All Chapters of 三度の流産を越え、極悪セレブ界を完全制圧: Chapter 71 - Chapter 80

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第71話

星歌が救命室から出た頃には、知らせを聞きつけた江里子も病院へ駆けつけていた。実は一階で、江里子は偶然にも飛鳥とすれ違っていた。彼は夏蓮の産んだ双子の一人を抱きかかえ、医療チームを引き連れてどこかへ急いでいる様子だった。さらにその後、陽子が血まみれでストレッチャーに乗せられ、スタッフに慌ただしく運ばれていくのまで目撃している。誰にボコボコにされたのかは知らないが、凄まじい有様だった。だが、そんなことよりも問題は星歌だ。ストレッチャーで運ばれてきた星歌の青白い顔を見た瞬間、江里子は胸が締め付けられる思いがした。「どうして急に大出血なんか……やっぱり、ここ数日無理しすぎたせいじゃないの?」点滴の調整をしていた医師が、横から口を挟んだ。「流産直後ですからね。焦って栄養を摂らせようとするのは良くありません。過度な滋養強壮は逆効果です」「過度な滋養強壮?そんなもの摂らせてませんよ。せいぜいスープくらいで……」と、江里子は慌てて反論した。スープすら駄目だと言うのだろうか。じゃあ何を食べさせればいいのか。江里子が医師に問い詰めようとした瞬間、シーツの下から伸びてきた手が、江里子の手首をきつく掴んだ。「……?」見下ろすと、星歌が微弱な動きで首を横に振っていた。医師は点滴の速度を調整し終えると、江里子に今後の注意事項を事細かに伝え、病室を出て行った。個室の中は、星歌と江里子の二人きりになった。江里子はたまらず星歌の手を握り直す。「星歌、どういうこと?まさかあなた、何か変なものでも食べたの?」「……今朝、飛鳥に無理やり薬膳スープを一気飲みさせられたのよ。多分、その効果が強すぎたんじゃないかしら」それを聞いて、江里子の顔が引き攣った。「あいつ……はあ?ちょっと待って……」頭を抱えそうになる。もはや飛鳥に何を言えばいいのか分からない。本来なら最優先で労わるべき自分の妻には、無知識な手料理を無理やり飲ませて大出血で病院送りにする。その一方で、どうでもいい義姉の赤ん坊のために大名行列のような医療チームを引き連れて奔走している。そんな男が夫だなんて、控えめに言っても最悪だ。末代まで祟られるレベルのハズレである。「ねえ、いつあいつと離婚するつもりなの!?」怒りで声を荒げる江里子に、星歌は力なく
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第72話

「あいつが!?」陽子の名を聞いた瞬間、江里子の顔から血の気が引いた。あの女は表でも裏でも手段を選ばない、底知れぬ毒婦だ。「墨霞邸に乗り込んできたの。私をあそこで見殺しにするつもりでね」今日、墨霞邸で陽子がどれほど傍若無人に振る舞ったか。星歌は、事の顛末をすべて江里子に打ち明けた。吐き捨てられたおぞましい脅迫の数々。飛鳥に助けを求めようと電話をかけた牧野さんが、陽子に足蹴にされ脅されたこと。――その暴虐ぶりは、控えめに言っても常軌を逸していた。話を聞き終えた江里子は、怒りで爆発寸前だった。「はあ!?そこまでの騒ぎになってるのに、飛鳥は一度も戻ってこなかったわけ!?」「ええ、一切ね」「……」江里子は怒りを通り越して呆れ果てた。あの夏目陽子がどれほど底知れない毒婦か、飛鳥だって骨の髄まで理解しているはずだ。それなのに、星歌を墨霞邸にたった一人で放置したというのか。単に危機感が欠如しているだけなのか。それとも、冴島家の面々や夏蓮、ひいてはあの陽子でさえも「根は悪くない、ちょっと口がすぎるだけ」などと本気でお花畑な勘違いをしているのだろうか。江里子は何度か深呼吸をし、胸の内で煮えたぎる怒りを必死に抑え込んだ。「……で、なんで高峰さんが墨霞邸にいたわけ?」そういえば、江里子が星歌の着替えを持って病院に駆けつけたのも、そもそもは啓介からの電話が発端だった。「私も分からないわ」啓介がいきなり飛び込んできた理由も、なぜ翔太まで一緒だったのかも、星歌には見当がついていなかった。江里子もそれ以上は深く考えず、再び怒りを爆発させた。「とにかくあの陽子って女、あなたのお兄さんに頼んで徹底的にボコボコに――」そこまで言って、江里子はハッと目を見開いた。「……ちょっと待って。あなた、お兄さんの部下にあの女をボコらせたの?」さっき病院のロビーですれ違った時、陽子は尋常ではない怪我を負っていた。移動ストレッチャーの上で、血にまみれて絶叫していたのだ。「殴らせただけよ。それに、今日の昼には彼女のもとへ……」星歌はあえて言葉を切り、瞳の奥に冷酷な嘲りを閃かせた。「一生忘れられないような『プレゼント』が届く手はずになってるわ」「……」一生忘れられない?十中八九、陽子が最も固執しているビジ
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第73話

