All Chapters of 間違い人生のトリガーを破壊して新しい人生を謳歌します!: Chapter 71 - Chapter 80

104 Chapters

第71話

来客時は相手によって外出時のイメージを保つように心がけていたのだが、今日はマリアたちとの話に気持ちが集中してしまい、つい、いつもの姿で出迎えてしまった。「正式にロックスマン家の一員になったのは一年ほど前からなんです。服装は、母の影響からの習慣ですね。だから気にしないでください。本題の話をしましょう。」「そ、そうね。私の事なんかより凛華の事の方がよっぽど興味深いけど……。また今度にするわ。」心なしか幾分元気を取り戻したマリアは、彼との関係から話始めた。彼の名はステンと言う。父の会社の共同経営者の次男だ。マリアの父は友人であるステンの父とファション関係の会社を立ち上げ成功した。その後服飾からアクセサリーや小物へと事業を拡大していき、今ではそれなりの人気ブランドとしての地位を築いている。ステンはマリアより4つ年上の18歳で、小さい頃から家族ぐるみの付き合いだった。上に姉しかいなかったマリアはステンとその兄を実の兄のように慕っていた。特にステンは何かに付けマリアに気を配り、「マリアは僕がずっと守ってあげるからね。学校でもどこでも誰にも君を傷付けさせたりしないよ。」と言っていつも側にいてくれた。そんな彼に、マリアも成長するにつれ淡い恋心を抱くようになっていった。ステンも、「マリアがもう少し大人になったら、僕たちちゃんとした恋人同士になろうね。」と言っていたのだ。ところが、彼は2年ほど前から友人達の影響もあり同級生の女の子たちと親しく過ごすことが増えてきた。数人の仲間たちと頻繁に遊びに出かけたり、食事に行ったりするようになり、その内に特定の女の子と特に親しくなる事もあった。マリアが気にして、「ステン兄さん、恋人が出来たの?」と聞くと、彼は決まって、「違うよ。彼女はただの友達だよ。僕はマリアがもう少し大人になるまで恋人は作らない。」と答えた。その言葉の通り、特に親しくする子は度々変わっていき、長く続くことはなかった。付き合い方も一線を越えることは決してなかった。マリアは彼の言葉を信じて彼への想いを募らせていった。この春、職業体験実習として調香師を選んだのは、将来父達の会社で役に立つ力を身に付けたかったからだ。そして、ステンとの絆になるような香りを身に着けたかったからでもある。幸い、オードパルファムを作る機会を得てそれなりの物を創るこ
Read more

第72話

マリアは何かを思い浮かべながら続けた。「多分、二人もそれぞれ何かの“想い”を込めているのだろうと言うことも感じていたわ。そんな大切なものをたかが女の子との遊びの為に売るなんて……。私、二人に申し訳なくて、恥ずかしくて……辛いの。」マリアの沈痛な様子に凛華とアルフは微妙な表情になった。二人はてっきりマリアが恋人に裏切られたことがショックなのだろうと思っていた。だから、私的なことに踏み込まずになんて言って慰めればいいのかと思い悩んでいたのだ。しかし、彼女の心痛の原因は自分達への想いだった。ならば話は簡単だ。「マリアさん、そんなに私達の事を大切に思ってくれてありがとうございます。確かにその気持ち、受け取りました。だからもう気に病まないでください。」「そうだよ、マリア。僕たちはまだ学生だ。ご両親の言う通りこれからいくらでもいい作品を創ることができる。今回はこれからの作品を守る為の貴重な体験をさせてもらったと思えばいいさ。そもそも僕のあの作品への思いなんてママが喜んでくれたらいいなぁ〜、ってくらいだし。」『『そうだったんだ。』』凛華とマリアは一瞬呆然としたが、すぐに凛華も続けた。「私も!私もお父さんが気に入ってくれたらいいなぁ〜、って思っていたくらいです!」『『えっ?凛華も?』』今度はアルフとマリアが驚いた。その後ようやくマリアの表情が柔らかくなった。「二人とも、ありがとう。それから、本当にごめんなさい。」「もういいよ。この話はこれで終わりにしよう。で、凛華からの提案って何だったの?」「そうだったわ。話によっては提案があるって。」二人に聞かれて凛華もようやく思い出した。「そうでした。実は………。」凛華は昨日のエイナルとグドムンドからの提案を説明した。「私としては、マリアさんの気持ちを傷付けたステンさんがこのまま大したお咎めもないなんて許せなくて。」昨日の怒りが込み上げてきて憤然として話す凛華に、「とっても魅力的な話だけど、今の私たちにできるの?」困惑したようにマリアが尋ねた。「それは多分大丈夫です。私たちはレシピを創るのと名前を考えるだけで、後は父たちがやってくれるそうです。実は私の家族も、私が警察に突き出された原因を作ったステンさんにかなり怒っていまして。私の両親、怒るとちょっと怖いです。」話を聞いていたアルフは笑顔を浮か
Read more

