Todos los capítulos de 偽りのマリアージュ~20年越しの執着愛~: Capítulo 81 - Capítulo 90

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81:愛という名のバグ

 帰宅した伊吹の足取りは、羽が生えているように軽やかだった。 リビングのドアを開けると、いつもの光景がそこにある。 ソファに座り、琴葉がタブレットで海外の論文を読んでいる。 タブレットに目を落とす横顔は知的な魅力にあふれていて、伊吹は思わず見入ってしまった。 窓の外には、伊吹が憎悪してやまない世良の支配する世界――東京の夜景が広がっているが、この部屋の中だけは誰にも侵されない聖域だ。「お帰り、伊吹。……何その顔」 琴葉が顔を上げて、怪訝そうに眉をひそめた。 無理もない。昨夜、伊吹は父に殺されると言わんばかりの絶望的な顔で書斎にこもっていたのだから。 けれど今の伊吹に陰りは一切ない。 憑き物が落ちたように晴れやかで、難問の答えを見つけた子供のように瞳が輝いていた。「パパに褒められたとでもいうの? 気味が悪いわね」「ええ、解決しましたよ。琴葉さん」 伊吹は琴葉の背後に回り込むと、優しく繊細に、けれど絶対に離さない力強さで抱きしめた。 琴葉の髪に顔を埋めて、深く息を吸い込む。彼女の匂いが肺を満たす。(僕にとっての酸素。これでまた生きていける)「全て解決したんです。これで誰も貴女を傷つけないし、僕たちは永遠に一緒です」「……? 何言ってるの、伊吹。痛いってば」 琴葉が身じろぎするが、伊吹は構わずに鞄から一通の茶封筒を取り出した。 テーブルの上に置く。 中から滑り出てきたのは、父・宗佑から渡された書類――『離婚届』だ。既定の欄には、すでに伊吹の署名と捺印が済ませてある。「離婚届……?」 琴葉が目を見開いた。すぐに表情が怒りと諦めに変わる。「どういうこと? あんた、パパに屈したわけ?」「はい。父の命令には逆らえませんから。これを出さないと、土井精機への融資を止めると言われました。貴女から『技術』を奪い、二度と働けないようにすると」「&hel
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 それは山奥にある別荘の権利書と、改装図面だった。 地下シェルターを備え、外部からの侵入を物理的に遮断する、要塞のような堅牢さを誇る設計図だ。「社会的には、僕たちは離婚します。琴葉さんは心労で体調を崩し、療養のために海外へ移住したことにします。父も世間も、そう信じ込ませる」 伊吹は熱っぽく語り始めた。 子供が頭の中で組み上げた完璧な方程式を披露するように。「でも実際は、この別荘で暮らすんです。僕が用意した、世界で一番安全な場所で」「……」「昔、僕が怯えていた時、貴女がクローゼットから助け出してくれましたよね。だから今度は、僕が貴女を守る番です。父さんの悪意からも、世間の目からも、完全に隠してあげる」 これで完璧だ。誰も琴葉を見つけられない。傷つけられない。「仕事なんてしなくていい。父に見つかるリスクは全て排除しましょう。貴女はただ、そこで好きな本を読んで、美味しいものを食べて、僕の帰りを待っていればいいんです。僕が毎日、貴女のためだけに帰りますから」 幼い頃、ずっと夢見ていた光景。誰にも邪魔されない、2人だけの家族の団欒。それが手に入るのだ。「……こいつ、完全にイカれてる」 琴葉の呟きが聞こえた。次の瞬間、バシッという乾いた音が響いて、図面が床に叩きつけられた。 琴葉が立ち上がっていた。 その瞳には、伊吹が予想もしなかった激しい拒絶の炎が宿っている。「ふざけんな。誰がそんな鳥かごに入るものですか!」「……琴葉さん?」「仕事を辞めて、ネットも切って、あんたの帰りを待つだけのペットになれって? 死んだほうがマシよ!」 琴葉の剣幕に、伊吹はきょとんとした。 なぜ怒るのだろう。こんなに安全な策なのに。彼には本気で分からない。「私はエンジニアなの。作ることを奪われたら、私は私じゃなくなる。あんた、私の何を見てきたのよ!」「ですが、作ること(技術)を持っているから、父
