今すぐでなくていい。 レオーネはそう言った。 でも、その言葉を聞いた瞬間、逆に分かった。 この書類を持ち帰ってはいけない。 一晩置けば、私は迷う。 数字を見る。 スタッフの顔を見る。 怜生の寝顔を見る。 それから、救われる未来を想像してしまう。 書類の文字が、目の前でやけに鮮明だった。 欧州展開支援。 素材ルート。 職人チーム。 受注保証。 海外PR。 どれも欲しい。 欲しくないと言えば嘘になる。 ミナは数字を見て黙り込んでいる。 ノアは「条件だけなら、正直すごいです」と言ったあと、口をつぐんだ。 梢は、書類を一枚だけ見てから、何も言わずにトルソーの横に立っている。 誰も、軽々しく断れとは言わない。 だからこそ、決めるのは私だった。 カミーユの泣く声が、耳に響いた。 答えはもう決まっていた。 私は書類を持って、レオーネの前へ立った。 「条件は、魅力的でした」 正直に言った。 「少し、惹かれました」 怜司の目が動く。 怜司はアトリエの端に立っている。 私の前には出ない。 けれど、聞いている。 その沈黙が、優しいのに痛かった。 「スタッフを守れると思いました。納期も、素材も、海外窓口も。私ひとりでは足りないものが、全部ありました」 「だったら迷うまでもない」 レオーネが楽し気に言う。 「……でも、その代わりに、MIOがどんな物語として語られるかを、あなたの財団に預けることになる」 レオーネは黙った。 私はそれ以上言わず、作業台へ向かった。 裁ちばさみを取る。 ミナが息をのんだ。 ノアが小さく目を見開く。 梢の手が、トルソーのピンの上で止まった。 怜司も、動かなかった。 私は提案書の端に、はさみの刃をかけた。 「断ります」 自分でも驚くほど、声が静かだった。 「ルクソリアも、ヴァルカも」 怜司の目が、はっきり揺れた。 それでも、彼は止めなかった。 レオーネは私を見ている。 「なぜ」 私は書類の文字を見下ろした。 公式ストーリーの監修。 財団側の最終承認権。 さっきまで欲しかったものの奥に、この二つが隠れている。 本当は、ほしかった。 救われると思った。 楽
Zuletzt aktualisiert : 2026-06-21 Mehr lesen