All Chapters of 間違い人生のトリガーを破壊して新しい人生を謳歌します!: Chapter 91 - Chapter 100

103 Chapters

第91話

メイブリットは、慌ててナースコールを押して看護師に助けを求めた。夜勤明けで家に帰り、食事をした後眠っていた凛華は、携帯の着信音で起こされた。誰からの連絡かも確かめずに、まだぼうっとした頭で答えた。「はい、若桜です。」「凛華、大変だ。今すぐSNSを見ろ。」電話はロルフからだった。訳が分からず取り敢えず開いて見ると、トレンドの中に“詐欺師研修医”と言う言葉があった。嫌な予感がして見てみると、顔までははっきりしないが明らかに自分であると分かる写真が載っていた。「ロルフさん、これ何ですか?」「こっちが聞きたい。お前何やったんだ。病院に苦情の電話やメールが来てるらしいぞ。」「わかりません。詳しく見て後で連絡します。」凛華は一旦通話を切って、改めて詳しく見てみた。どうやらあのポーチが原因らしい。自分がマキ・フカサワの贋作でお小遣い稼ぎを目論んだと言うことになっている。しかも、大学病院の研修医と言う身元まで特定されている。なぜこんなことに。呆然としているうちに、問題の投稿やそれにまつわるコメントの山はあっと言う間に消えていった。あっ、誰かが気づいたんだ。誰だろう。マリアさんかな。お父さんかな。後者だったらちょっと怖い。その時の凛華は検討外れの心配しか浮かばなかった。メイブリットが投稿を削除した後、その地点でのコメントを削除させたのはマリアだった。気づいたのが早かった為、炎上までにはなっていなかった。これで何とか収まるかと皆が思った。が、甘かった。マキ・フカサワと【AKOGARE】への注目度がそれを許さなかった。暫くして、ポーチの画像を保存していたらしい誰かがコメントと共に新たな投稿をした。おそらく、どちらかの熱心なファンなのだろう。『私達の大切なキャラクターを汚す行為は許せない!』『勇気ある告発を揉み消すとは卑劣!』『そうだ!断固糾弾して断罪すべき!』と言う過激な声をあげ始めた。こうなっては仕方ない。マリアは正式なコメントを出さざるを得なくなった。『我が社のキャラクターの刺繍入りポーチについて。これは次期キャンペーンの為の試作品です。デザインは、マキ・フカサワさんによるオリジナルに間違いありません。偶然目にした人物が、誤解をして勝手に投稿したに過ぎません。非難を受けている人物は無関係です。どうかこれ以上のコメントはご自重くだ
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第92話

だから、知られないように必死に取り繕って来た。 にも関わらず、ビョルンは何か気付いたのだろうか。「私?私は元気よ。」「僕にまで隠さないで。メイブリットのせいで凛華が辛い目に合ってるって知ってるよ。」やはり何か気づいて慰めに来てくれたのか。でも、うっかり甘える訳にはいかない。「……。そうでもないよ。」「凛華が皆にそう言ってくれているおかげで、あいつは叱られるだけで済んでいる。」ああ、ビョルンは彼女の為にお礼を言いに来たんだ。凛華はすぐに納得した。やっぱり甘えなくて良かった。「いろんな人から厳しく叱られたらしいね。思い詰めないといいけど。ビョルン、幼馴染なんでしょう。私に遠慮しないで慰めてあげてね。」「そうじゃない。僕が言いたいのは……。」「彼女、ビョルンに認めて欲しくて張り切り過ぎたみたいね。あなたにまで責められたらきっと深く傷付いてしまうわ。ちゃんと慰めてあげるのよ。」凛華は遠くを見つめながら寂しそうな顔で言った。「凛華、僕は……。」ビョルンは凛華の人を寄せ付けないような、何処かよそよそしい雰囲気に踏み込めず言葉を飲み込むしかなかった。「そろそろ休憩時間が終わるから行くね。」凛華は何事も無かったかのように仕事に戻って行った。 彼は、本当は彼女に謝りに来たのだった。あれから1週間も経つのに、今だに病院のあちこちで凛華の間違った噂が囁かれている。具体的には分からないが、仕事にも支障が出ているらしい。それに対してメイブリットは、スサンナやマリアから厳しく叱られただけだった。スサンナからは暫く工房に来ないように言われたが、完全に破門されたわけでもない。マリアからも賠償などの話は出ていない。会社としてはかなりの損害が出たはずなのに凛華が、「まだ子供だから、今回だけは大目に見てやって欲しい。」と言う口添えをしてくれたおかげだった。それでも、さも悲劇のヒロインかのように泣き喚いて周囲の同情を買っている。ビョルンにも彼女の両親から慰めに来てやって欲しいと何度も連絡が来た。でも、彼は行かなかった。正直、自業自得だと思う。浅はかな妬みから、勝手な思い込みで罪もない人を犯罪者呼ばわりしたのだ。当然の報いだろう。まだ子供?凛華と3歳しか違わないじゃないか。ビョルンにとっては、誰にも弱音を吐くことなく一人で耐えているだろう凛華の方が心配で
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第93話