飛鳥のことだ。実は翔太は、さきほど治療費の清算をしていた時、病院内で飛鳥と鉢合わせていた。だが、その事実を今の啓介に伝える勇気は流石になかった。何しろ飛鳥は、二言三言も交わす間もなく、またしても夏蓮の子供の件で呼び出され、足早に立ち去ってしまっていたのだ。「……ああ。葛城一真にも電話してみたが、会社でも連絡がつかないらしい」まったく、どうなっているんだ。妻が流産したというのに傍にもおらず、生死の境を彷徨って運び込まれた今の状況でも姿を見せない。この瞬間、翔太は半ば確信していた。星歌と飛鳥の離婚は、もう引き返せない決定事項なのだと。これほどの惨劇が起きて、あの星歌の性格で許すはずがない。ただでさえこの半年間、夏蓮という存在のせいで夫婦間の溝は決定的に深まっていたのだ。そこへきてここ数日の出来事が、かつて二人の間にあった情の欠片すら、完全に叩き潰してしまった。啓介は沈黙したままだった。翔太は探るように彼の横顔を見つめた。「なあ……お前、まさか星歌さんのこと……」言葉の先を飲み込む。飛鳥が「啓介は星歌への下心があるんじゃないか」と疑心暗鬼になっていたのも、今となっては無理もない気がしてくる。先日、啓介が飛鳥に向かって堂々と「お前たちの離婚を支持する」と言い放ったこともあり、翔太でさえ一抹の疑念を抱き始めているのだ。だが、啓介は否定も肯定もせず、ただ静かに、底知れぬ凄みを含んだ視線を翔太に向けるだけだった。そこへ病室の扉が開き、江里子が出てきた。星歌のために何か食べやすそうなものを探してくると言って、早足で廊下の奥へと消えていく。その背中を見送ってから、啓介と翔太は揃って病室に入った。ベッドに横たわる星歌は、二人の姿を認めると、血の気の失せた唇にどうにか笑みを浮かべた。「今日は……本当に助かりました。ありがとう」あのタイミングで、二人が墨霞邸に駆けつけてくれるなど、予想さえしていなかったのだ。「俺に礼はいいよ。啓介から電話をもらって、初めて陽子のババアがそっちへ向かってるって知ったんだから」翔太の言葉に、星歌は自然と啓介へ視線を移した。なぜ陽子が自分を狙っていると分かったのだろうか。その疑問が瞳にありありと浮かんでいる。しかし啓介は何も説明することなく、淡々と自分の腕時計に目を落
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第74話