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 琴葉が凍りついたように固まった。彼女は勢いよく振り返り、伊吹を睨みつけた。「……開けなさい、伊吹」 取り乱しはしない。けれど瞳の奥には、冷ややかな怒りが燃えている。 伊吹はゆっくりと彼女に歩み寄った。大理石の玄関の床に、革靴の音がコツ、コツ、と響く。「出られませんよ、琴葉さん」 伊吹は穏やかに、子供を諭すように言った。「この部屋の管理者権限は、先ほど変更しました。貴女の生態認証はもう通りません」「ふざけないで。ここを開けろと言っているの」「ダメです。外は危険だらけだ。父さんは本気なんですよ? 一歩でも外に出れば、貴女は潰される。僕には耐えられない」「耐えられないのはこっちよ」 琴葉は伊吹の胸倉を掴み、壁際へと押し付けた。ドン、と背中がぶつかる音がするが、伊吹は抵抗しない。 痛みを感じていないかのように、悲しげに微笑んでいるだけだ。「あんたがやろうとしていることは『保護』じゃない。ただの『監禁』よ。私の意思を無視して、ここに閉じ込める権利がどこにあるの」「権利? ……ああ、夫婦ですから。僕には貴女を守る義務がある」「守る? これが? 私の生きがいである仕事を奪って、社会との繋がりを絶って、ただあんたの帰りを待つだけのお人形にすることが? お人形なら、ウサギのぬいぐるみで十分でしょ!」 琴葉は言葉のナイフを次々と突き立てた。 論理的に、倫理的に、彼がいかに狂っているかを説いた。(目を覚ましなさい、この馬鹿!) だが、伊吹は瞬きひとつせず、困ったように首を傾げるだけだ。「仕事なんて、命に比べれば些細なことです。生きていれば、それでいいじゃないですか」「……っ」 言葉が通じない。日本語として会話は成立しているのに、意味がすり抜けていく。 彼の論理回路には、琴葉の尊厳という要素が最初から存在しないのだ。あるのは琴葉の肉体の保存という最優先事項だけ。
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84:鳥かご

 隠居生活――琴葉にとっては監禁生活が始まった、翌朝。 カーテンの隙間からやけに明るい朝日が差し込んでいた。 キッチンからはバターが焦げる甘い匂いと、コーヒーの香ばしい香りが漂ってくる。「おはようございます、琴葉さん。よく眠れましたか?」 伊吹は鼻歌交じりにフライパンを振っていた。 白シャツにエプロンという爽やかな出で立ちで、昨夜、妻を力ずくで抱きすくめた男とは到底思えない。 テーブルにはホテル顔負けのフレンチトーストと、彩り豊かなフルーツが並べられている。 もちろん、いつものようにぬいぐるみのウサギも席についていた。「……おはよう」 琴葉はパジャマのまま、死んだ魚のような目で椅子に座った。 頭が重い。ここがどこで、自分がどういう状況にあるのかを脳が理解するにつれ、胃の底に鉛のような不快感が溜まっていく。「今日はいい天気ですよ。絶好の『隠居』日和だ」 伊吹が満面の笑みでコーヒーを注いだ。 隠居。その言葉の響きに、琴葉は眉をひそめた。「私のPCはどこ? 書きかけの図面があるんだけど」「没収しました」 伊吹はあっさりと答えた。「スマートフォンも、タブレットも、通信機能があるものは全て処分しました。仕事はもうしなくていいんです。これからは、心穏やかに過ごしてください」「心穏やかにって……暇で死ねってこと?」「まさか。退屈なら、映画のブルーレイが山ほどありますよ。小説も貴女が好きそうな海外ミステリーを全巻揃えておきました。のんびりと消費する楽しみを、存分に味わってください」 彼は本気だ。 何かを生産・創造することを禁じられ、ただ与えられたものを消費するだけの生活。 それがエンジニアでありクリエイターである琴葉にとって、緩やかな拷問であることに気づいていない。「さあ、冷めないうちに召し上がれ」 差し出されたフレンチトーストは、皮肉なほど完璧な焼き加減だった。