第73話

翌日。去年は芙美華が帰国していたので、今年は三人揃っての初めてのクリスマスだ。いろいろ考えた末に、クリスマスイブはオーロフの家で一緒に夕食を摂ることにしていた。そして当日は三人だけでゆっくり過ごすつもりだった。ところが、前日に凛華たちが香水ブランドを立ち上げる案に同意したことと、イメージイラストを芙美華が引き受けたことであれこれと慌ただしいクリスマスになってしまった。「“憧れ”ねぇ、とってもワクワクするわ。もう昨日の夜から次々アイデアが湧いて来て何も手に付かないわ。そうだ、凛華!今できている作品を貸してもらえる?参考にするから。それと家の飾り付けとお兄さん一家のプレゼントの準備をお願いしてもいい?」「いいよ。お母さん、お願いね。」「任せてちょうだい。」芙美華は生き生きとアトリエに入って行った。「凛華、エイナルと兄さんに会いに行ってくる。電話じゃもどかしくて。夕食に出かけるまでには帰るから芙美華にも伝えておいてくれ。あと……。」「プレゼントの準備は任せて。お父さん、お願いします。」「任せてくれ。最速で立ち上げてやるさ。」グドムンドも張り切って出かけて行った。凛華は二人に感謝しながら、家の飾り付けとオーロフ一家へのプレゼントと両親へのプレゼントの準備をとても穏やかな気持ちでこなしていった。夕方、グドムンドの帰宅に合わせて芙美華がアトリエから出てきた。「おかえりなさい、グム。」芙美華はいつものように軽い抱擁の後、チークキスで出迎えた。「ただいま、芙美華。」グドムンドは出迎えに応え、更に芙美華の額にキスを落とした。凛華は、正直今だにこの挨拶に慣れない。何だか気恥ずかしくていつも軽く視線を反らしてしまう。グドムンドはそんな凛華に微笑みながら、「凛華、今日はいろいろ一人で任せてしまって悪かったね。大丈夫だったかい?」「はい。飾り付けは手伝って貰って午前中にできましたよ。プレゼントも四人分ちゃんと出来てます。」「そうか。ありがとう。じゃあすぐに着替えて出かけよう。」オーロフの家では去年のようにエントランスやホールに飾り付けがされ、テーブルにはご馳走が並べられていた。「いらっしゃい、グム、芙美華、凛華。今年も大変だったようね。」アンナの気遣うような出迎えに、グドムンドと芙美華は明るい笑顔で答えた。「まぁね。でも、今年も結果は良
Read more

