三度の流産を越え、極悪セレブ界を完全制圧 のすべてのチャプター: チャプター 61 - チャプター 70

104 チャプター

第61話

ドア越しに牧野さんの声がする。「飛鳥様、都子様と亜季お嬢様がいらっしゃいました」星歌は暴れるのをやめた。薄暗い部屋の中、彼女の放つ空気が明らかに冷え込む。そして、フッと嘲るような声がこぼれた。「私に八つ当たりしに来たみたいね。離して」そう言って、起き上がろうとする。今の星歌は、まるで臨戦態势の女戦士だった。都子と亜季が乗り込んできたと知っても、逃げ隠れする気など毛頭ない。もはや、すべてを投げ打って全面戦争をしているのだ。今更何を恐れる必要がある?飛鳥は頭痛を堪えるように、星歌の手首を掴んで制止した。「お前は大人しく寝ていろ」そのままベッドサイドのランプを点け、星歌の身体を無理やり布団の中に押し込める。「いいか、大人しくしてろ。俺が追い返す」飛鳥には、星歌を1階へ行かせる気など微塵もなかった。もし行かせれば、どんな凄惨な修羅場になるか想像もつかない。この数日で、飛鳥も嫌というほど思い知らされていた。今の星歌は、冴島家と完全に縁を切るつもりなのだと。以前の彼女は、姑や義姉を敬い、祖母に孝行を尽くし、義妹にも優しく接していた。冴島家の全員と良好な関係を保とうと、彼女はいつも必死に努力していた。だが、今の彼女はもうあの従順で大人しい女ではない。狂ったようにキバを剥き、ためらいなくすべてを破壊する女になってしまったのだ。飛鳥がベッドから出ると、星歌が寝転がったままクスクスと笑い声を漏らした。「ねえ。あなた、また戻ってくるの?」「俺がここ以外どこに行くって言うんだ」そんな嫌味ったらしい質問をされ、飛鳥は苛立ちを露わにした。星歌が鼻で笑う。「この半年間、この墨霞邸に帰ってこなかった夜なんて数え切れないでしょう。自分がどこに行ってたか、一番よく分かってるじゃない」「……ッ」飛鳥はこめかみを押さえた。どうやら、この半年間蓄積された彼女の恨みは、そう簡単に消えてくれそうもない。ガウンを羽織り、振り返って星歌を見た。「もう、翼兄さんの子供のために家を空けることはしない」『翼兄さんの子供』という言葉を、飛鳥はことさら強く強調した。まるで「これまで家を空けていたのはすべて翼の子供のためであって、夏蓮に会いに行っていたわけではない」と、必死に弁明するように。だが、星歌の口角はさら
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第62話

江里子は誤魔化すようにわざとらしく咳払いをした。「あー……その、とりあえず、もう寝なさいよ」星歌がわざわざ「私じゃない」としらばっくれるなら、そういうことにしておく。誰がやったにせよ、実に胸がスカッとする話だった。......1階のリビング。一人で降りてきた飛鳥の姿を見た都子は、顔を真っ赤にして怒りを露わにした。飛鳥はラフなガウン姿で、わずかに開いた胸元には、先ほど星歌につけられたと思われる引っ掻き傷のような赤い痕がうっすらと覗いていた。「星歌はどこなの!?」飛鳥は都子の向かいのソファに腰を下ろすと、ローテーブルから煙草を一本抜き取り、火をつけた。「……前に言ったはずだろ。あいつが気に入らないなら、直接文句を言うな。初めから嫁なんていなかったと思えばいい」それで気が済まないなら、いっそ俺という息子がいなかったことにしてくれても構わない――今の飛鳥は、それくらい自暴自棄な精神状態だった。その言葉に、都子は再び目の前が真っ暗になるほどの怒りを覚えた。「思えばいい、じゃないわよ! 私はあんな嫁、金輪際ご免だと言ってるの!!」「あの子がまた何をやらかしたか、知っているんでしょうね!?陽子さんの大豪邸を燃やして、東郊外の別荘二軒まで人を雇って叩き潰したのよ!一体何を考えてるの!?どうして冴島家に、あんな疫病神が入り込んだのよ!冴島家と夏目家が長年どれだけいい関係を築いてきたと思ってるの!?あんな女を嫁にもらったせいで、冴島家ごと道連れにされて破滅させられるわ!!」道中ずっと腹の底でくすぶり続けていた怒りの火が、飛鳥の顔を見た途端に爆発し、都子はまくしたてた。飛鳥は深く煙草を吸い込み、気怠げに吐き出した。「冴島家は紙切れでできた家か?女一人のせいであっさり破滅するような」「冴島家は紙切れじゃないわ!でもね、あの狂った女の暴走には耐えられないの!」この数日間で冴島家の名誉はこれ以上ないほどに地に落ちた。それを思うと、都子は今すぐ星歌の首を絞めてやりたいほどの憎しみを覚えていた。飛鳥が口を開く前に、都子はさらに冷酷な言葉をぶつける。「親の顔も知らない野生児なんて、やっぱり教養の欠けらもないわね。まあ、あの子の底意地の悪さを見る限り、たとえ親がいたとしても、ろくな教育を受けてこなかったんでしょ
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第63話

