All Chapters of 私の夫は義妹のために99回離婚を切り出した: Chapter 211 - Chapter 220

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211話

もみじが長机の前に座ると、髙野辺が口を開いた。 「……玖渡川 もみじさん。この度はTK株式会社及び髙守株式会社が協賛しているデザインコンテストへのご応募、ありがとうございます。今回、このコンテストに応募されようと思ったきっかけはございますか?」 髙野辺は、常と変わらない柔らかな笑みと口調で、もみじに話しかけてくれる。 もみじは緊張感に速まっていた心臓の音が、髙野辺の落ち着いた声音で幾らか落ち着いたように感じ、髙野辺の質問に答えるために口を開いた。 「はい、私がコンテストに応募させていただいたきっかけは──」 もみじは、自分がどのような気持ちや覚悟を持ってこのコンテストに応募したのか。 そして、デザインを通じてどんな事を世間に伝えたいか。 それを話した。 話を進めて行くにつれて、熱が入ってしまいとても熱弁してしまったように感じ、もみじははっとして口を噤む。 「──もっ、申し訳ございません!長々と喋ってしまい……っ」 羞恥により、顔を赤くしながらもみじは俯く。 すると、もみじの話を聞いていた髙野辺が柔らかく微笑みながら答えた。 「とんでもございません。玖渡川さんのデザインに対するお気持ち、とても伝わりましたよ」 「ええ、ええ。本当に。玖渡川さんの応募してくださったデザインもとても素晴らしいものです」 「デザインにこれだけの情熱を込めているからこそ、玖渡川さんの応募されたデザインは目を引くのでしょうね」 髙野辺のみならず、その場に参加している重役達はみな笑顔を見せ、もみじに言葉をかけてくれる。 最後に髙野辺はもみじを真っ直ぐ見つめ、口を開いた。 「──本日は、ありがとうございました。最終選考の結果は明後日に」 「──こ、こちらこそ!ありがとうございました!」 面談終了の合図だ。 もみじは椅子から立ち上がると、深々と頭を下げて自分の席に戻った。 (た、沢山お話を出来た……!凄く充実した面談だった……。髙野辺さんのデザインに関する知識量も凄いし……、とても楽しかった……!) もみじが頬を紅潮させ、ほくほくとやり切った顔で椅子に戻る。 すると、明るい表情のもみじに見蕩れるように隣の金髪の男性──坂崎がもみじをじっと見つめていた。 ◇ 「では、本日は御足労いただきありがとうございました。明後日の結果をお待ちください」 最終選
last updateLast Updated : 2026-05-12
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212話

「──っ、髙野辺……、社長っ」 もみじが髙野辺の事をそう呼んだ時。 髙野辺は困ったように、悲しそうに眉を下げた。 「もみじさん、とお呼びしてもいいですか?」 「えっ?」 「新島さん、とお呼びする方がいいのか……それとも玖渡川さん、とお呼びする方がいいのか……どうしたら、と思っていて」 そう話す髙野辺に、もみじはあっと小さく声を上げる。 確かにもうすぐ「新島」ではなくなる。 だが、母方の旧姓「玖渡川」はもみじ自身まだ馴染みが無い。 だけど、嶋久志を名乗るつもりもないもみじは髙野辺に向かって頷いた。 「もみじで大丈夫です。……すみません、ややこしい、ですよね」 「いえ、とんでもない……。それより、謝るべきは俺の方です」 申し訳なさそうに視線を落とす髙野辺。 今まで「社長」だと言う事を隠して来た事について、だろうか──。 もみじがそう考えていると、髙野辺はもみじとしっかり視線を合わせて言葉を続けた。 「……その辺りも説明をしたくて。……もみじさん、この後お時間はありますか?食事をしながら、少しお話をしたいです」 「しょ、食事、ですか?」 「ええ」 にこり、と笑顔で頷く髙野辺にもみじは迷う。 ちらり、と腕時計を確認したもみじに髙野辺はしゅん、と眉を下げた。 「ご予定があるのなら、無理にとは……」 「あっ!いえ、大丈夫です。この時間だと、役所ももう閉まってしまうと思いますので」 「役所……?」 きょとん、と目を瞬かせる髙野辺に、もみじはそうだ、と思い出す。 「髙野辺社長、私もご報告があって……。先生に相談していた件、決着が着きました」 「──っ!本当ですか?長い間、お疲れ様でした」 ふわり、と微笑む髙野辺にもみじもはにかんで笑う。 ──そんな2人を驚いたように見つめていた坂崎は、ぽつりと呟いた。 「社長と……、玖渡川さんは……お知り合いだったんですか?」 坂崎の声が聞こえ、もみじははっとする。 そうだ。 坂崎に話しかけられていたのだった。 それを思い出したもみじが坂崎に振り向く前に髙野辺が1歩前に足を踏み出した。 「……ええ。もみじさんとは元々知り合いです。ですが、彼女は私がこの会社で働いている事は知りません。それに、コンテストにおいて、私情は挟んでいません」 最後の文章は、坂崎の後ろにいる他の参加者達に
last updateLast Updated : 2026-05-14
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213話

