All Chapters of いつかの一枚のために: Chapter 51 - Chapter 60

63 Chapters

第51話

「はい、そう伺っています。なので、気になって後をついて行ったんです。部屋を出た直後は他のメンバーと会議での不満の続きを言い合っていました。が、途中で一人でトイレの方へ向かったので、少し間を開けて追ってみました。その為最初の方が聞き取れなかったのですが、親しげな口調で、“大丈夫よ、多分社長たちはまた瀬川さんを警戒していると思うわ。”と言う声が聞こえてきたんです。」「また?」「ええ、その後少し声を潜めたので聞き取れなかったのですが、最後に”多分間違いないわ、彼女よ“と言う声が聞こえて、後何か言って電話を切ったようでした。」衝撃の情報に暫く全員が沈黙してしまった。今までの果奈の言動に対する見方を一変させる情報だった。今日の件での果奈の最初の発言は、デザイン変更の可否を問うものだった。それが、他者の発言により歪められ涼禾への反感をぶつける場となった。当然それは果奈の意思を反映したもの、と隼翔たちが判断するように仕向けられたものだった。今までも同じように果奈の意思で隼翔に強引に付きまとっていたかに見えた言動は、実は誰かによって巧妙に歪められたものだったのかもしれない。あの双子へのカードも。「聞こえたのはそれで全部ですか。」健人の確認に、加藤は「残念ながら今日はこれだけです。でも、入江さんについては昨日も気になる行動がありました。」「それは?」「昨日のお昼なんですが、チームの方たちと別れて一人で会社の外へ食事に出られるのを見かけたんです。その様子が妙にそわそわした感じで、人目を気にしているように見えました。なので、気になって中からこっそり行き先を伺っていたら、向かいのビルの1階のカフェに入っていくのが見えました。」「それくらいは普通にありそうだけど…。」「ええ、その後なのですが、もう一人事務職の制服の女性が会社から出て行って彼女と合流したんです。そして二人で食事はせず飲み物だけ頼んでひそひそ話し込んで、15分か20分くらいで別々に戻ってきたんです。」「ずっとその様子を見てたんだ。」感心したように健人が言うと、「勿論、相手に気づかれないように視界を避けて待機していました。」「はい(さすが加藤さん)。で、君の昼食は?」「入江さんの相手の方が戻る先を確認した後食堂ですませました。」「それはよかった。(さすが加藤さん)」 「それで今日の…。
last updateLast Updated : 2026-03-12
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第52話

「涼禾、お願いだから危ないことはしないで。少しでも違和感を感じたらすぐに加藤さんに付き添ってもらって僕の所に来て。それが無理なら電話して。すぐに行くから。」「はい、気を付けます。ありがとう。」涼禾は隼翔の香りと温もりに包まれて、ついさっきまでの不安や緊張が解けていく気がした。彼の存在がとても愛おしくて、自分からもそっと隼翔を抱きしめた。お互いの温もりに癒されて少しした時、涼禾の携帯が鳴った。画面には陽亮の名前が示されていた。。すぐに出てみると、「ママ、おしごともうおわった?」「ええ、今日はもう終わったわよ。」「ママ、げんき?だいじょうぶ?」「ママは元気よ。陽亮と夏蓮は元気?いい子にしてる?」「「だいじょうぶ〜」」三人の楽しそうな会話を隣で聞いていた隼翔はたまらず、「パパも頑張ってるよ!」と会話に参加し始めた。「「えっ?パパ?」」「そうだよ、ちょうどママとお話してたんだ。」「そうなんだ〜。」「パパもげんきそうでよかった〜。」「ありがとう、二人の声が聞けてすごく嬉しいよ!」「うん!ねぇパパ、ママのことちゃんとまもってね。」「任せて。しっかり守って元気で二人の所に返すからね。もう少し我慢しててね。」「「わかった〜」」四人で更に少し話した後、涼禾も隼翔に部屋の前まで送っもらいその日はゆっくり休んだ。その後の2日間は何事もなく過ぎて、作品の準備も数が増えた分ますます多忙になった。しかし、“より良いものを”と言う点で皆の気持ちは結束を強め作業は順調に進んでいった。いよいよ明日で今回の集中作業期間も終わる。後は直前の準備までにそれぞれが担当した仕事を確実に仕上げていくことになる。明日の午後は簡単な食事会を予定し、1週間の慰労とパーティー成功への団結を図る予定だった。涼禾もほとんどの仕事を終え、明日は最終の打ち合わせと食事会の参加のみとなった。午後のまだ早い時間だったが、ホテルの部屋に戻り荷物の整理をしたり加藤と語り合ったりと穏やかな時間を過ごしていた。その時、 涼禾の携帯からメールの着信音が鳴った。何気なく携帯の画面を見てみると、送信元は知らないアドレスで無題だった。嫌な感じがして加藤に画面を見せてみた。加藤は画面を見て厳しい顔になり涼禾に尋ねた。「安藤さん、私が見てもいいですか?」「ええ、お願いします。」涼禾から
last updateLast Updated : 2026-03-13
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第53話

