All Chapters of いつかの一枚のために: Chapter 41 - Chapter 50

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第41話

翌朝、「おはようございます。」爽やかな笑顔で朝食に降りてきた隼翔を見て安藤夫妻はちょっと不思議に思いながらも笑顔で、「おはよう隼翔くん。」「よく休めたようでよかったわ。」と、答えた。すると隼翔はちょっと照れくさそうな顔になり、「ありがとうございます。あの、朝食の後、もしよろしければ少しお時間いただけますか。」と尋ねてきた。「私達は構わないけど、君は大丈夫なのかい?」「はい、大丈夫です。」何かに思い当たったのか、佐和子が、「もしかして、涼禾も一緒に?」と聞くと、ちょっと残念そうに、「いえ、今日は僕だけです。」と言うことだった。子供たちも降りてきて、皆で朝食を取った後、安藤夫妻と隼翔は書斎へと入っていった。涼禾と子供たちは今日は教室の日なので、準備のために部屋へと戻って行った。涼禾と子供たちが準備を終えてリビングに行くと、ちょうど隼翔も出かける準備を終えて降りてきた所だった。四人揃って玄関を出て、お互いに「行ってらっしゃい。気をつけてね。」と言い合ってそれぞれの車で出掛けて行った。ごく当たり前でいて、とても幸せな1日の始まりだった。それから3日後、いよいよ隼翔が東都に帰る日が来た。隼翔は三人に向かって歩み寄り、「楽しかったよ。近いうちにまた会えるようにするからね。それまでいろいろ気をつけてね。」優しく声をかけ、そっと三人を抱きしめて名残惜しそうにしながらも帰って行った。隼翔はその日、午前中はこちらで会議などをこなし、午後には東都へと帰るそうだ。涼禾たちは今朝、ここ数日間と同じように「行ってらっしゃい、気をつけて。」と見送った。しかし今日はすぐに寂しさが込み上げてきた。それでもまもなく島田が迎えに来たので、隼翔への想いを心にしまい日常に戻っていった。一方、東都の本社に戻った隼翔は、留守中の報告や明日からの予定の打ち合わせをしようと秘書室長の槙野を呼んだ。すぐに部屋にやってきた槙野は、「出張お疲れ様でした。早速ですが、2件ほどすぐにお伝えしたい件があります。」「急ぎか?何かな?」「はい、一つ目は社内の噂についてです。」「噂?それが急ぎの報告か?」「ええ、先週末に社長が出掛けた後すぐに、女性社員たちの間で社長が近日中に婚約を発表するらしいという噂が広まりました。突然のことで不審に思って出処を探ってみたので
last updateLast Updated : 2026-03-03
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第42話

「一件は、自分もあの物件に興味があるので譲ってもらえるよう交渉したい。借り主を紹介してくれ、とのこと。もう一件は、アトリエがオープンするらしい。ぜひ取り引きの交渉をしたいのでオーナーを紹介してほしい。とかで、それぞれ何度か連絡があったようです。いずれもそういう仲介はしていないと断ったとのことです。」「やはり香子の気配を察知して動き出したね。これからも情報収集よろしく。」「はい。では、…。」その後は通常業務の打ち合わせが続いていった。隼翔が帰ってから数日後、涼禾と双子たちは、その日も音楽教室に来ていた。先日の警備員さんの件で周囲の反応が少し心配ではあったが、今日は島田が上手く対応してくれて、以前のように楽しく参加できていた。涼禾は安心して、少し教室から離れて仕事のことで電話をしていた。すると、教室の方から子供たちの大声や大人の言い合うような騒ぎが聞こえてきた。何事かと慌てて戻ってみると、男の子二人がお互いに殴りかからんばかりの勢いで言い合っているのを先生たちが止めている様子だった。その周囲で、大人たちもそれぞれの側に立って言い合いを始めていた。「ちがうもん!ぼくにもパパはいるもん。」「ウソつき!おまえのママはけっこんしてないってみんな言ってたぞ!」「ウソじゃないもん!このあいだもパパとママとごはんたべにいったもん!」「でもその人ってホントにパパなのか?」そんな子供たちの言い合いを見ながら、「あの子の母親って未婚の母だって噂、私も聞いたことがあるわ。」「それって愛人か何かってこと?」「子供の前でそんな無責任な話をするなんて非常識じゃない?」「そうよ、家庭の事情を想像でとやかく言うものじゃないわ。」嫌な話題の騒動に巻き込まれるわけにはいかない。涼禾は陽亮と夏蓮の姿を探すと、二人も同じ思いからか他の子たちの後ろに隠れるようにして、様子を見ていた。ホッとしたのも束の間、父親がいないと責められていた子が目ざとく陽亮と夏蓮を見つけて、「なんでぼくのことばかりいうの。ようすけくんとかれんちゃんだってパパいないじゃないか!」と言い出した。一斉に注目を集めてしまった二人だったが、夏蓮が思わず、「ち…。」と、声を上げかけたのを見て焦った陽亮は夏蓮の手をぎゅっと握ったあと、一同が驚くような大声で泣き始めた。「うわぁ~ん!なんかみんなこわいよ
last updateLast Updated : 2026-03-04
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第43話