凛華の泣きそうな顔を見て、院長は慌てて言葉をかけた。「勘違いしないでくれ。君が考えているような悪い話ではないよ。」「えっ?」「君ならもう知っているかもしれないが、少し前にここに佐藤博士が来たんだ。極秘のつもりだったが、一部の者には知られてしまったようだがね。」「はい。」「やっぱり。それでね、以前から打診していたのだが、博士が代表を務める研究所とうちの大学病院とで技術提携の話を進めることが決まったんだ。」院長の話では、向こうは欧州への足がかりが欲しい。こちらは博士たちの最先端技術を習得したい。と言う事で合意できたそうだ。正式な契約は数年後になりそうだが、それに先立って交換留学でお互いの人材を育てようと言うことになった。そこで、こちらから行く3人のうちの1人として凛華を候補に挙げたと言うことだった。「どうだい?行く気はあるか?」「私はまだ研修医になったばかりなのですけど、いいのでしょうか。」「向こうでは主に細胞培養技術を学んで来て欲しいと思っている。一方で移植外科の技術も身につけて来て欲しい。それらの活動をもって研修医としての就業期間と見なすように申請するつもりだ。ついでに向こうの医師免許審査も受ければ、向こうでも正式な医者になれる。どうだい?」「行きたいです。」「そうか。ただ、一つだけ確認しておきたいことがある。」「何でしょうか。」「君の今の国籍はわが国だね。」「はい。」「では、君には若桜凛華としてではなく、リンカグドムンドセン・ロックスマンとして赴いて欲しい。言いたいことは分かるね。」「はい。それに同意します。」院長との話が一区切りした所でグスタフソン教授がほっとしたように口を開いた。「無事まとまって良かった。私は最初から君を推薦したかったのだが、あまりに若すぎるのでね。周りの反応に不安があったんだ。だが、今ならあの事があったおかげで君の留学に反対する者もいなくてね。君には災難だったがこっちには好都合だったよ。」「そう………だったんですね。」あっけらかんと言う彼に、凛華は微妙な顔になった。しかし、あの出来事が思ったほど悪影響を及ぼしていないのだと感じた。そう気付いた途端、ついさっきまでの不安があっさりと消えていった気がした。院長が思い出したように尋ねた。「君、成人してそんなに経ってないけど親御さんは賛成してくれるよね。」
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第94話

