Todos los capítulos de 偽りのマリアージュ~20年越しの執着愛~: Capítulo 91 - Capítulo 100

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91:新しい地獄

 琴葉を乗せたワンボックスカーは、港湾地区の倉庫街へと入っていった。 倉庫の1つ、錆びついたシャッターが開くと、車はその中へと入り込んだ。 その倉庫の外観は廃墟同然だった。 けれど一歩中に足を踏み入れた琴葉は、その先に広がっている光景に目を見張った。 天井の高い空間は薄暗いが、きちんと手入れされている。埃っぽさは少しもない。 ひんやりとした空気が肌を刺す。最適な温度に管理された空調の風だ。 床は打ちっぱなしのコンクリートだが、綺麗に掃き清められている。 無数の太いケーブルが幾何学模様のように整然と這っていた。 壁一面には、サーバラックが設置されている。 サーバーラックの青白いランプが、まるで深海の生物のように静かに瞬いていた。「……いい匂い」 車を降りた琴葉は、深く息を吸い込んだ。 オゾンと熱されたシリコンの匂い。 ペントハウスの無臭の空間とは違う、何かが稼働し、計算し、生きている場所の匂いだ。 彼女が馴染んだ場所、本来いるべき場所の匂いだった。「やあ。逃亡者にしては、随分とラフな格好だな。……姪っ子ちゃん」 巨大なマルチモニターと、サーバーラックが囲んでいる空間の中心から声がした。 場違いなほど上質な革張りのソファに、1人の男が優雅に足を組んで座っていた。 ――世良峻嗣。 つい先日、伊吹と琴葉の策略によって追い落とされた、世良グループ総帥の実弟である。 彼は半導体製造装置のための特殊合金の乗っ取りを企み、失敗した。 現在は主だった役職を解かれ、不正の追及を受けている。(取り調べ室で缶詰だと思っていたけど。もう終わったのね) 琴葉は油断なく猫に似た瞳を細めながら、相手を見た。 峻嗣の本来の得意分野はIT関係。特に彼自身も名うてのエンジニアである。 言い換えれば凄腕のプログラマー、もしくはハッカー。 世良グループのネットワーク会社『世
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「機能的でいいわ。気に入った」「当然だ。俺が選んだ物だからな」 峻嗣は満足げに頷くと、ソファから立ち上がって作業台へ琴葉を招いた。 そこには、剥き出しの基板と冷却ファンが複雑に絡み合った機械が鎮座していた。「これは?」「見ての通りだ。兄さんの……宗佑のAIに対抗するための新型演算ユニットだが、見ていられないほど醜い」 峻嗣が顔をしかめた。「俺の書いたコードは完璧で美しい。だがハードウェアが悲鳴を上げている。無能なハード屋のせいで、排熱処理が追いついていないんだ」「……なるほど」「この熱暴走は、設計の欠陥だ。直したまえ。俺のコードに見合う『器』に仕立て直すんだ」「へえ。言うだけあって、中身は化け物級ね」 琴葉はモニターに表示されたエラーログを確認し、目を輝かせた。 普通のエンジニアなら匙を投げるような、無茶苦茶な要求スペック。けれどもそれが琴葉の職人魂に火をつけた。「ここ、ヒートシンクの配置が美しくないわ。空気の流れを殺してる。工具貸して」 助手が工具箱を差し出した。工具類が整然と並べられている。 琴葉はその中からドライバーを手に取った。迷いなくユニットに手を伸ばす。「貸して。私がもっとエレガントに組み直してあげる」 琴葉はドライバー片手に、にやりと笑ってみせた。◇ 深夜、静寂に包まれたラボに、クラシック音楽が低い音量で流れている。 峻嗣が趣味で流しているBGMだ。 機械の稼働音にかき消されそうでいて、不思議な調和を奏でていた。「ふぅ……」 琴葉は休憩用のソファに座り込んで、大きく息を吐いた。 作業台の上のユニットは、今は静かに安定した駆動音を立てている。「飲め。カフェインが必要だろう」 峻嗣がエスプレッソの入ったカップを差し出した。 ふわりと漂う、深煎り
