「……目的は?」立場の違いを理解したうえで、それでも迅は問いを引っ込めなかった。呼び出された理由が見えない以上、曖昧に飲み込む気はない。視線の先、円形テーブルに投影されたホログラムには、東京を中心とした勢力図が広がっている。細分化されたシマの境界線、その間に点在する黒いマーキングが妙に目についた。(……?)見慣れているはずの地図に、わずかな“ズレ”がある。「この黒はなんだ?」迅の問いに、花沢綾乃はティーカップを優雅に傾けながら答える。「気になる動きがある場所です」「抗争か?」「その前段階、といったところですね」声音は軽い。だが、その言葉の内実は決して軽くない。抗争に至る前の“準備段階”――それは火種が既に撒かれているという意味だ。「それについては、藤堂さんから説明してもらったほうがいいでしょう」(藤堂……藤堂、結衣か)花沢綾乃は迷いなく一つの部屋を指し示した。迅は視線を向け、その瞬間、思わず足を止める。先ほど一瞥しただけの空間を改めて認識し、無意識に一歩後ずさった。「なんだ、あれ?」視界を埋め尽くすのは、あやめ、あやめ、あやめ。等身大パネル、壁一面のブロマイド、整然と並ぶアクリルスタンド。執着という言葉では収まらない、ほとんど信仰に近い密度が空間を侵食している。「藤堂さん、あやめ先輩の熱狂的なファンなんです」「……ストーカーの間違いだろう」迅が低く呟いた瞬間、背後でヒールが床を打つ乾いた音が響いた。振り返れば、藤堂結衣が軽く首を振っている。「私はあやめちゃんに嫌がられていないからストーカーではありませんわ」「……その理屈がストーカーだろう」「私はあやめちゃんとの距離を理解し、愛しているのです。距離を破壊する愛し方しかできないストーカーと一緒にしないでください」断言するその姿には、妙な一貫性があった。「……距離」迅はその言葉を反芻する。(本体とは距離を取っていれば良しとするか)納得はしない。だが、これ以上議論しても意味はないと判断する。藤堂結衣の異質さは理解した。それで十分だ。「それで、俺は何のために招待されたんだ?」迅は話題を切り替えた。空気がわずかに引き締まる。「天覇龍門をご存知ですか?」予想外の名に、迅の目が細まる。しかし、すぐに頷いた。極道の世界に身を置く者であれば、その名を知らぬ者はいない。
Last Updated : 2026-04-25 Read more