◇ 髙野辺がもみじを連れて来たのは、都内にある懐石料理店だった。 全席個室で、落ち着いた雰囲気だ。 車を運転して来たのは田島で、もみじと髙野辺が車を降りると頭を下げてその場を離れて行った。 「このお店は駐車場が無いんです」 「そう、だったんですね」 「さあ、お店に入りましょうか」 髙野辺にエスコートされ、懐石料理店に入ったもみじ。 個室に案内され、席に着いたもみじ。 髙野辺はもみじに確認を取りつつ注文を終えた。 店員も部屋から退出し、室内にはもみじと髙野辺2人だけが残る。 しん、と静まり返った室内で、最初に口を開いたのは髙野辺だった。 「もみじさん、長い間黙っていてすみませんでした」 「──えっ、そんな……!顔を上げてください、髙野辺さん!」 自分に向かって頭を下げ、謝罪を口にする髙野辺にもみじはぎょっとして慌てて両手を振る。 「こちらこそ、私が最初に勘違いしちゃったから……だから、髙野辺さんは本当の事を言い出せなくなってしまったんですよね?むしろ、私の方こそすみませんでした……」 「いえ、俺は──……」 髙野辺は返答に詰まる。 (会社を経営する人間だと、もみじさんに知られて……態度が変わってしまうのを……。俺を見る目がもしかしたら変わってしまうんじゃないか、と失礼な事を考えてしまった俺の方が悪い……) ちらり、ともみじを見やる髙野辺は、申し訳なさそうにしているもみじを見て自分の胸に安堵が広がる。 (……驚いてはいるけど、もみじさんはやっぱりそんな色眼鏡で人を見ない人だ。……周囲に居た、他の軽薄な人間達のように、もみじさんは俺の事をそういう目で見ない。……とても失礼な事をした) だが、と髙野辺はもみじに真っ直ぐ視線を向けてもう1度口を開く。 「いえ、だけど騙していたと同じ事ですから。本当にすみませんでした」 「……大丈夫ですよ、髙野辺さん。──ふふっ、でも」 くすり、と笑うもみじ。 もみじは面白そうに笑うと、言葉を続けた。 「だから髙野辺さんはオーラがあったんですね。何だか、今思えば普通の会社員に見えませんもの。落ち着いていて、だけどどこか華やかで。しっかりとした芯を持っている方だな、って。会社を経営されている社長さんなら、納得です」 「──っ、そんな風、に」 思ってくれていたのか、と髙野辺は微かに頬を染め
last updateLast Updated : 2026-05-14
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214話