星歌はもう、はっきりと理解していた。もしこの先も飛鳥と共に生きるような道を選べば、自分は一生、夏蓮とその子供が落とす暗い影の中で腐っていくしかないのだと。「まずは、奴と離婚することだけを優先させるんだ」啓介の言葉に、星歌は思わず顔を上げ、彼の真意を探るように見つめた。「飛鳥がどんな条件を出してこようと、一旦はすべて飲んでやればいい」「……」飛鳥が出してくる条件。今のあいつが提示してくる要求といえば、間違いなく「夏蓮に手出しをしないこと」だろう。――そうか。私が夏蓮を見逃してやるとさえ約束すれば、あいつは間違いなく離婚届にサインするはずだ。その事実に思い至り、絡まり合っていた思考が一気にクリアになる。「……ありがとうございます、高峰さん」啓介は立ち上がり、腕時計に目を落とした。「しっかり体を治せ」それだけ言い残し、彼は病室の出口へと歩き出す。だが、扉に手をかけたところで何かを思い出したように、ふと足を止めて振り返った。「本港市のことに関して、君の兄さんが表立って動きづらい問題があれば、俺に連絡しろ」その言葉に、星歌は息を呑み、小さく顔を強張らせた。啓介はやはり、すべてを深く見抜いている。星歌が言葉を返す間も与えず、彼は静かに病室を後にした。啓介と入れ替わるように、今度は兄の側近であるグロが姿を現した。星歌は彼を見るなり、真っ先に尋ねる。「私、いつ退院できるの?」病院特有の消毒液の匂いがどうにも鼻について我慢ならない。グロは一瞬だけ渋い顔をしたが、すぐに恭しく一礼して答えた。「星墨山の邸宅に、すでに完全な設備を整えた医療室を用意いたしました。退院後は直接そちらへお戻りいただき、療養していただきます」「それから、アリ様より、当面の間は仕事への復帰を一切認めないとの厳命が下っております」「今日はちょっとした事故よ。変なものを口にしちゃっただけで……」「アリ様は、大変ご心配されておいでです」グロの静かでいて冷徹な声音には、有無を言わさぬ圧があった。兄であるアリ・フォグレは、どんな言い訳も聞く耳を持たないだろうという事実が透けて見える。あの過保護な兄の性格を思えば、今日ここへ運び込まれた時点から、少なくとも向こう一週間は外の風に当たることも許されないだろう。星歌はふう
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第75話

啓介は、自分勝手に喚き散らす飛鳥の背中を、氷のように冷え切った目で一瞥した。翔太が何か言おうと唇を動かしかけたが、啓介は飛鳥から視線を外すと、一言も発することなくそのまま出口へと歩き出してしまう。「おい、啓介……!」あいつの目を覚まさせてやらなくていいのか。そう言おうとした翔太の声に振り返ることもなく、啓介の背中は遠ざかっていく。翔太は苛立ちまかせに自分の髪をガシガシと掻きむしった。その直後、再び電話を切られたらしい飛鳥が、怒りを全身から発散させながら振り返った。ドンッ、と翔太と飛鳥の視線がぶつかり合う。飛鳥の顔がさらに険しく沈んだ。翔太は足早に飛鳥の正面へ歩み寄り、低い声で尋ねた。「お前……今、夏目陽子の一件で星歌さんを問い詰めてたのか?」飛鳥は張り詰めた冷たい視線を翔太に向けるだけで、何も答えずそのまま横を通り過ぎて立ち去ろうとした。その態度に、ついに翔太の堪忍袋の緒が切れた。彼はすかさず飛鳥の腕を力任せに掴み、噛みつくように言い放つ。「お前、本気で星歌さんを手放すつもりかよ!?」ただでさえ苛立ちの絶頂にいた飛鳥は、翔太の言葉を聞いて急速に目元から温度を消し去った。「……手を離せ」氷のように冷酷な声が落ちる。しかし翔太は全く怯まなかった。「夏蓮のために星歌さんと対立するのは百歩譲るとしても、今度は夏蓮の母親のために星歌さんを責め立てるっていうのか?お前、マジでイカれてるんじゃないのか!」この瞬間、翔太は以前啓介が「お前たちの離婚を支持する」と言い放った理由が痛いほど理解できた。啓介はとっくに、この男の常軌を逸した冷酷さを見抜いて愛想を尽かしていたのだ。そして今の自分も、全く同じ心境だった。飛鳥は殺意すら滲む目で翔太を見据えた。「あいつが何をやらかしたか、分かってて言ってるのか?」「あ?星歌さんが何をしたっていうんだよ!」翔太の声も荒げた。事ここに至って、こいつはすべての惨劇の元凶が何なのか、まったく理解していないらしい。「こんな危急の時期に、あいつは二年前の交通事故が夏蓮さんの仕業だったなんて嘘をネットにばら撒いた。それだけじゃない、今日は陽子さんを病院送りにするほど容赦なく暴行を加えたんだぞ!」飛鳥の怒りもまた限界を超えていた。炎上騒ぎはもう三日
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第76話