島田は、「いえ、出過ぎた真似かと思ったのですが、何か話の流れが不自然な気がしたので、坊っちゃんの渾身の演技に乗っからせていただきました。」それを聞いて陽亮は、ちょっと赤面しながら、「しまださんもへんだとおもいました?」「そうですね、あの二人の坊っちゃんたち、急に父親のことで喧嘩を始めたように見えました。」「そうだよね。それに、こうじくんもきゅうにわたしたちのこといいだすし。」「これって、もしかしてぼくたちからパパのことをききだそうとしてたってこと?」「なんで?」「ママのことさがしてるから…。」「パパのことかんけいあるの?」「………。」「もしかしてパパのかのじょさんさがし?」そこまで聞いて、涼禾は少し考え込んだ後呟いた。「別件?この間までとは違う相手が動き出した?」涼禾が何やら真剣な顔で考え始めたので、子供たちは黙って心配そうに見ていた。そんな三人に島田は、「いろいろご心配でしょうが、まずは家に帰ってからになさっては?落ち着いてからご家族と相談されることをお勧めしますよ。」と声をかけた。はっと気づいた涼禾も、「そうですね。今日は島田さんがいてくださって本当に助かりました。」と言って、不安そうな子供たちをそっと抱きしめた。家に帰り着くと、予定より早い帰宅に佐和子が不思議そうな表情で出迎えた。「お帰りなさい。どうしたの?何かあったの?」「ええ、ちょっと。」 その夜、涼禾と安藤夫妻は書斎で今日の出来事について話し合っていた。「何の証拠もないんだけど、気になって。」「考えすぎってことはないの?」「そうかもしれない。でも、陽亮が機転を利かせてくれていなかったら、夏蓮が彼の事話していたかも。」「そうしたら、相手は涼禾が香子だって確信を持つだろうね。もしくは、隼翔君を奪われると警戒する?」「もう5年もたつのよ。今さら調べてどうするつもりなのかしら?」「わからないから怖いんだよ。ただ何かの情報を得たいだけなのか、何らかの危害を加えるつもりなのか。」夫妻の意見を聞きながら、涼禾は辛そうな表情で 「何処かに、私が生きている事が我慢ならないって思っている人がいるということなのね。私さえいなければって…。」「涼禾、あなたは悪くない!」「そうだよ、涼禾、君は私たちの大事な家族だ。誰にも傷つけさせない!」無言で俯く彼女に、佐和子
last updateLast Updated : 2026-03-05
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第44話