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 悔しさがこみ上げる。涙が出そうになる。けれど琴葉はそれを噛み殺した。(泣いてる場合か。ここで錆びついてたまるものですか) 彼女の瞳に、エンジニアとしての冷静な光が戻る。 琴葉はリビングを見渡した。 ここは家ではない。欠陥だらけのシステムだ。 ならば、必ずどこかにセキュリティホールがあるはずだ。◇ それから数時間、琴葉は広いペントハウスの中を歩き回り、孤独なデバッグ作業(脱出経路の探索)を続けた。 まずは玄関を調べる。最新のスマートロックは、生体認証とパスコードの二重ロックに加えて、物理キーの差込口は埋められている。 道具もない以上、破壊工作は不可能。 次に窓。強化ガラス製だ。 思い切って椅子を投げつけてみたが、傷ひとつ付かない。 換気のために開くのはわずか10センチ程度。ここから出られるのは猫くらいだ。 通気口。天井のパネルを外してみたが、ダクトは人が通れるサイズではない。 最後に通信環境。Wi-Fiの電波は飛んでいない。 固定電話線は壁の中で切断されている。 大型テレビをつけてみたが、地上波は砂嵐。ローカルサーバー内の映画しか再生できない仕様になっていた。「……いい性格してんじゃん」 琴葉はソファに倒れ込み、天井を仰いだ。 完璧だ。 伊吹は琴葉の思考パターンを熟知した上で、全ての穴を塞いでいる。 セキュリティの基本は物理遮断という教訓を、忠実に守っているのだ。 物理的な脱出は不可能。ならば、システム管理者をハックするしかない。(ターゲットは、伊吹) あの男の弱点はどこだ。 琴葉は脳内で赤いペンを走らせる。 物理攻撃無効。腕力では勝てないし、さすがに包丁で切りつけるとか、そこまでのことはしたくない。(ていうか、あの表面上・完璧超人のことだから、護身術も心得があるかも。ヤケになってかかっていっても、取り押さえられるのがオ
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「……お帰り。早かったわね」 琴葉は本を置くと、努めて穏やかな声を出した。 伊吹が一瞬、驚いたように目を見張る。「え、ええ。貴女に会いたくて、走って帰ってきました」 その言葉に嘘はないのだろう。実際、髪が少しだけ乱れている。「そう。お腹空いたわ。食事、作ってくれるんでしょ?」「もちろんです! すぐに用意します!」 伊吹の顔がパッと明るくなった。 やはりそうだ。彼は琴葉の態度が軟化したことに喜びを感じている。「環境が彼女を落ち着かせたんだ」「僕の愛が伝わり始めたんだ」と、都合よく解釈している。 彼は琴葉を神格化しているがゆえに、「琴葉が嘘をついて僕を騙すはずがない」と信じ込んでいるのだ。(チョロい。こいつ、賢いのか馬鹿なのか本当に分からないわね) 琴葉は内心で冷たく笑った。 伊吹が鼻歌交じりにキッチンへ立った隙に、琴葉の視線は鋭く動く。 ソファに置いたビジネス鞄には、会社支給のタブレット端末が入っているはずだ。あれさえ手に入れば、外部と通信できる。◇ 食後のリラックスタイムで、伊吹は上機嫌でワインを開けていた。 琴葉はグラスを受け取りながら、普段なら絶対にしない距離まで伊吹に近づいて隣に座った。「ねえ、伊吹」 琴葉はさりげなく、伊吹の肩に頭を乗せた。 伊吹の身体がビクリと硬直し、次の瞬間、喜びに震えるのが伝わってくる。「は、はい。何でしょう」「明日、久しぶりにあなたの手料理で『アレ』が食べたいな」「何でも言ってください! 材料ならすぐに調達します」「ブイヤベース。新鮮な魚介が必要なんだけど……ネットスーパーで頼める?」 琴葉は上目遣いで彼を見つめた。 甘えているように見せかけて、その瞳の奥は獲物を狙う猛禽類のような光が灯っている。「任せてください。すぐに一番良いものを注文しま