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93:楽園の崩壊

 18時、都心の空が茜色から群青色へと変わる頃のこと。 伊吹はタワーマンションのエレベーターを降りた。その足取りは、雲の上を歩くように軽い。 腕には琴葉のイメージに合わせて選んだ、白い百合の花束を抱えている。「ただいま、琴葉さん! 予定より少し早く戻れましたよ」 伊吹は弾む声で言いながら、玄関のロックを解除した。 昨夜の幸せな記憶が、脳裏でリピートされている。『忘れられない夜になりそう』 と微笑んだ彼女。自分を受け入れてくれた、愛する妻。 今日はデリバリーの予定だ。 メニューは琴葉の食べたいものでいいが、一緒に選んでみるのも楽しいかもしれない。「琴葉さん? ……おや、シャワーですか?」 返事がない。リビングは薄暗く、静まり返っていた。 デリバリーが届いている様子もない。 伊吹は微笑みを崩さないまま、リビングへと足を踏み入れた。「準備中なら構いませんよ。ゆっくり支度して――」 言葉が途切れた。伊吹の足がピタリと止まる。 ダイニングテーブルの中央に、何かがある。 天井のスポットライトに照らされて、小さな金属片が鋭い光を放っていた。「…………あ」 バサッ。伊吹の腕から花束が滑り落ちた。白い百合が床に散らばる音が、リビングに波紋を描くように広がっていく。 テーブルに置いてあったのは、彼が贈ったプラチナの結婚指輪だった。 手紙もメモもない。ただ裸の指輪だけが、むき出しのままでテーブルの上に光っている。「……琴葉、さん?」 伊吹の声が震えた。嫌な予感が背筋を駆け上がる。彼は弾かれたように走り出した。「琴葉さん! どこにいるんですか!」 洗面台、バスルーム、いない。 テラスには出られないようにしておいた。 寝室のドアを荒々しく開ける。無人だ。 クロ
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 琴葉が自らの意思で、この楽園を捨てて逃げ出した。その事実を認めそうになり、心が千切れそうになる。 だが、その時。伊吹の脳裏に、ある可能性が閃いた。(待てよ) 伊吹は顔を上げた。 その瞳から、怯えた子供のような色は消えていた。 代わりに宿ったのは、冷徹なシステム管理者の光だ。 彼は素早くノートPCを開いた。スマートホームの管理ログにアクセスする。 キーボードを叩く音が、誰もいない部屋に響く。「……やはり」 ログには明確な痕跡が残っていた。 15時00分ジャスト、システムエラー発生。外部からの特定パケットによる、バッファオーバーフロー攻撃。 事故でも故障でもない。 極めて高度な技術を持った何者かが、意図的にセキュリティをダウンさせたのだ。「琴葉さんが、自分で逃げたわけじゃない」 伊吹の表情に、生気が戻っていく。(そうだ。彼女は僕を愛している。逃げる理由なんてない。つまり――)「誰かに、連れ去られたんだ」 伊吹はログに残された攻撃コードの癖を何度も確かめた。 美しくも性格の悪い、特徴的な記述が踊っている。見間違えるはずがない。 何度も権力闘争をして、とうとう追い落とすのに成功したはずの相手。「……峻嗣、叔父さん」 パズルのピースが埋まった。 あのひねくれた叔父が、琴葉の技術者としての好奇心を刺激し、言葉巧みに騙して誘い出したのだ。 そして、あの汚い掃き溜めのようなラボへ引きずり込んだ。「許さない」 伊吹の拳が震えた。 ただの怒りではない。純粋な義憤と、琴葉への恋慕が胸を満たしていく。「僕の琴葉さんを……僕の大切な宝物を、騙して奪うなんて」(可哀想な琴葉さん。きっと今頃、油と埃にまみれた場所で、後悔して泣いているに違いない。温かい家も、美味しい食事もない場所で、叔