加藤の動きは早かった。まずは会社に連絡し、メールの内容と島田の安否を尋ねた。今のところ事件が起こったという連絡は無いことを確認し、対応を任せた。続いて健人に連絡し、今すぐに部屋に来るように伝えた。「詳しいことは来られてから連絡しますので、出来るだけ人に気づかれないようにお願いします。」そして、呆然としている涼禾に、「大丈夫です。これは偽動画の可能性が高いです。落ち着いて連絡を待ちましょう。」と、言うと涼禾にペットボトルを差し出し、背中を擦りながら、「すぐに健人さんが来てくださいます。ご自宅の方は会社が責任持って対応しています。ご安心ください。」出来るだけ落ち着いた声で涼禾に語りかけた。呆然として座ったままの涼禾が、我に返ると、「お母さんは?陽亮と夏蓮は?」と叫びながら佐和子に電話をかけた。数コールで佐和子が電話に出るなり、「お母さん!無事なの?今何処にいるの?陽亮と夏蓮は?」と慌てた口調で問いかけた。佐和子は少し驚いた様子で、「涼禾?どうしたの?何かあったの?私たちはソアラにいるけれど。さっき島田さんに会社から連絡が入っていきなり迷子センターに連れてこられちゃったのよ。陽亮と夏蓮はスタッフさんに遊んでもらっているわ。」「迷子センター?………。無事でよかったわ。」「ねぇ、何があったの?取り敢えずここで待機しててくださいって言って島田さんは外で見張っててくれているのだけど。あっ、今外に警備会社の人たちが来たみたい。取り敢えず私たちは無事よ。心配しないで。あなたたちも無事ね。後で連絡しましょう。」「わかったわ。私たちも無事よ。加藤さんが一緒だし。健人兄さんもすぐに来てくれるって。じゃ、後でね。」電話を切ったすぐ後、部屋のチャイムが鳴った。加藤が外を確認すると、警備会社からの応援の人が二人外に立っていた。「ちょっと失礼します。」と、声をかけて加藤は外に出て行った。一人になった涼禾の頭の中にはさっきの映像が甦ってきて、今更ながら体が震えてきた。両腕で自分の体を抱き締めて不安と恐怖に耐えながら待っていると、ドアが開いて真剣な顔をした健人が加藤と共に中に入ってきた。ドアが閉まるなり涼禾に駆け寄り、「涼禾!大丈夫か?何があった!」と頭を抱き寄せて背中を擦りながら問いかけた。「健人兄さん……。」少し安心して肩の力が抜けたものの、
last updateLast Updated : 2026-03-14
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第54話