「いっそ医者なんてやめて家で絵を描いたり、調香師になってもいいんじゃないか。何なら仕事なんてやめて家で好きなことをして過ごせばいいんだよ。」それでも凛華が意思を変えないとなると、ついには泣き落としにかかって来た。「たまにしか凛華に会えないなんて耐えられない。お願いだ、考え直してくれ。」とまで言ってきた。そんなグドムンドも、最後には芙美華に説得されて、「2年たったら必ず帰っておいで。凛華の家はここなんだからね。」と言ってようやく認めてくれた。凛華は父がそんなふうに引き止めてくれるのは嬉しかった。ただ、絶対に諦めるつもりはなかったが。留学に必要な書類は大学病院が揃えてくれるので、凛華自身としてはパスポートと日本の医師免許審査を受ける為の準備をしなくてはいけない。それ以外は取り敢えずの着替えとスキンケア用品と皆へのお土産などの用意をすればよかった。芙美華と相談して、誰に何を贈ろうかとメモを作っていると、国際電話がかかって来た。「もしもし、凛ちゃん。」「お姉様?お久しぶりです。お元気ですか。」「元気よ。凛ちゃんは変わりない?」「はい!」「よかったわ。実はね、凛ちゃんに相談があって電話したの。ちょっと無理なお願いがあるんだけど……。」「何ですか。私に出来ることなら何でも言ってください。」「ありがとう。あのね、凛ちゃんが忙しいってことは充分わかってはいるのよ。でもね、年明け辺りにこちらに帰ってくる訳にはいかないかしら。」「何かあるのですか?」「ええ、私の成人式に合わせてお父様がパーティーを開くと言うの。お兄様は二十歳の時留学中でしなかったでしょ。だから私の時は盛大にやるって張り切っちゃって。」「そうなんですね。おめでとうございます!」「ありがとう。それでね。私の方からもお客様達にお礼としてバイオリンを演奏しようと思うのだけど、昔、凛ちゃんが創ってくれた曲、一緒に弾いてくれない?」「えっ……。あんな練習曲を?」「何言ってるの!あの曲、音楽教室の先生が凄く気に入っちゃってね。今では曲の3分の1程の部分までだけど、幾つもの教室で子供たちの練習曲として使われているのよ。それで、ぜひ一度全曲聞かせて欲しいってお願いされていたの。だからちょうどいい機会だと思って……だめ、かしら。」「あの曲、そんな晴れやかな場に合います?何か子供っぽすぎませ
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第95話

凛華はそんな三人をきょとんとした顔で迎えると、「メイブリットのことは関係ないわ。これは私にとって大きなチャンスなの。」凛華は 静かな笑顔で答えた。談話室に落ち着いた三人は、凛華から留学についての経緯を聞いた。「それじゃあ、今回の留学は凛華が優秀だから選ばれたのね。」「優秀かは分からないけど、内容は私に合ってると思う。期待もしてくれているようだし、とても光栄なことだと思ってる。」「そうなんだ。だったら良かった。メイブリットのせいで追い出されるのかと思ったよ。」「心配かけてごめんね。院長も教授もあの件は殆ど気にしていないようだった。だからもう心配しないで。」「凛華がそう言うなら……。」「ところで凛華。当然2年たったらこっちに帰ってくるんでしょうね。」「うん。元々こっちでの研究を進める為に行くのだから。戻って来ないと意味がなくなっちゃう。」「良かった。安心したわ。」三人が話をしている間、ビョルンは殆ど口を開くことなく聞いていた。その表情は、来た時に比べれば徐々に穏やかになっていった。しかし、眉間の皺は帰る時まで消えることはなかった。凛華は出発までの数日間、荷造りや諸々の準備、親しかった人たちたちへの挨拶などで忙しく過ごした。それでも、クリスマスだけは家族三人でゆっくりと過ごし、翌日の朝の便で日本へと旅立った。途中乗り換えもあり、こんなに長時間の移動を1人でするのは初めてだった。そのための心細さがあったからなのだろうか。ようやく目的地の空港に到着した時、どんよりとした冬空が何となくこれからの日々の困難さを示唆しているように感じた。荷物を受け取り入国審査も終えて到着ゲートを出ると、家族や知人、旅行者たちを出迎える大勢の人たちの姿が見えた。その光景は、前生凛華が人生を終えたあの頃のもの、そのものだった。『帰って来たんだ。』そう思った瞬間、凛華は不安と緊張のあまり足が竦んで動けなくなってしまった。凛華のそんな様子に気付いた後ろを歩いていた男性が、S国語で声をかけた。「大丈夫?体調が悪い?医務室に行く?」彼は心配そうに横に並んで顔を覗き込んだ。そこで凛華ははっと我に返った。『私はもう前生の私ではない。今の私は“自分らしく”生きるための方法を知っているし、実行する力も持っている。』「ありがとうございます。私は大丈夫です。」そう答
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第96話

