帰宅した伊吹の足取りは、羽が生えているように軽やかだった。 リビングのドアを開けると、いつもの光景がそこにある。 ソファに座り、琴葉がタブレットで海外の論文を読んでいる。 タブレットに目を落とす横顔は知的な魅力にあふれていて、伊吹は思わず見入ってしまった。 窓の外には、伊吹が憎悪してやまない世良の支配する世界――東京の夜景が広がっているが、この部屋の中だけは誰にも侵されない聖域だ。「お帰り、伊吹。……何その顔」 琴葉が顔を上げて、怪訝そうに眉をひそめた。 無理もない。昨夜、伊吹は父に殺されると言わんばかりの絶望的な顔で書斎にこもっていたのだから。 けれど今の伊吹に陰りは一切ない。 憑き物が落ちたように晴れやかで、難問の答えを見つけた子供のように瞳が輝いていた。「パパに褒められたとでもいうの? 気味が悪いわね」「ええ、解決しましたよ。琴葉さん」 伊吹は琴葉の背後に回り込むと、優しく繊細に、けれど絶対に離さない力強さで抱きしめた。 琴葉の髪に顔を埋めて、深く息を吸い込む。彼女の匂いが肺を満たす。(僕にとっての酸素。これでまた生きていける)「全て解決したんです。これで誰も貴女を傷つけないし、僕たちは永遠に一緒です」「……? 何言ってるの、伊吹。痛いってば」 琴葉が身じろぎするが、伊吹は構わずに鞄から一通の茶封筒を取り出した。 テーブルの上に置く。 中から滑り出てきたのは、父・宗佑から渡された書類――『離婚届』だ。既定の欄には、すでに伊吹の署名と捺印が済ませてある。「離婚届……?」 琴葉が目を見開いた。すぐに表情が怒りと諦めに変わる。「どういうこと? あんた、パパに屈したわけ?」「はい。父の命令には逆らえませんから。これを出さないと、土井精機への融資を止めると言われました。貴女から『技術』を奪い、二度と働けないようにすると」「&hel
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