All Chapters of 私の夫は義妹のために99回離婚を切り出した: Chapter 221 - Chapter 230

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221話

誰だ、これは──。 あんなに可憐で。 可愛らしく甘えていた胡桃が。 こんなに冷たく、背筋が凍るような表情をするだろうか──。 こんな女、俺は知らない──。 誠司の喉が、ひゅっと鳴る。 胡桃に抱きつかれた腕を抜こうとしたが、まるで蛇のように執念深く巻き付く胡桃の腕から逃れる事ができず、誠司は真っ青になった。 「お姉ちゃんと離婚するんでしょう?私たちの結婚式はいつにしようかな?お姉ちゃんとした結婚式より、もっともっと豪勢な式にしましょうね、誠司♡」 にんまりと笑みを浮かべた胡桃は、背伸びをして誠司の耳元で囁く。 「私はSeaなんだから、私を裏切ったり、捨てたりしたらSeaの力を持って全力で誠司の会社を潰しちゃうかも。二度と、デザインの仕事なんて出来ないようにしてあげる♡」 胡桃の言葉を聞いた瞬間、誠司の腕から力が抜けた。 ◇ 一方、もみじの家、リビング。 役所に離婚届を提出したのは、昨日。 今日は、コンテストの結果が発表される日だ。 時間は正午。 もみじは起きてからずっとそわそわと落ち着かない気持ちで過ごしていた。 「も、もうそろそろかしら……?ああ、心臓に悪いわ……!」 どうか一思いにズバッと発表してくれれば!ともみじは思ってしまう。 ご飯を食べていても。 デザインの仕事をしていても。 何も手につかない。 そうこうしている内に、更に時間は経った。 もみじがテーブルに置いていたスマホが通知を知らせる。 メールの通知だ。 「──っ!」 もみじは急いでスマホを手に取ると、届いたメールを確認する。 すると、画面に表示されていたのは。 「──きたっ!」 もみじの瞳がキラキラと煌めく。 心待ちにしていた、デザインコンテストの結果通知だ。 もみじは震える指先で画面をタップし、メールを開封する。 すると、そこには──。 「──受かっ、た……?」 最終選考通過、の文字が。 確かに「玖渡川 もみじ」受賞と記載されている。 しかも、もみじが選ばれたのは「大賞」だ。 その文字を見ていると、じわじわと実感が湧いてきて、もみじは歓声を上げてしまった。 「う、受かったわ!嘘みたい……!大賞……っ!!」 きゃああ!と叫び、その場に飛び跳ねてしまう。 そして、コンテストの受賞発表、パーティーのお知らせも記載されている。
last updateLast Updated : 2026-05-19
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222話

◇ 「もみじさん」 「髙野辺さん!こんにちは」 「こんちには」 結果が発表され、数時間後。 もみじと髙野辺は顔を見合わせるとお互い笑顔を浮かべた。 都内、高級料亭。 その入口で待ち合わせをしていた2人は、ほぼ同じタイミングで店の前に到着し、頬を綻ばせた。 「まずはおめでとうございます、もみじさん」 「ふふっ、ありがとうございます髙野辺さん」 「本当に素晴らしい作品でした。もみじさんのようなデザイナーと今後一緒に働ける事が嬉しいです」 「そ、そんな……!こちらこそ光栄です。お役に立てるように頑張りますね!」 「はは、ありがとうございます。うちの会社ももみじさんの期待に応えられるように頑張ります」 談笑しながら店に入り、案内された席に座る。 案内される道中、2人が並んで歩く姿は注目を浴びていた。 髙野辺のような容姿の整った男が隣の女性に蕩けるような笑みを浮かべ。 もみじのような美しい女性が長い髪の毛を靡かせ髙野辺に輝く笑顔を向けている姿は、どこからどう見ても美男美女だ。 格式高い料亭ではあるが、アルコールも入る夕方より少し前の時刻。 インフルエンサーなどにも人気の店なので、今の時間帯は若いインフルエンサーなどで店内は賑わっていた。 そこに、ぴしっとスーツを着こなした髙野辺と。 華美ではなく品の良いワンピースを着たもみじがやってくれば注目の的になる。 インフルエンサーの内の1人が2人にぽうっと見蕩れ、無意識にスマホを向けた。 「誰だろう、あれ……モデル?」 そんな声と同時に、カシャリ、とカメラのシャッター音が鳴った。 ◇ 個室に通されたもみじと髙野辺。 2人はメニューを見ながら頼む料理を相談していた。 「髙野辺さん、どんなご飯が食べたいですか?」 「いや、俺は……。今日はもみじさんのお祝いですから、もみじさんが食べたい料理を注文しましょう?」 「え、でも……本当にいいんですか?」 「ええ、大丈夫ですよ。食べ物にアレルギーはありませんし、苦手な物もないので」 「ふふっ、ありがとうございます。では……」 もみじが口にする料理を、髙野辺は注文して行く。 あらかた注文を終え、後は運ばれてくるのを待つのみ、となった。 「もみじさん、お酒は飲みますか?」 帰りの運転は代行を呼びますから、と告げる髙野辺に、もみじ
last updateLast Updated : 2026-05-20
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223話