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87:脱出、そして

(時間は1分。狙う穴(ホール)は1つ) 彼女は検索バーではなく、アドレスバーをタップした。 指先が迷いなく数字の羅列を叩き込む。『203.0.113.1』 それは半年ほど前、土井精機が世良グループのシステムに接続テストを行った際、琴葉が偶然見つけた「不自然なポート」だった。 通常のセキュリティなら即座に遮断されるはずの裏口が、何故か開いたままになっていた。 そのコードの書き癖には、設計者の強烈なエゴと遊び心がにじみ出ていた。 当時の琴葉はそれを「管理者の峻嗣さんの性格の悪さが出たコードね」と笑って、バグ報告をせずに黙認したのだった。 つい先日無様を晒した峻嗣だが、彼の本分はITネットワークの構築にある。 世良グループの中でもネットワーク分野を扱う『世良ソリューションズ』の重役でもあるのだ。(気づけ、性格の悪い管理者) エンターキーを叩く。 画面が一瞬ホワイトアウトし、『404NotFound』のエラーメッセージが表示された。 琴葉は構わず、画面の四隅を特定の順番でタップした。 すると。 フッ、と画面が暗転した。グラフィカルな装飾が消えて、無機質なコマンドライン――黒画面に白文字の画面だけが浮き上がる。 >CONNECTIONESTABLISHED.>UNKNOWNUSERDETECTED. 繋がった。ここは世良のメインサーバーではない。 世良峻嗣が個人的に管理している、裏の研究開発用サーバーだ。カーソルが点滅し、文字が流れる。 >WHO_ARE_YOU? (お前は誰だ?) 琴葉は緊張する指でキーボードを叩いた。 >DOI_KOTOHA (土井琴葉) 1秒、2秒。永遠にも思える沈黙の後、文字列が走った。 >久しぶりだな、土井の小娘。俺の裏口を見逃してくれた礼が欲しいか? 琴葉の口元が緩んだ。やはり見ていた。 峻嗣は自分の「庭」に侵入者が現れたことをリアルタイムで検知し
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 >よろしい>明後日の15時。伊吹が定例会議で席を外す瞬間に、マンションのセキュリティを一時的にダウンさせる>エレベーターのロックが3分間だけ解除される。地下2階の駐車場に来い プツリ。通信が切断される。同時、ブラウザの履歴が自動的に消去された。 画面は元のネットスーパーの注文ページに戻っている。 廊下から伊吹の足音が近づいてくる。 琴葉はタブレットをテーブルに戻し、グラスの縁を指でなぞった。「お待たせしました。……何か見ていましたか?」 新しいシャツに着替えた伊吹が、少し緊張した面持ちで立っていた。 琴葉はゆっくりと顔を上げて、花が綻ぶように微笑んだ。「ううん。このレシピ、美味しそうだなと思って」 画面には、ブイヤベースの鮮やかな写真が映し出されている。 伊吹の表情が一気に緩んだ。「ああ、よかった! すぐに注文しますね。最高の夕食にしますから」 彼は嬉しそうにタブレットを手に取った。 伊吹は気づいていない。 自分が鉄壁だと思っていた鳥籠が、身内の設計者が残した「遊び心」によって、たった今こじ開けられたことに。◇ 翌日の夜。ダイニングテーブルには、豪華なブイヤベースと、有名店のバゲットが並んでいた。 新鮮な魚介の香りが部屋を満たしている。「美味しいですか? 琴葉さん」「ええ。すごく美味しい」 琴葉はスープを口に運びながら、頷いた。 味など感じる余裕はなかった。神経はすべて、明日の脱出計画に注がれている。「こんなに幸せなのは初めてです」 ワインで頬を赤くした伊吹が、琴葉を見つめた。「父に捨てられ、母に忘れられた僕が、やっと自分の家庭を持てた。貴女という、世界で一番大切な人と」 彼はテーブル越しに琴葉の手を握った。 その手のひらは温かく力強く――そして哀れだった。「琴葉さん、僕を選んでくれて