「えっと……その、無事に離婚届と協議書に夫から署名を貰えたんです。だから、それを提出すればやっと全部終わるな、と」 「──!そうだったんですね。その……お疲れ様でした、もみじさん。長い時間苦労されましたよね」 気遣うような髙野辺の言葉と態度に、もみじは自分の胸がふわりと暖かくなる。 はにかんで笑うと、髙野辺にお礼を告げた。 「ありがとうございます。やっとすっきりしました」 「それじゃあ、後は提出するだけなんですね」 「ええ、そうなんです。だから、明日にでも役所に提出をしようと思っていて」 もみじがそう話した時、注文していた食事が届く。 その間、会話が途切れたが店員が部屋を出て行くと、髙野辺はもみじに向かってグラスを差し出した。 「もみじさんのこれからの人生が幸多い事を願っています」 「──っ!ありがとうございます、髙野辺さん!」 柔らかく微笑む髙野辺に、もみじは自分のグラスを持ち上げると髙野辺のグラスに軽く当てる。 澄んだ綺麗な音が部屋に響き、何だかもみじの心も軽くなったような気がする。 グラスの中身に口を付けたもみじは、一口飲み込むと音を立てずにテーブルにとん、と置いて口を開く。 「でも、まさか私が応募していたデザインコンテストに、髙野辺さんの会社が関わっていたなんて……本当に驚きました」 「──!長い事、黙っていてすみません」 「いえいえ!立場上、お話出来ない事もありますものね、気にしていません」 にこにこ、と笑顔でそう話してくれるもみじに髙野辺も笑みを浮かべる。 髙野辺はグラスの中身で喉を潤し、言葉を返した。 「もみじさんが応募して下さったデザインをひと目見た時、衝撃を受けました」 「──え?」 「……世界的に有名なデザイナー。俺が好きなデザイナーと、あなたのデザインに共通する部分があって……」 「……っ」 「……もみじさん、あなたはあの世界的に有名なデザイナー……Sea、ですよね?」 髙野辺から真っ直ぐに視線を向けられ、はっきりとした口調で問われる。 問われる、と言っても、それは最早確信を持っているような口調だった。 もみじが驚き、目を見開いている間に、髙野辺は小さく笑みを零して続けた。 「それに……もみじさんが今回応募してくれた時の苗字……玖渡川、と言う苗字を見て、ピンと来ました。……今は亡きデザイ
last updateLast Updated : 2026-05-15
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215話

髙野辺の言葉に、もみじは自分の胸が打ち震えるのを感じた。 こんなに、デザインを褒めてもらえるなんて。 これほどの賞賛を直接、目の前で。その人の言葉でもらえる事がどれ程嬉しいか。 もみじは自分の胸を手で抑えた。 どくどくと昂る心臓を必死に抑え、お礼を告げる。 「ありがとうございます、髙野辺さん……。こうして、直接感想を言っていただける事が初めてで……凄く嬉しいです」 「──初めて……!?」 もみじの言葉に、今度は髙野辺が驚いたように声を上げる。 「ええ、そうなんです。Seaは今まで表に出ていないので……」 「なるほど、確かに……」 「Seaが女性か、男性か……それも公表していなかったんです。やり取りは全てメールで。ウェブでの打ち合わせも、声を変えて、顔にはモザイクをかけてやっていたので……」 「……もみじさんはご自分の正体を隠したかったんですね。す、すみませんそれなのに!」 「あっ!大丈夫です!実は、自分がSeaだと言う事を公表しようと思っていて……!」 慌てて頭を下げようとする髙野辺を、もみじも慌てて止める。 「その、恥ずかしながら……今までは夫のために……夫の会社の仕事を受けていたんです。だけど、それはもう必要なくなりましたし、今後は自分のために仕事をしよう、と思って……」 「そう、だったんですね……」 「ええ。それに……」 もみじはそこで言葉を切ると、ぎゅう、と拳を握る。 俯き加減だった顔を上げて真っ直ぐ髙野辺を見返した。 「……Seaの名前を騙る、とんでもない人もいます。……これ以上、Seaの名前を汚して欲しくないんです。……だから、私がSeaなのだと……公表しようと思って……」 「──なるほど。……ええ、確かにSeaの名声を騙り悪用しようとしている人が最近いましたね……」 2人が話している人物は共通している。 名前こそ出さないが、もみじも髙野辺も、胡桃がSeaを騙った事が許せないのだ。 「そうなんです。これ以上、あの子に私の人生をめちゃくちゃにされたくない……。夫だけならまだしも、Seaの事もめちゃくちゃにされてしまったら……それだけは許せないんです」 「……もみじさん」 「私がSeaだと、私が本物なんだ、と知らしめないと……」 ぐっと拳を握り、自分に言い聞かせるように呟くもみじ。 確かにもみじの言う
last updateLast Updated : 2026-05-15
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216話