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95:氷の城

 琴葉の吐く息が、白い霧となってモニターの前で散った。 指先の感覚が、爪の先から徐々に失われていく。(ここはまるで冷蔵庫ね。それも、業務用の巨大な冷蔵冷凍倉庫) 琴葉は、高級ブランドのロゴが入った上着のポケットに手を突っ込んだ。 峻嗣からあてがわれた上着は、少々サイズが合っていない。大きめで袖が長いのだが、こう寒いとまくり上げる気にはなれなかった。 上着のポケットには、作業開始前にこっそり忍ばせた缶コーヒーがある。 自販機で「あたたかい」を選んで買ったそれは、まだわずかに熱を帯びていた。 冷え切った指を、スチール缶の熱で無理やり解凍する。 カイロ代わりの命綱だ。これがなければ、今頃キーボードを叩く指は冷え切って固まっていただろう。「……イカれてるわね、ほんと」 独り言が、白い息と一緒に漏れ出た。 部屋全体を支配しているのは、耳の奥を圧迫するような重低音だ。 ブーン、ブーン、ブーン。 壁一面には、サーバーラックが整然と並んでいる。 そこに収められた数千台の冷却ファンが、絶え間ない駆動音を上げている。 消毒液とオゾンが混じり合った、鼻の奥をツンと刺激する無機質な臭いが立ち込めていた。 ここは世良峻嗣のプライベートラボである。 倉庫の地下深くに建設されたこの空間は、彼が「聖域」と呼ぶ場所だ。 人間が快適に過ごすための空調設備など、ここには存在しない。 あるのは、中央に鎮座する怪物じみたAIを冷やすための、過剰なまでの冷却システムだけ。 通常、サーバールームの適温は人間が肌寒く感じる程度である。 しかし、この空間は明らかに氷点下に近い。(普通の規格じゃない。この異常な設定温度……あいつ、チップを限界までオーバークロックさせる気?) 琴葉はポケットから手を出して、再びキーボードに向かった。 かじかむ指に力を込め、ショートカットキーを叩く。 高精細の4Kモニターの中に
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 ふと、背筋を冷たい虫が這うような悪寒が走った。 低い室温のせいではない。もっと粘度のある不快な気配だ。 吸音材が敷き詰められた床は、足音を完全に殺す。 けれど琴葉の神経は、背後に迫る異物の存在を正確に捉えていた。「……素晴らしいね」 耳元で、ねっとりとした声がした。琴葉のうなじに生暖かい吐息がかかる。 全身の産毛が逆立った。振り返らなくてもわかる。世良峻嗣だ。 彼は琴葉の操作するモニターを、背後から覆いかぶさるように覗き込んでいた。 近い。パーソナルスペースなどという概念は、この男の辞書にはないらしい。「俺の『脳』を入れるのにふさわしい。完璧な美しさだ」 峻嗣は、画面の中の筐体に見惚れていた。その視線は熱っぽく、それでいて爬虫類のように冷たい。 彼は琴葉を見ているのではない。琴葉が作り出す「機能」を見ている。 琴葉という人間は、彼にとって高性な3Dプリンターか、あるいは優秀なCADソフトと同じだ。「君はこのラボに置くパーツとして、非常に優秀だよ。琴葉」(人のことをつかまえて、パーツですって) その言葉が、カチンと琴葉のプライドを叩いた。 琴葉は画面から目を逸らさず、指を止めることなく言い返す。「美しさ? 違うわね」 声は低く、硬い。「これは排熱効率を極限まで計算した結果の形状よ。あんたのイカれたAIが吐き出す熱を、コンマ1秒でも早く逃がすためのね」 エンターキーを、ターン!と威嚇するように叩く。「せいぜい、機能美と言ってほしいわ」 峻嗣は、喉の奥でクククと笑った。まるで生意気なペットの鳴き声を愛でるような響きだ。「そこがいい。君のその、論理で武装した強気なところが」 ぬうっと、視界の端に峻嗣の手が伸びてきた。イタリア製の高級スーツに包まれた腕が、琴葉の肩に触れようとする。 所有物が所定の位置にあるかを確認するような、無遠慮な手つき。 琴葉は足で床を強