もみじは今、誠司との離婚も成立して既婚者では無い。 だから髙野辺が家に送って行っても何ら問題はないはずだ。 「……仕方ない、もみじさんを自宅まで送るか……」 「ううー……すみません……、髙野辺さ……」 「もみじさん!起きましたか?」 髙野辺の言葉に、今までは殆ど答えになっていない返答を返していたもみじだったが、ようやく髙野辺の言葉にしっかりとした言葉が返ってきた。 その事にほっとして明るい表情を浮かべた髙野辺だったが、次にもみじの口から出て来た言葉に、思わず口を噤んでしまう。 「やっと……やっと全部決着が、ついて……。嬉しくて、楽しくて……。飲みすぎてしまいました……」 ゆらゆら、と頭を揺らして話すもみじ。 決着が着いた──。 それは、髙野辺も聞かなくとも分かる。 きっと誠司との離婚の事だろう。 髙野辺はもみじの傍に近寄ると、優しく肩を叩いた。 「お疲れ様です、もみじさん。……長い期間、大変だったからこそ、こうして楽しくお酒を飲んでしまったんですね」 「ええ……、うう……。その、通りです……。これから、まだまだ手続き……やらなきゃいけない、事はあるんですけど……一区切りついたから、ほっとして……」 「分かりますよ。仕事でも、大きな案件が終わると、開放感がありますから」 「ふっ、ふふ……開放ですって……。好きだったのに、おかしいなぁ……」 ぽつりぽつり、ともみじの口から零れる言葉に髙野辺は痛ましげに顔を顰めた。 今まで、もみじはずっと気丈に振舞っていた。 少しも弱音を吐かず、旦那の不倫と離婚に向き合っていたのだ。 ショックでないはずがないのに。 髙野辺は、今まで1度ももみじが弱音を吐いた所を見た所が無かった。 辛そうに、悲しそうに泣いている姿も見た事が無かった。 (好きだからこそ、結婚をしたのに。それなのに、好きな人が不倫を……しかも、その相手が自分の妹だなんて……) 普通に考えればとても辛い事実だ。 肉親が、家族だと思っていた人間が長年自分を裏切っていたのだから。 「……もみじさん」 「ふふふっ、はい……」 もみじは、この離婚に関する行動を起こしていた期間、果たして1度でもちゃんと泣けたのだろうか、と髙野辺は心配になってしまう。 強い女性だ、と思っていたが本当は泣きたいのに泣けなかったのだったとしたら?
last updateLast Updated : 2026-05-20
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224話

