼はスマホを取り出し、明日大きな望遠鏡を持ってくるよう指示した。電話を切った健吾に、綾が言った。「あまり甘やかしすぎないで。ほどほどにしておいてね」健吾は気にも留めずスマホをしまった。「この子たちが星を欲しがっているわけじゃない。ただ見るんだから、いいだろう」綾は一瞬言葉を失い、子育ての中で知らず知らずのうちに自分の子供時代の経験に影響を受けていたことに気づかされた。人の家で育ったせいで、人に迷惑をかけてはいけないと、自分の要求を控えめに隠すことが習慣になっていた。人が何かを薦めても、たとえ喉から手が出るほど欲しくても、いつも断るのが癖になっていたのだ。今でも壮真や瑞希に対して同じで、自分勝手じゃないか、甘えすぎじゃないかと秤にかけてばかりいる。実際には、二人が笑っていて、自分がそれを叶えられるなら、それで十分なのだ。けれど、健吾は違った。青木家のひとり息子として育ち、欲しいものは何でも手に入る環境で大切にされてきたのだ。健吾の中では、子供の願いが倫理的に問題ないのであれば、何であれ叶えてやるのが当たり前なのだろう。綾はふっと力が抜け、健吾の方を見てお礼を言った。「なんでお礼を言うんだ?」健吾は不思議そうに聞き返した。綾はその綺麗な瞳を真っ直ぐ見つめて言った。「この子たちの願いを叶えてくれて、ありがとう」それが自分に欠けていた部分を補ってくれることだと、綾はよく分かっていた。健吾は眉をひそめ、から
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第655話

「いつから準備してたの?」「妊娠がわかった瞬間からさ。その3分後にはもう、業者に部屋のリフォームを依頼していたよ」健吾は平然とそう言うと、綾をじっと見つめた。「この部屋が完成して、もう1年以上になる。だから、安心して使ってくれ」綾は言葉を失った。この男の行動力は恐ろしいほどだ。夜、どうやって子供たちを寝かせようかと悩んでいた自分をよそに、健吾はすでに何もかもを整えていた。自分という存在が大切にされている、その徹底した執念に近い配慮に、綾は胸を締め付けられ、息が詰まる思いがした。二人が話している間、壮真はさっそくバスタブでおもちゃをいじり、瑞希は小さな可愛いトイレを椅子代わりにして座り込んでいた。綾は動揺を振り払うように努め、切り出した。「壮真を連れて別の部屋で洗ってあげて。瑞希は私が面倒を見るから、いい?」「もちろん」健吾は片手で軽々と壮真を抱え上げると、そのまま脇に抱えて歩き出した。「行くぞ、壮真。あっちのバスルームにもおもちゃはあるぞ」二人が部屋を出ると、辺りは途端に静まり返った。綾はバスルームに目を向けた。そこには綾と瑞希の洗面用具まで、いつもの銘柄がちゃんと揃えられていた。一つ息をついて、綾は浴槽にお湯を張る。掃除が行き届いており、定期的に管理されているのは明らかだった。風呂上がりに部屋に戻ると、健吾と壮真はパジャマ姿で、大きなベッドで横になり、プロジェクターで映し出される動画に見入っていた。暖色系の明かりの中、壮真は夢中で画面を眺めている。綾は瑞希を健吾に任せ、自分は洗面所で髪を乾かすことにした。ドライヤーのスイッチを入れた瞬間、背後に温もりが寄り添った。伸びてきた健吾の大きな手がドライヤーを取り上げ、慣れた手つきで髪を乾かし始める。ドライヤーの風と共に健吾の体温が伝わり、背中に薄いパジャマ越しにその広い胸が触れた。綾は体をこわばらせ、ドライヤーを返してもらうために手を伸ばした。「自分でやるわ」健吾は軽く綾の手をかわす。「前は、髪を乾かすのが面倒だってよく愚痴ってたじゃないか?それに、乾かしてやるのは一度や二度じゃないだろ?」綾は言おうとした。それは昔の話だと。前は恋人で、今は違うんだと。でも、やめた。口にすれば、余計に話がややこしくなり、説明しなければならない
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第656話