これは過去の私が何かの罪を犯してしまった為の罰なのか。いや、隼翔や亮の話や様子からそんな事実は考えられない。だとしたら、過去に私を傷つけた誰かが、罪の発覚を恐れて口封じのためにまた危害を加えようとしている?今まではその可能性ばかり考えてきた。でも、最近それだけではないような気もしてきた。私は、この子たちを守りたい。その為には逃げている場合ではないのではないか。そろそろしっかり過去と向き合う時が来たのかもしれない。涼禾は部屋に戻って隼翔に電話をかけた。もうすぐ日付が変わろうとする頃、隼翔はようやく今日のすべき事を終えてベッドに横になり、目を閉じた。疲れていたため、すぐにうとうとしてきたところでサイドテーブルの上の携帯がなった。せっかくちょっと眠りかけていたのに、と不機嫌になりながらも相手の名前を確認した。途端に、「もしもし、涼禾?だよね。どうしたの?何かあった?」しっかり目覚めて話し始めた。「ごめんなさい、こんな時間に。もう寝てたんじゃない?」「大丈夫。今日もいろいろあったしね。まだ起きてるよ。それより何かあった。」「ええ、少し相談したい事ができて。今、いいですか。」「もちろん。」涼禾は今日の教室での出来事や安藤夫妻との話などを簡単に説明した。隼翔は、「大変だったね。僕自身はいつでも僕の名前を出してもらって構わないよ。いつまでも二人を父親のいない子なんて周囲に思わせていたくない。ただ、身の安全を優先して我慢してるだけなんだから。それで、涼禾は何を悩んでいるの?」「ありがとうございます。実は、私、このまま過去から逃げ続けるのを止めようと思うんです。」「それって、どういうこと?」「過去を思い出す努力をしてみようと思って。今まで怖いっていう思いが強くて、それに周りに迷惑をかけることになったら申し訳ない、とかそんな気持ちが強かったんです。でも、そうやって私が逃げているせいであの子たちが嫌な思いをしたり、危ない目にあったりして。このままではだめだって思ったんです。あの子たちを守らなきゃって。」「その点は同じ気持ちだよ。だけどだからって君が危険な目に遭うのは賛成できない。」「大丈夫。その点はちゃんと気をつけます。その為に今、電話させてもらったんですから。」「具体的に何か計画があるの?」「ええ、今のところ二つ心当たりがあります。」そ
last updateLast Updated : 2026-03-06
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第45話

「ええ。あっ、もしかしてご迷惑ですか。なんか利用するみたいで。でも、あの、私もちゃんと隼翔さんが好き…です。すぐにお返事できなかったのはいろいろ不安があって、怖かったからで…。好きっていう気持ちはずっと前から…です。」「迷惑なんてとんでもない!嬉しいよ。すごく。今すぐにでも会いに行きたいくらい。」「ありがとうございます。私も…です。でも、電話だから勇気を出して言えた気もします。」「だったら電話なことに感謝かな。君の声でちゃんと聞けたのだから。」それからも暫く話し合った結果、二つ同時は対応しきれないだろうから、一つずつ進めていくことにした。順番は当然のことながら、隼翔の強い希望で二つ目から。まずはそれぞれから家族へ報告する。その後出来るだけ早く隼翔が中京市へ向かい、安藤夫妻に挨拶に行く。同時に双方の会社で不穏な動きがないか、更に情報収集を徹底していくと言うことにした。「出来るだけ早くそちらに行くよ。楽しみに待ってて。」「ええ、でも無理はしないで。気をつけてくださいね。三人で待ってます。」翌朝、涼禾は両親に話があるので時間が欲しいと頼んだ。その日は徹も急ぎの仕事はないので、少し出社を遅らせて涼禾との話を優先してくれた。「お父さんお母さん、昨日からいろいろすみません。」「いいのよ。で、話って何かしら。」涼禾はまず、今までの情報を思い返した結果、二人の誰かが涼禾の周辺を探っていると考えたことを伝えた。一人は涼禾が香子ではないかと確かめようとする誰か。もう一人は、隼翔と涼禾の関係を探っている誰か。以前はそれが同じ相手だと考えていたが、夏蓮を攫った人物たちは江崎家には全く触れずに亮の存在を気にしていた。それに対し、昨日の件は、子供たちの父親を探ろうとしていた。方法の違いも気になる。そこで、もうこれ以上逃げるのはやめて記憶を取り戻す努力をして、一つずつ相手を見つける。みんなが安心して暮らせるように立ち向かうことにしたと話した。佐和子は心配して、「涼禾が無理することないわ。私たちがこれからもしっかり守りながら調べを進めていくわ。」「そうだよ、涼禾。君は充分頑張ってきた。これ以上は……。」「ありがとう。でもね、私も知りたくなってきたの。一体何があってこんなことになったのか。それにね、もう陽介や夏蓮を危険な目に遭わせたくない。それに私…。」
last updateLast Updated : 2026-03-07
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第46話

