琴葉を乗せたワンボックスカーは、港湾地区の倉庫街へと入っていった。 倉庫の1つ、錆びついたシャッターが開くと、車はその中へと入り込んだ。 その倉庫の外観は廃墟同然だった。 けれど一歩中に足を踏み入れた琴葉は、その先に広がっている光景に目を見張った。 天井の高い空間は薄暗いが、きちんと手入れされている。埃っぽさは少しもない。 ひんやりとした空気が肌を刺す。最適な温度に管理された空調の風だ。 床は打ちっぱなしのコンクリートだが、綺麗に掃き清められている。 無数の太いケーブルが幾何学模様のように整然と這っていた。 壁一面には、サーバラックが設置されている。 サーバーラックの青白いランプが、まるで深海の生物のように静かに瞬いていた。「……いい匂い」 車を降りた琴葉は、深く息を吸い込んだ。 オゾンと熱されたシリコンの匂い。 ペントハウスの無臭の空間とは違う、何かが稼働し、計算し、生きている場所の匂いだ。 彼女が馴染んだ場所、本来いるべき場所の匂いだった。「やあ。逃亡者にしては、随分とラフな格好だな。……姪っ子ちゃん」 巨大なマルチモニターと、サーバーラックが囲んでいる空間の中心から声がした。 場違いなほど上質な革張りのソファに、1人の男が優雅に足を組んで座っていた。 ――世良峻嗣。 つい先日、伊吹と琴葉の策略によって追い落とされた、世良グループ総帥の実弟である。 彼は半導体製造装置のための特殊合金の乗っ取りを企み、失敗した。 現在は主だった役職を解かれ、不正の追及を受けている。(取り調べ室で缶詰だと思っていたけど。もう終わったのね) 琴葉は油断なく猫に似た瞳を細めながら、相手を見た。 峻嗣の本来の得意分野はIT関係。特に彼自身も名うてのエンジニアである。 言い換えれば凄腕のプログラマー、もしくはハッカー。 世良グループのネットワーク会社『世
Last Updated : 2026-03-08 Read more