凛華は自然な動作で華織にハグをして軽くチークキスをした。華織は少し驚いたようだが、すぐに自分からも凛華にハグを返して嬉しそうに言った。「凛華もすっかり大人になったわね。私もとっても嬉しいわ。さぁ、早く中に入ってみんなでご飯にしましょう。」華織に促されてリビングに入って行くと、祖父と叔父も中で待っていてくれたらしく、笑顔で迎えてくれた。「凛華、お帰り。寒かっただろう。早く手を洗ってきなさい。温かいものを食べよう。」 前生での凛華にとっての若桜家の人達とは、あの偽両親と楓華だけだった。しかし、本当はこんなに温かい家族がいたのだ。今更ながら前生での奪われたものの大きさを感じた。しかし、ここは凛華が改めて得た本来の人生だ。何も怯えることはない。そう思い、空港で感じた不安や緊張を払拭していった。食事の後、お土産を披露したり近況報告をしたりして話も一段落した頃、清麗が凛華に尋ねた。「凛ちゃん、仕事の予定はどうなっているの?」「明日にでも到着の報告と挨拶に行くつもりです。その時にこれからの詳しい予定を確認してきます。勤務はおそらく年明けの仕事始めからだと思います。「そうなのね。だったら明後日にでも一緒に彩愛ちゃんに会いに行きましょう。」「叔母様、一緒に行ってくれるのでですか。」「勿論よ。お姉さんからしっかりお願いされているの。こんなに可愛い姪を着飾るお手伝いができるなんてもう、楽しみで。」そうだった。清麗は可愛い装いが大好きだった。「叔母様、主役はお姉様ですからね。ほどほどでお願いします。」「わかっているわ。ちゃんと澪那さんと相談して決めるから安心して。」翌日凛華が所属する予定の研究所に行ってみると、意外に時間がかかる事が分かった。電車を使うと2回も乗り換えが必要で、1時間以上かかってしまう。車でも何箇所か渋滞に掛かりそうな箇所があり同じくらいかかりそうだ。これでは通勤は難しいだろう。急いで近くに家を借りなければ、と考えていると、案内をしてくれた研究所の事務の人が尋ねてきた。「ところでロックスマンさん、宿舎の申請が出ていないようですが、住む場所は決まっているのですか。」「母の実家に住まわせて貰おうと思っていたのですが、今日実際に来てみると、予想以上に時間がかかりそうです。今からではもう空きはないですか。」「そうですか。お母様は日本
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第97話

澪那は暫く躊躇った後、不安そうな瞳で凛華を見つめた。「凛ちゃんはお医者様になる勉強中なのよね。」「はい。」「ちなみに、何科が専門なの?」「まだ正式ではないですけど脳神経外科志望です。」「そうなのね。」「何か?」澪那は再び俯いて少し考えた後、静かに話始めた。「実はね、彩愛の様子がおかしいの。」「いつから、どんなふうにですか。」「先月の終わり頃からたまに元気のない日があったのよ。」澪那によると、先月末頃から食欲がなく夕食を食べずに部屋に籠もったり、大学を休む日があったそうだ。今世の彩愛は、前生とは違い法律を学んでいる。一方で音楽活動も熱心で、アマチュアの演奏家として主に病院や施設などでの慰問コンサートに参加している。大学でも友人達とグループを結成し、あちこちで演奏を披露している。そう言ったこともあり、成人祝いのパーティーでも演奏を披露する案が出たのだ。ところがどういった訳か大学祭の後、一緒に活動してきた仲間がグループの解散を申し入れてきたのだそうだ。彩愛はソロでの演奏もできるし、恩師たちに頼めばすぐにメンバーも集めて貰える。なので、寂しくはあったが受け入れた。その後、凛華との演奏が実現するとあってとても張り切っていた。それなのに……。25日の大学でのクリスマスコンサートを鑑賞して帰って来た途端、糸が切れたように倒れてしまった。何を聞いても答えず、医師に診てもらっても原因は分からない。もう、四日も部屋で寝たり起きたりの状態なのだそうだ。「お話を聞く限り、精神的なダメージが身体に悪影響を与えているのでしょうね。」「そうだと思うわ。でも、理由が分からないの。今さらメンバー解散が理由とも思えないし……。何度尋ねても答えてくれないし。」「わかりました。どうなるか分からないですが、私がお話を聞いてみます。」凛華は澪那の案内で彩愛の部屋を訪れた。「お姉様、凛華です。少しよろしいですか。」「凛ちゃん?……ええ、どうぞ。」いつもの彩愛に似合わない、弱々しい声が聞こえて来た。中に入ると、ベッドの上で何とか身体を起こそうとしている彩愛の姿が見えた。凛華は急いで枕元に行き、横になるように勧めた。「無理しないでください。横になったままで大丈夫ですよ。」「いいえ、大丈夫よ。起こしてちょうだい。」きっぱりと言われ、仕方なく身体を起
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第98話

