All Chapters of 私の夫は義妹のために99回離婚を切り出した: Chapter 101 - Chapter 110

185 Chapters

101話

まるで、嵐のような慌ただしさ──。 想像しさが無くなったあとには、リビングに静寂が戻る。 唖然としていた髙野辺は、誠司と胡桃が出て行った玄関に目を向け、信じられないとでも言うように呟いた。 「──社外秘の内容じゃないか……。こんな、俺みたいな部外者がいる前で話す内容じゃない……」 髙野辺の呆れたような声がリビングに落ちる。 全くその通りだ。 もみじは髙野辺に顔を向け、苦笑い混じりに謝罪した。 「申し訳ないです、髙野辺さん。その……あの子はまだ学生気分なもので……」 「若いとは言え……社会を知らなさすぎます……彼女のような子供を、どうして新島さんの夫は会社に関わらせて……?」 全く理解が出来ないのだろう。 髙野辺の表情は、今まで見た事がないほど呆然としていた。 「デザインが流出なんて……社の命運を握る大事だ。……経営者ならそれくらい──」 ぶつぶつ、と呟いていた髙野辺は、そこまで言葉にしてはっとして口を噤む。 (新島さんは俺を一般社員だと思っているんだった……衝撃的な展開過ぎて、危うく口を滑らす所だった……) 髙野辺はほっと胸を撫で下ろしたが、誠司も胡桃も去ってしまった以上、既婚者であるもみじとこれ以上密室で2人きりでいるのは不味い。 まだ、もみじと色々話をしたかった髙野辺だったが、家をお暇する事を決める。 「その……新島さんの旦那も出て行ってしまいましたし、俺も失礼しますね……」 「──あっ、大したおもてなしも出来ず、ごめんなさい髙野辺さん!その、送っていただきありがとうございました!」 髙野辺が椅子から立ち上がった事で、もみじもはっとして椅子から立ち上がる。 玄関に歩いて行く髙野辺を見送るために彼の後を着いていく。 「新島さん、またどこかでお茶でもしましょう」 玄関で靴を履いた髙野辺がくるりと振り返り、もみじにそう告げる。 髙野辺の言葉に、もみじは素直に頷いて言葉を返した。 「ええ、また。今度は私がお支払いしますからね!今日はありがとうございました。ご馳走様でした」 「ふふ、どういたしまして。では、失礼します」 お互いぺこり、と頭を下げ合い、髙野辺はもみじに見送られて家を出た。 歩き出した髙野辺の背後で、玄関の鍵がかかる音が聞こえた。 それまで優しげな笑みを浮かべていた髙野辺の顔から、すうっと笑みが引き、無
Read more

102話

◇ 誠司の会社、社長室──。 「一体どうなっている!どうして胡桃の、Seaのデザインが流出した!」 扉を開け、足音荒く入ってきた誠司。 その後ろには、彼の専属秘書である田島と胡桃が後に続いた。 田島は手元の資料を確認し、誠司に報告する。 「どうしてSeaのデザインが流出したのか、今現在流出ルートを調べています」 「胡桃のデザインは全てセキュリティを厳重にしてある!サイバー攻撃を受けた痕跡は!?」 「サイバー攻撃の痕跡はありませんでした。ウイルス感染も、今のところは確認出来ておりません」 「ならば、何故!」 デスクに着いた誠司が荒々しくデスクを片手で殴る。 ガン!とけたたましい音が鳴り響いた。 その音に胡桃が小さく悲鳴を上げたが、誠司も田島も今は胡桃を構っている余裕など無い。 「今現在、私の方で調べておりますので──」 田島がそう話している時。 社長室に続いている廊下に、複数の足音が迫っているのが聞こえてきた。 田島も、誠司も何の音だ?と言うように扉へ視線を向ける。 胡桃も2人と同じように扉に顔を向け、2人から見えない角度になった時。 胡桃の顔が愉悦に歪んだ。その表情はとても醜悪だ。 「失礼する」 ノックもなく、社長室の扉が開かれ、数人の男が社長室に雪崩れ込んで来る。 「お、お前たち!何者だ!急に入ってきて失礼じゃないか!」 「申し訳ない。私たちは警察庁のサイバー警察局です。こちらの会社で情報の流出があったと通報があり、捜査をさせていただきました」 「警察……?通報?」 誠司は、何が何だか、と言った様子で田島を見る。 だが、田島も初耳なのだろう。 驚いているのが分かり、誠司は胡桃に視線を向けた。 「もしかして……胡桃が通報したのか?」 信じられない、といった表情で誠司が胡桃を見つめる。 どうして自分がそんな目で見られないといけないのか──。 自分はいい事をしたはずなのに。 胡桃は混乱しつつ、誠司に頷いて答えた。 「え、ええ。私が通報したの……。だって誠司が一大プロジェクトって言っていたでしょう?そのプロジェクトの情報が他社に流出しちゃったんだもの……。通報して、犯人を逮捕してもらわないと……」 「会社の不手際を自ら晒してどうする!会社の信頼が落ちるんだぞ!通報するより先に俺への報告が必要だろう!?」
Read more

