夜明けが近づいても、現場にはまだ焦げた匂いが残っていた。焼けた木材と溶けた樹脂の臭気が漂い、港湾倉庫だけが別の時間に取り残されたような空気に包まれている。冬弥とあやめが到着すると、報道陣が一斉にざわめき、無数のフラッシュが瞬いた。警察と消防はすでに撤収作業へ入り、規制線の内側では現場検証、外側では報道陣が陣取っている。その様子を見たあやめは静かに息を吐いた。(……うまく処理されている)事前に打っておいた根回しが機能し、この件は事件ではなく事故として扱われようとしている。「失礼します」あやめは現場責任者らしい警察官へ歩み寄り、名刺を差し出した。「神崎あやめと申します」「……神崎?」警察官は思わず冬弥へ視線を向ける。神崎芸能の社長夫妻が、なぜこんな倉庫火災の現場へ来たのか理解できないのだろう。戸惑いを読み取ったあやめは柔らかく微笑んだ。「私から報道の皆さまへ説明してもよろしいでしょうか」「ええ……それは助かります」人手不足の現場にとって願ってもない申し出だった。礼を述べたあやめは、そのまま報道陣の前へ歩み出る。「皆さま、深夜にもかかわらずご苦労さまです」穏やかな声なのに、その場を支配するだけの力があった。質問を浴びせようとしていた記者たちは思わず口を閉ざし、自然と一歩距離を空ける。「本件は現在、警察と連携し原因を調査しております。詳細が判明次第、改めてご報告いたします」無難な説明。しかし、その無難さこそ計算され尽くしたものだった。「神崎夫人!」一人の記者が声を張る。「普段は表に出ないあなたが、どうしてここへ?」同時に、報道陣が規制線を押し始める。あやめは慌てることなく微笑み、人垣の向こうを指差した。「奥にも報道カメラがあります。皆さまが公平に撮れるよう、ご協力いただけますか?」前列の記者たちが振り返ると、大手局のカメラマンたちが静かに睨み返していた。空気が変わる。「それで、ご質問は何でしたっけ?」あやめは最初の記者へ向き直る。「普段は表に出ないあなたが、どうしてここへ?」「火事についてではなく、私のほうが気になりますか?」小さく首を傾げる。「まあ、目の前にツチノコが現れたら、火事よりそちらを見てしまいますものね」会場に笑いが広がる。「実は……わがままを言って夫に連れてきてもらいました」頬をほ
Last Updated : 2026-02-09 Read more