祖父の大きな声に何事かと祖父たちの方を見た二人を、いち早く二人の元に駆け寄った佐和子が抱きしめて、「あなたたちにパパができるのよ!」「パパって、はやとさん?」「パパになるって?」「これからは、どこでも誰の前でもパパだって言ってもいいようになるのよ。」「パパとママけっこんするの?」「そうよ〜。良かったわね〜。」「いえ、それはまだ、先…。」とリビングで騒いでいると、早速佐和子と徹の携帯が鳴り始め、それぞれが楽しげに話し始めた。涼禾はソファの方に移動し、陽亮と夏蓮の間に座って二人の肩を抱き、交互に顔を見ながら、「あなたたちに相談する前に決めてしまってごめんね。もし嫌だったら…。」「いやなわけないでしょ。」「そうよ、ママ。わたしたちもパパとずっといっしょにいたい。」「そう、よかった。パパまたすぐに会いに来てくれるって。」「でもママ、こわい人はだいじょうぶなの?またケガをしたりいやなきもちにされたりしない?」「うん…。そうならないようにする為に、ママちょっと頑張ってみようと思うの。」涼禾は記憶を取り戻す努力をすることと、その為に更に忙しくなって一緒に過ごす時間が減ってしまうことを話した。「寂しい思いをさせるかもしれないけど、我慢して応援してくれる?」「みんなでいっしょにいられるようにするためでしょ。」「おばあちゃんたちもいてくれるし、だいじょうぶ。」「ありがとう、ママ頑張るね。」隼翔は翌日には安藤家を訪れ、改めて涼禾親子を守っていくことを報告した。安藤家側もそれを受け入れて、協力して準備を進めて行く約束をした。最初に二人で人前に出ることを決めたのは、『安藤』が主催する新商品の披露イベントだ。前半は商品の説明とファッションショー、後半は交流の為の立食パーティーという構成でより多くの人に認知してもらう目的で行う予定だ。イベントの準備は江崎グループのチームが中心になる。説明そのものは『安藤』側だが、進行や会場設営などは江崎側という具合に役割分担しつつの協力である。しかし、一部例外のパートがある。それはファッションショーである。ここだけは双方からスタッフが派遣され一つのチームとして準備にあたる。今回、涼禾はこのチームに商品デザイナーのアシスタントとして参加することにした。江崎側からのスタッフで5年前の香子を知っているのは、果奈とア
last updateLast Updated : 2026-03-08
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第47話

東都滞在中は、江崎家に泊まって欲しいと隼翔が強く希望したが、他の社員と共に同じホテルに泊まることにした。涼禾の部屋は加藤と同室にしてもらった。到着した日の午後、早速顔合わせのミーティング会場に着くと、江崎側のスタッフが既に揃っていて明るく出迎えてくれた。「江崎社長、この度はよろしくお願いします。」「こちらこそよろしく、安藤専務。」予想通り、隼翔の隣には当然のように果奈が並んでいて、「この度のチームのチーフを務めさせていただきます、瀬川です。安藤専務、先日パーティーでお会いして以来ですわね。どうぞよろしくお願い致します。」「ええ、その節はどうも。よろしくお願い致します。」トップ同士の挨拶の後、全員席について簡単な自己紹介をした。続けて今回の目標とスケジュールの説明を終えたところで休憩になった。隼翔は早速涼禾の元に行き、「安藤さん、朝からお疲れでしょう。僕の部屋でお茶…。」と言いかけたところで、隣にいた健人が慌てて「江崎社長、いいですね。妹も同席してもいいですか。先日のパーティーではいろいろお気遣いありがとうございました。」と話を反らした。一瞬全員の驚きの視線を浴びかけた涼禾はほっとして、にっこり笑って「江崎社長、先日はありがとうございました。今回は勉強のつもりで兄に連れてきて貰いました。よろしくお願いします。」と挨拶をして三人で社長室へ向かおうとしたところ、すかさず果奈が、「せっかくですから、こちらの社のご案内もさせていただきたいわ。私もご一緒させていただいてもいいかしら?」と健人に了承を求めた。健人はちらりと横目で隼翔を見たが、無表情で反応してくれないので仕方なく、「構いませんよ。」と笑顔で返し、四人とその後ろに斉藤と健人の秘書の佐伯が続いた。残されたスタッフたちは、一気に緊張を解いてそれぞれに噂話を始めた。江崎側では、「うちの社長も素敵だけど、安藤専務も素敵ねぇ。」「彼って会長の次男なんでしよう?」「気さくで優しそうで、仕事もできる!って感じ!」「独身らしいけど婚約者とかいるのかしら。」と、健人に注目が集まっていた。一方安藤側では、「噂では聞いていたけど江崎社長って本当にイケメン!」「私、こんなに近くで見たの初めてなんだけど背が高くてクールな感じが本当に素敵!」「でも婚約間近の彼女さんがいるらしいわよ。」
last updateLast Updated : 2026-03-09
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第48話