嫌な感触に、亜季は恐る恐る顔から手を離した。手のひら一面が、赤黒い血でべったりと染まっている。「ああああああっ!!!」亜季の瞳が極限まで見開かれた。怒り狂って星歌を怒鳴りつけようとしていた都子も、隣で悲鳴を上げた娘の姿にビクッと肩を震わせた。亜季の顔にぱっくりと開いた大きな傷口から、止めどなく血が噴き出しているのを見て、都子の呼吸が止まりそうになる。「血、血が……!お母様、私の顔、顔がぁっ!!」亜季が再び顔に触れると、傷口に激痛が走った。血はすでに頬から首筋へと生温かく流れ落ちており、鼻をつく鉄サビの匂いが漂う。都子は震える目で、2階の星歌を睨み、次に1階で殺気立っている飛鳥を見た。そして、床に転がっている『血塗れの重厚な灰皿』に視線を落とした。「飛鳥……あなた、なんてことを……ッ」飛鳥は堅く唇を引き結んだまま、無言でローテーブルのスマホを取り上げ、救急車を呼んだ。都子は怒りで視界がチカチカと明滅した。「亜季はあなたの実の妹なのよ!?なんで赤の他人の女のために、妹の顔を傷つけるような真似ができるの!!」星歌への露骨な憎悪と、到底信じられないという激しい叱責が飛鳥に向けられる。しかし飛鳥は目を細め、氷のような声で言った。「星歌は俺の妻だ。赤の他人だと思ってるのは、あんたたちだけだろう」「何度言ってもその口が星歌をコケにするのをやめないなら、いっそその口ごと潰してやった方がマシだ」星歌を侮辱することは、冴島飛鳥という男への侮辱に等しい。都子と亜季は絶句した。飛鳥の孕む殺気のような容赦のなさに、亜季の顔から血の気が引く。「お、お母様……っ」すっかり怯えきった亜季の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。涙がぱっくりと開いた傷口に染み込み、焼け付くような鋭い痛みが走る。血だるまになった娘を見て、都子も心が張り裂けそうだった。「飛鳥!あんた本当に最低よ!女の子にとって顔に傷がつくのがどれほどのことか分かってるの!?一体どんな神経してたら……ああもう、本当に腹が立つ!!」顔面が血まみれの妹と、頭から氷水を被ってずぶ濡れの母親。星歌に文句を言ってやるつもりで乗り込んできた都子だったが、結局、到着した救急車に亜季と一緒に乗り込み、退散する羽目になった。誰もいなくなった1階のリビン
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第64話