数十分後。 「……すみません、本当に」 真っ赤な目をハンカチで軽く抑えたもみじが、恥ずかしそうに気まずそうに髙野辺に謝罪する。 髙野辺はひょい、と肩を竦めて首を横に振った。 「謝る事はないですよ。俺も煙が目に染みたので」 「──!ふふ、そう、ですね。今度お食事する時は、喫煙席が近くにない所にしないとですね」 「ええ、そうしましょうか」 喫煙席なんて無い事は、もみじも知っている。 だけど髙野辺が優しい嘘をついてくれたのだ。 だからもみじはその嘘に乗っかる事にした。 もみじが涙を拭い、目元を抑えていたハンカチを自分の鞄にしまうのを見た髙野辺は、椅子から立ち上がった。 「送りますよ、もみじさん」 「──ありがとうございます」 優しく微笑む髙野辺に、もみじも笑顔で返した。 ◇ 「それでは、もみじさん。来週、受賞記念パーティーでお会いしましょう」 「はい。送っていただきありがとうございました、髙野辺さん」 車から降りて、後部座席にいる髙野辺にお礼を言う。 もみじが軽く手を振ると、髙野辺も優しく微笑み手を振り返してくれた。 去って行く車を見送ったもみじは、車が見えなくなるまで外で手を振り続けた。 「ただいまー」 玄関扉から中に入ったもみじは、リビングにやって来ると電気のスイッチを押した。 ぱっと室内が明るくなり、鞄をソファに置くとキッチンに向かう。 冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出してグラスに注ぎ、一口飲んだ。 あと──。 「──うわあああああっ」 もみじは小さな悲鳴を上げながら頭を抱え、その場に蹲ってしまった。 (はっ、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……!) 頭の中が羞恥やら何やらでいっぱいになる。 アルコールではない原因で、もみじの顔は真っ赤になってしまっていた。 「な、何をやっているの、私は……!髙野辺さんにも迷惑をかけて……っ」 お酒に酔い、みっともない姿を見せてしまった。 幻滅されていないだろうか。 失望していないだろうか。 面倒くさい人だ、と思われていないだろうか──。 そんな、様々な考えが頭に過ぎる。 「た、髙野辺さんは優しいからっ、あんな風に言ってくれた、けど……っ、絶対面倒くさかったわ……!」 酒に酔って動かず、めそめそ泣き始めてしまったのだ。 それなのに、あの場ではそんな
last updateLast Updated : 2026-05-21
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225話

その日、頭の中がパニック状態だったもみじは、さっさとシャワーを浴びて寝てしまおうと考えた。 だから、帰ってから1度も鞄の中身を確認しなかった。 スマホすら取り出さずにその日眠ってしまったもみじは、1件の着信があった事にすら、気が付かなかった。 ◇ 「──くそっ!また出ない……!」 誠司は、社長室で思い切りスマホを叩き付けた。 ガシャン!と大きな音を立ててスマホの画面が割れる。 その音が聞こえたのだろう。 外で仕事をしていた秘書の中野が慌てて社長室の扉をノックした。 「しゃ、社長……!大丈夫ですか!?どうされました!?」 「──中野か、まだ帰っていなかった、のか……?」 「は、はい。失礼しても……?」 「ああ、入ってくれ……」 誠司の言葉に、扉がゆっくりと開く。 中野は心配そうな顔をしていたが、床に落ちている誠司のスマホを見て、慌ててスマホのもとに駆け寄った。 「だ、大丈夫ですか社長」 中野はスマホを持ち上げると、誠司に近づく。 「ああ、大丈夫だ。……指示をした仕事は終わっただろう?どうしてまだ帰っていない?」 そう言いつつ、誠司はデスクの上にあるデジタル時計に目を移す。 時刻は午後8時。 もうとっくに定時は過ぎているし、中野も帰宅していると思っていたのだ。 だが中野は笑顔で誠司にバインダーを差し出した。 「はい。差出ましいとは思ったのですが……社長が気になさっていた件を調べておりました」 「──俺が?」 「はい。駅舎のデザインに関して、お調べでしたよね?」 「──!あ、ああ……」 (そうだ……。駅舎のデザインを、胡桃にさせてやりたいと思って調べていたんだった……さっきの件で、忘れていたな……) 誠司は気まずそうに視線を外しつつ答える。 すると、中野はハキハキと喋りながらバインダーを開き、誠司に話し始めた。 「こちらをご覧ください。どうやら、過去に駅舎の仕事をした企業が招待をされたパーティーが開催されるようです」 「……パーティー?」 「はい。来週、とあるコンテストの受賞者を祝うパーティーのようですが、そのパーティーにその企業も招待されたようで……。そのパーティーに参加する事が出来れば、接触する事も容易いかと」 「……この短時間で、ここまで調
last updateLast Updated : 2026-05-21
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226話

