All Chapters of 私を散々泣かせたクズ男たちが、今さら本気で愛してくる: Chapter 21 - Chapter 30

45 Chapters

【第二章】29歳の自称医学生・れん 3

カフェを出ると、街はすっかり夕暮れに染まっていた。 十一月の空気は冷たく、頬に触れるたび、かすかに肌を引き締める。 ――まだ十八時前なのに。 そう思いながら歩いていると、自然と隣のれんさんの存在が意識に浮かび上がる。 昼間とは違う、影を含んだ横顔。 沈みかけた光に縁取られて、大人びて見えた。 こんな時間まで、男性と二人きりで過ごすのは初めてだった。 その事実に気づいた途端、胸がきゅっと縮む。 けれど、不思議と怖さはなく、代わりに心が浮き立つ。 ふと、視線を感じた気がして顔を向けると、れんさんと目が合った。 すぐに逸らしたはずなのに、その一瞬に、やさしさと、熱のようなものを感じてしまう。 「この先、夜景がきれいに見える場所がある。ベンチもあるし……行こうか」 それは提案というより、決められた流れを告げる声だった。 拒否されることを想定していない、静かな断定。 ――そういえば。 最初に電話をかけるときも、 「電話しない?」ではなく、「電話するか。」だった。 無愛想とも取れるその言い方が、なぜか心に引っかかる。 不思議な人だと思いながら、その距離感に、私はもう抗えなくなっていた。 小さく頷くと、二人は並んで歩き出す。 会話はほとんどない。 それなのに、沈黙は重くなく、むしろ心地よかった。 男性と一緒にいることが、こんなにも自然に感じられるなんて。 そんな感覚は、初めてだった。 歩くうちに、いつの間にか距離が縮まっていることに気づく。 歩調が揃うたび、れんさんの手が、私の手にかすかに触れた。 ――…
last updateLast Updated : 2026-01-16
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【第二章】29歳の自称医学生・れん 4

「……綺麗だね」 思わず零れた私の言葉に、れんさんは少し間を置いて頷いた。 「……そうだね」 れんさんのおすすめだというスポットで、私たちは並んでベンチに座り、夜景を眺めていた。 人通りは少なく、遠くでカップルの笑い声が微かに響く程度。 空気は静かで、どこか現実から切り離されたような、ロマンチックな場所だった。 れんさんは相変わらず多くを語らない。 けれど、手だけはずっと繋がれたまま離れない。 ――少なくとも、嫌われてはいない。 そう思うと、胸の奥がそわそわと騒ぎ出す。 もしかして……少し早いけれど、告白されるのだろうか。 そんな淡い期待が、頭をよぎる。 けれど、れんさんは何も言わない。 ただ黙って、夜景を見つめているだけだった。 私が話しかければ、きちんと答えてくれる。 それ以上でも、それ以下でもない距離感。 沈黙の時間が長いのに、不思議と気まずさはなかった。 むしろ、その無言が心地よい。 人に気を使いすぎて、いつも疲れてしまう私にとって、 何も求めず、何も急かさず、ただ隣にいる余裕を見せてくれるれんさんは、とても魅力的に映った。 彼が私好みのイケメンであることは、もう疑いようがない。 でも、それだけじゃなかった。 マッチングアプリで、唯一「会ってみよう」と思えた理由。 それ
last updateLast Updated : 2026-01-17
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【第二章】29歳の自称医学生・れん 5

最初から、どこかおかしかった。 向かい合ってパスタを食べているだけなのに、胸の奥がざわついて落ち着かない。 店に入ってからずっと、れんさんが冷たい。 さっきまであんなに自然に触れてきた人と、同一人物だとは思えないほどに。 ――私、何かした? 理由のわからない不安は、説明できないぶん、余計に膨らんでいく。 イタリアンに決めたのは私たちなのに、テーブルの上には沈黙だけが残されていた。 れんさんは無口な人だ。 それは知っている。 でも、私が話しかければ、ちゃんと受け取ってくれる人でもあるはずだった。 それなのに今日は違う。 返ってくるのは「うん」「そうだね」――それだけ。 視線は一度も合わず、彼は黙々とパスタを口に運んでいる。 デートって、こんなだっただろうか。 笑って、何気ない話をして、食事の時間を共有するものじゃなかった? フォークを持つ指先が落ち着かず、私は自分の存在が急に輪郭を失ったような気がしていた。 そのときだった。 食べ終えたれんさんが、ふいに顔を上げる。 ようやく向けられた視線。 「……おいしい?」 たったそれだけの言葉なのに、心臓が大きく跳ねた。 優しい声だった。 さっきまでの距離が、嘘みたいに縮まる。 「う、うん。すごく……おいしい」 慌てて答えると、れんさんは少しだけ口角を上げて、何も言わずに私が食べ終わるのを待っていた。 その沈黙は、さっきとは違って苦しくない。 むしろ、逃げ場のない視線の檻みたいだった。 店を出て、エスカレーターへ向かう途中。
last updateLast Updated : 2026-01-18
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【第二章】29歳の自称医学生・れん 6