「軟禁だなんて人聞きの悪い言い方をするな。自分がどれだけの手出しをしたか、分かっていないわけじゃないだろう」昨夜のうちに、飛鳥のもとにも正確な情報が入っていた。陽子の国際ベイサイドの本邸は、見事に燃え尽きて骨組みだけになっている。その経済的損失がどれほどのものか、想像するだけでも恐ろしい。今の陽子は、星歌の顔面を引っ掴んで生きたまま丸呑みにしてやりたいほど憎悪を募らせているはずだ。「私が一方的にやったこと、って言いたいの?」「……」そうではない。陽子が先に星歌へ「痛い目」を見せようとしたのだ。そうだ、あれはただの「お灸を据える」程度のつもりだったのだろう。可愛い娘である夏蓮の鬱憤を晴らすための、ほんの軽い警告のつもりだった。だが、陽子は今の星歌がどれほど狂気に満ちた、手のつけられない女であるかを知らなかった。自分から軽く小突いてやったつもりが、逆にトゲだらけの鉄球を素手で受け止めさせられたようなものだ。今頃、陽子は血だらけになった手を抱えて、ぶつける宛のない怒りに身を焦がしていることだろう。飛鳥が知る陽子の性格からして、高確率で星歌を暗殺まがいの手段で報復してくるはずだ。星歌はスープを一口飲むと、かすかに眉をひそめた。「……なにこのスープ。美味しくない」それを聞いた牧野さんが、思わず口を挟む。「お口に合いませんでしたか?こちらは飛鳥様が……」しかし、最後まで言い切る前に飛鳥が鋭い視線を向けたため、牧野さんは慌てて言葉を飲み込んだ。そして、わざとらしく咳払いをして星歌に言い直した。「……ええと、星歌様のお顔色があまりに優れないので、薬膳を少しブレンドさせていただいたのです。そのせいで、少し味が変わってしまったのかもしれません」星歌は牧野さんの口調に混じったかすかな動揺に気づかなかった。ただ純粋に、このスープの味が絶望的にまずいと感じただけだった。二口ほど飲んだだけで、もう胃が受け付けない。「もういらない」と、匙を置く。飛鳥は眉をひそめた。「その薬膳は体にいい。全部飲め」――昨夜、どれだけ抱きしめても、夜中まですっかり冷え切って体温を感じなかった。以前の彼女はそうではなかった。少し触れるだけで、まるで小さなストーブのように温かかったはずだ。一体いつの間に、こんなにも虚弱な体になっ
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第65話

すぐに牧野さんがもう一杯のスープをよそい、星歌の前に置いた。飛鳥は自らその器を手に取り、再び匙でスープをすくうと、星歌の唇に押し当てた。「自分がどれだけひどい顔色をしてるか、分かってるのか。……口を開けろ」なだめるような低く優しい声色とは裏腹に、その底知れぬ暗い瞳は一切の反抗を許さなかった。このスープを飲み干すまで、この男が絶対に引き下がらないことくらい星歌にも分かっている。星歌は匙を無視して飛鳥の手から器を奪い取ると、一気に喉の奥へと流し込んだ。「いい子だ」「…………ッ!」ガンッ!!星歌は空になった器を、わざと大きな音を立ててテーブルに叩きつけた。飛鳥の首筋に刻まれた生々しい噛み痕が、ただひたすらに目障りだった。それ以上視線を向けるのも悍ましい。その後、朝食が終わるまでの間、二人の間で言葉が交わされることは一切なかった。ただ重く、息が詰まるような沈黙だけがダイニングを支配していた。朝食後。 さっそく外出しようとする星歌を、飛鳥が声で制した。「今は外出するなと、言ったはずだ」「どうしても出ると言ったら?」互いに一歩も譲らない。飛鳥が冷ややかな視線を星歌に向ける。その瞳の奥には、底知れぬ冷酷さが渦巻いていた。ぞっとするような眼差しに射抜かれ、星歌は胸の奥が微かに軋むのを感じた。飛鳥が本質的には恐ろしい男であることは、痛いほど理解している。ただ、夫婦として過ごしてきた数年間、その牙が星歌に向けられたことがなかっただけだ。本気で逆鱗に触れれば、どんな仕打ちを受けるか分からない。だが、今の星歌に怯む理由など微塵もなかった。牙を剥くというなら、こちらも徹底的にやってやるまでだ。飛鳥は目を細め、危険な光を宿した。「そんなに、あいつに会いたいのか」あいつ――つまり、啓介のことだ。「私に会いたい人がいるかはともかく……あんたには、確実に会いたい相手がいるでしょう?」「何度も言っているだろう。この半年間、夏蓮さんと関わっていたのは、すべて翼兄さんの子どものためだ」「へえ。それじゃあ、もう二度と、あの女のために私を置いては行かない。そういう解釈でいいのね?」言葉を交わすたび、二人の間の空気は一触即発の様相を呈していく。飛鳥の纏う気配が、みるみる冷え切っていく。それでも飛鳥
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第66話

