All Chapters of 組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~: Chapter 41 - Chapter 50

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12.内緒の寄り道②

 芽生が仕事へ戻ってから、暇つぶしのため毎朝事務所から持ち出させてもらっている地方紙を広げた佐山は、経済面の片隅に『さかえグループ』社長・田畑栄蔵の容体が芳しくないと載っているのを見つけた。 さかえグループは国内で三本の指に入る大企業だが、本社が東京でなく栄蔵の出身地だというこの辺りにあることで、地元への貢献度とともに市民からの好感度・興味関心ともに高い会社である。 実際、そんなに経済に精通していない佐山もそれとなく色々情報を知っているくらいだ。 何十年も前に当時副社長だった現社長・栄蔵の息子・栄一郎が突然死を遂げたこともセンセーショナルに騒がれたのを覚えている。 結局結婚もしておらず、跡取りを残していなかった息子に代わり、今に至るまでずっと栄蔵がワンマンで会社を引っ張ってきたはずだが、その男が死にかけているとは。(何か荒れそうだな) ふとそんなことを思いながら、そう言えばうちの姐さん(候補)に付き纏っていた細波とかいう男もさかえグループの人間だったなと思い出した佐山だ。 社長と血縁とか言ってた割に、こんな一大事に女の尻を追い掛けてるとかバカなのか? と思って。もしあの男しか後継者になれないとしたらさかえグループも終わりかなと我知らず吐息を落とす。 直接的に相良組やその上の一次団体に影響があるとは思えないが、あれだけの企業だ。なにかあればどんな余波があるか分からない。 そんなこと、下っ端の自分にだって分かるというのに――。「マジで細波ってヤローはクソだな」 佐山は、誰にともなくつぶやいていた。*** 今日は十二月二十日だ。 京介の家に居候をするようになって以来、何だかんだで外出がままならない状態の芽生は、例年ほどクリスマスムードを満喫出来ていない。だが、佐山が運転する車の外を流れていく街の景色は、そこかしこがクリスマスめいていてワクワクする。 なのに、ツリーもリースもない京介の家の殺風景さに、芽生はちょっぴり不満を|抱《い
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12.内緒の寄り道③

「あそこらはダメだ」 元の勤め先であるファミリーレストラン『カムカム』の近隣に、カムカムがメインバンクにしていた南支店があるのだが、細波に見つからないためだろう。京介の指示であの辺りには近付いてはいけないと言われている。 もちろん、芽生だってそんなことは先刻承知。却下されるのが分かっていてわざと南支店の存在を示唆したのだ。こういう話し方をすれば、ATM行きを約束してくれた佐山は、芽生をワオンモールに連れて行くしかないと見越してのことだ。(ごめんね、ぶんぶん) 小賢しい真似をしている自覚はあるし、良くしてくれる佐山の裏をかこうとしていることに罪悪感がないわけじゃない。 でも――。 京介にクリスマスプレゼントを買いたいのは当然として、良くしてくれる長谷川建設や相良組のみんな、それからいつも送り迎えしてくれている佐山にも何かを渡せたらと思っている。 それとは別、小さな卓上ツリーを買って、食卓の上に置くのもテンションが上がっていいかもしれない。 古い一軒家に住んでいた時も、芽生は百円ショップで三百円商品として売られていた手のひらサイズの小さなガラス製のツリーを買って飾っていた。お手頃価格の割に、ボタン電池でイルミネーションも点る可愛いツリーだった。(あれも焼けちゃった……) 考えたら悲しくなりそうで、芽生はフルフルと頭を振って沈みかけた心を追い出すと、(ワオンモールには百円ショップも入っていたよね。せっかくだから新調しよう!)と気持ちを切り替える。 窓外を流れていく景色を眺めながら、芽生はこぶしをギュッと握り締めた。*** ワオンモールの平面駐車場は満車だったので、立体駐車場に車を停めた。 沢山の車がひしめき合う駐車場内は人の往来も結構あるし、防犯カメラもあちこちに設置されているから車を離れても大丈夫だと判断したらしい。あろうことか、佐山が芽生についてくると言う。「えっ。大丈夫だよ? ササッと行って帰ってくるから」 ソワソワと芽生が瞳を泳がせるのを目ざとく見つけた佐山が、「お前、何か企んでんだろ。一
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12.内緒の寄り道④