三人は、これからはそれぞれの望むメンバーを見つけて活動して行きたいと言って楽譜を突き返してきた。彩愛は一瞬何を言われているのかわからなかった。元々ソロで活動をしていた彩愛に、自分たちの方からメンバーへの参加を依頼して来たのに。当時の彼女たちの技術は未熟で、今までいろいろとサポートをしてきた。その上、彩愛の実力や知名度のおかげで彼女たちだけではとても得られない演奏の場を得てもいた。そうしてようやく今の実力を手に入れたのにも関わらず、まるで彩愛が面倒を見てもらっていたかのような言いように心底がっかりした。こんな事は 子供の頃から何度か経験してきたことだった。なのにまた信じてしまった自分の甘さを反省して、この件は忘れる事にした。それなのに!クリスマスコンサートで、彼女達は自分の代わりに別の女子学生を入れて、その彼女のオリジナル曲として凛華の曲を演奏した。それが、あまりに下手だった。曲は三部構成で、徐々に高度な演奏技術を必要とする。だから、子供達の練習用には第一部だけを提供してきた。コンサートの舞台で新入りの女子学生は堂々と言った。「この曲は私が何年もかけてようやく昨年完成させたものです。第一部は既に多くの方に親しまれているようですが、本日初めて全曲を披露できることを心から嬉しく思います。」会場は期待で大いに沸いた。しかし、第二部、第三部と進むにつれ演奏ミスが頻発し始めた。何とか最後まで演奏を終えたものの曲への感動は何もなかった。会場のあちこちでは、曲への失望の声が聞こえて来た。彩愛は激しい怒りと失望で暫くは身動き出来なくなった。本当の作者である凛華や、5人で演奏した大切な思い出をズタズタに汚された怒りは、瞬時に彩愛の健康を奪ってしまったのだった。話終えた彩愛はまた怒りが込み上げてきて、たまらず後ろに倒れ込んでしまった。彩愛はぐったりしながらも腹立たしげに言い捨てた。「今回はね、”怒り心頭に発する“を体感したわ。これって名言ね。」真剣な顔で言う彩愛を見ているうちに、凛華は不謹慎ながら笑いが込み上げてきた。今回の彩愛の体調不良の原因が、余りに下手な演奏を聴かされた怒りだったとは……。その根底にあるのは凛華たちへの確かな想いだ。凛華は心が温かくなるのと同時に、彩愛らしい反応に益々彼女への親愛の思いが込み上げてきて、何故か笑いとなっ
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第99話