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 琴葉は口角だけを上げて、冷ややかに笑ってみせた。「勘違いしないで」 言葉の一つ一つを研ぎ澄ませた。「私は、あんたのために作ってるんじゃない」 琴葉はモニターを顎で示した。「私の技術で、あんたの暴走しそうな『熱』をどこまで制御できるか。……ただの性能テストよ」 そう。これは勝負だ。 峻嗣という天才が作り出した、制御不能のモンスター。 それを琴葉という技術者が作り出した檻で、どこまで飼いならせるか。 エンジニアとしての意地と伊吹への想い。 それらが混ざり合い、琴葉の中で熱い塊となって燃えていた。 峻嗣が目を細めた。 琴葉は一瞬、不快げな色が走るかと身構えたが、違った。 彼の唇が三日月のように歪む。舌なめずりをする音が聞こえてきそうな、粘着質な笑み。「テスト、か。いいだろう」 峻嗣は琴葉の足元から頭のてっぺんまでを、ねめつけるように見回した。「手のかかるプログラムほど、デバッグのしがいがあるというものだ。存分にあがいてくれたまえ」 彼は満足げに背を向けた。吸音材の床が足音を飲み込む。 背を見送る琴葉の視線を感じているのか、いないのか。 峻嗣は一度も振り返ることなく、自動ドアの向こうへと消えていった。 プシュウ、と空気が抜けるような音と共にドアが閉まる。同時にロックがかかった。 琴葉は、肺に溜まっていた空気をすべて吐き出した。「……はあ」 どっと疲れが押し寄せる。あいつと対峙していると、精神をごっそりと削られるようだ。 琴葉は再びポケットの缶コーヒーを握りしめる。 ぬるくなったその温度が、今の琴葉には唯一の救いだった。(土井精機のボロい工場の方が、100倍マシね) 油の臭いも騒音も、いつかの夜に共闘した伊吹の横顔も。琴葉は懐かしく思い出す。 だが、まだ帰るわけにはいかない。 琴葉はモ
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98:物理的熱暴走

 琴葉が峻嗣のもとで働き始めてから、しばらくの時間が経過した。 地下の氷の城に、招かれざる客が戻ってきた。 プシュウ、と空気が抜ける音と共に自動ドアが開いて、世良峻嗣が姿を現した。 手には薄いタブレット端末が一枚だけ握られている。 彼は上機嫌だった。その口元には、獲物を追い詰めた捕食者の笑みが張り付いている。「作業は順調そうだね、琴葉」 峻嗣は琴葉の背後に立つと、画面上の設計図を覗き込んだ。 琴葉は振り返らない。 ただ、キーボードを叩く指の速度を少しだけ上げた。 拒絶のサインだ。だが、この男には通じない。あるいは気づいていても無視している。「素晴らしい。俺の予想を遥かに超えている。これなら明日にでも試作に入れる」 峻嗣はタブレットを琴葉の目の前に突き出した。 画面には、契約書が表示されている。「サインしてくれ。専属契約だ。報酬は言い値でいい」 琴葉は作業を止め、タブレットをちらりと見た。 契約金は、提示された段階で既に桁を見間違えるほどに多い。 その下には、小さな条項がいくつか書かれている。 『行動の制限』。『知的財産権の完全譲渡』。『外部との接触禁止』。 どれもが通常の契約ではありえない内容である。 要するに、奴隷契約だった。「断るわ」 琴葉は短く告げて、再びモニターに向き直る。「私はあんたの召使いじゃない。土井精機の副社長よ。協力はするけど、魂までは売らない」 峻嗣の眉がピクリと動いた。芝居がかった仕草で肩をすくめる。「理解できないな。あんな場末の工場に、何がある? 油と鉄屑と、才能のない凡人たち。君の輝きを曇らせるだけだ」 琴葉の指が止まった。 凡人。確かにそうかもしれない。 父である土井社長と、工場で働く職人たちの顔が思い浮かんだ。 彼らは峻嗣のような「天才」ではない。 ただ善良で、努力を惜しまない人々だ。 よりよい
