All Chapters of 私の夫は義妹のために99回離婚を切り出した: Chapter 251 - Chapter 260

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251話

「もみじさん、すみませんお待たせしました……!」 「──いえ、大丈夫ですよ。えっと……、あの女性、大丈夫でしたか?」 「え?……ああ、大丈夫です!以前、あのお客さんに忘れ物を届けた事があって。それのお礼を言われていたんです」 「──!そう、だったんですね」 どこかほっとしたように笑うもみじに、髙野辺は首を傾げたが、もみじは特にそれ以上何も言わず、2人並んで会社に戻った。 TK株式会社。 「髙野辺さん、私はどこでお待ちしていればいいですか?」 「──え?」 「流石に社長室に着いて行く訳にもいきませんし、どこか休憩スペースなどがあれば……」 「いえ、もみじさんも社長室にどうぞ。荷物があるし、置いて行ってください。帰りは車でお送りしますよ」 社長専用のエレベーターに乗り込む髙野辺は、戸惑うもみじを手招きする。 もみじが乗るまでずっと待っていそうな髙野辺に、もみじは根負けしてエレベーターに乗り込んだ。 ◇ 一方、TK株式会社を飛び出した誠司。 誠司はあの場所にいる気まずさから自分の会社に戻って来ていた。 「──くそっ、くそっ!どいつもこいつも、俺をあんな目で見やがって……!」 車のハンドルを力任せに殴り付ける。 「会社の奴らも、みんな気に食わない……!俺をあんな、嫌悪感丸出しの目で見やがって……!誰のお陰で働けていると思っているんだ……!社長を馬鹿にして、首にしてやるからな!」 実際、そんな事をすれば不当解雇にあたる。 訴えられてしまっては誠司の会社に勝ち目は無い。 だからそんな事は出来ないが、誠司は溜まった鬱憤を吐き出すように車の中で叫び続けた。 「どうして俺だけが悪者扱いなんだ……!既婚者の俺にモーションをかけてきたのは胡桃なんだぞ!?胡桃だって悪い……!それなのにっ!くそっ!」 ごつん、とハンドルに頭を押し付ける。 「……救いなのは、胡桃がSeaだって事だけだな……。Seaの名前を使って、胡桃から搾り取れるだけ取ってやる……。俺の子供だって証拠は無い、万が一腹の子が俺の子供じゃなかったら、ただじゃおかない……!」 誠司は荒ぶる感情を何とか抑えると、息を整えて車から降りる。 駐車場から直接社長室があるフロア直通のエレベーターを使ってフロアに向かう。 すると、社長室の前で秘書の中野がおろおろとしながらスマホを見つめて
last updateLast Updated : 2026-06-03
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252話

「全く……こんな大事な時に社長自らどこに行っていたの?」 桔梗は責めるような視線を誠司に向け、言葉を続ける。 「胡桃から聞いたわ、誠司さん。あなた、胡桃を妊娠させたのでしょう?この責任は取ってくれるのよね?」 「──それっ、は……」 まさか、母親にも話していたなんて──。 胡桃の口の軽さに、誠司は胡桃を睨みつけようとしたが、その前に桔梗が胡桃を優しい目で見つめ、口を開く。 「ここ最近……元気がないし、体調が悪そうだったから……夫も凄く心配してね、医者を手配したのよ。胡桃は大丈夫だって言うけど、親としては心配でしょう?」 医者を手配──。 それで、知られたのか、と誠司は悟った。 「お医者様を呼んで、診てもらって……。胡桃が頑なに医者を拒んだ理由が分かったわ。……誠司さん、あなた、嫁入り前の胡桃を身篭らせて、どうするつもりなの!?」 「そ、それは……っ」 「もみじとは離婚したみたいだからそれは良かったけど……。胡桃が今、どんな状況か分かっているの!?この会社でもそうよ!社員が胡桃に向ける冷たい目を見たの?まるで針のむしろよ!可哀想に……」 「お、お母さんやめて……誠司は悪くないのよ……わ、私が……」 「誠司さんが悪くないですって!?妊娠させるような事を既婚者である誠司さんがしたのよ!?胡桃、あなたも悪いけど、誠司さんも十分悪い事をしたの!当時妻だったもみじの妹であるあなたに手を出して、妊娠させたのだから!」 「──っ、」 桔梗の大きな声が、室内に響く。 こんなに大声で話されてしまえば、外にまで聞こえてしまうかもしれない。 誠司は傍らに控える中野に視線を向けた。 「──中野、外を見張っておけ」 「かしこまりました、社長」 誠司の意図を正しく汲んだ中野が一礼して外に出て行く。 誠司が桔梗と胡桃に向き直ると、桔梗はここぞとばかりに話を切り出した。 「誠司さん、こうなった以上あなたには責任を取ってもらうわ。胡桃は私達両親の大事な大事な娘ですから。……まだ、夫には伝えていないわ。夫にこの事を伝えたら、胡桃は実家に連れ戻されると思うから」 誠司は、別にそうなったっていい。 そう思った。 (俺には中野がいるし……胡桃の子供も、俺の子供じゃないかもしれない。胡桃のせいで、俺の会社がめちゃくちゃだ。……俺の目の前から消えてくれれば、別
last updateLast Updated : 2026-06-04
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253話

