都心の喧騒から切り離された、とある会員制ラウンジの最上階にて。 西日に照らされた高層ビル群が長い影を街に落としている。 琴葉は、目の前に置かれたティーカップに視線を落とした。 立ち昇るアッサムの香りは、油と鉄粉にまみれた工場のそれとはあまりにかけ離れている。「……こんな場所でデータの最終確認なんて、悪趣味ね。伊吹さん」「環境を変えることで、見えてくる数値もありますよ。特に人の『強欲』が描く歪な曲線は、こうして上から街を見下ろしている時の方が鮮明に見える」 伊吹はタブレットを操作して、優雅な手つきで琴葉に差し出した。 画面には世良グループの内部から極秘に抽出された、峻嗣の署名(サイン)入りの予算承認書が映し出されている。「見てください。峻嗣さんは今朝、さらに追加の予算を執行しました。今回の新合金プロジェクトのために、彼が動かした額は当初の3倍に膨らんでいます。世良ロジスティクスの予備費だけでは足りず、海外法人の研究基金にまで手を付けている」「3倍……。あの慎重な峻嗣が、そこまで注ぎ込むなんてね」「彼は確信したんですよ。琴葉さんが用意した『偽物の理想値』を見て、これが自分を世良の頂点へ導く黄金の梯子だと信じ込んだ」 伊吹は冷めた紅茶に口をつけず、窓の外の影を見つめた。 半導体事業は、国が主導する一大プロジェクトだ。 世界的展開を行う世良グループとしても、ぜひ手に入れたい果実である。 土井精機と琴葉の特殊合金は、最新技術を結集させた半導体製造の成否を握る。 だからこそ伊吹は破格の条件で土井精機を買収した。 琴葉への執着はもちろんだが、それだけではない。 そして、世良峻嗣はその成果の強奪を目論んだ。 峻嗣が成功すれば、伊吹は手柄を全て奪われて時期CEOの立場をも危うくするだろう。 伊吹は琴葉に視線を戻して続ける。「彼は無能ではありません。むしろ人一倍計算高い。だからこそ、自分が『盗み出した』土井精機の技術が、まさか自壊を前提に設計された毒だとは夢にも思っていない。彼
Last Updated : 2026-02-14 Read more