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(あいつを罵っていいのは、私だけよ) 胃のあたりがムカムカと熱くなる。 恐怖ではない。純粋な怒りだ。 琴葉の沈黙を、峻嗣は同意と受け取ったらしい。 彼は一歩踏み出し、琴葉の椅子に手をかけた。 顔を近づける。整った顔立ちが、歪んで見えるほどの至近距離。「君は賢い。正しい選択ができるはずだ。さあ、俺のものになれ」 命令だった。 琴葉の意志など介在する余地のない、所有宣言。 琴葉は答えず、手元のキーボードに視線を落とす。 ファンクションキーの列。その端にある、赤いシールが貼られた特殊なキーがある。「ねえ、峻嗣さん」 琴葉は小首を傾げて、ニッコリと笑った。 それは可憐に見えて、実際は獲物を罠に嵌めた時の猟師の笑みだ。「あんた、自分のAIがどれだけの熱を出すか、把握してる?」「……何?」 峻嗣がいぶかしげに眉を寄せる。 琴葉は、迷わずそのキーを叩いた。 ターンッ! 地下の空間に乾いた音が響く。 その直後。 ブツン、と低い音がして、部屋を満たしていた重低音が消えた。 数千台の冷却ファンが、一斉に停止したのだ。 訪れたのは、耳が痛くなるほどの静寂。 だが、それも一瞬だった。 ウゥゥゥン……! モニターの警告灯が赤く点滅し、不穏な唸り声が上がり始める。 サーバーラックの温度計が、見る見るうちに数値を上げていく。「なっ……!?」 峻嗣が焦りと驚きで目を見開いた。「何をした!?」「空調制御のバイパスを切ったの」 琴葉は平然と答える。缶コーヒーを持ち上げて、一口すすってみせる。「今のこの部屋は、ただの密閉された箱よ。あんたの可愛いAIが吐き出す熱は、逃げ場を失ってここに溜まる」 琴葉は指先で、部屋の空気をくる
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「……わかった」 峻嗣は呻くように言った。 ガシャン。契約書が表示されたタブレットを床に叩きつけ、靴底で踏み砕く。「契約はなしだ。手は出さない」「いい子ね」 琴葉は満足げに頷くと、再びキーボードを叩いた。 コマンドを一行打ち込む。 ブォォォォン……! 再び、重低音が部屋を震わせた。 冷却ファンが再起動し、冷たい風が吹き始める。警告灯が消えて、温度計の数値が急速に下がり始めた。 峻嗣は、肩で大きく息をしていた。 整っていたスーツは乱れ、髪も少し崩れている。 彼は、もはや隠そうともしないドス黒い視線で、琴葉をにらみつけた。「……二度目はないぞ」 峻嗣は手元のスマートフォンを取り出し、素早く操作した。「お前のIDから、システム制御系へのアクセスは遮断した。ハードウェア設計以外の権限はすべて剥奪だ。これで二度と小細工はできない」 彼は冷酷に言い放つと、足音荒く部屋を出て行った。 プシュウ、とドアが閉まる。◇ 一人残された琴葉は、背もたれに深く身体を預けた。 どっと冷や汗が噴き出す。指先が微かに痺れていた。 寒さのせいではない。緊張の反動だ。 もし彼が力ずくで来ていたら、危なかったかもしれない。「……やっぱりね。あんたならそうすると思った」 琴葉は口元を緩め、モニターに向き直った。 画面には「アクセス拒否」の文字が表示されている。 峻嗣の仕事は早かった。空調も電源も、もう琴葉には操作できない。 権限を取り上げられて、丸腰だ。 だが、琴葉は不敵に笑った。 彼女は、残された唯一の聖域――3DCADソフトを立ち上げる。「ソフトウェアで守っても無駄よ。私は物理法則(ハード)に罠を仕掛けた」 琴葉はマウ
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