翌朝、リビングの空気は奇妙に張り詰めていた。 ダイニングテーブルには、いつものようにホテル並みの豪華な朝食が並んでいる。 焼きたてのパンと、色鮮やかなフルーツ。湯気を立てるスープ。 だが今朝はおかしなことがあった。 席が1つ増えているのだ。 伊吹のすぐ隣の椅子に、昨夜書斎で見つけたあのツギハギのウサギが座らされている。 ウサギの前には、人間と同じように小さな皿とカップがセットされていた。「おはよう、うさぎさん。今日はいい天気ですね」 伊吹はコーヒーを飲みながら、隣の薄汚れたぬいぐるみに向かって話しかけた。 穏やかな口調、何も違和感を感じさせない様子だからこそ、かえって狂気じみている。 完璧な美貌を持つ青年実業家と、ボロボロの人形。その対比。 琴葉は夫の異常な振る舞いに、無理やり付き合わせられている。 カチャン。とうとう琴葉は耐えきれず、フォークを皿に置いた。乾いた音が響く。「……いい加減にして」 琴葉は低い声で言った。「その子はモノよ。ただのぬいぐるみ。食事なんてしないわ」「家族ですよ。僕たちの絆の証です」 伊吹は悪びれる様子もなく微笑んだ。 その笑顔が、今の琴葉には恐ろしくてたまらなかった。琴葉は深呼吸をして、昨夜から喉元まで出かかっていた問いをぶつけた。「単刀直入に聞くわ。あなた、本当に『いずみくん』なの?」 伊吹の手が止まる。「だとしたら、名前が違うのはなぜ? 彼は『いずみ』くんだったはずよ。でもあなたは『世良伊吹』。……あなたは一体、誰なの?」 伊吹はカップをソーサーに戻し、ナプキンで口元を拭った。 その仕草は優雅で、どこにも隙がない。「簡単なことです。『泉(いずみ)』は、母の苗字でしたから」 彼は淡々と、まるで明日の天気の話でもするように語り出した。「当時の僕は、認知されていない愛人の子でした。だから母方の『泉』
Last Updated : 2026-02-05 Read more