「大迫武流です」軽やかな声とともに現れた男に、冬弥は盛大にため息を吐いた。「……お前、本当に来たのか」呆れ半分。しかしどこかで“来るだろう”と分かっていたような声音だった。「勿論です。あや……姐さんのボディーガード募集に、俺が参加しないわけがないでしょう」言いかけた言葉に、自分で気づいた大迫は、ほんのわずかに舌を出す。その一瞬を、冬弥は見逃さない。「お前、いま、”あやめちゃん”と言おうとしただろう」「……すみません」謝罪の言葉とは裏腹に、大迫の顔には反省の色は薄い。むしろ、どこまで許されるかを測るような軽さがあった。(線を探しているな)冬弥は内心でそう評価する。大迫は誤魔化すように頭を掻き、懐から封筒を取り出した。「兄貴に書いてもらった推薦状です」差し出された封筒。端はわずかによれ、中央には意外にも達筆で【履歴書在中】と書かれている。冬弥はそれを一瞥し、わずかに眉をひそめた。「……履歴書?」「転職活動なのだから『持っていけ』、と」「そうか」短く返した次の瞬間。冬弥は封筒を無造作に丸め、そのままごみ箱へ放り投げた。弧を描いた紙の塊は、迷いなく吸い込まれるように落ちる。見事なスローインだった。「ナイッシュー、いや、お見事」「……接待ゴルフか」呆れた声。しかし、大迫は肩を竦めるだけだった。「組の下っ端で、実は大物組長の隠し子。そういう立場で生きてきたんで。場を読むのは、もう反射ですね」「そうか」軽い言葉だが、その裏には積み重ねた修羅場がある。(軽いが、軽さの質は悪くない)冬弥は大迫を見据える。人懐こさと図太さ。その両方を、計算と本能で使い分けている。(俺にはない種類の生き方……これは、ないところへの嫌悪感だな)冬弥は奥歯を噛む。(あとは……)「若」鷹見の声に、冬弥は奥歯を解き、一息つく。「鷹見、お前に面接……その一、を任せる」それだけ言って、冬弥は立ち上がった。「その一って、なんです?」大迫の問いに、誰も答えない。ただ一人、鷹見だけが静かに歩き出した。· * ·「すげえな。同じ敷地内に道場があるのか」神崎邸の一角にある道場。広さは決して大きくない。だが、人を壊すには十分で、逃げるには狭すぎる。「逃げ場、なし。なるほどね」その閉じた空間に足を踏み入れた瞬間、大迫の
Last Updated : 2026-02-12 Read more