綾は声をひそめて言った。「健吾、子供たちがまだ外にいるのよ」しかし、腰に回された腕は緩むどころか、さらに強く締め付けた。まるでその身体を相手の骨まで溶かし込みたいかのように。健吾は少し前かがみになり、綾の肩に顎をのせた。熱っぽい吐息が、彼女の首筋を撫でるように通り過ぎていく。「大丈夫だよ。二人ともテレビに夢中だ」健吾の声音は低く掠れ、息遣いも少し荒い。綾は背後に迫る熱を全身に感じて、思わず目をつむった。必死に声を安定させようとしたが、口を開くと声は震えてしまった。「だめ、無理よ」健吾は動じる気配もなく、手を離そうとはしない。彼は綾の耳元で囁いた。ほとんど懇願するように。「お前といたいんだ。少しだけ、ここでこうしていてくれないか?」生えたばかりの無精髭が肌をくすぐり、甘く痺れるような痛みを感じた。健吾の声は電流となって耳を突き抜け、鼓動までを麻痺させた。理性を奪われ、身体の力が抜けていく。綾は突き放そうとした手に、もう力が入らなくなっていた。目を閉ざすと、闇の中で感覚だけが研ぎ澄まされていく。信じられないことに、健吾を欲している。綾の抵抗が緩んだことを察したのか、健吾は狂喜した。彼は手早く綾を振り向かせると、両手でその腰を捉え、勢いよく洗面台の上へと座らせた。片手で腰を支え、もう片方の手がネグリジェのボタンに伸びる。指先に力を込め、一番上のボタンを外す。覗いた鎖骨のラインは、白く繊細だった。その続きに手をかけようとした瞬間、壮真のあどけない声が爆発した。「パパ!お水!」健吾の手が止まった。彼は悔しそうに綾の肩に顔を埋めて大きく息を吐き、そして聞こえないふりをすることにした。綾は頭を後ろにそらし、口をきゅっと引き結びながらも、目元からこぼれそうな笑みを堪えた。健吾は再び手を動かし始める。その時、今度は瑞希が叫んだ。「ママ、おしっこ!」「ふっ――」ついにこらえきれず、綾は笑い声を上げた。彼女は健吾を押し退けると、手早くボタンを留めて乱れた服を直し、そそくさとその場を離れた。「瑞希、トイレに行くよ。ママが連れてってあげる」ベビーベッドに向かうと、瑞希はすでに体を起こし、腕を広げて待っていた。綾は瑞希を抱き上げると、洗面台の横に立ったまま死んだような顔をしている健吾
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第657話

健吾は、すっかり大きな遊び相手として子供たちに振り回されていた。綾はのんびりとした時間を楽しみながら、友人たちに新年の挨拶メッセージを送っていた。明里から、明日早めに来て庭でバーベキューをしようと返信がきた。綾は【良いわよ】と短く返した。湊のチャット画面を開いたが、彼からのメッセージは一件もなかった。一呼吸置いてから、綾は自分から送信した。【明けましておめでとう。健康で穏やかな年になるように】颯太からも祝福が届き、綾の仕事の成功や新製品への期待について語り合った。【今年も中野家で正月を過ごすの?誠さんが出所したみたいだけど、彼に困らされていない?】【まだ誠さんには会っていないわ。今年は中野家には行かず、子供たちと健吾の家で新年を過ごしているの】颯太からの返信は【それなら、良かった】の一言で終わった。健吾が綾のスマホの画面をチラリと見て、颯太とのやり取りや通知がたまっているのに気づき、不意に口を開いた。「綾、男たちを惹きつけるような行動は控えてくれないか?」綾は健吾を無視してスマホを操作し続けたが、口元が思わずほころんだ。もし本当に男を惹きつけているのなら、健吾と正月を過ごしていることなど他人に明かすはずもない。健吾は分かっていて憎まれ口を叩いているだけだ。すべてのメッセージを返し終えてみると、子供たちは健吾のそばで眠っていた。子供たちをそっとベビーベッドへ運ぶと、綾は眠たそうにあくびをした。「健吾、先に寝るわ。もう起きていられそうにないの。新年のお祝いは諦めるね」子供たちがそばにいてくれるだけで、毎日がかけがえのない宝物だ。零時の新年を特別に祝うことへの執着は綾にはなかった。