冬弥が一歩踏み込む。距離を詰めるその速度は、相手の認識をわずかに遅らせるには十分すぎた。視界に捉えた時にはもう遅い、そう理解させる間合い。振り抜かれた拳が、正確に喉を捉える。「ぐ、ぅ……」潰れた声が漏れ、呼吸を奪われた男は言葉を失う。倒れ込むよりも早く、冬弥はその体を掴み上げて盾のように引き寄せる。残りの男たちが一斉に動いた。躊躇はなく冬弥の頭を目がけて振り下ろされる鉄パイプ。暴力的に唸る音がしたが軌道は単純で、読みやすい。冬弥は半歩だけ体をずらし、その軌道に盾にしていた男を置く。鈍い衝突音。骨が折れる、生々しい感触が手に伝わる。つんざくような悲鳴が倉庫内に響き、鉄と血の匂いが混ざり合って空気を一気に重くする。「酷いことをするな」自分がそう仕向けておきながら、冬弥は呆れたように首を振った。その声音に本気の非難はない。ただ起きた事実を述べているだけの、空虚な言葉。冬弥の呼吸は乱れない。視線は冷えたまま、次に動くべき相手を正確に捉えている。ここから先は作業だ。感情を挟む余地など、最初から存在していなかった。捕まえていた男を手放すと、その体は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。「この野郎!」男たちは威嚇の言葉を吐くが、誰も前に出ようとはしない。暴力に慣れていないわけではない。むしろ彼らにとって暴力は日常の延長線上にある行為だ。だがそれは常に“与える側”としての暴力だった。雰囲気で脅し、数で囲み、相手の腰を引かせてから一方的に振るう暴力。真正面から、しかも自分たちの想定を上回る速度と精度で“向けられる”経験が、圧倒的に不足していた。「どうした? こないのか?」冬弥は右腕を前に出し、手のひらを上にして軽く招く。その仕草は挑発というより確認に近い。来るなら来い、来ないならそれでも構わない。そんな温度の低い誘い。周囲の男たちの中から、一人が前に押し出される。自らの意思ではない。背中にかかる圧力、仲間の視線、逃げ場のなさ。たたらを踏む足と、状況を理解しきれていない驚愕の表情。生贄にされた下っ端が辿る道はひとつしかない。「わあああああっ」半ば自棄になった叫びとともに、男は冬弥へと突っ込んでくる。その声に自分自身を押し出されるような、空虚な勢いだった。冬弥に躊躇はない。間合いに入った者から片付ける
Last Updated : 2026-04-20 Read more