◇ 桔梗と胡桃が帰った社長室の中、誠司はため息を吐き出すとネクタイを緩めた。 「胡桃の存在は面倒だが、それに付随する駅舎立て替えの仕事は魅力的だ……」 胡桃は、この騒動のせいで社員から冷たい視線を浴びせられている、らしい。 妊娠初期に、ストレスのかかる環境に居させられない、と桔梗が胡桃は暫く実家で過ごさせるらしい。 「胡桃の顔を見なくて済むのなら、それはそれで良い。……だが、駅舎の仕事を選ぶなら……胡桃と籍を入れないとならない、か……」 責任を取れ、と言う事はそう言う事だ。 「……もみじを取り戻す事を最優先にしたかったが……今は駅舎の仕事の方が大事だ。……駅舎の仕事が成功し、この会社が一流デザイン会社に成長してから胡桃を捨てればいいか……いや、だがなぁ……胡桃はSeaだし……」 ぶつぶつ、と誠司が悩んでいると社長室の扉がノックされる。 「社長、失礼します」 扉を開けて中に入って来た中野は、コーヒーカップをトレーに乗せていた。 誠司の座るデスクまで歩いて来ると、デスクにカップを置いた。 「それでは、社長。何かあればお呼びくださ──きゃあっ!」 頭を下げて出て行こうとした中野の手を、誠司は掴むと強い力で引き寄せる。 中野が驚きの悲鳴を上げたが、構わずに誠司は中野を自分の膝の上に乗せた。 「中野、どうした?何だか俺に冷たくないか?」 「そ、そんな事は……」 「俺が胡桃と結婚するから?だから拗ねているのか?」 誠司の言葉に、中野の頬がカッと赤くなる。 そして、嫉妬に潤んだ瞳で誠司を睨むと口を開いた。 「そっ、そんな事考えていません……!社長が胡桃と結婚しようが、私には……っ」 「拗ねるな。所詮、胡桃は駅舎の仕事に付属するオマケみたいな物だ。仕方なく結婚するんだよ」 誠司は甘ったるく、慰めるような声音を出すと、拗ねた態度を取る中野を見つめた。 (拗ねて、胡桃に嫉妬して……中野にも、こんな一面があったのか。随分可愛らしい事をするものだ) 「しゃ、社長……お戯れはお止めください……」 「戯れなんかじゃなく、本気だと言ったら?」 「──え」 「俺には、中野。お前しか可愛いと思わないよ……あんな悍ましい女に騙された俺が愚かだった……」 「社長……お可哀想に……」 「騙された愚かな俺を慰めてくれ、中野」 誠司は自分の膝に乗
last updateLast Updated : 2026-06-04
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254話