彼らは最初はとぼけていたが、厳しく追及すると、ネットで子供連れの女性を脅すように依頼されたと自供した。彼らは三人で、佐和子と双子たちを追っていた。連絡がきたら刃物で脅し、その様子を動画で撮るように依頼された。しかし、途中で見失い探していた所を不審者として捕まったということだった。差し当たっての危険はなくなったと見て、健人は涼禾のことを加藤に託して隼翔に会いに行った。電話で知らせて隼翔が暴走しては却って危ないと家族で判断したため、健人が直接報告に行くことにしたのだ。隼翔にはあらかじめ打ち合わせしたいことがあるので時間が欲しいと連絡しておいた。社長室に入った健人は、斉藤に念の為ドアの内側で待機してもらい、ドアの外は槙野にさりげなく警戒してもらうよう隼翔に頼んだ。「どうしたんだい?何か重大なトラブルでも?」「隼翔さん、落ち着いて聞いてください。」「?ああ、わかった。」「2時間ほど前に、涼禾の携帯にこんなメールが届きました。」隼翔は不審な表情でメッセージと動画を見るなり、「何だこれは!」と叫んで立ち上がり駆け出そうとした。健人はすかさず斉藤に、「社長を止めてください!」と言って、自分も隼翔の腕を掴んで、「隼翔さん大丈夫だから落ち着いて!」と声を抑えて止めた。「大丈夫って?」「みんな無事です。差し当たっての危険ももうありません。」「どういうことだ?」まだ焦った様子で厳しく聞き返す隼翔に、健人は隼翔を座らせながら出来るだけ落ち着いた声で、「今から説明しますから。」と、話し始めた。一通り説明を聞いたあと隼翔は、「涼禾は?さぞ驚いただろう?今はどうしているんだ?」「大分落ち着きましたよ。母や子供たちの無事な声を聞いて安心したようです。加藤さんがずっと付き添ってくれていますし。」「そうか、でもどうして僕にはすぐに知らせてくれなかったんだ!」「相手が隼翔さんの反応を見ている可能性がありますからね。推測するに、隼翔さんと涼禾が親密になるのを阻止したい誰かの仕業かと。そんな相手に慌てて涼禾の所に駆け込むあなたの姿が見られたとしたら、…ね。」「僕のせい…なのか。」「違います。こんなことしかできない愚かな者のせいです。」「………。」「しっかりしてください。いいですか。愚か者のペースに巻き込まれてはいけません。落ち着いて対処して堂々
last updateLast Updated : 2026-03-15
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第55話

隼翔は説明を始めた。「何度か長兄の聡(さとし)さんと話したことがあるんだ。彼には、申し訳ないが妹さんの気持ちに答えられる可能性はないと伝えた。不快そうな顔をされたが、彼女に会う前から約束をした女性がいるからと何度も伝えて納得してもらった。向こうの家でも、果奈さんはみんなに可愛がられている末娘だ。愛してもいない男の所になんか嫁がせたくないに決まっている。」「でも、あなたを追いかけ続けるのを好きにさせてたのでしょう?」「いや、縁談を持ちかけたり説得したりしてたようだよ。でも却って果奈さんが意地になってしまって、暫くは静観というところだと聞いている。そんな状況で瀬川がこんなことに協力するとは思えない。」「そうですか。だったら瀬川家というより、瀬川に属する個人という可能性は?」「そこまでは分からない。果奈さんに忠実な者?」「もしくは隼翔さんに想いを寄せる者。」「………。」「あ〜、俺平凡でよかった〜。」憮然とする隼翔に、不謹慎な発言をしたと気付いた健人が申し訳なさそうに謝罪した。「すみません」「いや、誰にでも起こりうることだと思うよ。君も気を付けて。」と真顔で返され、健人はぞっとして自身の発言を悔いた。加藤と涼禾はほとんど荷造りを終え、健人からの連絡が入り次第チェックアウトをして出発できるようになっていた。「加藤さん、今日も遅くまでお世話になります。すみません、よろしくお願いします。」「承知しました。安全にご自宅までお送りします。おそらくですが、帰りは2台の車に分乗してもう一人警備員が付きます。それが、男性になるかと思うのですが大丈夫でしょうか。」「大丈夫です。お世話になります。」そんな話をしていると、涼禾の携帯に連絡が入った。てっきり健人からだと思い、「もしもし、兄さん、用意できてるよ。」と話しかけると、「涼禾、怖い思いをさせてごめん。」と低く優しい声が聞こえた。「隼翔さん?ごめんなさい、てっきり健人兄さんからだと。隼翔さんは何も悪くないわ。謝らないで。」「必ず守るっ約束したのに…。」「ちゃんと守ってくれているわ。今日だって逃げて帰るんじゃないわ。子供たちが心配だから帰るのよ。」「わかった。気を付けて。休憩の時は必ず加藤さんと一緒にいるんだよ。見送りに行きたいけど…。」「大丈夫よ。心配しないで。隼翔さんがいつも通り堂々
last updateLast Updated : 2026-03-16
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第56話