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89:計画実行

 計画実行当日の朝になった。 玄関ホールには、何事もないかのような穏やかな空気が流れている。 伊吹は鏡の前でネクタイの結び目を直し、満足そうに微笑んだ。「今日は15時から定例会議ですが、なるべく早く切り上げて帰りますね。夕食はデリバリーにしましょうか。食べたいものを考えておいてください」「ええ、いいわね。楽しみにしてる」 琴葉はラベンダー色の可愛らしいワンピースを着ている。伊吹が買い与えたものだ。 色はともかく、幼いデザインが気に入らなくて、今までは着ようとしなかった。 今は相手を油断させるため、せいぜい愛想を振りまいている。 見送りに立つ表情は、良妻そのものだ。 ここしばらくの琴葉の演技が、伊吹の目を完全に曇らせている。「では、行ってきます。琴葉さん」「……気をつけてね、伊吹」「! ……はい! 行ってきます!」 琴葉の口から出た労いの言葉に、伊吹はとても嬉しそうに笑った。足取り軽くエレベーターへと消えていく。 扉が閉まり、電子ロックが掛かる音が響いた。 その瞬間。琴葉の顔から笑みが消え失せた。 彼女はすぐさまリビングの壁掛け時計を見上げた。「現在、8時30分。……残り6時間半」 琴葉の声は冷静だ。「気をつけて」というのは、精々足元をすくわれないようにね、という皮肉だったのだが、幸せボケした彼の脳には届かなかったらしい。 ほん少しの罪悪感を覚える。だが琴葉は軽く頭を振ってその感情を追い出した。◇ 14時20分。琴葉は寝室のクローゼットを開け放ち、身支度を整えていた。 伊吹が買い揃えたハイブランドの服やバッグには、指一本触れない。 奥の段ボールに押し込まれていた、自分で持ち込んだTシャツと、動きやすいカーゴパンツ、履き潰したスニーカーを取り出す。「やっぱり、こっちの方が落ち着くわね」 着替えを済
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 同時に、AIスピーカーからノイズ混じりの音声が流れる。『システムエラー発生。セキュリティプロトコルをリセットします。再起動を開始します……』 カシャッ、ガチャン。 玄関のスマートロックが固い音を立てて解錠された。「仕事が早いわね、性格の悪い叔父さん」 琴葉はドアノブを回した。 あれほど重かった扉が、嘘のように軽く開く。 素早く廊下へ飛び出して、天井の監視カメラを確認する。インジケーターランプが消えている。 琴葉はエレベーターホールへと走った。◇ エレベーターに乗り込むと、ボタンを押すまでもなく扉が閉まった。 階数表示が勝手に切り替わり、『B2(地下2階)』のランプが点灯する。 峻嗣のハッキングにより、制御は完全に奪われているようだ。 高速で降下していく箱の中で、琴葉はスマホのストップウォッチを起動した。 リミットは3分。それを過ぎればシステムが再起動し、警備会社に通報が行く。 そうなれば、地下駐車場は封鎖され、袋の鼠だ。 鏡に映る自分を見る。化粧っ気はなく、服も安物だ。 しかし目は昨日までの濁りが消えて、生き生きと輝いていた。(私は生き返るんだ) チン、という到着音が鳴る。 扉が開くと、湿ったコンクリートと排気ガスの匂いが鼻を突いた。 地下2階の駐車場は薄暗く、静まり返っている。 伊吹の愛車や他の住人の高級スポーツカーが並ぶ中、明らかに異質な1台が停まっていた。 型落ちの業務用ワンボックスカー。手入れこそされているものの、高級車が居並ぶ中では明らかに浮いている。 窓には濃いスモークが貼られ、中の様子はうかがえない。 ピカピカに磨き上げられたこの空間で、そこだけが汚れたシミのようだ。「……趣味が悪いわね」 琴葉が近づくと、スライドドアが自動で開いた。 乗り込むと、運転席には無精髭を
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