最初は、夢を見ているみたいだった。 今日会ったばかりの人の温度に、こんなにも深く包まれているなんて。 耳の奥で響くのは、彼の息遣いでも、周囲の音でもなく、ただ自分の鼓動だけだった。 ――どうして、私は。 名前を呼ぼうとして、声がほどける。 言葉になる前に、熱に溶かされてしまう。 考える余地はなく、思考はひとつずつ奪われていった。 初めての接触が、こんなにも深く、息を詰めるものになるなんて。 あり得ない、と理性は小さく叫ぶ。 それでも、嫌じゃなかった。 むしろ、最初の相手が彼でよかった、なんて思ってしまう自分がいる。 背中に添えられた手が、逃がさないようでいて、優しかった。 触れられるたびに力が抜け、胸の奥がきゅっと痛む。 その痛みさえ、確かめるように受け入れてしまう。 「……れんさん、こんなの……」 抗議にもならない囁きは、空気に溶けて消えた。 少女漫画みたいだ、と頭の隅で思いながら、私は現実の温度から目を逸らすことができなかった。 こんな展開の始まりは、ほんの軽い一言だった。 「ご飯のあと、カラオケでも行こうか」 歌うのが好きな私は、深い意味も考えずに頷いた。 純粋に、楽しむつもりだった。 でも今思えば、彼にとって“個室”は、最初から別の意味を持っていたのかもしれない。 部屋に入って、私がつけた灯りを、彼は何気なく落とした。 「暗いほうが、雰囲気出るでしょ」 淡々とした声。 けれど、その低さに大人びた響きを感じて、心臓が少しだけ早くなるのを自覚する。 ソファの端に腰掛け、距離を取ったつもりでも、時間はそれを許
last updateLast Updated : 2026-01-19
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【第二章】29歳の自称医学生・れん 7

手を繋いだまま、私たちは駅へ向かって歩いていた。さっきまでの出来事が頭をよぎり、遅れて熱が頬に上る。――キス、しちゃったな。そう思った瞬間、胸の奥に小さな確信が芽生えた。ああ、きっと私は、この人の彼女になるんだ。その期待が、身体を勝手に動かす。私は自分かられんさんに寄り添い、ぎゅっと腕にしがみついた。れんさんは一瞬こちらを見て、何も言わずに私を引き寄せる。ただそれだけで、胸が苦しいほど高鳴った。……でも。いつ、言ってくれるんだろう。もうすぐ駅に着いてしまう。こういうのって、別れ際じゃないの?そんなことを考えているうちに、言葉が消えた。手の温度だけがやけに現実的で、私は黙り込んでいた。「どうかした?」首を傾けて、れんさんが私を覗き込む。「ううん。ただ……もうデート終わりなんだなって思ったら、ちょっと寂しくて」そう言った瞬間、れんさんが足を止めた。見上げると、信号は赤。――あ、ここ、長いんだ。ぼんやりそう思った、そのとき。「あのさ」小さな声。たったそれだけなのに、空気が変わる。心臓が跳ねた。――来る。これ、来るやつだ。「うん?」精一杯、平静を装って見上げる。「あのさ……」一拍。「家、行きたいなぁ」……え?頭の中で、音が止まった。世界がざっと色を失っていく。さっきまであんなに温かかった期待が、急に形を失う。浮かんだのは、ただひとつの言葉だけだった。――や・り・も・く。信号の赤が、やけに長く感じられた。「……それって、どういう意味?」声は自分でも驚くほど静かだった。念のため、確かめ
last updateLast Updated : 2026-01-20
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【第二章】29歳の自称医学生・れん 8

