瑛心の胸が、ひたりと冷えた。【神崎】の名前から、目が離せない。内側から熱を奪われるような感覚に、思考が一瞬遅れてついていく。.瑛心には恋人がいる。それを家族に隠しているのは、幼い羞恥心などではない。むしろ逆だ。知られれば奪われる—―—その確信に近い予感があるからだ。瑛心の家は実の父親でさえも、瑛心のものを、それが瑛心が大事にしているものだといくら訴えても、「麗娜が望んだから」という理由だけで差し出させることに躊躇いがない。それが人であっても、例外ではない。瑛心の恋人の名は、黎沈淵。巨大なマフィア組織・天覇龍門の中枢に連なる黎家の一員であり、直系でありながらも本家の後継ではないものの、権力のある男。彼が率いる分家は八十八ある系統の一つにして、ゼロから築き上げたその地位は、彼がその中で頭角を現すのに十分な実績となっている。さらに言えば、彼の財は血筋に依るものだけではない。彼自身が築き上げた資産もまた、常識の範囲を超えている。端正な容姿、柔らかな物腰、そして約束された将来—―—瑛心の家族がそれを見逃すはずがない。麗娜に差し出せと言われる未来は、容易に想像できた。だから隠していた。今回日本に向かうことは、事前に黎沈淵には伝えていた。普段は何も言わない彼が、今回は明確に難色を示した。その理由も聞いている。日本のマフィアと敵対している、と。だから危険だ、と。(……ここは、天覇龍門と敵対している……)瑛心の目の前でゆっくりと門が開いていく。重く、鈍い音を立てながら、その隙間を広げていく様は、瑛心にはまるで巨大な生き物が顎を開くように見えた。竜の唸り声—―—そんな比喩が、頭の中に自然と浮かぶ。逃げることはできない。そう告げられているようだった。.車が敷地内へと滑り込む。外界から遮断された空間は、空気そのものが違っていた。広い石畳のアプローチ、その先に佇む屋敷は、黒い影がそのまま形を得たかのような重厚さを持っている。光を吸い込むような外観は、威圧と静謐を同時に感じさせた。やがて車が止まり、スライドドアが開く。そこに立っていたのは、一人の女性だった。白い着物に黒い羽織を重ね、姿勢はまっすぐで無駄がない。年齢は瑛心と同じか、わずかに上。整った顔立ちに宿るのは、華やかさではなく、どこか影を帯びた静かな美しさ。その存在は、目立つというよ
Last Updated : 2026-04-06 Read more