誠司の言葉に、中野ははっと目を見開くと急いで首を横に振った。 「そ、そんな……!とんでもございません!社長をお付き合いさせるなんてとても……!私は帰宅時に軽く買って帰りますので……!」 「この資料、とても助かった。……食事くらいになってしまうが、お礼をさせてくれ」 「──も、申し訳ございません。……その、それではお言葉に甘えて……」 申し訳なさそうにしている中野に、誠司は笑みを浮かべたまま頷く。 「苦手な食べ物や、アレルギーなどはないか?」 「大丈夫です、そういった物はございません」 「そうか。それなら時間も遅いし和食にしよう」 誠司はそう言うと、スーツを羽織った。 その後に慌てた様子の中野が続く。 重そうな鞄を持つ中野に、誠司はその鞄をひょい、と持った。 「資料が多くて重いだろう?俺が持つ。中野秘書はそのバインダーを持ってきてくれないか?帰宅したら確認する」 「──えっ、あ……ありがとうございます……!」 わたわた、と慌てて頭を下げる中野。 申し訳なさそうにする中野の反応がとても新鮮で。 鞄を持っただけで申し訳なさそうにお礼を言われるとは思わなかったのだ。 いつも、胡桃の荷物を誠司は当然のように持つ。 胡桃もそれが当たり前のようになっていて。 最近ではお礼なんて言われた事もなかった。 (傍に居る女性が変わるだけで、こんなに新鮮なんだな……) 誠司は自分の後を着いてくる中野をちらり、と見やる。 中野の顔は整っていて、身なりもとても清潔感があり印象が良い。 顔の美しさはもみじには負けるが、可愛らしいだけの胡桃より綺麗で好ましい。 (……これから、夕飯は中野秘書を誘うか) 正直、誠司は胡桃とこれ以上関わりたくなかった。 (まるで騙されたような物だ。あんな我儘で、醜悪で、酷い女だとは思わなかった) 自分にはやっぱり我が強くなく、従順に従うもみじのような女の方が合っている。 (……胡桃とは距離を置くか。もみじを家に呼び戻して……ああ、くそ。だが胡桃がSNSに写真を載せているんだよな……。しらばっくれればもみじも騙せるか。俺がもう1度関係改善の話を出してやれば、もみじも喜ぶだろう) うん、そうしよう。 誠司は自分の中でそう話を纏める。 そうしているうちに、会社の駐車場に着き、誠司は中野秘書と一緒に車に乗り込んだ。
last updateLast Updated : 2026-05-22
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227話

「──は?」 胡桃の口から、低い声が漏れる。 「何なのよ、今のは何?どうして誠司が中野先輩と一緒に……。私は、誠司の仕事が終わるのを待っていてあげたのよ……!?」 すぐ横にある壁を、胡桃は持っていた鞄で思い切り殴り付ける。 「ふざけんな……!何を考えているのよ、あの男……っ!」 大声で叫び、罵るが駐車場には誰もいない。 胡桃は怒りに満ちた目を誠司が去って行った方向にじっと向け続けた──。 ◇ 「──凄い!こんな美味しいご飯、初めてです!ありがとうございます、社長!」 嬉しそうににこにこと笑顔でお礼を口にする中野。 そんな中野の態度に、誠司は笑みを深くした。 「そうか?口に合ったなら良かった。次の機会は別の店に行こう。中華やイタリアンも美味い店があるんだ」 「ほっ、本当ですか!?──あっ、だけど……いいんでしょうか?その、社長には奥様がいらっしゃるんですよね……?」 「部下と食事をするだけだ、中野秘書が気にする事はない。大丈夫だ」 「ほ、本当ですか?良かったです」 ほっと胸を撫で下ろす中野秘書に、誠司の気分は益々良くなって行く。 (胡桃ではなく、俺と、俺の妻への配慮がしっかりしている。胡桃とは大違いだな) 機嫌良さげに鼻を鳴らし、誠司はせっかくだから、と中野に酒を進めた。 だが、中野は自分だけが酒を飲む訳にはいかない、と断るので誠司は代行を呼ぶ事にして、自らも酒を口にした。 胡桃との事があり、疲れていたのだろうか。 それとも、空きっ腹に酒を入れてしまったからだろうか。 普段はそこまで酔わないのだが、この日の食事は、酷く酒に酔ってしまったのだ。 「だ、大丈夫ですか社長?ご自分で歩けますか?」 中野秘書の声が、薄っすらと聞こえる。 だが、誠司の思考は霞みがかっているようにぼんやりと朧げで、はっきりとしない。 「……だい、じょうぶだ……」 大丈夫、と言いつつ全然大丈夫そうでは無かった。 頭もぐるぐるするし、胃もしくしくと痛む。 久しぶりにアルコールを摂取したからだろうか、と誠司は覚束無い足でそんな事を考えた。 「あと少し、あと少しですよ社長……!お気をしっかり……!」 「うん……ああ……大丈夫、だ……」 ごにょごにょ、ぶつぶつ、と誠司は中野に答える。 ドアの開く音が聞こえ、誠司はぼんやりとしたまま顔を上げた
last updateLast Updated : 2026-05-22
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228話