「子供たちは変わりない?留守番で寂しがってたんじゃないか。」「大丈夫ですよ。両親や周りの方たちもいますし。」「うちの両親も会いたがっていたよ。」「また機会がありましたら。」二人の様子を見ながら斉藤は、『いきなりこの会話はまずいんじゃないか』とハラハラしたが、果奈は特に気にした様子もないので聞き流すことにした。休憩後、役割ごとに更に細かいグループ分けがされた。幸い果奈はドレスのデザインとショーの総合監督、涼禾はアクセサリーと小物のデザインと準備担当で別グループの為接触の機会はほぼなくなった。その日は、各グループで今後の予定を確認して解散となった。翌日から涼禾のグループは江崎側と安藤側から各3人の6人で早速デザインの原案を元に細部の検討に入った。「安藤さん、デザインはどこで勉強されたんですか?」「昔、大学で。でも暫く仕事から離れていたので最近のは会社のアシスタントとして働かせていただきながらです。」「そうなんですか?その割には、最近のもしっかり取り入れられていてとても素敵です!」「ありがとうございます。」「田辺さんのも私では思いつけないとても素敵な組み合わせだと思います。」「ありがとうございます。ところで、安藤さんて会長の娘さんなんですよね。失礼かもしれませんが、どうして今頃お仕事を始められたのですか?」「そうですよね。お嬢様ならもっと上の立場で参加されてもよかったのでは?」「涼禾さんは真面目な方ですから、基本的なことから勉強され直されているところなんですよ。」「あら、てっきりうちの社長目当てで強引に紛れ込まれたのかと…。」「ちょっと!すみません、何かいきなり仲良さそうにお話されてたので気になってしまって〜。」「いえ、いいですよ。父親同士が親しいものでそれなりに面識はありますから。お仕事とは別ですけど。」「そうなんですか。では、お仕事は一社員として対等に接するということでよろしいですね。」「ええ、もちろんです。」いきなりの洗礼ではあったが、陰からではなく率直に話しかけてくれたので、涼禾自身はさほど悪印象はなかった。 しかし、安藤側の社員である川端と兵藤は、後で失礼だとかなり腹を立てていたようだ。作業も三日目の午前が終わり、少し形になりかけたので、服飾部門が集まって中間報告会を開くことになった。原案のデザインに、ドレス、小
last updateLast Updated : 2026-03-09
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第49話