103話

「──は?」 「さあ、こちらへ」 局員にそう言われた田島は、唖然とした。 だが、唖然とする田島を急かすように促す局員に、田島ははっとしてすぐに意識を切り替える。 「待ってください。私には何の事か、全く分かりません。容疑がかかっている、と言われても身に覚えがないのです」 「そうは言われましてもね……」 局員は面倒そうに表情を歪め、溜息を吐いてから田島に告げる。 「通報を受け、我々が調べた所……他社の人間にデザインを添付して御社からメール送信をした端末がある事を確認しました」 「それが、私だと言うのですか?馬鹿な──」 「ですが、IPアドレスを確認した所、秘書室のあなたのデスク……あなたのパソコン端末からそのメールが送信されている事が判明したのです。証拠はこちらに」 局員はそう言うと、調査結果の書類を田島の目の前に突きつける。 田島は信じられないといった表情でそれに視線を向け、そして更に目を見開いた。 「──貸せ!俺に見せろ……!」 胡桃を慰めていた誠司が駆け寄って来ると、局員が提示した書類を引ったくり、書類に視線を落とす。 その書類には、確かに田島が使用している端末のあらゆる詳細が書かれていた。 そして、他社の人間に送ったと見られるメールの文章や、添付されたデザインも一緒に載せられている。 田島が──。どうして──。 誠司の頭の中は、その言葉でいっぱいになってしまう。 「社長!これは何かの間違いです、私はこんな事していません……!」 「だが……だが……胡桃のデザインも……送った相手のメールも……お前のパソコンから……」 「違います!私はやっていません!もしかしたら、私を嵌めたい誰かが……っ!」 「だが、そんな人間どこに居る?お前は、俺の秘書で……社員達も皆、お前を信用していたじゃないか……それなのに……それなのにどうして俺を裏切った!」 誠司は田島の胸倉を掴むと、田島を思い切り殴りつけた。 「きゃあっ!」 「新島社長!」 すぐに局員が誠司を止めに入るが、殴られた田島はそのまま床に倒れてしまう。 倒れた田島を鬼のような形相で誠司は睨み付け、局員に告げる。 「連れて行って構いません。……何故、こんな愚かな事をしたのか、自白させてください」 「……分かりました。田島さん、さあ立って……」 局員に支えられ、田島はそ
Read more