◇ 「うぅ……」 頭の痛みに、誠司は小さく声を漏らした。 ぼうっとする頭を緩く振って、誠司はころりと寝返りを打った。 「──ん?」 胡桃の明るい茶色の髪の毛じゃない。 艶々とした、少し落ち着いたダークブラウン。 胡桃のふわふわとした髪の毛とは違い、さらりとしたもみじに似た髪の毛。 「……もみじ?」 誠司はぼんやりとした視界のまま、目の前で眠る女性を抱き寄せた。 「……なんだ、帰って来たのか?だから言っただろう?俺から離れる事なんて出来ないんだと。家出ごっこはもう終わりか?」 誠司は目の前の女性を完全にもみじだと勘違いした。 次第にはっきりとして行く視界。 目の前には、肌を顕にした背中があった。 白く、柔らかそうな肌。 その背中に恐らく自分が付けたであろうキスマークがあり、誠司はふっと鼻を鳴らした。 「──もみじ」 誠司は今までもみじに向けていた冷たく、硬い声ではなく柔らかで甘い声でもみじの名前を呼ぶ。 そして、キスマークがある上から同じ箇所に唇を付けた。 「……っ、しゃ、社長っ」 ──もみじだと、思った。 だが、目の前の裸の女が発した声は、誠司が記憶しているもみじの声とは全く違った。 「……は」 唖然とする誠司の目の前で、背中を向けていた女が振り向いた。 もみじだと思っていた女は、もみじではなく──。 誠司は驚愕のあまり、目を見開いた。 「な、中野秘書……!?」 ◇ 一方もみじ。 もみじは近々行われるパーティーのドレスを買いに高級ブティックに訪れていた。 「いらっしゃいませ、玖渡川様」 一流の店員達がもみじを出迎え、頭を下げる。 「すみません、パーティーに着ていくドレスを購入したくて……。相談してもいいですか?」 「もちろんでございます。当店でお力になれる事がありましたら、喜んで」 礼儀正しく微笑む店員に、もみじはほっと息を吐くと笑みを返した。 それから、もみじは店員の進めるまま数々のドレスを試着した。 「玖渡川様はお肌がきめ細やかで輝くように白いですわ。はっきりとした色合いのドレスがお似合いになりますわ」 「そちらのドレスに合わすとなりますと、ジュエリーはこの辺りの物が……」 店員達が進めてくれる物を、もみじは1つ1つ手に取り、身につける。 今まで、質素な生活を心がけていた。 何よ
last updateLast Updated : 2026-05-23
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229話