翔太の背中が見えなくなっても、飛鳥はそのままロビーに釘付けになったように立ち尽くしていた。どれくらい時間が経っただろうか。彼は微かに震える手でスマートフォンを取り出し、恐る恐る画面を立ち上げて着信履歴を開いた。そこには、恐ろしい数の不在着信が残されていた。墨霞邸の家政婦である牧野さんから数十件。ボディガードのリーダーからも。さらにメッセージアプリを開くと、牧野さん、翔太、そして側近の一真からも大量の通知が届いていた。震える指で、そのうちのいくつかを開く。翔太:【飛鳥、どうなってんだよ!陽子のババアが星歌さんのところに向かってる。絶対ヤバいに決まってるのに、こんな時に電源切るとかあり得ねえだろ!】一真:【飛鳥様、星歌様が大変な事態に巻き込まれております!電源を入れられましたら大至急ご連絡を!】牧野さん:【飛鳥様、助けてください!夏目陽子様が手勢を連れて邸宅に押し入り、救急車を中に入れてくれません!星歌様が……星歌様が死んでしまいます、早く戻ってきてください!】画面を埋め尽くす非常事態のメッセージと、血を吐くようなSOSの着信履歴。ただの文字の羅列でありながら、画面越しに狂気じみた絶望感と窒息するような緊迫感が飛鳥の首を締め上げてきた。――俺はさっき、電話越しに彼女に向かって……一体何ということを喚いたんだ……!飛鳥はほとんど息の仕方を忘れたまま、震える指で墨霞邸の固定電話へ発信した。「……はい、墨霞邸でございます」「俺だ」声を絞り出すのがやっとだった。電話の主が飛鳥だと気づいた牧野さんの声が、途端に弾かれるように切羽詰まったものに変わる。「飛鳥様!?やっと……やっと繋がりました……!」「……さっき、墨霞邸で何があった」「星歌様が……大変な量の下血をされまして……すぐに飛鳥様にお電話をしたのですが……」そこまで言って、牧野さんは言葉を詰まらせた。飛鳥の脳裏に、邸宅を出た直後に受けた牧野さんからの電話がフラッシュバックする。あの時、牧野さんが血相を変えて「星歌様が大量に出血して」と訴えたのに対し、自分はなんて返した?『あいつにそう言えと指示されたのか?』――そう言って、ろくに話も聞かずに電話を叩き切ったのだ。星歌の気を引くための、三文芝居だと決めつけて。飛鳥は激しくズキズキと痛むこめかみを
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第77話

啓介と翔太がこの病院にいたということは、星歌もここに収容されているとみて間違いない。飛鳥が病室を一つずつ探し回ろうとした矢先、江里子が一つの病室へ入っていくのが見えた。彼は迷わずその後を追う。病室のドアの前には、見知らぬボディガードが四人、壁のように立ちはだかっていた。飛鳥が強引に入ろうとすると、二人の男が無言で道を塞ぐ。「……どけ!」低く、怒気を孕んだ声で怒鳴りつけた。その声は、病室内の星歌たちにもはっきりと届いていた。そばにいた江里子が、露骨に嫌悪感を丸出しにして顔を顰める。グロも静かに冷たい目を光らせた。「……私が、あの方を排除して参りましょう」「いいわ、通してあげて」星歌の言葉に、江里子が信じられないというような声をあげた。「あんた、なんであんな奴に会うのよ!?これだけのことをされて、顔を見る価値もないじゃない!」今すぐ顔面を引っ掻いてやりたいくらい怒り狂っている江里子にしてみれば、問答無用で追い返すのが正解だった。「だって、私たちまだ離婚してないもの」星歌は淡々と答えた。――結婚。今となっては、それは飛鳥が彼女に繋いだ呪いの鎖でしかない。かつては自ら進んで繋がれたいと願ったはずのその鎖を、今の彼女は一秒でも早く断ち切りたくて仕方なかった。「離婚の手続きでしたら、訴訟を起こしても構いません。アリ様がすでに国内最高峰の弁護士団を手配されております」グロの提案に、江里子も大きく頷く。「そうよ、初めから裁判で白黒つければいいじゃない!」あんな男、一生夏蓮と一緒に地獄に落ちればいいのだ。だが、星歌は静かに首を振った。「いきなり裁判を起こして、もし向こうが徹底抗戦して長引いたらどうするの?」それは、確かに頭の痛い問題だった。離婚訴訟というのは、片方が断固として拒否し続ければ、何年にもわたって泥沼の争いが続く。江里子も黙り込んでしまった。ましてやここは本港市だ。冴島飛鳥という男が「別れない」と意地を張れば、どんなに優秀な弁護士を揃えようとも、そう簡単に決着がつくとは思えなかった。結局、江里子は諦めたように立ち上がり、グロと共に病室を出ていった。入れ違いに、飛鳥が静かに足を踏み入れた。ベッドに横たわる星歌の顔は、透き通るほど蒼白だった。手の甲には点滴の留置針
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第78話