104話

田島が局員に連行され、社長室から出て行く。 扉が閉まる音が静かな部屋に響き、誠司は形容詞がたい感情を持て余し、拳を強く握りこんだ。 「──誠司」 「……未だに、信じられない。田島が……他社にうちの情報を売った、だと……?」 「誠司、可哀想……」 胡桃は、俯く誠司の背後からそっと抱きしめた。 「田島さんを信頼していたのよね……?だけど、田島さんは結局信頼してた誠司を裏切ったのよ……。酷いわ……」 ぽつりぽつりと呟く胡桃の声が、誠司の耳に届く。 「もしかしたら、田島さんは誠司が自分を完全に信頼するのを待っていたのかもしれないわ……。ずっと、機会を伺っていたのよ……。今回、私がSeaだと知って、1番最適なタイミングできっと動いたんだわ……」 「……」 「なんて可哀想なの、誠司。信頼していた人に裏切られるのは辛いわよね……だけど、私は絶対に誠司を裏切らない。今回、私のデザインが流出しちゃって、新規事業は難しくなっちゃったけど……だけど、安心して。私の知り合いに有名なデザイナーがいるの。その人に、未発表のデザインを譲ってもらいましょう?」 「だが、今回の事業はSeaと……」 「ごめんなさい、誠司。時間が無さすぎるわ……。今から新しいデザイン案を考えるのは難しいの……それより、海外でデザインを学び、今までより数段力を付けた私が、誠司の会社の専属デザイナーになる。もう、他の会社の仕事は受けないわ」 「Seaが、他の仕事を断る……?」 胡桃の言葉に、誠司の頭の中で必死に今回の負債対応や信頼回復に関わるプランが幾つも浮かぶ。 Seaが。胡桃が、本当に自分の会社と専属契約を結んでくれるのならば。 Seaが今後一切、他社と仕事をしない、と言うなら。 Seaの貴重性、そして自分の会社のブランド力が桁外れに高まる。 (そうすれば、今回の損失など、すぐに巻き返せるか──……?) Seaは、今の段階でさえかなり価値のあるデザイナーだ。 そんなSeaが、海外で更に腕を磨き、帰国して。 そして、自分の会社だけとしか仕事をしない、と発表すれば──。 その利益は、計り知れないものになる。 (今回、田島のせいで失った信頼も、負債も全て賄える……!!) 誠司の瞳に活気が戻った事を確認した胡桃は、にたりと口を歪め、笑う。 そして、唆すように言葉を続けた。
Read more

105話

それから、誠司の行動は早かった。 まだ捜査中で、田島は逮捕された訳ではない。 にも関わらず、Seaのデザインが流出した事。そして、他社に売ったのは社長秘書だった田島が行った事を発表したのだ。 その話は、瞬く間に業界内に駆け巡った。 もちろん、誠司の会社でもその話は一瞬で全ての部署に回り、社員達は田島を罵り、なじった。 そして、それはもみじも──。 髙野辺も知る事となる。 ◇ もみじの自宅。 もみじは、応募するデザイン案がキリのいい所まで出来、少し休憩をしようとネットを開いた。 すると、ネットニュースで【Seaのデザイン流出!?犯人は、社長秘書】とでかでかと記事が載っていて。 もみじはぎょっとしてそのニュースを急いでタップした。 「わ、私のデザイン!?どのデザインが──」 まさか、厳重にセキュリティをかけているのにデザインが流出してしまったのか──。 慌てたもみじが記事を読み始めて、すぐ。 自分の事ではなく、胡桃の──偽物の【Sea】に関するニュース記事だと分かり、もみじは胸を撫で下ろした。 「び、びっくりした……でも、それにしても……」 こんなニュース記事を堂々と書かせて、誠司は馬鹿ではないか、ともみじは呆れてしまう。 「誠司は胡桃がSeaだと信じきっているのね……。本当に馬鹿な人。見る目が無いわ……」 曲りなりにも、もみじ──Seaは、誠司と本当に仕事をした事があるのだ。 直接メールを交わし、誠司のためにもみじはSeaとしていつくものデザインを誠司の会社に提供してきた。 それなのに、胡桃の嘘にころっと騙され、胡桃が本当にSeaなのだと信じきってしまうなんて。 「結局、誠司もSeaのデザインに注目していた訳じゃない。Seaのネームバリューにばかり目がいっていたのね。……誠司の会社とSeaが手を切れて返って良かったわ」 これで、胡桃が偽物のSeaだと分かり、本物のSeaは別にいる、と分かったら。 誠司はいったいどんな顔をするだろうか。 「まずは、本物のSeaはちゃんと別にいるって事を教えてあげないとね……。それには、このコンテストを勝ち抜かなきゃいけないけど……」 応募してくるデザイナー達は、猛者ばかり。 自分のデザインの能力には自信があるが、それでも簡単に勝てるとはもみじは思っていない。 慢心しては駄目だ。
Read more