「これ以上、何をする気だ!」「やりたいことなんて、山ほどあるわよ!」かつて夏蓮から受けた屈辱と痛みのすべてを、何倍、何十倍にもして叩き返してやる。あの日、病院で夏蓮は星歌を虫ケラのように見下し、傲慢に踏みつけようとした。ならば、その虫ケラを踏み潰し損ねた代償を、これから骨の髄まで味わってもらうだけのことだ。一歩も引こうとしない星歌の態度に、飛鳥の苛立ちは限界を突破していた。「お前も本港市に長く住んでいたなら、夏蓮の母親……陽子がどれだけ底知れない人間か、分かっているはずだろう!昨夜あんな大騒ぎを起こして、啓介が本気でお前を助けているとでも思っているのか?あいつはお前を死地へ追いやろうとしているだけだ!」あの残忍な陽子が、このまま黙っているはずがない。確実に裏でえげつない報復を仕掛けてくる。その危険性を想像しただけで、飛鳥はどうしても怒りを抑えきれなかった。星歌は目の前のグラスを手に取り、ゆっくりと水を一口飲んだ。この男の口から『啓介』という名前が出たことに、彼女はあえて沈黙で応じた。だがその沈黙が、飛鳥にとっては「やはり啓介と何か裏で通じている」という疑念を確信に変えるものだった。飛鳥は怒りで肩を上下させ、荒い息を吐き出した。「これから何を企んでいるのか言え!俺が代わりにやってやるから、啓介なんかに頼るな!世界中を敵に回してでも報復したいなら、俺がやってやる……!」こいつが他の男を頼るくらいなら、いっそ自分が代わりに手を下した方がマシだ。その言葉に、星歌は小さく眉を上げた。「言えよ!どこまでやれば気が済むんだ!俺が一発で全部終わらせてやる!」苛立ちを抑えきれず怒号を上げる飛鳥は、もはや半狂乱だった。今の星歌は、まともな話し合いが通じる相手ではない。夏蓮が絡めば必ず暴走する――飛鳥はそう錯覚し、完全に追い詰められていた。二人の視線が激しく交錯する。飛鳥の威圧的な眼差しを受け止めたまま、星歌の口角がふっと弧を描いた。「夏蓮の半殺し。……あんた、それができるの?」彼女の手によって、二つの小さな命が奪われたのだ。命を半分で許してやるだけでも、十分すぎるほどの温情ではないか。一瞬にして、部屋の空気が凍りついた。つい先程まで威勢よく吠えていた飛鳥は、血の気の引いた顔で薄い
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第67話

血は止まる気配がなく、星歌は薄れゆく意識の中で自ら救急車を呼んだ。焦燥に駆られた牧野さんが五度目のコールを鳴らした時、ようやく電話が繋がった。「何の用だ」耳を刺すような、氷のように冷たい声。「飛鳥様、すぐにお戻りください!星歌様が……星歌様が大量に血を流されて――」牧野さんは涙声で叫びながら、床に点々と落ちた血溜まりに目をやった。電話の向こうで、一瞬の沈黙が落ちた。だが次に聞こえてきた飛鳥の声は、先ほどにも増して冷酷なものだった。「あいつにそう言えと指示されたのか?」「……えっ?」スピーカーから漏れ聞こえたその言葉に、牧野さんも星歌も言葉を失った。「違います!なぜそんな誤解をなさるんですか、星歌様は本当に――」ツーツーツー……牧野さんが必死に弁明し終える前に、無情な電子音が通話の切断を告げていた。無情に切られた通話音を聞き、牧野さんはすっかりパニックになり、慌ててリダイヤルしようとした。「いいわ、気休めは。もうかけないで」星歌が手を上げて制止する。「どうせ今頃、愛しの義姉さんのもとへ急いでいる最中よ」「ですが星歌様……飛鳥様は本当は……」「黙って。少し静かにさせてちょうだい」今朝の不味い薬膳スープを持ち出してまた飛鳥を庇おうとする牧野さんを、星歌は苛立たしげに遮った。星歌はすぐにグロへ連絡を入れた。門前には飛鳥が配置したボディガードたちが張り込んでいる。彼らが融通を利かせず、救急隊員や自身の外出を阻む恐れがあったからだ。「星歌様、ご安心を。すぐに向かいます」相変わらず頼もしいグロの返答を聞き、通話を切る。星歌はソファに横たわり、じっと動かないようにした。牧野さんは服を着替えさせようとしたものの、少し安静にしたことで血の勢いが収まりかけているのを見て、無理に動かすのをやめた。ただ温かいタオルを用意し、震える手で脚の血を拭うにとどめる。しばらくして、外が騒がしくなった。手配した救急車が到着したのだと星歌は思った。だが、リビングに足を踏み入れたのは予想外の人物――陽子だった。門前のボディガードたちが部外者を通すはずはない。だが陽子はあらかじめ手勢を連れてきており、飛鳥の部下たちと乱闘を起こして強行突破したのだ。いまや墨霞邸の入り口は怒号が飛び交う大混
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第68話