「こちらが田沢さん、で、こちらが吉川さん。どちらもうちが長くお世話になっている方たちだから安心して。」「ありがとうございます。安藤です。お世話になります。よろしくお願いします。」「こちらこそ。安全にご自宅までお送りします。」挨拶を交わしている間に、別の男性がチェックアウトを済ませてくれていた。加藤は更に別の三人の男性と話をしたあと、彼らと共に涼禾の後ろに控えていた。思いがけずの大所帯となってしまったが、何とかその日の夜遅くに涼禾は無事に家に帰り着いた。「お父さん、お母さん、ただいま帰りました。いろいろ手配をしてくれてありがとう。」「何言ってるんだ。当たり前のことをしただけだ。それより、大変だったね。早く中に入って。」玄関では、涼禾を送り届けてくれた面々に佐和子が丁寧にお礼を言って引き取ってもらっていた。リビングに入ると電話で誰かと話している颯太が、軽く手を挙げて挨拶をしてくれた。「子供たちも起きて待っているって言ってたんだけどね。今日は疲れただろうからって先に休ませたんだ。」「はい、よかったです。私、先に着替えてきますね。」涼禾が無事に帰り着いたことは、既に颯太と健人が必要な所に連絡を済ませてくれていた。着替えをしてリビングに戻ると温かいお茶と果物が用意されていた。「今日はもう遅いから、詳しい話は明日にしましょう。」「そうだよ。一息ついたら休むといい。」「ありがとう、でもこっちでは何があったのか教えて。途中で聞いても心配しないで、ばかりで聞けていないの。気になって眠れそうにないわ。」一同は顔を見合わせて、仕方ないと判断し、颯太が話し始めた。「今日の昼食後にね、母さんと陽亮と夏蓮が買い物に出かけたんだ。念の為、島田さんにも同行してもらって。」三人は3日前から予定して島田に同行を依頼した。了承を得たので、予定通り出掛けた。ソアラであちこち見ながら移動していると、島田の視線が厳しくなってきた。いち早くそれに気付いた陽亮が、「おばあちゃん、どこかでおやすみしたい。」と言い出したので、お店を探そうとしたが、「もっとゆっくりできるところがいい。」というので島田に相談しようとした所、島田に会社から連絡が入った。更に表情を引き締めた島田は、応援を要請し、すぐ近くにあった迷子センターのスタッフに掛け合って三人を保護してもらい、応援を待
last updateLast Updated : 2026-03-17
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第57話

「涼禾、何か気になることでもあるのか。」涼禾は少し迷ったが、正直に考えていたことを三人に話した。「お母さんがSG警備に連絡したのは何日?」「多分、18日の10時頃に依頼して、お昼前には了解の連絡をいただいたと思うわ。」「加藤さんが入江さんを見かけたのも18日のお昼休憩だったわ。」「ところで、今回の作業の最終日に食事会をするのっていつ決まったの?」真剣に考えながら颯太が確認した。「それは…、最初の頃からだと思う。歓迎会的なことはしないけれど、最終日はみんなで食事会を計画しているので頑張りましょうって。」「うーん。何となく見えてきたね。」颯太は自分の考えを話し始めた。相手は、最近の隼翔の様子からついに隼翔に恋人ができたらしい、と考えた。調べてみると安藤家との交流が頻繁になったことに気づいた。そこで涼禾の存在を知り、これ以上近づけないように策を弄した。ここまでの話を聞いて三人はほぼ同意した。では、なぜこんなことをするのか。隼翔への想いから女性が近づくことが許せない?果奈への忠誠心?5年前の犯行の隠蔽。どれもありそうだが、確定出来る証拠はない。何であれ、どんどん手口が悪質になってきている。こちらとしては更に警戒をしていかなくてはならない。ここまで話した所で、「今日はもう休もう。疲れた状態ではいい考えも浮かばないよ。」と、徹が止めてそれぞれ自室に戻り休むことにした。涼禾は部屋に戻り休む準備をした後、隼翔に電話をした。 「遅くにすみません。今日はいろいろご心配をおかけしてすみませんでした。」「大丈夫だよ。家に無事着いたって颯太君から連絡があったよ。大変だったね。」「ええ、私は驚いてしまって何もできなくて。全て周りの方たちのおかげです。」「それは仕方ないよ。みんな無事でよかった。後のことは僕と健人君に任せて、まずはゆっくり休んで。」「ありがとう。」「涼禾、僕が必ず守るから。心配しないで、おやすみ。」「ありがとう、おやすみなさい。」涼禾の疲れ切っていた心が、隼翔の優しい声で癒されて、引き込まれるように眠りに落ちていった。翌朝、涼禾の姿を見るなり双子たちが駆け寄って抱きついた。「「ママ、おはよう!」」「おはよう、二人ともとってもいい子にしてたそうね。偉かったわね。」「うん!がんばったの!」「おばあちゃんもね、おじ
last updateLast Updated : 2026-03-17
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第58話