◇ その日の夜。 誠司の家で、胡桃はずっと誠司を待っていた。 ぎりぎり、と爪を噛み、胡桃の目は恐ろしく据わっている。 「──私の連絡を無視……?誠司はいったい、どこで誰と、何をしているのよ……!」 近くにあったグラスを乱暴に掴むと、そのまま壁に投げつける。 派手な音がして、グラスは割れた。 割れた破片が胡桃の頬を掠り、頬にぴりっとした鋭い痛みを感じる。 「──〜ああっ、もう!!」 ぴりぴりとした痛みが不快で仕方ない。 胡桃は声を荒らげると自分の髪の毛をぐしゃぐしゃと乱した。 「せっかくもみじから誠司を奪ったのに……!もみじはもっと絶望しなさいよ!どうしてあっさり離婚届を提出するのよ……!誠司を取られて、私に嫉妬して、もっと悲しめば良かったのに……!誠司に捨てられて、もっともっとぼろぼろになれば良かったのに……!」 最初の頃は楽しくて仕方なかったのだ。 「もみじがあの日、誠司の会社に来た時は最高だったのに……!」 誠司が自分を優先し、もみじを放置した。 そして、病院に入院した自分を誠司は付きっきりで看病した。 自分に付き添う誠司を見た時のもみじの表情。あの傷付いた表情を見た時、どれだけ胸がすっとしたか。 「それなのに……!それなのに……っ、誠司を奪ってやったのに、どうしてもみじはあんなに平気そうなの……!?」 デザインコンテストで受賞していた。 あの時、沢山の人に囲まれて絶賛されているもみじを見た時、胡桃の苛立ちはどれだけだったか。 着飾ったもみじに鼻の下を伸ばし、話しかけに行く誠司を見た時、どれだけ惨めだったか。 そして、もみじの口からきっぱりと離婚届を提出した事を告げられた誠司の動揺と言ったらみっともなかった。 「もみじなんか、家政婦みたいだって言ってた癖に……!それなのに、どうして誠司はショックを受けていたのよ……!」 胡桃はヒステリーを起こしたように叫び続ける。 「子供だって!誠司と子供だって作ったのに……っ!それなのに、どうして私が世間からあんな風に言われなくちゃいけないのよっ!妻がいながら、私を抱いたのは誠司じゃない!もみじより私を優先したのは誠司じゃないのよ!私の方が大好きだって、もみじより愛してるって言ったくせに……!」 胡桃はぜいぜいと肩で息をしながら、嫉妬やら怒りやらで醜く歪んだ表情で何もない壁
last updateLast Updated : 2026-06-05
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255話

◇ TK株式会社前。 もみじは「よし!」と小さく気合いを込めて声を発すると、ヒールの音を立ててビルへ進んだ。 初出勤のあの日。 社長の髙野辺自ら、社内の案内をしてくれた。 髙野辺が案内をしてくれたから、沢山の社員ともみじは話をする事が出来た。 もみじはTK株式会社のデザイナー契約を結んだとは言え、毎日出社する必要は無かった。 だが、もみじ専用のデザイン室を髙野辺が用意してくれていて、そこは自由に使っていいと言ってくれたのだ。 他社のデザインの仕事をする為にも使っていいと言われた時は驚いたが、髙野辺の言葉にもみじは甘えさせてもらう事にしたのだ。 髙野辺から渡されていた、もみじ専用のセキュリティーカード。 もみじのセキュリティーカードは、このビル内、どこにでも入れる。 髙野辺の社長室も自由に出入りしていい、と言われたが、もみじには流石にそんな度胸は無い。 もみじがビルのエントランスを通り、歩いていると受付の人間や、社員が挨拶をしてくれる。 もう既に社内の人間に、もみじの存在は知れ渡っているのだ。 もみじも挨拶を返しつつ、エレベーターを待った。 エレベーターに乗り込み、もみじ専用のデザイン室があるフロアに降りると、早速カードキーを使い部屋に入室した。 「──今日は、髙野辺さんから依頼されたお仕事と、駅舎の人とのやり取りをしちゃおうかな」 早速、髙野辺はもみじに依頼をした。 今回のコンテストで受賞したデザイン。 そのデザインを使ったアクセサリー、文房具。 受賞したデザインをそのまま使うには、少し派手すぎたり、地味過ぎたりする。 そのため、受賞したデザインをアレンジして商品化するのだ。 「アクセサリーは、ピアスに指輪、それにネックレスだったわね。……文房具は、ハサミやカッター、切れる物系……。何パターンか考えないと……」 もみじは早速持ち込んだパソコンとノート、筆記用具をテーブルに置く。 考えや、簡単なラフは紙に描くやり方をもみじは行っていた。 そのため、荷物は多くなってしまうが、考えを整理するために紙に書くのが自分に合っていると分かってから、もみじはずっとこのやり方を続けている。 「うーん……。アクセサリーのターゲット層は30代〜40代の女性……文房具は、若い子層……両極端ね……」 もみじがうんうんと頭を悩ませ、ノー
last updateLast Updated : 2026-06-05
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256話

