まだ焦げた匂いが空気に滲んでいた。完全に消えきらない熱と、湿った煙の残滓。焼けた木材と溶けた樹脂の混じった独特の臭気が、鼻腔の奥にじわりと貼りつく。夜はすでに明け始めていたが、現場だけは別の時間に取り残されたようだった。冬弥とあやめが到着した瞬間、報道陣のざわめきが一段大きくなる。フラッシュが一斉に焚かれ、光が断続的に瞬く。警察と消防は、すでに撤収作業に入っていた。規制線の内側では、現場検証の最終確認が行われ、外側では報道が陣取る。その境界線を見た瞬間、あやめは理解した。(……うまく処理されている)事前に回しておいた話が、きちんと機能している。深追いを防ぐ。これは事件ではなく、あくまでも事故だ。.「失礼します」あやめは淑やかに声をかけた。現場主任らしき警察官が振り返る。あやめが手を回しておいた担当者が来るまで、この者が現場のリーダーになる。その目が、一瞬だけ驚きを帯びた。「神崎あやめと申します」「……神崎?」警察官が、あやめの向こうにいる冬弥を見る。冬弥が神崎芸能のCEOだと理解する。(そんな大物が、こんな街外れの倉庫の火事現場になぜ……と言いたげだわ)警察官の表情から戸惑いを読み取り、あやめはスーツのポケットから名刺を取り出す。「よろしくお願いいたします」丁寧で、無駄のない挨拶。「は、はい」警察官の探るような目が冬弥から離れ、あやめは満足する。「あの、なぜ社長夫人がここへ?」あやめは答えず、ただ困った目を報道陣のほうに向ける。警察官の目も、そちらに向く。「……やけに、多い?」警察官が、ぽつりと呟く。彼の言う通り、この規模の事故にこの数の報道陣は異様である。「申しわけありません。恐らく、わたくしの所為なのです」「……あなたの?」あやめは黙って頷く。「私から、彼らに説明してもよろしいでしょうか」「ええ……それは、構いませんが」警察官としては、正直言うとありがたい申し入れだった。事故の現場と内容から、最低限の応援しかきていない。おかげで規制線の維持もギリギリの状態だった。「ありがとうございます」あやめは軽く会釈すると、そのまま踵を返し、報道陣の前へと歩み出る。一歩、また一歩。その歩みには迷いがない。「皆さま、深夜にもかかわらずご苦労さまです」あやめの声は穏やかだが、迫力があっ
Last Updated : 2026-02-09 Read more