 結局、その後もよそへそれようとするたび、佐山から物言いがついて、あっという間に最短ルートでATMへ到着してしまった。 さすがに暗証番号などを入力するシーンでは少し離れたところにいてくれた佐山だったけれど、視線はガッツリと芽生の背中を捉えて離さない。それを痛いくらいにひしひしと感じながら、芽生は金を下ろした。「ほら、用が済んだなら帰るぞ」「あ、あの……ブンブン、私……」「あ? 寄り道はしねぇぞ?」 まだ何も言っていないのに、と思った芽生だったけれど、歩きながらふと見上げた標識に、名案を思い付いた。「寄り道っていうか……私、トイレに行きたい」 異性に告げるにはちょっと恥ずかしい内容だけれど、相手が京介じゃなければ大抵は無問題だ。 立ち止まって弱り顔で佐山を見詰めたら、「便所なら会社出る時に行っただろ」とか。(はい、その通りです。でも、ここで負けるわけにはいかないのです)「えっと、寒くて冷えたのかも。その……お腹が……痛いの」 あえて恥ずかしそうに。行きたいのは小さい方ではなく大きい方だと眉根を寄せて訴えれば、佐山が「マジか……」とつぶやいた。 さすがに腹痛の人間に我慢しろとは言えなかったんだろう。佐山はサッと辺りを見回して、トイレまでの最短ルートを模索してくれて。「行くぞ」 今までは一定の距離を保って離れていた芽生の手を引いて歩き出した。 余りに速足で歩く佐山に「あ、あのっ、ブンブン、速い」と小走りしながら抗議すれば、「すまん」と速度を緩めてくれる。腹痛の人間を走らせるのは良くないと思ってくれたんだろう。(ごめんね。ホントはお腹、痛くないの) 心の中で謝りながらも、芽生は懸命に腹痛の演技をしながら佐山のあとを追った。「ほら、ここで待ってるからさっさと行ってこい」 ややしてトイレにたどり着いたのだが、さすがの佐山も余り近くまで付いて行くのは配慮に欠けると思ってくれたんだろう。 奥に行けばトイレ、という場所まで芽生を連れて行くと、そう言って壁にもたれ掛かった。 芽生はそんな佐山を横目に見つつ、はやる気持ちを押さ
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13.やっと見つけた!①

 ワオンモールは芽生にとって庭のような場所だ。一人暮らしをしていた頃から、休日にはよくバスへ乗って遊びにきていたから、何の売り場がどこにあるのか大体把握している。 三階に百円ショップや服飾売り場があるから、まずはそこを目指したい。百均で小さな卓上ツリーを買って、京介には紳士服売り場でネクタイを購入しようと目論んでいる。 長谷川建設の皆さんや、佐山、それから相良組の面々には一階にある洋菓子店を回って美味しそうな焼き菓子を買って渡せたらと思っているのだけれど。(わー、どうしよう! みんなマスクしてる!) このところ長谷川建設とマンションとの行き帰りしか外出をしていなくて失念していた。 季節はインフルエンザシーズン真っ盛り。ニュースで、今年はインフルエンザの罹患者数が例年になく多いと言っていたのを思い出した芽生は、今更のようにポケットからハンカチを取り出して口と鼻を覆った。もし自分が感染症に罹りでもしたら、京介にも迷惑をかけてしまう。それだけは何としても防ぎたかった。(マスクも買わなきゃ……) そう心に決めた芽生は、(まずは百均ね)とルートを定めて足早に歩き出す。 お目当てのクリスマスツリーもマスクも、季節ものだからだろう。比較的分かりやすい場所に置かれていてすぐに手に取ることが出来た。 けれど、会計に思いのほか手間取ってしまった。 百均はいつもそうだ。 なにかとレジに長蛇の列が出来がちで、買い物をしながら(今、空いてるな!?)と思っても、自分がレジへ行く頃には何故か順番待ちの列が出来ている。今日も正にそのパターンで、佐山の陰にビクビク怯えている時間勝負な芽生としては気が気じゃなかった。 無事会計を済ませてすぐ、買ったばかりのマスクをつけていそいそと紳士服売り場を目指した芽生は、京介に似合いそうなワインレッドのブランドものネクタイを一本買うと、プレゼント包装をしてもらうために一階のサービスカウンターを目指した。 レシートと一緒に、買ったばかりの商品をカウンター内の女性へ手渡して番号札を受け取ると、ちょっとだけ買い物をして来たい旨を彼女に告げて、
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13.やっと見つけた!②