健吾は枕を手繰り寄せ、声を落とした。「寝ていていい。零時になったら起こすよ」少し迷ってから、綾は眠い目をこすりつつ言った。「それなら、ちゃんと起こしてね」健吾がそこまで祝いたいと言うなら、付き合ってあげることにしよう。健吾がうなずくと、綾は反対側のベッドの端に丸くなり、頭が枕につくと同時に深い眠りについた。部屋には小さなナイトライトが暖かな明かりを落としていた。眠っている3人を眺める健吾の目尻は、自然と下がった。室内は静かで、かすかな寝息だけが聞こえる。この屋敷は隔離されており、厚い防音窓が外の音を完
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第658話

年末年始の休暇、綾はすべての時間を子供たちと過ごすことに費やした。休みはまだ始まったばかりだと思っていたのに、あっという間に過ぎてしまった。正月休み明けの初日、綾は一日中、Pobuの本部で会議をしていた。さらにその二日後、新製品が発表された。それは障がいのある犬のための歩行補助装置だった。価格は高額だったが、無料修理や犬の無料健康診断の特典があったため、最初のロットはすぐに完売した。ペット向けのハイテク製品は珍しく、この歩行補助装置で綾はいくつもの賞を手にした。事業が軌道に乗るにつれ、壮真と瑞希も一日一日と成長していった。二人のために広い空間を確保しようと、綾は邸宅を買うことにした。土曜日、一日中外を回ったが、心から満足できる物件には出会えなかった。夜、家に戻ると、健吾がカーペットの上に座り、子供たちに絵本を読んであげていた。暖かなオレンジ色の灯りのなか、3人の影が壁に重なり合い、穏やかな時間が流れていた。新年以来、健吾との関係に少しずつ変化が現れていた。綾はかつてのように避けることはやめ、子供の世話をする健吾の姿を素直に受け入れ始めていた。健吾もまた復縁を強いることはなく、静かに綾たちのそばに寄り添っていた。お互いが傷つかず、かといって他人行儀でもない、絶妙な距離感だった。一緒に過ごす時間が増えるにつれ、子供たちも健吾に慣れ、当たり前のように「パパ」と呼ぶようになっていた。父親としての健吾の姿を目の当たりにして、綾もまた父親からの愛の重要さを認めざるを得なかった。玄関の音に気づいた健吾が顔を上げる。「山下さんから聞いたよ。家探しに行ってたんだって?」綾は首を振り、手を洗うと隣に座った。「いくつか見たけど、子供たちにはちょっとね。明日、また探しに行こうかな」健吾は本を置き、自然な動作で綾の背後に回ると、優しく肩を揉み始めた。「明日、俺が見てくるよ。お前は家にいていい。人脈を活かして、とっておきの物件を探してやる」綾は一瞬言葉に詰まった。肩を掴む健吾の力強さに体が強張ったが、最後には小さく頷いた。顔が広く、情報通の健吾に頼るほうが効率がいいのは事実だった。健吾の行動を見た二人の子供たちも真似を始め、不器用な小さな手で綾の膝を一生懸命揉んでいる姿が、まるで可愛い猫たちのようだ
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第659話

「せっかくの出張だし、少し長く遊んでおいでよ。子供は俺が見ているから」綾はまさにその言葉を待っていた。口元に微かな笑みを浮かべ、すぐに応えた。「ありがとう。惜莉ちゃんが行ってみたいって言ってた人気の場所がいくつかあるから、行ってみるつもりよ」まだ若いと思っていた自分も、惜莉のような世代と接するうちに、その間に横たわるジェネレーションギャップを痛感させられるようになった。惜莉が口にする流行り言葉や文化は、聞いたこともないものばかりだ。仕事と家庭に縛られた日常から一時的に解放されると、綾もまた、そうした未知の体験に心を惹かれることがあった。それが特別好きだというわけではない。ただ一度、触れてみたかったのだ。人生とは結局、体験することに過ぎない。綾はもっと多くの面白いことに触れてみたかった。