その言葉を聞いて、飛鳥の心はごっそりと抉り取られたように空虚になった。だが、彼は星歌の離婚の申し出には答えず、ただ虚ろな声で問い返した。「……本当に、妊娠していたのか?」「……っ?」疑念の染みついたその一言が、病室の空気を一瞬で凍りつかせた。星歌はゆっくりと首を巡らせ、飛鳥の顔を見据えた。沈黙したまま、ただ無表情で彼をじっと見つめる。その深く静かな沈黙が、逆に飛鳥の焦燥をひどく煽り立てた。彼女の冷徹な視線に射竦められながらも、飛鳥はどうにか言葉を続ける。「いくら生理中だったからといって、あそこまで滋養の強いスープを飲ませてはいけなかったんだな。それで引き起こされた出血だろ……?」星歌はもはや、返す言葉すら見つからなかった。呆れを通り越して、どこからツッコめばいいのかも分からない。結局のところ、こいつはこの期に及んでも、自分が妊娠・流産したという事実を微塵も信じていないのか?自分の不注意で「生理中の妻に薬膳スープを飲ませたせいで大出血した」と思い込んでいるらしい。――生理中、ね。星歌の内心で、乾いた嘲笑が漏れた。私の生理の周期なんて、自分自身よりもあんたの方がよっぽど正確に把握していたじゃないか。星歌が何も答えないのを見て、飛鳥はいかにも妻をなだめるような調子で口を開いた。「……分かった、分かったよ。妊娠していたんだな。俺が悪かった、疑ったりしてすまなかった」そう言って、三度彼女の手を握ろうとする。「君がどれだけ子供を欲しがっていたか、その気持ちはよく分かってる。けど、毎月の定期健診だって欠かさず受けさせていただろう?だから……」だから、何だというのか。飛鳥はそこから先を言葉にはしなかったが、意図は明白だった――もし本当に妊娠していたのなら、毎月の厳密な検査で気づかないはずがない。それに、もし本当に子供を授かっていたなら、自分は絶対に彼女をこんな目に遭わせず守り抜いていたはずだという根拠のない自信が彼にはあった。口先では「信じる」と言いながら、実際には「毎月検査していたんだから妊娠なんかあり得ない」と暗に彼女の嘘を諭そうとしているのだ。星歌の胸に、底知れぬ吐き気が込み上げた。彼女は激しい嫌悪と共に、またしてもその手を振り払う。何度も、何度も指の間からすり抜けていく感触に、飛
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第79話

