「美味しかったね」店を出たとき、夕方の空気はほんのり甘い匂いを含んでいた。カフェの扉が閉まる音がやけに軽やかに響く。気づけば、ルカさんは私がトイレに立っている間にさりげなく会計を済ませていたらしい。「でよっか」何気ない一言なのに、余裕があって、自然で、スマートで。私は一瞬言葉を失ってから、慌てて頭を下げた。「え、え……? あの、ありがとうございます。ご馳走さまでした」「ぜーんぜん。紗月ちゃんが喜んでくれてたら、それでいいよ」さらっと言う。その声音には見返りを求める気配がまるでない。そのことが、かえって胸をきゅっと締めつけた。――どうして、こんなに優しいの。まるでお姫様みたいに扱われる。ドアを先に開けてくれて、車道側を歩いてくれて、さりげなく段差を教えてくれる。一緒にいるだけで、心の奥に溜まっていた冷たい部分が、ゆっくり溶けていくみたいだった。胸の奥が、じんわりとあたたかい。外に出ると、街は夕暮れ色に染まり始めていた。オレンジと紫が混ざった空。人の話し声。信号待ちのざわめき。並んで歩き出すと、ルカさんが少し私の顔をのぞき込む。「大丈夫? 俺、歩幅早くない?」「え? あ、大丈夫です」本当は少し早い。でも、それを気にしてくれることが嬉しくて、胸がふわっとなる。腕に入った和彫りの刺青が、シャツの袖からちらりと見える。第一印象は正直、ちょっと怖かった。でも――こんなに紳士で、優しくて、話も自然に合って。笑うタイミングも、冗談のセンスも、なんだか心地いい。怖いはずのその刺青が、今はなぜか頼もしく見えるから不思議だ。――いいなあ。そう思った瞬間だった。ふいに、左手があたたかいものに包まれる。「え……?」反射的に顔を上げると、ルカさんが何でもない顔で私の手を握っていた。大きくて、少しごつごつした手。でも、包み込む力はやわらかい。指と指の間に、じんわりと体温が伝わってくる。さっきまで温かかった胸の奥が、今度は一気に熱を帯びる。心臓の音が、やけに大きい。ドクン、ドクン、と自分の耳の奥で鳴っているみたいだ。手を振りほどく理由なんて、どこにも見つからない。でも、このまま素直に握られていていいのか、理性が小さくささやく。横を見ると、ルカさんは少しだけ目を細めて、優しく笑っていた。まるで――私が驚くのを、わか
Last Updated : 2026-02-24 Read more