冬弥は迷うことなく一歩踏み出した。その一歩は静かだった。だが、相手が危険を理解したときには、もう間合いへ入っている。拳が一直線に男の喉を捉えた。「がっ……!」潰れた悲鳴。呼吸を奪われた男が崩れ落ちるより早く、冬弥はその身体を掴み上げ、自分の前へ引き寄せる。直後、鉄パイプが振り下ろされた。唸りを上げる一撃。冬弥は半歩だけ身体をずらし、盾にした男をその軌道へ置く。鈍い音が倉庫へ響いた。骨が砕ける嫌な感触が腕へ伝わる。悲鳴。血の匂い。湿った空気が一気に重くなる。「酷いことをするな」冬弥は静かに呟いた。自分で仕向けた結果であるにもかかわらず、その声には本当に呆れたような響きだけがあった。感情はない。ただ起きた事実を口にしただけ。手放すと、意識のない男の身体は床へ崩れ落ちた。.「この野郎!」怒鳴り声が上がる。だが誰も前へ出ない。彼らも暴力には慣れている。しかし、それは数で囲み、怯ませ、一方的に振るう暴力だった。真正面から、自分たちを上回る暴力を向けられる経験は少ない。「どうした」冬弥は片手を軽く上げる。「来ないのか」挑発ですらない。来るなら来い。来ないならそれでも構わない。そんな温度のない一言だった。男たちの中から一人が押し出される。自分の意思ではない。仲間に背中を押され、逃げ場を失っただけだ。「うああああっ!」半ば自棄になって突っ込んでくる。冬弥は腰を落とした。迎え撃つ、それだけだった。だが、その瞬間。後ろから強い力で腕を掴まれる。重心が崩れた。振り返ると、樹が険しい顔で立っている。無言の叱責だった。冬弥は肩をすくめる。「悪かった」その一言で十分だった。樹が手を離すと同時に、鷹見と大迫が前へ飛び出す。「行くぞ!」短い号令。後続の組員たちも一斉に動き出した。打撃音。怒号。鉄のぶつかる音。倉庫は一瞬で戦場へ変わる。その音を背に、冬弥は静かに自分の拳を見下ろした。痛みはない。傷もない。それでも、何かが付着している気がした。血か。脂か。あるいは、もっと別のものか。(この手で……)楓を抱いた。あやめへ触れた。そのことを思った瞬間、胸の奥が冷えた。「徹底的にやれ」低い命令が飛ぶ。その一言で、組員たちの動きがさらに鋭くなった。敵を制圧しながら隊列
Last Updated : 2026-04-20 Read more