双子の話を聞きながら、涼禾はふと思い出した。そう言えば、以前に頭に浮かんだ手紙と書類と絵の中の、手紙について、この間から少しずつ思い出したことがあった。手紙はふたつある。一つは、警告めいたもので、何処かに自分を呼び出すようなものだった。そしてもう一つは、子供が書いたような拙い文字と女の子がピアノを弾いているイラストが添えてあった気がする。『あの手紙、いつ見たんだっけ。確か、両親と一緒に見た気がする。』「ママ!だいじょうぶ?」「ママ、まだつかれてる?」子供たちの声にハッとして、思考を止めた。「大丈夫よ、もうすっかり元気よ。お姉さんがピアノを弾いてくれたって聞いて、どんなお姉さんだったのかなって思ってただけ。」「おねえさん?」「おねえさんはねぇ、もうすぐこうこうせい(高校生)だって。」「ピアノが大すきだけど、あんまりげんきじゃないかられんしゅうもそんなにできないって。」「でも、がんばってるからみんなもがんばってねって言ってくれた。」「そう、素敵なお姉さんねぇ。お名前は何ていうの。」「「せがわさとみさん!」」「瀬川、聡美…さん。」その名前を聞いて、あの手紙にまつわる記憶が一気に甦った。少しの間一度に押し寄せてきた記憶に動揺したが、何とか平静を取り戻し、朝食を終えた。朝食後、涼禾はさっきの記憶を落ち着いて整理したいと思った。なので、子供たちを佐和子に頼んで、部屋で休むことにした。「お母さん、すみません。やっぱりもう少し部屋で休んでいてもいいですか。」 「もちろんよ。2人のことは任せて。ゆっくり休んでね。」 食事中に暫く涼禾の様子がおかしかったことに気づいていた佐和子は、安心させるように返事を返した。およそ10年前、当時両親はある製薬会社の研究所で働いていた。その頃は、ある感染症の特効薬の創薬に従事していてとても忙しそうだった。が、まもなく会社からついに薬が完成したと発表され世間では大きな注目を集めた。香子はこれで両親も少しはゆっくりできるだろうとホッとしていた。しかし期待に反して、両親は家にいても頻繁に誰かからの連絡が入るようになり、ますます忙しそうになった。その上、二人で難しい顔をして何か相談し合っているようだった。そんな時だった、あの手紙を見たのは。「お母さん、この手紙は何?」「これはねぇ…。今、お父さんと開発中
last updateLast Updated : 2026-03-18
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第59話