(ちょっと待て、ここ……) 迂闊だった。 自分が塞いでいた通路とは反対側にも通り抜けられるようになっていたことに今更のように気が付いた佐山は、それでも念のためと女子トイレ前の壁にもたれ掛かって芽生の携帯電話を鳴らしてみる。 マナーモードにしていたとしても、バイブ音くらいは聞こえてくるかもしれないと思ったからだ。 トイレを出入りする女性たちから、奇異なものでも見るみたいにチラチラと視線を投げ掛けられたけれど、そんなの知ったことじゃない。「神田さん! 大丈夫か!?」 一応トイレ内に向かって叫んでみたりもしたけれど、反応がない。それを確認して、ますます気持ちが急いた。(くそっ。あの女、逃亡しやがった!) 今更だが、ソワソワと自分の顔色をうかがっていた芽生の様子を思い出した佐山は、チッと舌打ちをする。(あいつが行きそうなところ――) はやる気持ちを落ち着けながら考えを巡らせて、自分たちにペナルティを課すために、芽生が『たちばな庵』の塩大福を要求してきたことを思い出した佐山は「菓子屋……!」とつぶやいて、一階を目指した。***「芽生ちゃん、カムカムを辞めちゃったのは何故?」 芽生の家が燃えたことを知っている細波が、自分がファミリーレストランを辞めたと言い切ったことに違和感を覚えて、芽生は「どうしてそれを……」と漏らさずにはいられなかった。(普通は辞めたって思うより前に、家のことに追われて休んでいるかも? って考えるよね?) その答えは聞かなくても分かっていたのに思わず声に出してしまったから、「そんなの、他のスタッフさんに聞いたからに決まってるじゃん」と気持ちの悪い回答を聞く羽目になってしまった。「僕ね、辞めたあと芽生ちゃんがどこでどうしてるか知らない? ってみんなに聞いてみたんだよ? なのにさ、芽生ちゃん、お店に顔も出さずに代理の人が来て辞めるって伝えたらしいじゃん? だからみんな詳しいことは知らないって。それってさ、大人としてどうなの?」 ギュッと手首を握る手に力が込められて、「僕、火事のあとも毎
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13.やっと見つけた!③

「そんなの決まってるじゃん。芽生ちゃんがワオンモールによく来てたの、知ってるからだよ。このお菓子屋さんもお気に入りで、来るたびに何か買って帰ってるよね?」 細波が言う通り、芽生は行きつけのお店がモール内で何階のどの辺りにあるのかまで大体把握している程度には、ここへ足繫く通っていた。でも、そんな話、細波にしたことなんてなかったはずなのに。「な、んで細波さんがそれを……?」 ゾワリと全身に鳥肌が立つのを感じながら芽生が声を震わせれば、「カムカムのみんなにもよく話してたでしょ? ここで買ったお菓子の差し入れもしょっちゅうしてたはずだ」とさも当たり前のように返される。 確かに同僚たちとそんな話をしたことはあるけれど、それはすべからく裏――休憩室など――でのこと。ホール内で私語なんてほぼしたことはないから、客である細波に聞かれていること自体おかしい。 そのことに気付いた芽生だったけれど、現状でそれを突っ込んで聞くのは怖くて、グッと口を噤んだ。 なのに――。「あそこのみんな、ちょっと欲しがってるモノとか渡すと、みんな快く色々話してくれて、ホントやりやすかったのに……」 はぁーと大きな溜め息を落とされて、聞きたくなかった告白をされた芽生は、無意識に「イヤッ!」と細波を拒絶していた。「お客様、如何なさいましたか?」 店の真ん前で揉めていたからだろう。 さすがにおかしいと思ったらしい洋菓子店の女性店員が、芽生たちに声を掛けてきた。 芽生はすぐさま彼女に助けを求めようとしたのだけれど、そんな芽生を隠すみたいに立ち塞がった細波が、「すみません、お騒がせして。この子、僕の大事な人なんですけど……ちょっと齟齬があって拗ねてしまっているみたいなんです」と、頼まれてもいないのに『さかえグループ』の名刺を取り出して「怪しい者じゃありません」とニコッと微笑んでみせる。 地元でも――というより日本でも有数の、超有名な大企業の名刺は、細波に〝怪しくない男〟の信頼を持たせるには十分だったらしい。「こちらこそ申し訳ありません。失礼いたしました」 名刺を見た途端、ペコッと頭を下げて店員が引き下がってしまう。
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13.やっと見つけた!④