他者を見下すその傲慢な態度は、さながら自分が絶対的な女王であるとでも錯覚しているかのようだった。再び星歌へと視線を戻し、陽子は真っ赤に彩られた唇を歪めた。「そうよ、認めてどうなるの?あんたに何ができるって言うの?」嘲笑とともに、あっさりと事実を認めた。星歌は怨念を込めた冷たい眼差しで陽子を睨みつけるが、一言も発さなかった。陽子は星歌の殺意など痛くも痒くもないといった様子で、鼻で笑った。「ねえ、もしこのまま救急車に乗れなかったら、あんた今日ここで死ぬんじゃない?……それとも、飛鳥くんが思い直して助けに来てくれるとでも思ってる?」軽い口調だが、その一言一言には底知れぬ侮蔑と嘲弄が込められていた。陽子は、星歌が夫に見捨てられ、他の女――しかも兄の未亡人のもとへ向かわれた哀れな妻であることを徹底的に嘲笑っているのだ。事態の深刻さに、牧野さんは額から滝のように汗を流して懇願した。「よ、陽子様、どうかおやめください……!星歌様は今すぐ病院へ行かなければならないお体で――」「黙りなさい!」陽子が鋭い声で一喝する。牧野さんを射殺さんばかりに睨みつけた後、再び星歌の顔に視線を戻し、冷酷に言い放った。「病院?この女が今日ここで死んだところで、路地裏の野良犬が死ぬのと同じよ。誰が気にするの。夏蓮の言う通りね。二年前、車で確実に轢き殺しておくべきだったのよ。中途半端に生かしておいたせいで、つまらない反撃なんかされて……こんなに厄介なことになるなんてね」昨夜、国際ベイサイドの豪邸が全焼した件で、陽子の怒りと憎悪は頂点に達していた。出来ることなら今すぐ自分の手で星歌の首を絞め殺してやりたいほどだ。だが今日は、あえてここから一歩も動かずに、この小娘が虫ケラのように血塗れでもがき苦しむ姿を特等席で眺めてやるつもりだった。「私が死ねば、飛鳥があんたの娘を娶るとでも本気で思ってるの?」星歌が息も絶え絶えに問う。「あんたがこんな騒ぎを起こさなければ、あの二人が結ばれることは本港市中が認めるはずだったのよ!」陽子の声には一切の容赦がなく、毒気の帯びた怨念がこもっていた。その傍らで、牧野さんは祈るような思いで必死に飛鳥の番号へリダイヤルを繰り返していた。だが――先ほどの電話で「星歌が気を引くための芝居だ」と決めつけた
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第69話