106話

◇ 「送信……と!」 パソコンのマウスをカチリ、とクリックする。 もみじはパソコンの画面をじっと見つめ、画面が切り替わるのを緊張した面持ちで待った。 【応募が完了しました】 その文字がパソコンに表示され、もみじはほっと息を吐き出した。 「んん〜っ、疲れた……!」 もみじは自室のテーブルで伸びをする。 あれから、3日。 もみじは自分の部屋に籠り、デザインに集中していた。 今までだったら誠司の帰宅に合わせ、食事や家事をしていたが、今はもう家事を外注している。 誠司の食事に関しても、この3日間誠司は家に帰って来る事は無かった。 もしかしたら、例の事件の事で忙しくしているのかもしれない。 会社に泊まり込んでいるのかもしれない。 今までだったらもみじは誠司を心配し、日に何度も連絡を入れ、会社に泊まり込むと知れば誠司のために胃腸に優しい食事を作り届けていただろう。 だが、今回もみじは一切誠司に連絡をしなかった。 無論、誠司からもみじにも1度も連絡は無かった。 もしかしたら胡桃が誠司の世話をしているのかもしれない。 「──ふ、ふふっ。結婚って……夫婦って本当に何なのかしらね?」 この状況で、もみじはまだ書類上は誠司の妻なのだ。 正式な、妻。 それなのにそんな関係は既に破綻している。 こんな状況なのに、誠司から離婚の話をされない事に、もみじは不思議でならなかった。 「さあ、久しぶりにカフェにでも行こうかな……!」 コンテストの応募も終わった今、もみじの心は晴れやかだ。 少し遅いが、朝と昼を一緒に食べてもいいかもしれない、ともみじは考え、着替える事にした。 ◇ 着替えを終え、軽くメイクも済ませたもみじは、家の近所にあるカフェにやって来ていた。 カフェオレと軽食のサンドイッチを頼んだもみじは、店内に設置されている席に座った。 席に座り、カフェオレを飲みながら窓の外を見ていると──。 道を歩く見知った男性を見つけ、もみじは目を見開いた。 「──髙野辺さん?」 まさか、また近所で会うとは──。 だが、今回の髙野辺は1人ではなく、誰かと一緒だった。 スーツをぴしっと着た、細い男性。 その男性が分厚いスケジュール帳のような物を開き、髙野辺の隣を歩きながら何かを話している様子が分かる。 もみじが何となく2人の姿を眺めてい
Read more

107話

「新島さん。お食事ですか?」 「髙野辺さん……!」 髙野辺は、店内に入ってくるなり笑顔でもみじに話しかけてきた。 彼はもみじの座る席の前までやって来ると「座っても大丈夫ですか?」ともみじに許可を取る。 もみじが笑顔で頷いた所を見て髙野辺は安心すると、自分も注文をしにレジに向かった。 「新島さん、あれから大丈夫でしたか?旦那さんの会社……ニュースになっていましたね?」 「ええ。でも、会社がどうなっているのかどうか……分かりません。夫はあれから家に戻ってきていませんから」 もみじはそう告げると、カフェオレを一口飲む。 まるで世間話をするように、何とも思っていないように答えるもみじに、髙野辺はふと思う。 もしかしたら、もみじの中では既に、夫への気持ちは無くなっているのでは──。 (いや、俺の願望だな……。新島さん達の夫婦間の関係は分からないし、深入りするような物じゃない……) ゆるりと首を横に振った髙野辺は、もみじの前に座り「そうですか」と気まずそうに言葉を返した。 「……本当に、社長秘書が流出させたんですかね」 髙野辺がぽつり、と呟くと正面に居たもみじははっきりとした口調で答えた。 「いえ、多分違うと思います」 「──えっ?」 まさか、もみじがはっきりと否定するとは思わず、髙野辺は驚いたように顔を上げた。 その時、髙野辺が注文した軽食が店員によって運ばれてきて、2人は一瞬口を噤む。 店員が戻ったのを横目で確認した髙野辺は、もみじに向き直り続きを促した。 「どう言う事ですか、新島さん」 「──彼、田島秘書は、長年夫の秘書をやっていた方らしいです」 「ええ。そのようですね。会社設立の頃からの付き合いだそうです」 「何となく……何となく、ですよ?田島さんと言う方はとても誠実な方なんじゃないか、と思うんです」 そう前置きしてから、もみじは何故自分がそう思ったのかを髙野辺に話した。 もみじと田島があの日、初めて会った時。 彼はもみじを不審者だと思い、排除しようとした。 だが、後にもみじが誠司の妻だと知った時、彼はすぐに自分の過ちと当時もみじに対して失礼な態度を取った事をしっかりと反省し、謝罪をしてくれたのだ。 たったそれだけ?と感じるかもしれない。 だが、素直に自分の非を認め、謝罪する事が出来る人は一体どれだけいるだろう
Read more