 佐山の顔を見た途端、細波は物凄くイヤそうな顔をして、すぐさま芽生の腕を放した。 そうして佐山が近寄るより早くあっという間に逃げてしまう。 余りの諦めの早さに、こちらの頭が追いつかなかったくらいだ。 芽生に対する細波の異常なまでの執着を思うと、不自然な気さえしたけれど取り急ぎ芽生の確保が最優先事項だ。「ぶんぶん……」 今にもくず折れそうな心許ない様子の芽生のそばへ寄れば、即座にギュッとしがみつかれた。怖い思いをしたのだから仕方ないのかもしれないが、正直これはまずい。 佐山は芽生に縋りつかれながら、絶望的な思いで前方を見詰めた。*** 神田芽生を見失ってすぐ、佐山は重い懲罰を受けることを覚悟した上で相良京介に連絡を入れた。『芽生に逃げられたか』 だが佐山が話す前にカシラはすでに現状を把握しているみたいにそう言って、『なぁ佐山よ。俺はお前に寄り道を認めた覚えはねぇんだがな?』 電話の先、恐らくは紫煙とともに吐き出しているんだろう長い吐息を落とした。 カシラが苛ついているときや、心を落ち着けたいときに煙草を吸う癖があることを知っている佐山は、それだけでゾクリとさせられる。「申し訳ありません」 芽生がATMに寄りたがってごねたとか、腹が痛いと嘘をついて逃げたとか、言い訳したいことは色々あったけれど、そんなことをしたところで意味がない。それが分かっている佐山は謝罪のみを口にしたのだが、すぐさま『ワオンモールだな?』と畳みかけられて、カシラはすでに芽生の携帯のGPSをチェック済みなのだと悟った。「はい。間違いありません」 罰なら芽生を無事見つけたあとでいくらでも受けるつもりで、佐山が一階を目指しながら答えたら、『分かった。とりあえず話はあとだ。テメェは今やるべきことをやれ』とだけ告げられて電話が切れた。*** そんなことがあったから、相良京介がこちらに向かっていることは何となく察しがついていた佐山だ。でも
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14.不機嫌な京介①

「佐山」 芽生を抱き付かせたままの相良京介から呼び掛けられて、佐山は姿勢を正した。 さすがにこんなに人目のある場所で暴力沙汰にはならないだろうが、後ほど別の場で……というのは十分考えられる。 それを覚悟した上で神田芽生を見失ったことを報告したのだが、さすがにここまで空気をピリ付かされたのでは構えずにはいられない。 ごくりと生唾を飲み込んで、佐山が「はい」と答えたと同時、芽生が「京ちゃん……!」と会話に割り込んできた。(すげぇな) 今のカシラに声を掛けられること自体、芽生のことを強者だと思ってしまった佐山だ。「お願い、ブンブンを叱らないで? 悪いのは私なの!」 しかもカシラがそれに対して〝なんだ?〟とか〝どうした?〟とか一切返していないのに、そのまま話を続けてしまえることに一種の尊敬の念さえ覚えてしまう。 加えてその内容が、どうやら自分を庇おうとしてくれているらしいともなれば、その想いはなおさらで……。 佐山が思わず芽生の背中へ視線を向けたら、彼女を胸元にしがみ付かせたまま、カシラから凍り付くような目で睨み付けられる。 佐山だって色んな経験を積んできて、それなりに自分は肝が据わっている方だという自負があった。だがカシラから向けられたそれは、そんな自信が根こそぎ掻っ攫われてしまうような……そんな恐ろしい視線で、目なんて合わせていなくても、京介の全身から立ち上る雰囲気には周りを威圧する圧迫感があった。 現に、声を荒げているわけでもないのに、自然とカシラの周りだけ人が大きく避けて通っているのが分かる。 佐山は我知らず、喉の奥がヒリつくのを感じた。 それなのに、芽生はそんな近寄りがたいオーラを発しているカシラに縋りついたまま、その中心にいながらもカシラの顔をじっと見上げて続けるのだ。「罰なら……私が全部受けるから! だから……」「佐山には何もす
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14.不機嫌な京介②