健吾の口元がわずかにほころんだ。彼はそれ以上何も言わず、子供たちのために絵本を読むように促した。健吾はスマホを取り出し、目を伏せたまま、メモアプリを開いた。綾が出張に必要な持ち物を、種類別に一つずつ丁寧に入力していった。翌日の朝、健吾のもとにちょうどいい物件の売り出し情報が入った。彼は即座に足を運び、家の中や外観を見て回った。物件は申し分なく、健吾はすぐさま写真を撮って綾に送った。送られてきた写真を見て、綾はひと目で気に入った。その足で車を走らせ現地に向かい、不動産屋の案内で室内を確認した。邸宅の前後には広々とした庭があり、周囲は塀で囲まれていた。1階は広く、屋内外にプールも備わっている。都心から近く、落ち着いた環境も魅力的だった。その日の午後には、綾が手付金を支払った。事務的な手続きは週明けの窓口営業を待たねばならないため、残りの処理は健吾に任せることになった。明日には出張に行くため、帰宅した綾は寝室へ直行し、荷造りを始めた。クローゼットから服を出して畳んでいると、不意に手から服がするりと引き抜かれた。健吾がスマホの画面を見せながら、さりげなく言った。「子供たちの相手をしてきなよ。荷造りは俺がやる」綾は動きを止め、健吾を見つめた。そして、静かに服を受け取り直した。「自分でやるわ。お願いだから、構わないで」と綾は言った。誰かを頼るのは簡単なことだ。でも、一度依存してしまった関係を断ち切るのは、何よりも難
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第660話

瑞希は聞き慣れた足音に気づくと、パッと表情を輝かせた。手元の小さなおもちゃを放り出し、短い足でペタペタと玄関の方へ走っていく。壮真はカーペットに座ったまま、小さなお手々で絵本を押さえていて、顔さえ上げなかった。横でそれを見ていた健吾は、胸が締め付けられるような切なさを覚えた。まだ2歳を過ぎたばかりなのに、自分に対して誰が好意を持っていて、誰がそうでないか、壮真は鋭く感じ取っている。湊は屈みこんで瑞希を抱き上げ、笑みを浮かべながらソファに腰を下ろした。そして、カーペットの上にいる壮真へ、わざと声を優しくして話しかけた。「壮真くん、新しいミニカーを買ってきたよ。見てみないか?」壮真は相変わらず顔も上げず、小さく首を横に振った。その声にははっきりとした拒絶の色が混じっている。「いらない。パパがもう飛行機を買ってくれたもん」湊の顔が少しこわばったが、なんとか感情を抑え、温かい声で尋ねた。「それじゃあ、壮真くんは何が欲しい?教えてくれれば、買ってきてあげるよ」壮真はやっと顔を上げ、きょろきょろと周りを見渡した。健吾の姿を見つけると、絵本を放り出して立ち上がり、その足元へ駆け寄って小さな腕を伸ばした。「パパ、抱っこ」健吾は身を乗り出して壮真を抱き上げると、冷ややかな視線を湊に向けた。棘のある言い方だった。「子供はまだ小さくても、誰が誠実で誰がうわべだけかなんて、ちゃんと見抜いているものですよ」湊の表情が険しくなる。実際、彼が壮真を嫌っているのは隠しようもない事実だった。なぜなら、この子の顔が健吾そのものだからだ。健吾には湊の本心がお見通しだった。湊が突然こうして壮真に構い始めたのは、自分に感化されて二人が自分になついている現状への焦りがあるに過ぎない。湊は突然壮真のことが好きになったわけではない。ただ、壮真も綾の子供だということを思い出しただけに過ぎない。湊は怒りを押し殺しながら言い返した。「綾の子であれば誰だって心から大事にしてます。青木社長、わざわざ私たちの仲をかき回すようなことを言わなくてもいいんじゃないですか?壮真くんが俺を避けるのは、そっちの吹き込みのせいでしょう」健吾は静かに湊を見つめた。その眼差しからは、凍りつくような冷気を感じた。頭の中では冷静に先のことを見据えていた。今後、子供たちを湊には絶対に関
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