果奈と涼禾の応酬に周囲もそれぞれの側に立って意見のぶつかり合いになってしまった。「デザイナーの意向に沿った商品を準備するのがメーカーの仕事でしよう。」「ドレスメインのショーならそうでしょうけど、今回は靴とバッグがメインのはずでは?」「瀬川さんは有名な一流デザイナーなんですよ。彼女のデザインを採用されるのなら彼女の意に沿わないものは変更すべきです。」「そうですよ。元のデザインが今ひとつだったのでは?今からでも瀬川さんにデザインし直してもらったらどうです?その方がずっと売れるんじゃないかしら。」「今回の商品は新素材を使用しているのが大きな特徴なんです。素材の特徴を活かした使用場面を想定して作られたデザインです。今回のショーではこの点を踏まえたデザインのドレスを提案すべきでは?」双方譲らずの混乱状態になってしまった会議室に厳しい表情をした隼翔と健人が入ってきた。気づかず話し続ける一同に対して、隼翔がよく通る厳しい声で、「これはどういう状況ですか。説明を。」とひと言言った。一同は驚いて口を閉じ声の方に視線を向けると、いつにも増して冷たく厳しい表情の隼翔と同じく真剣な表情の健人が並んで立っていた。果奈が隼翔たちの方へ進み出て、「お騒がせして申し訳ありません。デザインを具体化していく段階で議論に熱が入ってしまっただけですわ。」「問題の論点は?」「ドレスに合わせてバッグの色と靴のヒールに修整を打診したところその是非を巡って議論になってしまったのです。」「可否ではなく?」「最初は可否でしたが…。」何となく流れを察した隼翔が、果奈と涼禾を連れて別室で検討することにした。「皆さんは本日は解散して、各チームに戻って仕事の続きをしてください。」健人の指示で皆はそれぞれの部屋に戻って行った。加藤は鋭い眼差しで一つのチームの後に付いて行った。社長室のフロアにあるミーティングルームに入った6人は、席に着くと、早速話を始めた。「今回のショーのメインは理解していますね。」隼翔が落ち着いた声で果奈に問いかけた。果奈もまた、自信に満ちた声で答えた。「勿論ですわ。新素材を使用した新商品の披露でしたわね。」「商品の概要は既に決定しています。この段階で修整の必要性を提案する意図は?」「意図?そんなの決まっていますわ。より良いものを作るため。その為に考えた私のデ
last updateLast Updated : 2026-03-10
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第50話

「応用編てわけだね。そうするとショーの構成とか説明とかいろいろ変更が必要になってくるけど…。隼翔さんどう思います?」「今後の更なる可能性までも示しておくってことか。悪くはない。けれど、やはり間に合うかどうかかな。」三人のやり取りを見て果奈は複雑な表情をしていた。 実のところ自分が無理を通そうとした自覚はある。この数日の隼翔の涼禾への態度に不安を感じたのがきっかけである。更には経験の浅い涼禾のデザインしたものも自分の作品で盛り立てなくてはならない作業は、常にトップの座にいた自分にとっては屈辱的に感じてきた。ずっと想ってきた隼翔を取られ、デザイナーとしての立場も奪われる。そんな今までにあまり感じたことのない焦りや苛立ちが募ってきてしまった。そのため、つい高圧的な態度で自分の我を通そうとしてしまった。なのに、この三人はそんな自分を責めることなく更なる向上に向けての可能性を議論している。ついにこの時が来てしまったのかもしれない。5年前に一度は覚悟した隼翔への諦め。それがなぜか隼翔の恋人と思われた人物の失踪という事件が起こり、暫くした後、隼翔も彼女を忘れたかのように見えた。その為自分にもまだ希望があるのではと諦めきれずにきた。しかし今度こそ彼は自分には手の届かない存在になろうとしている。そんなことを考えていると、「果奈さん、やはりご納得いただけませんか。」と、不安そうな涼禾に声をかけられた。果奈は途中から話を聞いていなかったため慌てて答えた。「すみません、ちょっと考え事をしてしまっていて聞いていませんでした。もう一度おっしゃっていただけますか。」「大丈夫ですよ。手間は掛かってしまいますが、果奈さんの提案を実現する挑戦をしながら、間に合わなかった時の為の現状で可能な作品も仕上げて行こうという案です。無駄が出る覚悟で、もしうまくいけば想定を遥かに超える効果を得られるショーになると思います。どう思われますか。」「わかりました。そういうことでしたら私も賛成します。全力での協力をお約束しますわ。」突然に果奈の態度が軟化したため、涼禾は安心感から思わず普段の穏やかな笑顔を浮かべてしまった。一瞬焦った隼翔と健人だが、果奈の様子に変わりが無いことを確認してほっとしたのだった。果奈は彼らが危惧するほど香子の顔を覚えてはいない?つまり、5年前の事件に果奈自身
last updateLast Updated : 2026-03-11
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