◇ そうして迎えたパーティー当日。 パーティーの日はあっという間にやってきた。 もみじは真っ青なドレスに身を包み、鏡の前でくるりと回って姿を確認する。 ドレスは裾の方に行くにつれ、グラデーションが施され、動いた際にふわりと舞うドレスの裾が可憐に舞う蝶のように綺麗だった。 もみじの耳には華美過ぎず、だがもみじの耳を彩るにはとても適したイヤリングが。 胸元を彩るのはドレスと揃いのブルーダイヤを使ったネックレス。 「変じゃない、わよね……」 メイクも完璧に施した。 美容院でヘアメイクもしてもらった。 ネイルだって今日のパーティーのために新調した。 「──よし、行こう」 もみじは鏡の前の自分に頷くと、玄関に向かった。 高いヒールに足を通し、コートを羽織ってから外に出る。 今日、このコンテストから新しい自分の生活がスタートするのだ。 かつての専業主婦、新島 もみじではなく。 デザイナーの玖渡川 もみじとして新しい人生が始まる。 「……そして、来年……新駅舎のリニューアルの時に、私はSeaの正体を明かすわ」 だから、それまで。 好きにSeaの名前を騙ると良いわ、胡桃。 と、もみじは呟いた。 ◇ パーティー会場。 パーティー会場は、髙守株式会社が経営しているホテルのフロアを利用して行われていた。 今回、もみじが応募したデザインコンテストは、国内でも大きな注目を集めていた。 だから今日の受賞者発表のパーティーには、報道陣も多く来ていた。 「わ、わあ……」 もみじはパーティー会場のスタッフ用通路から会場を見回して小さく声を漏らした。 会場には、既に招待客が入っている。 次から次へと客が増えて行く光景に、もみじは怖くなってきたのだ。 「こ、こんな大勢の人の前で……トロフィーを受け取るの……?」 今まで、大勢の注目を集めた経験など、もみじには無い。 Seaは有名デザイナーだが、今まで衆目の面前で姿を現した事は無い。 だから、ただの「もみじ」として大勢の人の前に立つことなどなかったのだ。 緊張に震えるもみじの背後から、近付いてくる足音が聞こえる。 「──もみじさん」 「……髙野辺さんっ」 柔らかく、心地良い低音。 髙野辺の優しい声が背後からかけられ、もみじは勢い良く振り向いた。 「そんなに緊張しないでください
last updateLast Updated : 2026-05-23
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230話

パーティー会場の煌びやかな照明。 ざわざわと人がざわめく気配。 それらが照明が落ち、髙野辺が姿を現すとざわめきがぴたりと止んだ。 簡易的に設置された壇上で、髙野辺はマイクを手に話し出す。 「本日は、デザインコンテストの受賞記念パーティーにご来場いただき、ありがとうございます」 人々の注目を浴びても動じない、しゃんと背筋を伸ばし、堂々とした佇まいの髙野辺。 その姿を来場者からは見えない場所で見ていたもみじは「流石だ」と舌を巻いた。 (私なんて、こんなにドキドキして緊張しているのに……髙野辺さん、凄いわ……) そんな事を考えているもみじの背後から近付いて来る男が1人。 「玖渡川さん」 ぽん、ともみじの肩に手を置きつつ、その男は話しかける。 びっくりしたもみじは、その場に飛び上がってしまいそうなのを何とか耐え、胸を押さえつつ振り向いた。 そして、目の前にいる男の姿を見て言葉を発する。 「さ、坂崎さん!?」 「この間の最終選考以来ですね」 「そ、そうですね。──あっ、坂崎さん優秀賞の受賞、おめでとうございます」 「ありがとうございます。玖渡川さんこそ、金賞の受賞、おめでとうございます」 「ふふ、ありがとうございます」 坂崎──。 先日、デザインコンテストでの最終選考の会場でもみじの隣の席に座った男だ。 大学生風で、金髪。 少し軟派な雰囲気の男だが、彼の雰囲気とは違い、デザインはとても繊細で力強く、どこか鋭さも持っていた。 坂崎なら、優秀賞に選ばれても当然だ、ともみじは彼のデザインを見てそう思った。 「こんな立派なパーティーが開かれるなんて、驚きました」 「ええ、そうですね。……だけど、それだけこのコンテストは注目を集めていたって事です」 「確かに、玖渡川さんの言う通りです」 話をしていると、優秀賞を受賞した坂崎が壇上に呼ばれた。 坂崎は慌ててもみじから離れると、去り際笑顔で告げる。 「じゃあ、一足先にあっちに行ってますね」 「ええ、後ほど」 眩しい程の笑顔で坂崎は壇上に向かって行った。 坂崎を待っていた髙野辺が、トロフィーと賞金を彼に渡し、受賞のお祝いを口にする。 パーティー会場のフロアからは、溢れんばかりの拍手が贈られた。 「──次に、本デザインコンテストで金賞を受賞した方を紹介します。見事金賞に輝いた
last updateLast Updated : 2026-05-24
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