土井精機の開発室は、深夜特有の静かな空気に満ちていた。 複数の大型モニターが放つ青白い光が、薄暗い室内を照らし出している。 聞こえるのは、高負荷で回転するワークステーションの冷却ファンの唸りと、暖房の動く音。 それから琴葉自身が叩くキーボードの音だけだった。「……チッ。また粘りが死んでしまったわ」 琴葉は画面上の3Dモデルを睨みつけて、忌々しげに舌打ちをした。 目の前にあるのは、特殊合金の結晶構造図。半導体製造装置の心臓部に使われるパーツだ。 ニッケルの比率をコンマ数パーセントいじるだけの地味な作業だが、この微調整がスペックを左右する。 計算上は「誤差」だ。だが現場を知る琴葉の肌感覚が、もっと高い精度で完成させられるはずだと声を上げている。 ナノメートルの半導体を作る装置は、やはりナノ単位でも精密さが必須。 装置の歪みは製品の歪みに直結してしまう。ここは決して手を抜けない。 世良グループが目をつけた琴葉の特殊合金は、えこひいきで引き上げられたわけではない。 伊吹も琴葉も、この技術の有用性を疑っていない。 今のままでも実用化クラスだ。 しかし琴葉はより高性能な領域を目指して、日々試行錯誤を重ねていた。 より良いものを作る。妥協はしない。 それが彼女のエンジニアとしての矜持である。「あえて不純物を残すか……。でも、それじゃあ教科書通りの配合から外れすぎる」 独り言がもれる。 教科書通りの正解ではなく、金属としての「遊び」を作るべきか。そんな泥臭い試行錯誤こそが、エンジニアの醍醐味だ。(そうだ。前のデータを見てみましょう) 琴葉はふと、過去の耐久テストのデータを参照しようと椅子を回しかけた。 2年前、S自動車向けの納品で発生した疲労破壊のグラフと比較したい。(あのデータはどこにあったっけ。えーと、確か書類棚のあのへん……) そう思考を巡らせた、その瞬間だった。「A-6合金の、2年前の疲労破壊データですね」 耳元で甘い声がした。「ひゃっ!?」 琴葉は反射的にのけぞって、椅子の背もたれに背中を打ち付けてしまった。じんじんと背中が痛む。 いつの間にか背後に立っていた伊吹が、開いたファイルを目の前に差し出している。 足音一つ立てず、気配すら殺して彼はそこにいた。「あ、あんた、いつからいたの!?」
Terakhir Diperbarui : 2026-02-18 Baca selengkapnya