第74話

「特には……。今の所どうする予定ですか。」「そうだな。名誉毀損、誘拐、傷害で訴えて慰謝料請求と本人の直接の謝罪というところで示談かな。不満を示すようなら場合によっては実刑も……。」『『『『怖っ。』』』』驚いた凛華、芙美華、アンナ、フレイヤに対して、「それだけ?せめて何日かでも警察に拘留させればいいのに。」フローデの容赦ない言葉に加えてグドムンドも、「そうだよな。警察に事件を公表させるか?」「残念だがそこまではできない。相手の弁護士も恐らくはかなり優秀なのが出てくるだろう。何しろあの女は市長の姪だ。いろいろと面倒臭い。」「いいです!いいです!最初ので十分です。何なら謝罪だけでも構いませんから!」凛華が慌てて止めた。「それはない。最低でも何らかの償いは必要だ。」淡々と答えるオーロフの目が一番怖かった。クリスマスも終わり、いよいよあと二日で年が変わると言う日、早くも芙美華のイラストが出来た。メインキャラクターは三人の妖精たち。彼らが森の中や花畑を飛び回る姿が何枚も描かれていた。中には、三人がせっせと工房で働く姿もあり、まるで一冊の絵本のようだった。「素敵……。お母さん、すごい!」「そう?ありがとう。凛華の成長を思い出しながら描いていたらもう楽しくて楽しくて。それに、凛華にこんなに親しい友達が出来たのも初めてでしょ。二人は私にとっても大切な存在よ。」「そう言われれば、そうかも。ねぇ、二人に見せてもいい?どんなふうに使わせて貰うか相談したい。」「いいわよ。でも、これを描いたのは〈マキ・フカサワ〉よ。私のコネで協力してもらったってことにするのよ。」「分かってる。」早速その日の午後に二人が凛華の家を訪ねて来た。マリアはイラストを見るなり、「キャーッ!な、なにこれ!本物?何で?」想像以上の興奮状態で、暫くは話どころではなかった。最初はマリアの燥ぎように眉を顰めていたアルフも、イラストを見ているうちにどんどん目が輝いていった。「このイラストたちが僕たちの香水を応援してくれるんだ……。夢みたい。ママ、喜んでくれるかな。」と…アルフの静かに感動する姿に、マリアと凛華は何か違和感を感じた。いつもの何処か冷めた言動が消えて、優しく誰かを慈しむような、切なさを含んだ眼差しは単なるマザコンのものとは思えない。二人の視線に気づいたアルフは
Read more

第75話

「だからさ、正直、この計画が成功して僕に収入が出来たら凄く助かる。せめて高等部卒業まではこの学園に残りたい。母の治療も続けてあげたい。マリアや凛華の事情を利用するみたいで申し訳ない。でも、僕は……。」アルフは苦悩の表情で拳を固く握り締めたまま、言葉を詰まらせてしまった。。暫く室内は重苦しい沈黙に包まれていた。最初に口を開いたのは凛華だった。「そんなに大切な事、話してくれてありがとうございます。私、頑張りますから!高等部と言わず、博士号まで学び続けられるように稼ぎましょう!」いきなり右拳を固く握り締め、高く掲げた凛華をきょとんとして見上げたマリアは、すぐに意図を理解して、「私だって頑張るわよ!アイツに大恥かかせてやるんだから。それでもっとカッコいい恋人を作って豪華な旅行に行くんだから!」二人の反応を見てぽかんとしていたアルフは、やがて顔をくしゃりと歪めて瞳を潤ませながら言った。「博士号に豪華な旅行って……。」呟くような声の後、目元の潤みは大きな雫となってアルフの頬を流れ落ちた。「凛華、マリア、ありがとう。こんな僕でもいい……って思っていいの?」「ややこしいわね。いいのよ。……と言うわけで、凛華、後はお願いね。私たちはアイデアを出すしか出来ないけど、頑張るから!」「はい!お任せください!早速私の両親を紹介しますね。」嬉々として部屋から出ていく凛華を見送りながら、マリアとアルフはどちらからともなく顔を見合わせて、クスリと笑い始めた。「僕、調香師の実習を受けて良かった。人生最高の決断だったよ。」「大袈裟ね。まだ子供のくせに。でも、思いっきり同感よ。」年が明けて高等部の授業が始まった。3人は忙しい中、商品の準備を進めて行った。7月になり、ようやく凛華達の香水ブランド【AKOGARE】がお披露目されることになった。可能な限り早く発表出来るように、オーロフ傘下の工房のプロジェクトの一つとして立ち上げた。最初の商品も20種類の数量限定品である。完売すれば一旦終了となり、時間をおいて第二弾、第三弾と不定期に発表される異例の形式を取った。理由は、中心調香師の3人がまだ子供で学生である為に継続し続けるのは無理がある為。それに、ステンやアルフの親達にマリアやアルフが関わっていることを知られないようにする為でもあった。最初に、芙美華のイラストを添
Read more