「ちょっと、10分くらい待っててね」「うん、いいよ」そう言って、私はれんさんを玄関の外に残した。家に人を上げるなんて、想定していなかった。リビングには昨日干しっぱなしの洗濯物が山のように積まれ、書類や化粧品が無秩序に散らばっている。とにかく“生活”が露出しすぎている部屋だった。押し入れに物を押し込むたび、手がわずかに震える。焦りのせいなのか、それとも――。玄関の向こうには、十一月の冷たい空気が流れているはずだった。「こんな寒い中、待たせたら不機嫌になるんじゃないか」そんな考えが一瞬よぎって、すぐに打ち消す。……いや、別にいい。心の中で、そう言い切った。だって彼は、ただの“ヤリモク”。遊びで近づいてきただけの男だ。そんな相手を十分や二十分待たせたところで、どうでもいい。むしろ、少し意地悪してやりたい気分にさえなる。なのに。胸の奥が、じわりと痛んだ。苛立ちと悲しみが混ざり合って、正体のわからない感情が膨らんでいく。彼が“ヤリモク”だと知った瞬間、まるで長い夢から、急に現実へ引き戻されたような感覚があった。――そうだよね。私に、そんな都合のいい出来事が起こるはずない。少女漫画みたいに、理想通りのイケメンと偶然出会って、自然に恋が始まるなんて。そんな話、この世界には存在しない。わかっていたはずなのに。あんなに素敵だと思っていたれんさんが、ただ私を遊び相手にしようとしているなんて。「なんで……」小さくつぶやき、手を止める。今日一日、彼と過ごした時間が脳裏をよぎった。――本当に、彼は“ヤリモク”なんだろうか。会話の中で見せた、不器用で一生懸命な表情。私の話を真剣に聞いてくれた、あの目。それがすべて嘘だとは、どうしても思えな
last updateLast Updated : 2026-01-21
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【第二章】29歳の自称医学生・れん 9

扉を開けた瞬間、胸の奥がざわついた。何かされるかもしれない。いや、きっと――何かある。理由のない警戒心が、反射的に身を固くさせる。けれど、その予感はれんさんの行動によって、あっけなく裏切られた。靴を脱ぎ、手を洗い、余計な言葉もなくリビングへ向かう。その一連の動きは、拍子抜けするほど淡々としていて、どこまでも「普通」だった。想像していた展開とは、あまりにも違う。「れんさん、疲れたでしょ。ベッドで寝転んでもいいよ」「うん」短いやり取りのあと、れんさんはスマホを手にベッドへ移動した。遠慮も、探るような視線もない。まるで最初からそこにいるのが当たり前だったかのように、自然にくつろぎ始める。その様子を見て、私は少し戸惑いながら、同時に安堵している自分に気づいた。部屋には、二人きりの空気が満ちている。それを意識しているのは、どうやら私だけらしい。カラオケで見せた、少し大胆な彼の姿が頭をよぎる。あのときの距離感を思い出し、身構えていた自分が、今は滑稽に思えた。何も起こらない。その事実が、逆に落ち着かない。「れんさん、お風呂入ってくるね」「どうぞ」浴室に入ると、湯気と一緒に思考が膨らみ始めた。――これ、どういうこと?――ただ家に来たかっただけ?――そんなの、アリなの?湯船の温かさに包まれながら、小さな期待と不安が、胸の中で絡み合う。安心したいのに、落ち着けない。浴室を出ると、れんさんはまだスマホを弄っていた。相変わらず、肩の力が抜けたまま。その姿があまりに自然で、自分だけが過剰に緊張していることが、急に恥ずかしくなった。「そろそろ寝るか」その一言で、心臓が大きく跳ねる。私のベッドはダブルサイズだ。理屈では、二人で寝ても余裕があるはずなのに、れんさ
last updateLast Updated : 2026-01-22
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【第二章】29歳の自称医学生・れん 10

朝から、私は機嫌がよかった。こんなに幸福な気持ちで出勤することが、今まであっただろうか。世界が軽い。呼吸が深い。自分の影まで少し優しく見える。電車の中で、れんさんと肩を並べて揺られている。彼とは途中の駅まで一緒で、その間の三十分が――たまらなく嬉しかった。たった三十分。けれど、今の私には、それが“特別”に思える。満員電車の中、れんさんはさりげなく私を守るように立つ。押し寄せる人の波から、そっと身体を庇うような動き。……なんだろう、この人。普段はクールなのに、時折こうして大胆になる。不意打ちの優しさが、胸の奥に熱を落としていく。少女漫画みたいな胸キュン展開が、昨日から立て続けに起きている。正直、頭が追いつかない。そして別れ際、甘く囁くように「頑張ってね」と言ってくれた。その声が柔らかくて、私の背中をそっと押した。――彼は遊びじゃない。そう思える理由はいくつもある。昨日、家に招いても、彼は私に無理をさせなかった。夜が明けた朝も、変わらず穏やかな表情で「またね」と優しく送り出してくれた。もし彼がただの遊びなら、昨夜のうちに本性が見えていたはずだ。朝には急に冷たくなるか、最悪、姿を消していただろう。でも、そんなそぶりは一切なかった。だから、彼は本気だ――そう確信してもいいはずだ。そう思うと嬉しさが込み上げてきて、私は思わずLINEを開いた。「れんさん、お仕事頑張ってね❤︎」カフェで撮ったツーショットの写真も添えて、ハートマークを付けて送信する。……送信ボタンを押した瞬間、ふと不安がよぎる。重くない?私、大丈夫?画面を見つめる手が止まる。けれど、すでに既読が付いていた。――よかった。そう思ったのも束の間。数秒。数分。時間だけが進んでいくのに、れんさんからの返信は来ない。
last updateLast Updated : 2026-01-23
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【第三章】タトゥー女顔美容師・ルカ 1

