日付が変わる少し前、ようやくドレスは一本の呼吸を持ち始めた。 前身頃は閉じている。けれど完全に閉ざしているわけではない。 脇から背へ流れる二枚の布は、寄り添うようで、ぴたりとは重ならない。 歩けば、そのあいだに潜ませた影が一瞬だけ覗く。 見せるための熱ではない。 隠しているのに、抑えきれずに零れてしまう熱。 私はしばらくトルソーの前に立ち尽くした。 愛していた。 今も、たぶん愛している。 でも、そばにいたら壊れてしまうと思った。 だから離れた。 その選択が正しかったのかは、いまだに分からない。 それでも、離れていた時間まで含めて愛だったと、今だけは思える。 「……La Distance de l’Amour(愛の距離)」 口にした瞬間、胸の奥が震えた。 怜司がすぐ近くで息を止める。 低い声が落ちる。 振り返ると、怜司は思っていたよりずっと近くにいた。 工房の静けさの中で、互いの呼吸だけが妙に鮮明に聞こえる。 「この名前の意味は」 その問いに、心臓が強く打った。 まだ全部は言えない。 言えば、きっと今夜だけでは済まなくなる。 「……まだ、途中です」 私がそう答えると、怜司の目が少しだけ細くなった。 「そうか」 責めるでもなく、踏み込むでもなく。 ただ、その先があると分かった顔だった。 「でも」 怜司はトルソーのドレスへ視線を向ける。 「今までで一番、お前らしい」 たったそれだけで、胸の奥の何かがやわらかくほどけた。 認められたかった。 ずっと。 デザイナーとしても。 女としても。 今さら思い知らされるのが悔しい。 「……怜司さんは、ずるいです」 思わずそう零すと、怜司はわずかに眉を上げた。 「何がだ」 「一番言ってほしいことだけ、ちゃんと言うから」 怜司は少しだけ黙って、それから苦く笑った。 「お前も同じだ」 その声には、やさしさだけじゃなく、まだ癒えていない痛みも残っていた。 その言葉が落ちた次の瞬間、どちらが先だったのか分からなかった。 気づけば、怜司の手が私の頬に触れていた。 熱い。 触れられた場所から、呼吸が乱れる。 「……仕事だけで済まなくなるって、言ったでしょう」 私の声は少しかす
Last Updated : 2026-04-19 Read more