第76話

その後も佐藤の苦情は暫く続き、ようやく落ち着いて来た佐藤は、「とにかく、私では対処しきれません。応援をお願いします。」「大変な思いをさせてごめんなさい。流石に絵本はやり過ぎたようね。すぐにグムに相談するわ。それまでは香水に関しては情報待ち中と言うことで断ってちょうだい。絵本とイラストに関してはマキとカリンからのメッセージを考えてみるわ。もちろん、勝手に発表したりしないから。必ずあなたに相談するから安心してね。」と言って電話を切った。その直後、今度は珍しく芙美華の母の華織から着信があった。「お母さん、こんなに早くからどうしたの?家で何かあったの?」「そうじゃないの。忙しいのにごめんなさいね。実はね……。」華織の用件も香水に関してだった。知人の娘さんやお孫さん達の多くが、ネットで情報を知ったらしい。そこで、マキやカリンの代理人である芙美華なら手に入れることができるのではと、問い合わせの電話が何件もあったそうだ。殆どは、芙美華は海外在住で対応は出来ないと断った。が、どうしても断るのが難しい相手から依頼が入ってしまった。「それでね、相手方にはくれぐれも入手先を口外しないように念を押すから、あなたが送ってくれた中から分けてあげてもいいかしら。」「そちらに送った物の贈り先はお母さんに任せるわ。ただね、反響が予想以上で佐藤さんも対応に追われているらしいの。だから本当に信用出来る人以外には渡すのは販売開始から10日ぐらいしてからにして欲しいの。そちらの手元に早くからあることを知られたらもっと面倒なことになりそうだから。」「分かったわ。そうするわ。あなた達も変なことに巻き込まれないように気を付けるのよ。」「分かっているわ。そっちも気を付けてね。」騒ぎが少し落ち着いた頃、予定より3日ほど遅れて販売が開始した。袋や包装紙の話題で販売問い合わせが殺到していたが、実際に香りを確認して購入した人達からの感想がネット上に上がって来た。『ラッピング目当てで買いに行ったけど、香りもとっても素敵でした!』『期間限定でしか買えないなんて残念すぎる。ずっと使い続けたい!』『今回はパルファムがないのが残念。次回はぜひ、パルファムもお願いします!』等、香水そのものへの高評価が聞かれるようになった。そして、どんどん売上は上がって行った。マリアはこの状況を見て、凛華とア
Read more

第77話

前生から恋愛に縁のない凛華にとっては納得はいかないが、傷つけられた当人がいいと言うならそうするのがいいのだろう。こちらから、かつてレシピが盗難、転売されたと言う情報を流すのはしないことにした。ところが、販売から1週間してますます人気が高まってきた時、ステン自らが動き出した。ネット上のある投稿がまたたく間に拡散され【AKOGARE】に対する批判が相次ぎだしたのだ。投稿の内容は、『【AKOGARE】の主要3商品は、ある人物から盗んだレシピを元にしている。このブランドは泥棒調香師を採用している卑劣な会社だ。』と言うものだった。これを見た人達からは、『素敵な香りだと思ったのにがっかりした。』『元々マキ・フカサワさんの人気で話題になっただけの見掛け倒しブランドなんじゃない?』『友人に頼んで買って送って貰う約束だったけどキャンセルする!』中には、返品を要求する声まで出て来て各店舗は別の意味で騒然とし始めた。その状況を見計らって工房に一通のメールが届いた。『例の投稿を削除して欲しければ金を払え。一億払えば、あの投稿は勘違いでしたという謝罪と訂正の投稿をしてやる。』というものだった。メールの送信元は一応辿りにくく偽装していたが、オーロフ達にかかればあっと言う間に突き止められた。なんと、送信元はステンの行きつけのカフェのパソコンだった。オーナーに頼んでパソコンを借りて少し偽装工作をして送ったらしい。送信した日時の監視カメラにはステンと彼女の悪どい笑顔がしっかり映っていた。マリアはこの事実を聞かされると、呆れたような顔をして言った。「ホントにバカな恥知らずね。せっかく見逃してやろうと思ったのに。オーロフ叔父様、皆さんにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。一切の容赦はしないでください。」彼女の表情には全く悲しみも悔しさもなく、ただ淡々としたものだった。その言葉を受けて、工房側はすぐにステンと彼女を告発し、広報が記者会見を行った。「先日、ネット上に投稿された内容には誤りが含まれています。正しくは、三つの商品のレシピは試作段階で、製作者の友人の元から盗難に遭い転売されました。しかし、それに気付いた製作者が速やかに買い戻した後、工夫を加えて創りあげたものです。更に、投稿者は先日投稿削除を条件に我が社に対して金銭を要求して参りました。その為我が社は全て
Read more