母は一生懸命何かを伝えようとしていた。でも、ちゃんとした声にならなくて、微かに息が漏れるかのような声で、「ごめんね、おとなになって、もし、同じ道に進んだら、えの、なか、を、見て。………。」まで聞き取れた所で昏睡状態に陥り、翌朝には息を引き取った。当時香子は17才、亮は10才で母の言葉の意味は分からないままで、そのうち忘れてしまっていた。なぜ今頃思い出したのだろう。5年前、両親の事故について何か新しい情報を得ていたのだろうか。残念ながら今の所そこまでは思い出せない。記憶を失ってからこの春までの約4年半、ほとんど記憶は戻らなかった。ところが、この春に少し思い出したのをきっかけに次から次へと記憶が甦ってきた。同時に、途切れてしまっていた縁が再び繋がり始め、終わったかに見えていた出来事が動き始めている。翌日、涼禾は久しぶりに5年前からお世話になっている診療内科を受診することにした。そのことを伝えた時、家族は心配したが最近慌ただしくて行けていなかったので、念の為だと言って納得してもらった。病院で幾つかの検査をした後診察室に入ると、 主治医の佐川先生が、「安藤さん、お久しぶりね。その後いかがでしたか。」と穏やかに声をかけてくれた。「はい、だいたいは大丈夫なのですけど。最近、ちょっとしたきっかけで急に記憶が戻ってくるということが何度もありまして。」「そう、その時の体調は?」「最初の頃は、目眩や頭痛があったり息苦しくなったりしていました。でも、慣れてきたのかそんな症状も少しずつ楽になってきています。」「なるほど。記憶の回復は進んできたけれど、身体への負担は減ってきた、ということね。」「そう、だと思います。でも相変わらず、断片的だったり、ごく短期間のことだったりで、曖昧なことの方が多いです。」「脳の機能そのものは専門外だから推測も入るのだけど、あなたの心も身体もかなり回復した、ということだと思うわ。環境にも馴染んで心が落ち着いてきて、身体も本来の回復機能を取り戻してきた。だから、今まで無意識に思い出すことを拒んできた記憶を受け入れられる、と脳が判断したっていう感じ?人間の脳ってすごいのよ。」「思い出すことを拒んでいた事を、受け入れる準備が出来てきた。そうかもしれません。最近、思い出す努力をしようと思い始めていたんです。」「確かに心身はしっかり
last updateLast Updated : 2026-03-19
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第60話

診察を終えて家に帰ると、健人がリビングで迎えてくれた。「健人兄さんお帰りなさい!すみません、途中で帰ってしまって。」「大丈夫だよ。翌日はまとめの作業と食事会だけだったからね。問題なかったよ。それより涼禾、病院どうだった?」「全く問題なしよ。ただ、無理に記憶を取り戻そうとするのは止めた方がいいって。」「そうだろね。僕もそう思うよ。自然に任せればいいさ。僕たちがついているんだから、涼禾は何も心配しなくていいよ。」「ありがとう、健人兄さん。」涼禾が帰ってきたことを知った子供たちが子供部屋から出てきた。「ママ、おかえり!」「ママ、みて、けんじおじさんからのおみやげー!」二人はそれぞれ両手にお菓子やおもちゃを抱えて駆け寄ってきた。「あら、こんなにたくさん。兄さんありがとう。私は慌ててたからおみやげが用意できなかったの。助かったわ。」「いやいや、大したことないよ。多分明日あたりもっと沢山荷物が届くと思うよ。」「どういうこと?」「隼翔さんと江崎のおじさんたちだよ。涼禾に持たせようとしてた子供たちへのおみやげ。とても僕たちだけじゃ持てないから送ってもらうことにしたんだ。」「そんなに?」「帰る日に合わせて手配してあったから涼禾が帰る時には間に合わなかったらしい。僕に託されたんだけどちょっと持ちきれないから送ってって言ったら、だったらあれも追加しようとか言ってたから、期待してて。」「………。」「大丈夫だよ。陽亮と夏蓮にお礼の電話をさせればいいよ。」「そうね。ありがたいことよね。」「涼禾、後で父さんたちが帰ったらあの後のこと報告するよ。」「わかった。ありがとう。」夕方、徹が帰宅し玄関のドアを開けると、奥からにぎやかな声が聞こえてきた。「うわー!すごーい!カッコいい!」「かわいい!ママ、おじさん、かれんかわいい?」徹がリビングの入り口から中を覗くと、陽亮は人気のアニメのロボットのフィギュアを両手で持ち、夏蓮は淡いピンクの生地にフリルがたっぷりあしらわれたかわいいワンピースを体にあてがって大はしゃぎしていた。その上、テーブルにはお菓子や果物やおもちゃがいっぱい並んでいた。少し呆れた顔で徹が声をかけた。「ただいま、随分賑やかだね。」「「「「お父さん(おじいちゃん)、おかえりなさい。」」」」みんなに迎えられ、笑顔でテーブルを見ながら「は
last updateLast Updated : 2026-03-19
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