大柄な男性が凛華を見て人懐こい笑顔で挨拶をした。「おはよう。君が最後の一人のようだね。私は トーレ・シェルベリだ。主に移植外科とリハビリについて学ぶ予定だ。」続いて細身の男性カスペリ・サンドヴァルと凛華が自己紹介をした。お互いに連絡先を交換して、これから協力し合う約束をした。佐藤博士や、直接所属する部署の人達との顔合わせも済んで11日から本格的に仕事始めになるそうだ。不安だった職場は、意外とスムーズに受け入れられそうでほっとした。彩愛の成人祝のパーティーは15日の金曜日の夜の予定だ。市の成人式は10日の日曜日に行われる為に、9日の土曜日に久しぶりに彩愛と一緒に演奏の練習をすることにした。東雲邸には防音設備の整った練習室がある。約束の10時に間に合うように早めに部屋に入り準備をしていると、扉が開いて勇真が入って来た。「おはよう、凛華。早いね。」「えっ?勇真さん?どうして?」「どうしてって?彩愛のお祝いの演奏に僕が参加しないなんてありえないよ。」「でも、最近はA国でお仕事されてるって聞いていましたけど。」「そんな事、関係ないよ。彼女を傷付けた馬鹿がいたと聞いては黙っていられない。念の為、追加の候補曲のアレンジと練習、しといて良かったよ。」「えっ、そんな事もしていたんですか?」「当然だよ。ついでに友人の演奏者達も呼んでおいたよ。」「友人ってどなたですか。」「来たら紹介するよ。」「わかりました。」そんな話をしていると、彩愛が部屋に入って来た。「勇真さん、お久しぶり。凛ちゃんも今日はよろしくね。」「久しぶり、彩愛。体調は大丈夫か?」「ええ。漢方の先生のおかげですっかり元気よ。」「それは良かった。」「でもまだ無理はしないでくださいね。」「ええ。ありがとう、凛ちゃん。」三人はまず今回演奏する曲の打ち合わせから始めた。「構成はヴァイオリン2人とビオラとチェロとピアノのクインテット。エルガーの〈愛の挨拶〉と凛ちゃんのオリジナルのエチュード5番〈フラワーガーデン〉と例のエチュード1〜3番〈目覚め〉の3曲でいいかな。」「ええ。私もそのつもりで練習しているわ。」「私も大丈夫です。でも、ご友人達の方は後の2曲間に合うんですか?」彩愛も心配そうに尋ねた。「私もそれは気になるわ。勇真さんたら勿体ぶって教えてくれないのよ。」「心配
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第100話

凛華は思わず彼らの名をを呼んだ。 「フローデ、ビョルン!あなた達なの?」 2人の客は凛華の声に反応してすぐに立ち上がって振り返った。 「「凛華!」」 2人はあっと言う間に凛華に駆け寄り、手を取り合って再会を喜び合った。僅か2週間余りぶりでしかないのだが、2人はやや興奮状態で話しかけた。 「凛華!君って昔から”事件持ち“だよね。目を離すとすぐによからぬことに巻き込まれるんだから。」 「大切な曲を盗まれてショックだっただろう。僕たちが来たからにはもう大丈夫だからね!あの曲限定だけど、僕達は現在世界最高峰の演奏者だからね。」 「ビョルン、フローデ。どうしてあなた達まで日本に来たの?」 「凛華、その言い方は酷いんじゃない。」 「そうだよ!グム叔父様が伝手を使いまくって最速で来たのに!」 「お父さんが?」 「そう。こっちのおばさまからの報告を聞いて激怒しちゃって、すぐにビザや航空券の手配をしたんだ。年末年始でちょっと時間かかっちゃったらしいけど、すぐに行って本物は誰か見せ付けて来いって。」 「あなた達、学校は?」 「数日位問題ない。」 S国語で話し合っている三人を暫くポカンとして見ていた彩愛が、ようやく勇真に尋ねた。 「あの子達、だあれ?」 勇真はにこやかに答えた。 「凛華の親衛隊。」 「!?」 「凛華の従弟のフローデとその親友のビョルン。幼馴染だよ。」 「そうだったの。どうして彼らが?」 「彼らは凛華のチェロの練習パートナーなんだよ。凛華がチェロで曲を創ってると聞いて一緒に演奏する為にわざわざ習い始めたんだ。三人の演奏は今じゃ中々のものなんだよ。」 「そうなの?それは頼もしいわね。早く聴いて見たいわ。」 一頻り話をして落ち着いた2人は、改めて彩愛と勇真に挨拶をした。2人は流暢な日本語で、 「ご挨拶が遅れてすみません。僕は凛華の従弟のフローデ・ロックスマンです。」 「初めまして。僕はフローデの友人のビョルン・エーヴェルスです。よろしくお願いします。」 と、頭を下げてお辞儀をしながら挨拶をした。 彩愛は、亜麻色のくせっ毛に青い瞳のフローデと濃い茶色の髪と瞳でがっしりとした体格のビョルンが日本語を話し、丁寧にお辞儀をする姿にすっかり魅了されてしまった。 「初めまして。私
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