108話

そんなもみじを、正面にいた髙野辺は優しい目で見つめ、微笑んだ。 「きっと新島さんがそう言うなら、田島と言う秘書は真っ直ぐで……誠実な人なんでしょう」 「──え?」 まさか肯定してもらえるなんて──。 考えが甘い、だとか何も分かっていないな、と思われるだろうと思っていた。 それなのに、髙野辺はもみじの言葉を正面から受け止め、肯定してくれた。 不確かな、もみじの印象だけで話した内容なのに。 それでも髙野辺はもみじの話を真っ直ぐ受け止め、そして肯定してくれた。 もみじが驚いて顔を上げる。 髙野辺と目が合い、優しげな瞳に見つめられていた事に気がついたもみじの胸が、騒いだ。 「そ、そんな……信じて下さるんですか……?」 まだ、会って間もない自分なんかの言葉を。 言外にそんなニュアンスを含めつつ、もみじは髙野辺に言葉を返す。 すると、髙野辺は当然だと言うように柔らかく笑い、頷いた。 「……仕事柄、人を見る目にはそこそそ自信があるんです。新島さんは誠実な人です。そんなあなたが田島秘書に対して、そんな印象を抱いている。それだけで俺にとっては信用に値します」 「そんな……」 もみじの胸に、じわじわとした嬉しさがこみ上がってくる。 こんな風に、家族以外──祖父母を除いて、他の人に真正面から自分自身の意見を信じてもらうことなど、今までほとんど無かった。 もみじは、過去に誠司が悩んでいる時。 悩みを聞いて、アドバイスなどもしてきた。 少しでも誠司の力になりたくて、専門外の分野でも必死に勉強をして、誠司の力に少しでもなれば、とアドバイスをした事も多々ある。 だが、その度に誠司はもみじが意見をすると不愉快そうに顔を歪め、何も分からないくせに偉そうに口を挟むな、と一蹴した。 もみじが仕事に関する話をするのを、誠司はとても嫌がっていたのだ。 もみじには、何の知識もないのに。 そう思っていたのが丸わかりだった。 出しゃばり、余計な口を聞く。 そんな風に思っていたのだろう。 だが──。 今、目の前にいる髙野辺は。 もみじが誠実な人だから、田島の事もそんな人間じゃないと信じると言ってくれた。 「ありがとう、ございます……」 もみじは嬉しそうに、だけど少し恥ずかしそうにはにかみ、髙野辺にお礼を告げる。 誰かに自分の意見を聞いてもらえる事が
Read more