その頃、墨霞邸。陽子によって救急車の進入は阻まれ、さらには牧野さんも陽子の部下たちに取り押さえられていた。ソファで血を流す星歌を見下ろす陽子の瞳には、悪意と冷酷さしか存在しない。圧倒的で危険な気配を漂わせながら、陽子は牧野さんの方へと歩み寄った。「ねえ。人間って、どれくらい血を流したら死ぬのかしらね?」ソファの星歌へ向かって、薄ら笑いを浮かべながら問いかける。星歌は痛みに耐えるように目を細め、かすれた声で返した。「……あんたに、そんなものを見る機会は来ないわ」「いいえ。今日、この目でじっくり見せてもらうわよ」言い捨てるや否や、陽子は取り押さえられている牧野さんの背中を容赦なくヒールで踏みつけた。「ぁっ……!」高齢の身体には応える強い痛みに、牧野さんがくぐもった悲鳴を上げる。星歌の目に鋭い殺気が走った。「この婆さん、さっきからどれだけ飛鳥くんに電話してたのかしらね。でも結局、あの子は戻ってこないじゃない」陽子は牧野さんを足蹴にしたまま、冷酷に吐き捨てた。「この家の真の女主人が誰かも分からないような無能な使用人なんて、生かしておく価値もないわね」牧野さんは高齢のうえ、強い力で踏みつけられ、自力で起き上がることすらできずにいた。陽子はさらに体重をかけながら、振り返って星歌を見た。「おそらく、今日あんたの血が一滴残らず流れ尽きたとしても、飛鳥くんは戻ってこないわよ」「その人を離して」星歌が氷のような声で言った。陽子は鼻で笑う。「庇うの?自分の命すら危ういっていうのに」言うなり、陽子は牧野さんの背中から足をどけ、再び星歌の隣の一人掛けソファにふんぞり返った。「愛し合って結婚した。ああ、なんてロマンチックなのかしら」陽子は心底小馬鹿にしたように目を細めた。「あんたさ、よりによって名門一族の愛なんてものを信じるから、こんな惨めな目に遭うのよ」骨の髄まで冷え切ったその声には、「今日必ず、お前がここで死ぬのを見届けてやる」という強烈な殺意が込められていた。星歌は相手にせず、黙って視線を逸らした。その反抗的な態度が、陽子の神経をさらに逆撫でする。「私たち、前もってあんたに身を引くチャンスを与えたわよね?それを無駄にしたのはあんた自身なんだから、だからこれからは――」その言葉の途中で、突然、外から
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第70話

自身は、陽子を処理するためにこの別邸に留まるつもりだった。......啓介は星歌を抱きかかえたまま、素早く車へ乗り込んだ。翔太も助手席に転がり込み、後部座席を振り返りながら憤懣やる方ない様子で捲し立てた。「飛鳥のやつ、スマホの電源切ってやがった!あの最悪な陽子のババアが戻ってきてるってのに、心配じゃねえのかよ!」翔太は苛立ちで髪を掻き毟る。先ほど、啓介から「夏目陽子が墨霞邸に向かったから、飛鳥に連絡をとってくれ」と頼まれたのだ。ところが飛鳥の携帯は完全に電源が切られていた。嫌な予感がして大急ぎで駆けつけたところ、ちょうど啓介と出くわしたというわけだ。啓介の顔には深い陰りが落ちている。後部座席で星歌の体を支えながら、その体温が異様に低いことに気づいた。すぐさま自分のジャケットを脱ぎ、星歌の身体をしっかりと包み込む。それを見た翔太も慌てて自分の上着を脱ぎ、後ろへ突き出した。「これも使ってくれ!」啓介はそれも受け取り、星歌の冷え切った身体に幾重にも重ねた。二人は一刻も早く星歌を急患窓口へと運んだ。翔太が飛ぶように救急受付へ走り、啓介は星歌を抱き抱えたまま救命室の方面へ急ぐ。啓介の腕の中で、星歌の意識は白濁し始めていた。「……今日は、助かったわ。ありがとう」「なぜ俺に連絡しなかった」「……」啓介に助けを求める?そんなこと、星歌の頭には欠片もなかった。墨霞邸で自分の危険を察知した時、真っ先に頼ったのはグロだったのだから。「どうして、分かったの……?」啓介が駆けつけたタイミングは、自ら呼び出したグロとほぼ同じだった。不思議でならない。なぜ分かったのかという星歌の問いに、啓介は答えなかった。隣の市からわざわざヘリを飛ばして駆けつけたことなど、言う必要もない。病院に到着し、星歌はすぐさま救命室へと運び込まれた。その頃、受付で支払いを済ませて救急病棟へ急いでいた翔太は、エレベーターホールで思いがけず飛鳥と鉢合わせた。飛鳥の背後には大勢の医療スタッフが付き従っている。院長すらも額に汗を浮かべ、ペコペコとへりくだりながら彼の後を追っていた。翔太は咄嗟に「星歌さんが運ばれてきた」と伝えようとした。だが彼が一歩踏み出すより早く、飛鳥の冷徹な声が院長へ叩きつけられた。「どんな
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