「髙野辺さん?どうしたんだろう……?」 デザインの事だろうか? そう思い、もみじは急いで髙野辺からの電話に出た。 「もしもし、お待たせしました玖渡川です!」 〈もみじさん?髙野辺です〉 「はい、どうなさいました?」 〈もみじさん、今日出社されていますよね?デザイン室ですか?〉 「はい、そうです。今、髙野辺さんにご依頼いただいたコンテストデザインのアクセサリーと文房具のデザインを……!」 〈本当ですか?早速取り掛かってくれてありがとうございます、助かります〉 電話越しに髙野辺と話していると、機会を通していると普段より髙野辺の声が低く聞こえる。 それに、電話だと耳元で髙野辺の低くて心地良い声が聞こえ、もみじは何だかこそばゆかった。 「いえ、とんでもないです。えっと、それで……お電話は進捗の確認ですか……?」 もみじがそう問うと、電話向こうにいる髙野辺がはっとしたように慌てた。 〈いえ……!違うんです。その、もみじさん今日のお昼は……?〉 お昼、と髙野辺に言われ、もみじはそうだった、もうこんな時間なのだったと思い出す。 そして、考えていた事を髙野辺に告げた。 「今日は社員食堂に行ってみようかと……!昨日案内してくださった時に、行ってみたいと思ったんです!」 明るく答えるもみじに、電話向こうにいる髙野辺が柔らかく笑ったような気配がした。 〈そうだったんですね。……俺もそうしようと思っていたんです。もし良ければご一緒しませんか?〉 「えっ、本当ですか?いいんですか?」 〈ええ。今もみじさんが考えてくれているデザインの事、教えてください〉 「──勿論です!」 〈ありがとうございます。じゃあ、後で社食で〉 「はい、また後で!」 もみじは髙野辺との通話を終えると、急いで仕事道具を片付け、タブレットとスマホ、そしてお財布を小さなトートバッグに入れてデザイン室を後にした。 ◇ 「──社長、予約をキャンセルしておきますね」 髙野辺が電話を終え、スマホをデスクに置くなり傍で控えていた蒔田がそう告げる。 バツが悪そうに蒔田を見た髙野辺は「悪い、お願いするよ」と伝え、いそいそと社長室を出て社食に向かった。 ◇ 「──あっ、髙野辺さん!こっちです!」 「……もみじさん」 社員食堂前。 TK株式会社の社員食堂は広い。 そして、
last updateLast Updated : 2026-06-06
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257話

「私、恥ずかしながら会社員の経験が無いので、社員食堂とかを利用するのが憧れで……!凄いワクワクしてたんです……!」 「そうだったんですね。メニューも豊富ですから、ゆっくり選んで下さいね」 「ありがとうございます!」 券売機の前でにこにこと笑い合うもみじと髙野辺。 そんな2人──主に、この会社の社長である髙野辺を、社食を利用している社員達はちらちらと見ていた。 普段、殆どこの社食を利用しない社長。 そんな社長が、新しく契約したデザイナーの女性と楽しそうに笑い合い、話している。 普段の髙野辺を見知っている社員達は物珍しそうに自分達の会社の社長を見ていた。 「──おい、社長が笑ってるよ……」 「ああ、なんか……自然な笑顔って感じ、だよな」 「あんな風に女性に優しく笑いかけてる社長、俺この会社に入社してから初めて見たぞ……」 「だよな……。いつも社長は女性と一定の距離を保っているし……、あんな風に笑いかけたりしていないのに……」 「だけど、あのデザイナーの女性も凄いな。社長の笑顔を間近で浴びても、全然靡いていない……」 そんな話し声が、社員食堂の男性社員達から上がっている。 そして、髙野辺が社食に姿を現して、色目きたった女性社員達は、一緒に行動を共にしているもみじを見て、そして髙野辺の表情を見て、皆がっくりと肩を落とした。 「社長……狙ってたのに……」 「あんなに綺麗な女性が傍に居たら無理だわ」 「しかもあの女性、凄いデザイナーなんでしょう?社長自ら、パーティーでずっと彼女を案内していたって……」 「あんな美人、無理よ……」 そんな女性社員達のため息が、至る所から聞こえてくる。 そんな光景を横目で眺めつつ、蒔田は目の前で昼食を摂る田島に話しかけた。 「あんな風に女性に笑いかける社長は、私も初めて拝見しました」 「──っ、蒔田さんがですか!?」 「ええ。社長にお仕えして長いですが、社長はご自分の立場を分かっておられる方ですから……。女性とは一定の距離を保っておられました。……玖渡川さんの事、本当にお好きなんでしょうね」 「……髙野辺社長はとても良い方です。私の事も助けて頂いて、仕事ぶりも尊敬しています。だけど、玖渡川さんはお辛い思いをされていますから……」 「ええ、だからこそ社長も今はまだ踏み込んではいないようですね」
last updateLast Updated : 2026-06-06
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258話