109話

んんっ、と咳払いをした髙野辺は、微かに頬を染めたまま時計で時間を確認し、はっと目を見開いた。 「すみません、新島さん。もうすぐ戻らないと……」 「えっ、あ!こちらこそすみません、変な事ばかり喋ってしまって……!」 「いえいえ。貴重なお話が聞けて良かったです」 髙野辺の表情は、既に普段通りに戻っている。 彼は自分が食べていた食器とカップを持ち、立ち上がった。 「では、俺はここで。また今度ゆっくり食事でも」 「ええ、ぜひ」 にこり、とお互い笑顔で言葉を交わし合い、頭を下げる。 もみじは去って行く髙野辺の真っ直ぐ姿勢よく伸びた背中を見送った。 ◇ 一方、もみじと別れカフェから出た髙野辺は、スマホを取り出して電話をかけた。 「俺だ。NEW ISLANDで問題を起こしたと言う田島という秘書に連絡を取ってくれ。……ああ、ああ。話を聞きたい、と。そう言ってくれ」 そう告げ、電話を切った髙野辺は、車の方へ足を一歩踏み出した。 だが、ふと先程自分が出てきたカフェを振り返った。 店内には、サンドイッチを美味しそうに頬張り、頬を膨らませている可愛らしいもみじの姿がまだここから見える。 「──ははっ、俺も重症だな」 髙野辺は言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうに。愛おしそうに目を細めると、今度こそカフェに背を向けて車に乗り込んだ。 ◇ 「社長。今回のコンテストに応募してきたデザイナーの一覧です」 「ああ、分かった。デスクに置いておけ。……それより、田島……彼と連絡は取れたか?」 「はい。問題なく。迎えの車を手配いたしましょうか?」 「ああ、そうしてくれ」 社長と呼ばれた男──髙野辺は、秘書の蒔田に指示をすると椅子に深く座り直す。 手元には、蒔田が用意したコンテストに応募してきたデザイナー一覧のファイルがある。 ファイルには本社の髙守株式会社の印字がある。 「まずは……こっちを先に確認するか……」 髙野辺はデザインコンテストのファイルをデスクの端に寄せると、NEW ISLANDのニュース記事をパソコンでクリックした。 「あの会社のデザイン……商品デザインにSeaが関わっていた事は、過去の商品からも分かるが……今回のデザイン……」 髙野辺は、流出したと言われているSeaのデザイン画をパソコン上に表示した。 そのデザインをじっと見つめ、目
Read more

110話

扉から入って来たのは、くたびれたような容貌の男──田島だった。 田島は、何故自分がここに呼ばれたのか良く分かっていなかったのだろう。 不安気な表情で俯き気味に部屋に入って来たが、奥のデスクに座っている髙野辺の顔を見た瞬間、田島の目が驚きにじわじわと見開かれていく。 「では、社長。私はここで失礼します」 「ああ、ご苦労だった」 田島を案内してくれた蒔田は、髙野辺に頭を下げて一礼するとすぐに社長室を退出する。 そんな蒔田の姿と、デスクに座っている髙野辺を戸惑いつつ交互に見やっていた田島は、状況が分からない、と言うように「え?え……?」と声を漏らす。 髙野辺は苦笑いを浮かべつつ、その場に立ち上がりソファに座るよう田島に促した。 「田島さん、突然呼び出してすまない。まずは掛けてくれ」 「えっ、あ……は、はい!失礼します!」 髙野辺にソファを案内された田島は、慌ててソファに向かって歩き、座る。 (ま、待て待て待て……!ここって髙守株式会社の子会社、TK株式会社だよな……!?デザイン関係を専門的に扱っている、国内でも有名なデザイン会社……その会社の社長!?この人が!?) 田島は、信じられない物を見るように髙野辺を見つめる。 以前、もみじと一緒に居る時の髙野辺を見た事がある。 その時、どこかで見た事がある顔だと思ったが、それは当然だ。 (TK株式会社の社長なら、見覚えがあって当然だ!殆どメディア露出が無いが、数年前にこの人が社長就任した時に、あるメディアがこの人の写真を撮ったんだった……!) 不思議な事に、その記事はあっという間に消されてしまったが。 有名なデザイン会社の社長が代わったのだ。 田島はその頃TK株式会社の新社長がどんな人なのか、今後の仕事のために顔を覚えていよう、と毎日毎日ネットをチェックしていたのだ。 そんな努力が実を結んだのだろう。 田島がチェックしていたお陰で、ほんの一瞬だけ髙野辺の写真がネットに出回った。 だが、それもほんの一瞬だけ。 すぐに髙野辺の写真はネット上から消され、その後も何度か写真が出回っていたが、それも長くは続かなかった。 いつの間にか髙野辺の写真はネット上から消え、田島の記憶からも薄れてしまっていたのだ。 (ま、マジかよ!こんな大企業の社長……!?噂では、この会社の社長は本家の血筋だって……
Read more
PREV
1
...
910111213
...
19
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status