◇ 翌朝。 もみじはリビングで朝食をのんびりと食べつつ、手帳を確認していた。 もみじは手帳にその日あった出来事を一言日記のように綴っていたのだ。 それは、子供の頃から変わらない習慣。 それを、昨夜からパラパラと捲って一言日記を確認していたのだ。 確認し始めたのは高校の時からの手帳。 誠司とお付き合いを始めてから、今現在に至るまでの手帳を何冊も確認していた。 「……最初は凄く楽しそうだったけど」 誠司とお付き合いを始めた頃はキラキラとした言葉達が多く並んでいた。 だが、次第にそれも少なくなり胡桃を優先ばかりする誠司の事が記載され始める。 結婚してからもそれは変わる事なく、次第に誠司から胡桃を理由に「離婚」の言葉をぶつけられるようになって行くのが簡単に分かった。 そして、誠司から「離婚」の文字を切り出されてから前回で99回だと気付いたのだ。 「……100回目は、私が自分で終止符を打たないとね」 そう呟き、手帳をぱたりと閉じる。 すると、それと同時に玄関のインターホンが来客を知らせた。 「──いけない!もうこんな時間になっていたんだ……!」 もみじは慌ててインターホンに向かうと来客と話をする。 「すみません、すぐに出ますね」 〈焦らなくて大丈夫ですよ、もみじさん。外で待っていますね〉 「ありがとうございます、髙野辺さん……!」 昨日。 髙野辺との食事中に離婚届を提出出来ていない事が話に上がったのだ。 車が故障してしまい、出そうと思っていた日に出す事が出来なかった。 車の修理が終わったら、もみじは役所に行く予定だった。 だが、そこで髙野辺が自ら声をかけてくれたのだ。 翌日、時間があるから役所まで車を出そうか?と。 始めは申し訳なさからもみじは髙野辺の提案を断ったのだが、先延ばしにしていたらいつまで経っても誠司との離婚が成立しないかもしれない。 そうなっても大丈夫か、と髙野辺に心配された。 もし、万が一そんな事になったらもみじ自身も嫌だ。 だからもみじは髙野辺の提案に申し訳なく思いつつ、その言葉に甘えさせてもらったのだ。 だが、髙野辺の杞憂はもっともだ。 会社を経営、そしてコンテストの協賛を行っている髙野辺からしたら、今回のコンテストの受賞者は既に知っている。 満場一致で、大賞は決まったのだ。 もみじはこ
last updateLast Updated : 2026-05-17
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217話

◇ 「こちら……確かに受理いたします」 「はい、よろしくお願いします」 役所の窓口。 もみじは、離婚届を窓口に提出した。 記入ミスなどが無い事を確認した窓口の職員が書類を受理してくれたのを見て、もみじも髙野辺も肩の力を抜いた。 「……終わった。……本当に、終わったんですね」 「……お疲れ様です、もみじさん」 力が抜けたようにその場にぼんやりと立ち尽くすもみじに、髙野辺は切なげな表情で話しかける。 色々と、思う所はある筈だ。 「……もみじさん、俺は少し離れた所にいるので……」 だから、落ち着いたら来てください。 髙野辺は、そう言おうとした。 将来を誓い合った人と、離婚したのだ。 きっと今まで気丈に振る舞ってはいたが傷付いている。 少しだけそっとしておこう。 そう考えていた髙野辺だったが、彼に声をかけられたもみじはくるりと振り返ると髙野辺に顔を向けた。 「──いえ、大丈夫です。すぐに役所を出ましょう、髙野辺さん」 お気遣い、ありがとうございます。 そう言って微笑むもみじに、髙野辺はそれ以上何かを言う事はせずに静かに頷いた。 ◇ ──帰りの車の中。 もみじから話された内容に、髙野辺はぎょっとした声を上げた。 「は……!?妊娠……!?」 ハンドルを握ったまま、髙野辺は絶句している。 そんな髙野辺に、もみじは苦笑いを浮かべた。 「ええ、そうなんです。胡桃のSNSにはもう既に投稿されていますよ。お祝いの言葉も沢山集まっていて……」 「ほ、本当ですか?そんな、事が……」 自分の口元を手のひらで覆う髙野辺。 その横顔を見ながら、もみじは「だからもういいんです」と呟いた。 ◇ 「今日はありがとうございました、髙野辺さん」 「いえ……。その、もみじさん……何と言葉をかけたら……」 「いつかはこうなるんじゃないかって、覚悟はしていました。だから、遅かれ早かれこうなっていたんです。……せめて、私は胡桃の子供が無事に生まれてくれればいいな、と思っています」 朗らかに、吹っ切れたように明るく笑うもみじに、髙野辺は何と言葉をかけたら良いのか全く分からなかった。 まさか、不倫相手に子供が出来てしまったなんて。 そして恐らく。 離婚届に署名をしたのは、子供の存在が明るみになったからだろう。 (本当に……酷い男だ……)
last updateLast Updated : 2026-05-17
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218話