◇ 「決めました!私はこのメニューにします。髙野辺さんはどうしますか?」 「そうですね……俺はこれにします」 もみじと髙野辺はお互い券売機で購入するメニューを押すと、それを窓口に持って行く。 窓口のスタッフから小さな機械を渡され、もみじの分も髙野辺が受け取ると、席に促した。 「座りましょうか、もみじさん」 「はい!あっ、ちょっと待っててくださいね、お水を持ってきます!」 席に向かう髙野辺にそう告げると、もみじはグラスに水を入れて持ってくる。 2人席がちょうど空いていたため、2人はそこに座った。 ちょこん、と座りワクワクした表情で機械を手に握るもみじを、髙野辺は柔らかい目で見つめていた。 (社員食堂で食べるのが初めてだ、ってはしゃぐもみじさんが可愛いな……。色々な事を経験させてあげたい……) じっと自分を見つめる髙野辺の視線に気が付いたもみじは、きょとりと目を瞬かせた。 「髙野辺さん……?えっと、どうしましたか?」 「──え?あ、すみません、何でもないんです」 自分の事を見つめていた髙野辺が、はっとしたように慌てて首を横に振る。 どうしたのだろう、と考えていたもみじだったが、はっとする。 「ご、ごめんなさい、もしかして私、恥ずかしい事を……?ご飯を食べる場所ではしゃぐなんて、恥ずかしいですよね、ごめんなさい……!」 慌てて謝罪の言葉を言い、頭を下げるもみじに今度は髙野辺が慌てて口を開く。 「そんな事全然ないですよ!俺が見てたのは、もみじさんがかわ──」 慌てて言葉を紡いでいた髙野辺は、そこではっとして言葉を飲み込む。 今、髙野辺は自分の気持ちを伝えるつもりは無いのだ。 もみじは、やっと最近離婚できたばかり。 男女関係のいざこざで、疲れ果てているはずだ。 そんなもみじに、また男女関係で悩ませたくない、と髙野辺は考えていた。 幸いにも、もみじと髙野辺は同じ会社でこれから頻繁に顔を合わす事が出来るのだ。 (焦らず、ゆっくりもみじさんと信頼関係を築いて行こう……) そして、自分の気持ちを伝えるのだ。 そう、髙野辺は決めていた。 もみじと髙野辺は、頼んだ料理が出来上がるまで他愛のない話をして過ごし、料理が出来上がってからは仕事について会話に花を咲かせた。 ◇ 誠司の家で。 胡桃は、帰宅しなかった誠司について、何か
last updateLast Updated : 2026-06-07
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259話