 佐山は相良京介の雰囲気に気圧されて、今まで彼の斜め後方にカシラの腹心である千崎雄二が控えていることに気付けないでいたことに軽くショックを受けた。 そうして、いつもならそんなことを言う京介をたしなめるはずの側近中の側近の千崎でさえも、何も言えずに会釈をしてカシラの言うことを了承したことにも驚かされてしまう。「――行くぞ、佐山」 千崎にグイッと腕を引っ張られてその場から引き剥がすように連れ去られながら、佐山は正直ホッとしたのだ。 あの場にこれ以上居続けたら、寿命が数年単位で縮んでしまうような、そんな気がしたから。 もちろん、自分を庇ってくれた芽生のことは気になるけれど、佐山は「はい」と答えながら千崎のあとに続いた。*** 千崎に連れ去られていく佐山の背中を後ろ髪を引かれるような思いで見るとはなしに見つめていたら、「行くぞ」と抑揚を感じさせない声音で京介から呼び掛けられて、返事もしないうちにグイッと手を引かれる。 いつもなら芽生の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれる京介が、小走りしないと追いつけないスピードで進むことに京介からの怒りを思い知らされるようで、芽生は不安でたまらなくなった。「京ちゃっ、待っ……」 しかも掴まれているのが〝手のひら〟ではなく〝手首〟というのも、『逃がすつもりはない』と告げられているようで、なんだかすごくイヤだった。もちろん逃げるつもりなんてなかったけれど、気持ちの問題だ。 芽生が速度を緩めて欲しいと懸命に抗議しても、京介は芽生の方を振り返ってくれさえしない。 芽生はマンションに飾ろうと思って入手したガラス製の小さなクリスマスツリーと、それから下ろしたての現金が入った鞄を落っことさないようギュッと強く握りながら、京介のあとを追う。 サービスカウンターに、京介のために買ったネクタイが預けっぱなしになってしまうのが気になったけれど、今はそれをどうこう言えそうな雰囲気ではなかった。 *
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14.不機嫌な京介③

「何でそんなこと言うの? 京ちゃんの、バカ!」 手荷物を持つ手にギュッと力を込めると、芽生は京介の返事を待たずに自動ドアを潜り抜ける。「お帰りなさいませ、神田さま、相良さま」 途端、コンシェルジュの女性に礼儀正しく頭を下げられて、芽生はモヤモヤとした気持ちのままマンション内へ足を踏み入れたことを後悔した。「た、ただいま戻りました……」 声に、グチャグチャにかき乱された気持ちが滲まないよう気を付けながら会釈をすると、そんな芽生のすぐ後ろを京介がなにも言わずに早く行けとばかりにせっついてくる。「な、んで……」 いつもならスルー出来たかもしれない。でも心がささくれだった今は無理だった。「なんで京ちゃんはコンシェルジュさんに『ただいま』を言わないの? そういうのは人として駄目だと思う!」 これはある種の八つ当たりだと自分でも分かっている。何故なら京介が、言葉にこそ出さずとも彼女らに対して目配せで労うさまを見せたり、軽くうなずくことを欠かさないと知っていたからだ。 だけど芽生の理不尽な抗議にでさえ、京介は何も言ってくれない。(いつもなら揶揄うみたいに笑ってくれるのに) そう思うと、芽生はものすごく悲しくなった。 京介と一緒の時はエレベーターへカードキーを翳すのは彼の役目だったけれど、今は芽生の方が先んじて歩いている絡みで、なんとなく芽生がその役割を果たさないといけない気がして。(鍵……) 腕に買い物してきたモノを引っ掛けたまま鞄の中をゴソゴソやっていたら、背後からヌッと伸びてきた京介の腕がセンサーへキーを当てて、エレベーターを作動させてしまう。 いつも通りの行動なのに、それさえ『お前に頼るつもりはない』と線引きされているみたいに感じられて、芽生は居た堪れない気持ちになった。きっと、そんな他意はないだろう。そう頭では分かっていても、心が理解してくれないのだ。***
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