ホストに騙されたり、マッチングアプリではヤリモクなのか何なのかも分からないまま、突然音信不通になったり。 あまりにも悪いことが続いたせいで、私は思い切って髪を切ることにした。 失恋したら髪を短くする、なんてよくある話だけれど、今回はそれだけじゃない。 この流れ自体を、一度断ち切ったほうがいい気がしたのだ。 上手い人がいいな、と何気なくSNSを眺めていると、フォローしているインフルエンサーの「髪切ったよ」の投稿が目に入った。 ——今っぽくて、すごく可愛い。 そう思ってキャプションを読むと、「いつもありがとうございます」の言葉と一緒に、ある美容室がメンションされている。 気になって調べてみると、 〈トレンド感のあるヘア〉 〈今どき〉 〈丁寧なカウンセリング〉そんな言葉がずらりと並んでいた。 へえ、ここ、良さそう。 そう思った瞬間には、もう予約画面を開いていた。 お店は都市部にあった。 最新の流行が集まる通り沿い、洒落た建物の三階。 少し緊張しながら階段を上り、ガラス扉を開く。 「いらっしゃいませ!」 迎えてくれたのは、感じのいい三十代後半くらいの男性だった。 どこか懐かしさのあるジャニーズ顔で、 ——昔は、相当モテただろうな。 そんなことを思わせる雰囲気がある。 席に案内され、どんな髪型にしたいかを丁寧に聞かれる。 「えっと……とりあえず、胸元くらいまである髪を短くしたくて」 「おー!はいはい、イメチェンですね!」 明るい声に、少しだけ気持ちが軽くなる。 てっきりこの人が切ってくれるのだと思っていたら、 店長さんはにこやかに言った。
last updateLast Updated : 2026-01-24
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【第三章】タトゥー女顔美容師・ルカ 2

……タトゥー? しかも、和彫り。 肩から腕にかけて、墨の線が皮膚の下でうねるように広がっているのが見えた。思わず、息をのむ。 ついさっきまで、私は彼女を“綺麗なお姉さん”だと思っていた。清潔感のある服装に、整った顔立ち。 それが今、数秒で静かに崩れていく。 ――あ、違う世界の人だ。 頭の中で、そんな言葉が浮かぶ。 「今日はバッサリいくって聞きました」 声をかけられて、はっとする。 近くで見ると、やっぱり顔は女の子みたいに美しい。 肌も白くて、目元はやわらかい。 「お名前、聞いてもいいかな?」 「……紗月です」 「へえ、可愛い名前だね」 その一言で、胸がどくんと鳴った。 不意に視線を向けられて、耐えきれず顔をそむける。――う、美しすぎる。 すごく、しっかり目を見てくる。 瞬きもせず、逃がさないみたいに。 「イメチェンかなにか?」 「……まあ、そんなものです」 「何かきっかけはあったの?」 言葉に詰まって、視線を泳がせる。 鏡越しに、ルカさんと目が合った。 その視線は、なぜか――責めるでもなく、探るでもなく、ただ“わかっている”みたいだった。 「どしたん?話、聞こか?」 眉を少し下げて、そう言われる。 その表情が、不思議なくらい優しかった。 ……この人なら、話してもいいかもしれない。 胸の奥に、そんな感覚が生まれる。 見た目は派手で、腕にはごついタトゥーが刻まれているのに、なぜか、すごく親近感がわく。 低くて、少しかすれた低音ボイス。 それが耳に落ちるたび、緊張がゆっくりほどけていく。 まだ出会って数秒しか経っていないのに。 ――この人になら、何でも話せる気がした。 そんな錯覚を、私は確かに抱いていた。
last updateLast Updated : 2026-01-25
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