「──あれ、これ……」 胡桃が目にした投稿。 それは、一見すればどこにでもあるような日常のひとコマ。 だが、そこに書かれているコメントに胡桃は目を止めたのだ。 「……大好きな人と、一緒に働くために?」 その投稿は、とあるビルを映していた。 特定を避けるために周辺の景色はぼかして、ビル名もぼかされている。 だが、胡桃はつい最近そのビルをネットで検索したばかりだ。 もみじ──。 自分の姉が、この会社からデザインの賞を貰った。 もみじ如きが受賞出来るくらいのコンテストだ。 どうせ対したコンテストじゃないだろう、と主催や協賛を確認したのだ。 そして、あの忌々しいパーティーでもみじの隣に常に寄り添っていた髙野辺。 その髙野辺が、ある会社の社長だと知り、胡桃はすぐに髙野辺の会社を調べたのだ。 髙野辺の会社、TK株式会社はデザイン業界でとても有名な会社だった。 そして、その会社のサイトを確認した胡桃はTK株式会社の外観をしっかり覚えていたのだ。 「──これ、髙野辺さんの会社じゃないの……?凄く似ているわ……」 ネットで見たTK株式会社と、このSNSに載っているビル。 どこからどう見ても同じだ。 「──へえ。これって、誰?」 胡桃は興味を引かれたように投稿主のページに飛んだ。 過去の投稿を1つ1つ確認して行く。 すると、胡桃でも思わず「うわぁ」と声を出してしまうほど、その投稿内容は一方的で気持ち悪かった。 「何これ……ネットストーカー?」 投稿主は、どうやらその「大好きな人」と数年前に会ったらしい。 そして、定期的に街の「ご飯屋さん」で逢瀬を重ねている。 【彼は、とても格好よくて女性に人気だから。周囲の女性に嫉妬されないようにって、ご飯の席はいつもバラバラ】 【今日は彼と一緒のメニューにしてみた。何度もアイコンタクトをして美味しいねって視線だけで会話をしたの】 【今日は、他の女性に見られている可能性が低かったから、少しだけ彼と話せたの。私が持っていたハンカチを手に取って、可愛いねって言ってくれた】 【彼といつも一緒に行くご飯屋さんに、彼の事を好きな女が着いて来た。彼は私に被害が及ばないように、ってその女を自分の席に着かせて、必死に女と会話をして私を庇ってくれてた。女がいない隙に、お仕事の休憩中に食べて欲しくて、美味しいっ
last updateLast Updated : 2026-06-07
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260話

◇ 数日後。 髙野辺のもとに、中途採用の履歴書が渡された。 「社長、今回最終選考に残った人達の履歴書です」 「ああ、ありがとう。後で確認するよ」 「かしこまりました。先行は通常通り人事部に一任してよろしいでしょうか?」 「ああ、それで頼む」 髙野辺の言葉を受け、蒔田は「かしこまりました」と一礼すると社長室を出て行った。 髙野辺はかけていた眼鏡を外し、眉間を揉む。 そして目を開けると、蒔田が持って来た履歴書を纏めてあるバインダーに手を伸ばした。 「今回の採用人数は確か2人だったな……」 バインダーを開き、パラパラと応募者を確認して行く。 その中に、髙野辺が良く利用している定食屋の常連客の女性の姿があった。 だが、応募してきた女性があの店の常連客だとは髙野辺は気付かない。 「今回の採用職は営業職か……」 髙野辺はそう呟くと、興味を無くしたようにバインダーを元に戻す。 誰が入社しても、髙野辺は変わらない。 会社に必要な人材を選ぶ能力が高い人事部に全てを任せているのだ。 「……今日、もみじさんは家で仕事か……」 社員の出退勤は、全てシステムで管理されている。 社長である髙野辺は、全てのシステムを確認する権限があるため、ここ最近の髙野辺の日課に社員──もみじの出勤を確認する事が加わった。 先日、社員食堂でもみじと食事を摂った時。 もみじと様々な意見を交換した。 デザインについての話、今回の仕事についての話。 2人の話は熱を帯び、昼休憩が終わっても話し合いは白熱したのだ。 そして、そこでの話からもみじも意欲が湧き、数日間家に籠ってデザインに集中すると言っていた。 もみじが家でデザインの仕事に集中して、今日で3日目。 髙野辺は長いため息を吐き出して頭を抱えた。 「──今までは、これが当たり前だったのに。……駄目だな、欲が出て来てる。もみじさんに会いたいなんて……これが普通だっただろう……」 このままじゃ駄目だ。 腑抜けている。 「……昼食を摂りに行くか」 髙野辺は頭の中を一旦切り替えよう、と席を立った。 やって来たのは、以前もみじと一緒に来た街の定食屋だ。 髙野辺が定食屋の扉を開けると、店のお母さんが「いらっしゃい!」と明るい声を掛けた。 「あら、聖ちゃん。今日は1人なのかい?」 「ええ、今日は1人です」
last updateLast Updated : 2026-06-08
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