第78話

アルフの呟きに、マリアが答えた。「今回の商品が売り切れたら一旦解散。今回の為に集まった社員さんたちも元の部署に戻るって聞いているわ。」「第二弾はどうすれば再開できるのかな。」「分からない。凛華何か聞いてる?」「特には……。多分、お二人次第です。申し訳ないですが、私はやっぱりお医者さんになりたいです。なので、自分で中心になってやっていくことはできません。お二人が継続してレシピを創り続けて、体制が出来たら第二弾は可能だと思います。その後は、いずれ誰かに引き継いで貰うか、これきり……、となっても仕方ないと思っています。」「そうなんだ……。僕は最近まで将来の事なんて考えられなかった。だから、第二弾は参加したいけど後のことは分からない。」「私も……。まだ分からない。でも、これきりにはしたくない。だから第二弾まではやらせて欲しいと思っているわ。凛華、大丈夫かしら。その……、マキさんは協力してくれるかな。」「マキさん?」「ええ、私だって馬鹿じゃないわ。今回の反響はマキさんのおかげだってちゃんと分かってる。素人同然の作品がいきなりこんなに話題になるなんてあり得ないもの。」「そうだよ。今回のはマキさんをはじめとした大人の人達のおかげで僕たちの力じゃない。だから、僕たちが抜けても続いていくのかな……、って思ったんだ。」「それはないと思います。ただ、私達が関わる限り、マキさんもカリンさんも協力し続けてくれます。」「すごい自信ね。」「だって………、母とはずっと長いお付き合いですから。」「そうなんだ……。凛華は会ったことあるの?」「………。すみません。あの方については何も言えないんです。」「こっちこそごめんなさい。そうだったわね。でも、どんなかたちでもいいから、もし伝言が可能なら“ありがとうございました。心から感謝しています”って伝えてくれる?」「はい。母に頼んでおきます。」【AKOGARE】は、その後1年ごとに2回再開した。その度に若者を中心とした多くの人達の支持を得た。そして3年後、成人したマリアは本格的にプロジェクトリーダーとなり、ブランドを育てて行くことを決意した。19歳になった凛華は、この国の医師免許を取得した。学園の歴史の中でもほぼ最年少の快挙だった。これからの2年間は、大学病院で研修医として働く事になっている。最初に配属されたのは救
Read more