「今、社内ではこのお話で持ち切りですよ。奥様はいつ頃からお仕事をお休みになる予定ですか?色々と引き継ぎをされておかないと、これから先大変で──」 「まっ、待て中野!妊娠って一体どう言う事だ!?」 誠司はパニック状態になり、秘書の中野の肩を掴み、叫ぶ。 中野秘書は誠司に掴まれた肩にちらりと目をやってから1歩誠司に近付いた。 「奥様、SNSでご報告をされていますよ?ご存知なかったですか?」 「──は、?SNS……?」 もみじが、そんな物を──? 誠司の頭の中では、自分の妻はもみじだ。 もみじが妊娠?そんなはずがない、と誠司は混乱しつつ、中野のタブレットに目を向けた。 (俺と、もみじはまだ体を繋げた事なんて……。もみじが妊娠なんて……それにもみじがSNSを……?もみじはそんなのに興味はないぞ……?) 混乱しつつ、画面を見た誠司は目を見開く。 中野秘書が言っていた「奥様」も。 そして、社内の人間がおめでとう、と言っていた相手も。 誠司の妻、もみじに向けて言った言葉ではない。 何故なら、誠司は胡桃を頻繁に会社に連れて来ていて。 胡桃こそが誠司の妻なのだと社内の人間には誤解されていたのだから。 ようやくそれを思い出した誠司に、信じられない光景が飛び込んでくる。 「──な、なんだ、これは……!」 タブレットには、胡桃のアカウントが。 そして、そこにはエコー写真と母子手帳が。 誠司が中野のタブレットを奪うように取り、食い入るように画面を見つめる。 すると、そこには胡桃が子供を授かった事。 そして、大好きな彼との間に授かった、と書かれているのが分かる。 コメントを見ると、コメント欄はお祝いの言葉で溢れていた。 皆、胡桃の事を祝い、お幸せにとコメントされている。 「な、何だ、これは……」 「しゃ、社長……?大丈夫ですか?」 動揺し、顔を真っ青にしている誠司に、中野はそっと近付くと気遣うように誠司の胸元に手を添えた。 「落ち着いてください……何かお飲み物を持って参りますね」 中野は慌てて社長室を出て行く。 誠司はよろよろとソファに向かうと、力無くソファに腰を下ろした。 「これ……この、アカウント……」 いったい、いつから運用されているんだ、と誠司は呟く。 胡桃のアカウントは、随分多く投稿しているようだ。 過去に遡って
last updateLast Updated : 2026-05-18
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219話

