数日後、独りになった部屋で、私は耳元のアレクサンドライトを外した。 ガランとした、何もない作業台。その隅に置かれた宝石の輝きは、この殺風景な空間ではひどく場違いで、冷ややかに見えた。 私はバッグの底から、ずっと開けられずにいた一ノ瀬さんからの招待状を取り出した。 誰にも見られない場所。誰の所有物でもない時間。 私は震える手で、古い鉛筆を握りしめた。 怜司に嘘をついているという不誠実な「罪」の意識が、皮肉にも私の指先に、かつての鋭利な「毒」を呼び戻していく。 (……愛してほしい。でも、描けない私にはなりたくない) その歪なバランスの上で、私は狂ったように型紙を、そして新たなデザインを引き始めた。 この時、私はまだ気づいていなかった。 やっと見つけたこの「息ができる場所」が、数日後、怜司の手によって、私を逃げ場のない「女」へと変える密室になることを。 *** 数日後の深夜。 雑色駅近くの古いアパートは、ガタンゴトンと鳴り響く終電の振動に揺れていた。 私は、部屋の明かりもつけず、手元のデスクスタンド一つで作業に没頭していた。指先には鉛筆の芯の汚れがつき、肩は凝り固まっている。けれど、かつてのような鋭い「毒」を孕んだ線が、紙の上で踊り始めていた。 (これだ……この線が、私なんだ。まだ、死んでなかった……) その時。 背後で、カチャリ、と乾いた音がした。 オートロックのない古い賃貸の、薄いドアが開く音。 心臓が喉まで跳ね上がった。強盗だろうか、それとも。 恐る恐る振り返ると、そこには、夜の闇をそのまま人の形にしたような、長身の男が立っていた。 「……素晴らしい隠れ家だな。ルクソリアのメインデザイナーが自腹で借りるにしては、いささか禁欲的すぎるが」 怜司だった。 この埃っぽく、機械油の匂いが染み付いた狭い四畳半に、彼の纏う冷徹なオーラも、上質なコートの質感も、あまりに異質だった。私は、震える手で描きかけのデザイン画を隠そうとしたが、彼はそれを無視し、机の隅に無造作に置かれたアレクサンドライトを拾い上げた。 「……怜司さん、どうしてここを」 「お前のやることは、すべて俺の手の手のひらの上だと言ったはずだ、澪」 彼は私に歩み寄り、顎を強く掬い上げた。逃げようとする視線を、その冷徹な瞳で強引
Terakhir Diperbarui : 2026-03-30 Baca selengkapnya