第79話

事前情報では目と腹部に深刻な傷を負っていると言うことだった。おそらく一刻を争う状態で運び込まれる予定だっただろうに……。しかし、今さら運ばれて来ても医師の手が足りない。検査室も一杯だろう。遣る瀬無い空気の中、救急隊員の慌ただしい叫び声が聞こえた。「受け入れ要請をした患者を搬送してきました!至急対応をお願いします!」救急隊員が患者と共に入口にたどり着いた時、その場に残っていたのは、看護師2名と凛華と受け入れ担当の事務員だけだった。他の医師や看護師たちは、巻き込まれるのを避けるためにさっさと持ち場に戻ってしまったのだ。しかし、この状況を見過ごせなかった凛華は無理を覚悟で患者の容態を尋ねた。「患者の容態は?」「右目に金属片が入り込んでいます。出血もある為刺さっている可能性が高いです。他には、腹部が膨張して内出血しています。おそらく肋骨が折れていずれかの臓器を損傷しているようです。意識はなく、呼吸もどんどん弱ってきています。一刻も早く手術が必要です。」やはり、自分だけでは無理だ。腹部だけでも厳しいのに目まではとても対処出来ない。「すみません。実は……、」凛華が断りの言葉を伝えようとした時、後ろから男性の力強い声が響いた。「今、救急は手が足りない。悪いが外科の外来処置室に運んでくれ。凛華、君たちも一緒に来て手伝え。それから君は眼科のアンデルスに今すぐ外科の処置室に来るように伝えてくれ。」「でも勝手にそんな事をしたら……、」事務の若い男性職員が不安げに声を掛けたが、その男は、「構わない。一刻を争うんだ。責任は僕が持つ。」と言うとさっさと外科外来へと向かい出した。迷わず付いていく凛華の後ろから二人の看護師たちも後を追いかけて来た。移動しながら男が凛華に話しかけた。 「内出血の位置からしておそらく肝臓をやられている。他にも幾つか傷付いているかもしれない。まずは臓器の損傷を処置して肋骨の補正となるだろう。凛華、助手に入れるな。」「大丈夫です。よろしくお願いします。ロルフ先生。」外科外来では既に検査技師や看護師が待機していた。凛華たちはすぐに手術の準備を始めた。患者の状態や血液等の検査結果が揃い、手術室の準備も整って手術方針もほぼ決まった。後は患者の身内への説明と承諾のサインが済めばすぐに始められる。緊張の面持ちで待機していると、看護師がロ
Read more

第80話

ロルフはすぐにビョルンに今の状態と手術内容を説明し、承諾のサインをもらった。グドムンドが到着次第に彼の保証人になるサインをする事で手続きは完了する。 今は急を要するのでグドムンドを待たずに手術を開始した。 まずは折れて肝臓を傷つけている骨を丁寧に除き、肝臓と腸の損傷が激しい一部を取り除いて縫合した後、骨を正しい位置に固定していった。 途中に二度ほど、激しい出血で心臓が止まりかけたが、何とか蘇生して最後までやり遂げた。最後の縫合を終えて糸を切った時には既に5時間が過ぎていた。 まだ麻酔が効いて眠っている患者を集中治療室に戻して、ずっと待機していたビョルンへロルフから報告をした。 「手術は無事に終わりました。かなりの出血があり衰弱が激しいのでまだ安心はできません。万全の体制で見守っていますが、暫くは急変に備えてすぐに連絡が取れる状態にしておいてください。」 ビョルンは ロルフにお礼を言った後、家族控室に戻って崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。 机に突っ伏して暫くじっとしていたが、突然慌てて起き上がった。そしてすぐに携帯を取り出して、まず父に報告のメールを送った。続いてフローデにも連絡を送りホッとした時に凛華がやって来た。 「ビョルン、大変だったね。取り敢えず今出来ることはやったからね。ママを信じて回復を待ちましょう。」 隣に座って肩を抱き寄せようとした凛華だったが、腕が届かず腰に腕を回してそっと寄り添った。 あの9歳の不器用だった少年は、すっかり成長して17才になっていた。身長が180センチ近くもあり、スポーツで鍛えたしっかりとした筋肉を纏い、日々の学びで得た知識と経験による知的な佇まいを備えた立派な青年である。 しかし、凛華に抱き寄せられた瞬間気が緩んだのか、たちまち表情が崩れた。 目元は真っ赤になって潤み出し、口元は震えながら固くへの字に結ばれた。やがてその口元から掠れた小さな呟きが溢れた。 「怖かった……。」 凛華は労るように腰に添えた掌で軽くトントンしながら、 「そうね。頑張ったわね、ビョルン。大丈夫よ。」 甘やかすような穏やかで優しい声で語りかけた。 ビョルンはついに堪えきれずに声を上げて泣き出した。「凛華、怖かったよ…。ママがいなくなっちゃうのかって思うと……。パパはすぐに戻るって言ったのに
Read more
PREV
1
...
67891011
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status