一方、同じ病院内にある陽子の病室。見舞いに駆けつけた夏蓮は、車椅子の上で震えていた。母が尋常ではない怪我を負ったと聞き、半狂乱になって連れてこさせたのだ。ベッドの上で身動き一つできず、包帯ぐるみの無惨な姿を晒す母親を目の当たりにして、夏蓮の瞳には業火のような憎悪が渦巻いていた。「星歌のクソ女……よくもこんな真似を!それに、どうして高峰啓介が突然あんな女に肩入れしてるのよ!?」母親を半死半生にしたのが啓介の部下だと聞き、夏蓮の顔は夜叉のように歪んだ。ぼろぼろと大粒の涙をこぼす娘を見て、陽子は厳しい眼光を放ち、すかさず怒鳴りつけた。「その涙を引っ込めなさい!」怒号を上げた途端、顔中を覆うガーゼと包帯が引っ張られ、陽子は「痛ぇっ」と呻き声を漏らした。怒鳴られた夏蓮は一瞬ビクッとしたものの、あまりにも痛々しい母親の姿を見て、さらに涙が止まらなくなってしまう。「お母さん……っ」「その涙を引っ込めなさい。泣くなら、一番同情を誘いたい男の前で泣きなさい」陽子の声には凄絶な毒が滲み、瞳の奥にはギラギラとした殺意が渦巻いていた。夏蓮は何か言い返そうとしたが、母親の冷酷な眼光に射竦められ、慌てて涙を拭った。今日、墨霞邸で受けた屈辱は、陽子にとって絶対に許しがたいものだった。今すぐにでも星歌を八つ裂きにしてやりたいと、全身から憎悪を噴き出している。「今すぐ飛鳥くんのところへ行きなさい。……どう振る舞えばいいか、いちいち教えなくても分かっているわね?」ズキズキと痛む顔をしかめながら、陽子は夏蓮を睨みつけた。夏蓮が頷くのも待たずに、執念に満ちた声で続ける。「今回の一件で、あいつらは絶対に離婚させなきゃ駄目だわ」ここまで事を荒立てたのだ。これで飛鳥が星歌と別れないようなら、今日のこの大怪我も文字通りただの殴られ損になってしまう。「でも……一つ心配なことが。医者の話だと、星歌はかなりの大出血で運ばれたみたい。もし飛鳥さんがそれに同情して……」「心配いらないわ。あいつの担当医たちには、とっくに多額の金を握らせてある。流産したかどうかを決めるのは医者の口よ。あの小娘がいくら喚いたところでどうにもならないわ」夏蓮はハッとして目を見開いた。「それじゃあ、今日の大出血は……?」「さあね、あの女が勝手に出血しただ
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第80話

「今なら、俺と翼兄さんの区別がつくか?」飛鳥は目を細め、底冷えするような声で言い放った。夏蓮の泣き声が、一瞬ぴたりと止まる。「わ、わかってる。わかろうとしてるわ。でも、どうしようもない時があるの……飛鳥さん、もう私や子どもたちには会いに来ないで。これ以上、星歌さんを怒らせたくないのよ。あの人は機嫌を損ねると、私を中傷するだけでなく、私の家族まで傷つけるわ。だからもう、放っておいて……」夏蓮の嗚咽はさらに激しさを増す。その言葉の端々には、星歌が嫉妬から自分たち母子につらく当たっているという、巧妙なアピールが張り付いていた。ちょうどそのとき、用事を済ませてきた都子がエレベーターから降りてきた。涙に暮れる夏蓮と、無表情で立ち尽くす飛鳥の姿が目に飛び込んでくる。「夏蓮、どうしたの……?」都子の姿を認めるなり、夏蓮はより一層声を張り上げた。「お義母さん、私が間違ってました!星歌さんにそう伝えてください、私が悪かったって……!文句があるなら私一人にすればいい。どうか実の母には手を出さないでって……!」「夏蓮、一体何事なの!?」都子は血相を変えて駆け寄った。取り乱す夏蓮の姿に胸を痛め、彼女の口から星歌の名前が出たことで、みるみる怒りが込み上げてくる。あの忌々しい女……!本当に狂っている!陽子が別邸で暴行を受けたと知らされた時の驚きは、今や抑えようのない激しい怒りへと変わっていた。今の星歌は、あまりにも目に余る。夏蓮は飛鳥の服の裾を強く握りしめたまま、必死に訴えかけた。「……だから、もう私には会いに来ないで。それで私の家族が無事で済むなら、みんなが平和に暮らせるなら、私はそれでいいの……」「わかった」返ってきたのは、一切の感情を切り捨てたような、冷たい一言だった。「…………え?」夏蓮と都子は、同時に息を呑んだ。「ちょっと飛鳥、どういうつもりなの!?」我に返った都子が、パニック気味に声を荒らげる。「今日、あの星歌が何をしでかしたかわかってて言ってるの!?まだあの女を庇う気!」都子の怒号の横で、夏蓮はさらに激しく泣きじゃくった。だが飛鳥は、都子のヒステリックな非難など耳に入っていないかのように、夏蓮が握りしめていた服の裾を無造作に振り払った。その手から服が抜け落ちる。
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