コンコン、と扉がノックされる。 その音に気が付いた誠司は、はっとして慌てて口を噤んだ。 「失礼します。社長、大丈夫ですか?」 「中野、か……」 「お水です、お顔が真っ青ですわ。落ち着いてください」 「あ、ああ……ありがとう……」 誠司は中野からグラスを受け取り、一息にグラスの中身を飲み干す。 冷えた水が喉を通り、冷たい水のお陰で頭がスッキリとしたような気がする。 「……すまない、取り乱した」 「いえ、お気になさらず」 にこり、と微笑む中野に誠司は気まずそうな様子で顔を逸らすと、ソファから立ち上がった。 「……胡桃は、デザイン室にいるか?」 「え、ええ。いらっしゃいます」 「……少し席を外す。何かあれば電話をくれ」 「かしこまりました」 誠司からグラスを受け取った中野は、出ていく誠司に頭を下げる。 扉が閉まり、誠司の足音が遠ざかり完全に聞こえなくなってから中野は下げていた頭を上げた。 「──社長の妻は、胡桃じゃないの?」 訝しげに、中野は呟く。 誠司の秘書、中野 未来(なかの みく)。 彼女は、胡桃の紹介で誠司の秘書になった。 中野は胡桃の大学の先輩だ。 デザインを専攻していたが、中野にデザインの才能は無かった。 そのため、就職があまり上手くいかなかったのだ。 その時に胡桃から夫の秘書を探している、と連絡が来たのだ。 胡桃の旦那はデザイン会社の社長。 大企業ではないが、最近業績を伸ばしてきている会社の1つ。 そんな会社社長の秘書が空席で忙しい社長が秘書を探しているから、応募したらどうだ、と誘われたのだ。 中野はデザインの才能はからっきしだったが、秘書業務に必要な才能はあった。 そのため、胡桃の推薦ではあったが誠司と面接をし、誠司が中野の管理能力の高さに惚れ込み即採用となったのだ。 「……胡桃は、社長の妻じゃない。……それなのに、妊娠した?でも、社長に妻がいるのは本当なのよね?と言う事は、不倫?胡桃は、既婚者に手を出したの?そして、妊娠した?だけど、社長は子供を堕ろすと思っていた……」 中野は頭の中を整理するようにぶつぶつと呟く。 誠司と、胡桃は不倫関係なのではないか──。 その考えに至った瞬間、中野の唇がにんまりと笑みの形に歪む。 「ふっ、ふふ……いい事を知っちゃったわね」 中野は鼻歌を歌いなが
last updateLast Updated : 2026-05-18
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220話

ドスドスドス、と足音荒く廊下を歩く。 まるで親の仇を取るような物凄い形相で廊下を歩く誠司を、社員達は驚いた顔で見ていた。 社長、どうしたんだ──。 とても怒っていないか。 喜ばしい事があったのに、どうしたんだ──。 ひそひそ、と社員達が話している内容が聞こえてきて、誠司はぎりっと奥歯を噛み締めた。 (社内にかなり広がっている……!これじゃあ、胡桃は俺の妻じゃないと否定する事がもう出来ないじゃないか!俺の妻はもみじだぞ!?) 誠司は頭の中で怒り、怒鳴り散らしながら胡桃がいるデザイン室にようやく辿り着いた。 「──胡桃、入るぞ!」 そう叫びながら、扉を開ける。 中にいた胡桃は誠司の大声にびっくりしたようだったが、すぐに入ってきた誠司に笑顔を向けた。 「誠司?どうしたの……!」 椅子から立ち上がり、パタパタと駆け寄ってくる胡桃。 嬉しそうに笑っている可愛らしい胡桃に、誠司は一瞬いなされそうになったがぐっと拳を握り、低い声で胡桃に問いかける。 「胡桃、これは一体何のつもりだ」 「え?」 きょとん、と目を瞬かせた胡桃に、誠司は持っていたタブレットを胡桃の目の前に掲げる。 胡桃がタブレットの画面に目を向けると、そこには自分のSNSアカウントが表示されていて、過去の投稿がずらりと並んでいた。 「──あ、誠司にバレちゃった?」 だが、当の本人胡桃は今までの投稿が誠司に見られてしまったと言うのに悪びれなくけろりとしている。 それどころか、うっとりと目を細め、画面を見つめる始末。 「皆も、私と誠司の事を祝ってくれているわ……。ね、誠司。この子の名前、どうする?」 うっとりと自分の下腹部に手を当て、誠司を見上げる胡桃。 そんな胡桃に、誠司は無意識に後ずさった。 「なに、を……。その子供は、中絶を……そう言っていたじゃ、ないか……」 「そうだったかしら?」 「──は?」 あの日、泣きじゃくりながら。 ごめんなさい、と謝罪をしながら「堕ろすから」と言っていたじゃないか──。 誠司は、胡桃を唖然と見つめる。 「だから、胡桃が、中絶手術をするから、俺は同意書にサインを……」 「誠司がサインをしたのは、同意書じゃないもん。ちゃんと書類を見なきゃ駄目じゃない」 胡桃はくふふっ、と含み笑いをすると、目の前にいる誠司の腕に抱きつき、甘っ
last updateLast Updated : 2026-05-19
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